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特訓

「え? ああ今日は創立記念日で休みだよ」

         ―昼間にログインしていた自称会社員Bさんの一言―

 僕らが最初に出掛けたのは、三層北エリア最奥のジャイアントマンティスの徘徊領域テリトリーだった。


 八十四日とか大層に言い放ってみたが、実際は三日だ。

 それに巻き戻しロードの回数を使い切ったあとで、迷宮に入る気にはなれないので実質八十一日の計算となる。 

 その三ヵ月足らずを使って体を鍛えれば、それなりの成果が出るとは思うが、残念ながら筋力は持ち越し出来ない。

 だから僕たちは、ひたすら感覚を鍛えることにした。

 

 ミミ子にカマキリを釣って貰い、脇目もふらず射殺する。

 時間短縮のために毒矢も使い放題だ。どうせ巻き戻すし、お金の心配はいらない。

 15匹ほど倒すと、赤いのが出てくれた。

 前振りなしで『五月雨撃ちレインアロー』を撃ち込む。



 そして僕は意識を失った。



「お目覚めですか? 旦那様」

「……うん。どれくらい寝てた?」

「二十分ほどです」



 キッシェの柔らかい膝から頭を起こすと、リンとモルムが心配そうに近寄ってくる。

 彼女たちに手を差し出して、引き起こしてもらう。

 体に痛みは残っていない。指を何度か開いては閉じてみる。

 握力は戻っているようだ。

 モルムの差し出す強精薬スタミナポーションを一気飲みして、丸まっていたミミ子を抱き上げる。



「よし、次は十分目標で行こう」

「あいさ~」



 カマキリ狩りを再開する。

 まずは最大の切り札である『五月雨撃ちレインアロー』をモノにするのが目標だ。

 撃つ度に気絶してるようなピーキーな技じゃ、実戦では使い物にならない。


 力の分配、的への集中、呼吸と握り方、そして相手の動きをとことん見ること。


 キッシェが言うには、体配、目遣い、息合いに手の内だそうだ。

 何度も『五月雨撃ち』をぶっぱなしては、その中で最善の形を選び取って行く。

 僅かでも威力が高く、体に負担が掛からない撃ち方。

 それを体を通して、頭の中の記憶箱へ詰め込んでいく。 


 一日中、そんな感じで赤カマキリを倒し続けた。

 もし打ち損じた場合は、ミミ子に時間を稼いでもらいリンが僕を担いで逃げる算段だ。

 さらに今回、ミミ子には面倒な課題を頼んでいた。


 それは矢の幻影だ。

 

 いくら『陽炎イリュージョン』が本物そっくりだとしても、矢を撃ち始めれば一発で偽物がバレてしまう。

 そこで幻の矢を発射できれば、かなりのアドバンテージにできる。

 もっとも『陽炎』の有効範囲は20メートルが限界なので、撃ちだして一秒足らずで消えてしまうが。


 しかしその一秒が重要だった。

 上手く行けばニニさんの『地壁アースウォール』の空打ちを誘導できるのが大きい。

 ただ矢を含めた四つの幻影を同時に制御するのは、滅茶苦茶大変らしい。


 普段なら愚痴や泣き言を即言い出すはずのミミ子が、黙ったまま座り込んで肩で息を整えている様からそれがひしひしと伝わってくる。

 後でいっぱい休ませて上げないと。

 取り敢えず頭を撫でてみたら、不