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決戦!その2

 勇み角ラニフの氏族に属し偉大なる祖父ニノの名を引き継いだ大鬼オーガの娘ニニが、幼き頃よりもっとも戒められたのが戦の場に心情を持ち込むことであった。


 いかなる場合も卑しい情念を持つことなかれ。

 それが氏族の掟であり、また誇りでもあった。


 だから拳を振るう相手が愛らしい白狐族の娘なので手心を加えたり、格下の垂れ目な子供であろうとも侮ったりする気は毛頭なかった。

 そのはずであった。


 だが今、戦の申し子である彼女の心には大きな感情が生まれていた。

 疑念、焦り、驚き、そしてその根底にわだかまる黒い大きな塊。

 それはニニが久しく忘れていた恐れという感情であった。




 重々しい銅鑼の音と共に、ニニは素早く『均衡キープ』の真言を口にする。

 弓使い相手なら、これで損傷は分散できて大きなダメージにはならない。


 サラサから、対戦相手が弓の天才だとは聞いていた。

 ならばそこに自信を託して、ひたすら遠くから射かけてくるはずだ。

 接近戦がないと判断すれば、『金剛バジュラ』にさほどの所要はない。

 ここは中の間合いを詰めることに専念するのが最善の手。


 事前に考えていた通りに動こうとしてニニは、首元で不意の風を感じた。

 『風絡めのケープ』が、飛翔物を捉えた動きだ。

 篭手で叩き落とそうとしたが矢筋が膝の下ギリギリだと見極めたニニは、即座に『均衡』を中断して『縮地クイックステップ』に切り替える。


 右斜め前の石の柱の影に、ニニの体が瞬時に移動する。

 そして到着と同時に、その肩に強い衝撃を受ける。

 首を回すと、己の両肩に刺さっている矢が目に飛び込んできた。

 鈍い痛みが消えていく代わりに、焦げた肉の匂いが鼻腔を刺す。



 ――――いつの間に?



 思わず真上に視線を移すが、青い空が無限に広がるだけだった。

 先にこの場所に落ちるように矢を放っておいてから、足元を狙いここに誘導したのか。

 そうとしか腑に落ちない。

 

 瞬時に我が身に起こった出来事を理解したニニは即刻、次の行動に出る。

 石柱の影でも狙われるのなら、一所に留まるのは愚策だ。

 左斜前の石柱なら『縮地』一回で飛べるが、今回と同じく読まれている可能性が高い。

 ならば――。


 

 右手前に『地壁アースウォール』で壁を作り、その先の石柱へ二連続の『縮地』で移動を狙う。

 身を潜めるように最初の土壁の後ろへ到達した瞬間、その背にまたも衝撃を感じてニニは唇を小さく噛んだ。

 構わず進むべきと思いつつ、天性の勘がその足を止めさせる。


 今焦って飛び出せば、あの石柱の影でも再び矢を受ける気がした。

 一呼吸を置いてから『縮地』を使う。

 だが二本目の石柱に到達したニニを待ち構えていたのは、さらなる矢の洗礼だった。



 …………動きが完全に読まれている。



 少年の位置から、この場所に矢が到達するまでの時間は二秒。

 石柱の後ろを射抜くなら、射線が大きく山なりになるので四、五秒は掛かるはず。


 先程の『地壁』から『縮地』へのつなぎは一秒足らず。

 なのにその最中、さらに一呼吸の間を置いた動きさえ読まれていた。

 あり得ない話だが、少年は彼女が動くその先を五秒前から把握しているのだ。

 ニニの頬を小さく汗が伝う。

 

 この地から彼が屹立する地へは、未だ百歩を残す。

 真っ直ぐにこの身を目指して飛んでくる矢なら、拳で叩けば済む。

 だが意識の外から落ちてくる矢は、いかんともし難い。


 さらに不味いことに、彼女の背の『風絡みのケープ』はすでにこの時点で役割を放棄していた。

 最初の矢を受けた際に、焼け焦げてしまったのが要因のようだ。

 矢を受けた肩にも火傷ができているのを見るに、火の精霊が憑いた弓が使用されていると断定すべきか。

 『均衡』を中断してしまった初手が悔やまれる。

 

 そこまで考えてから、ニニは思考を切り替えた。

 曲射が有効なこの距離では石柱の影は守りにならず、却って矢を放つ起こりを見逃す悪手。

 ならば矢を弾きながらの突貫が最善手。


 頭上の矢を警戒しつつ状況の推察を終えたニニは、同時に再度唱え直した『均衡』が効いたのを確認して動き出す。

 そしてこの際、『不変コンスタンス』を選ばなかった失策に彼女はあとあと気付く。


 

 石の柱から飛び出したニニは、すかさず腰を落とし飛んできた矢の群れに対処する。



 半身になって受ける面を減らし、拳先を突き出して全ての攻撃を上下左右に弾き飛ばす。

 ニニの両手を覆う『祓魔の鉄拳』が唸りを上げて、矢に掛けられた呪紋を消し去っていく。

 攻撃の途切れを狙って動き出そうとした途端、その足の甲に真上から落ちてきた矢が突き刺さる。

 

 構わず『縮地』で斜め前に跳ぶ。

 着地と同時に更なる『縮地』。

 その間、腿に刺さる二本の矢に気付く。



 ――ここで当ててくるのか!



 連続で『縮地』を使いながら、ニニは稲妻のようにフィールドの真ん中を駆け抜ける。

 移動のさなかにも矢が体を貫き、止まった瞬間には大量の矢が襲い掛かってくる。

 それを躱しつつ弾きつつ、ひたすらに彼女は前に進んだ。

 

 五度の『縮地』の強行で少年の真っ直ぐな眼差しが窺える距離まで近づけたが、ニニが支払った代償も大きかった。

 すでに彼女の身体には、二十を超す矢が生えていた。

 途中、多量の矢を打ち落とした両の拳からは黒い煙が立ち昇り、手の肉が高熱を帯びた籠手の内側に焼き付く感触が伝わってくる。


 矢筒に手を伸ばす少年の動きを見つめながら、ニニは息を詰めて次の動きを推し量る。

 『均衡』のおかげで動作に支障はまだない。

 この距離なら『金剛』を使って無理やり押し込めることは出来るが、まだ警戒すべき点が二つも残っている。


 一つは白狐族が使うと言われる幻影。

 そしてもう一つ、少年が隠している切り札だ。

 何かは分からないがそれが残っていることを、ニニのこれまで培ってきた経験が告げていた。


 

 動ける内に叩くべきと判断したその瞬間、少年が二人に増える。

 左右に動く幻影と実影。


 構わずニニは真っ直ぐに進む『縮地』を選ぶ。

 射程に入ったと思えた瞬間、『地壁』を発動。

 場所は自分の前ではなく、少年の後ろに佇んでいた少女の真下だ。



 土の壁に押し上げられて派手に転ぶ白狐族の娘を視界の隅に留めつつ、ニニは少年の実体へ『縮地』を使う――。



 そこで留まれたのが、ニニの類まれな戦いのセンスの賜物だった。

 少年の姿は、減っていなかった。

 代わりに転んだ少女の向こうに、さらにもう一人の少女の姿が現れる。



 自分が狙った少女が幻影であった事実に気付くと同時に、二人の少年が矢筒から片手に余る数の鏑矢を掴みだすのが目に飛び込んでくる。


 

 その瞬間、ニニは自分が一歩出遅れたと気付き動揺した。

 今から動いても間に合わないと咄嗟に見切ったニニは、背筋に走る言いようのない感情に従いその身を守る。

 『縮地』を取り止め、『地壁』を再び発動。


 ニニの使う『地壁』は、実は三重に掛けて強化した精霊術である。

 先に少女に発動したのは、一重のみ。

 今はこの残った二重でなんとかするしかない。


 少年が放った鏑矢の束が、甲高い唸り声を上げてニニの『地壁』に襲い掛かる。

 それはさながら、羽音を響かせて獲物に襲い掛かる雀蜂の大群であった。



 蜂たちは簡単に二重の守りを抉り、切り崩し、穴を穿った。

 


 後方へ『縮地』を使い飛び退ったまま、その結果を彼女は驚きを隠せず見つめた。

 二重とはいえ、『地壁』の硬さにはそれなりの自信があった。

 今まで彼女の『地壁』を破れた競技者は数えるほどしかない。

 その面々は名のある探求者シーカーばかりであった。

 だが今、『地壁』を打ち破った少年は、金板ゴールドプレートさえ持っていないのだ。



 発射と同時に交差して場所を入れ替わる少年と幻影に、ニニは打つ手がほぼなくなったことに気付く。

 

 

 どちらかに迷えば、先ほどの雀蜂の群れが飛んでくる。

 幻影を操る主を仕留めようにも、こちらも二者択一を迫られる。

 もはやニニの取れる選択肢は、『金剛』しか残されていなかった。


 一番近い石柱の影に身を潜めたニニは、残った精霊たちをかき集めてその身に纏う。

 そして同時に『金剛』の詠唱を始めた。 


 途中、矢が頭上から降り注ぐが『地荊アースソーン』が自動で撃墜してくれる。

 だがこれでニニの内の精霊は完全に枯渇した。あとは己が身一つで戦うしかない。

 四肢に力がみなぎる感覚を安堵の気持ちで受け入れながら、ニニはゆっくりと息を吸い込んだ。

 次の動きで勝負の行方が決まる。



 侮っていた気持ちがないと言えば嘘になるが、まさかここまで自分が追い込まれるとは……。



 『金剛』を纏ったニニは素早く石柱の影から抜け出すと、少年目掛けて走り出す。

 赤い弓を構えた少年とニニの視線がその一瞬、強く交わった。

 


 グッと引かれた弓から弾かれた矢が、躱し様のない距離から唸りを上げて一斉に飛来する。

 

 

 我が身を覆う堅い守りが、真っ向から少年の切り札を受け止める。

 矢を弾く硬音を聞きながら、前に進もうと踏ん張るニニの目に信じ難い光景が飛び込んできた。


 少年は既に新たな矢の群れを撃ち放っていた。

 そこからさらに少年が矢筒から掴み出した矢をつがえる動作を、ニニの優秀な目がコマ送りで捉える。

 

 第二波の矢がニニの身体を大きく揺さぶる。

 『金剛』が施された体が、限界を感じ悲鳴を上げていた。

 そこに三度目の衝撃が、容赦なく襲い掛かる。


 耳元で割れ鐘が叩かれるような音を聞きながら、ニニは一歩も動けぬまま必死で意識を保った。

 これを耐え抜けば、勝利への道が繋がると信じて。

 その彼女の目に、少年が四度目の弓を構える姿が映し出される。



 ニニの心中に浮かび上がったのは、大きな一つの感情であった。

 恐れと焦りと諦めを併せ持つそれは、絶望と呼ばれていた。



 

 『金剛』が消し飛ぶ感触と共に、彼女の意識は真黒な何かに呑み込まれた。




   ▲▽▲▽▲





「ウラアアアアアアアアアアァァァァァァァァアアアア」




 闘技場に響き渡る獣のような吠え声に、僕は地面に膝をつきながらその身を震わせた。


 何度も何度もやり直しては、ニニさんの癖を掴み思考をなぞり戦法を読み取って、その先を封じてきた矢先だった。 

 ダメージをかなり与えた状態で近距離まで引っ張り、『金剛』を出させた状態で『五月雨撃ちレインアロー』で撃ち破る。

 自信を持つ『金剛』状態なら、彼女は真っ向から受けると踏んでの作戦だ。

 そして法力限界で動けなくなったニニさんに、へろへろだけどまだ動ける僕が止めを刺す。



 描いていたシナリオは、見事に功を奏した……筈だった。



 だが最後の矢を叩き込みヤマアラシのような姿に彼女を変えたが、そこからいきなり様子が変わった。

 

 動きを止めたはずのニニさんが突如、咆哮を上げた。

 その身を大きく揺すり、体中に刺さっていた矢を振り落す。


 背を丸め唸り声を上げるニニさんの姿に、凛とした護法士モンクの面影は何一つ見い出せない。

 それはまるで獣であり鬼そのものだった。


 矢が抜けた後から噴き出した血が、彼女の身を霧のように覆う。

 真っ赤な血煙を全身に纏わりつかせたニニさんは、傍にある石柱に手を伸ばし――――易々と引き抜いた。




 そして数トンはありそうなそれが、僕目掛けて飛んできて――。

 



赤縞雀蜂レッドワスプ―七層に出るモンスター。素早く小さいがゆえ倒しにくい


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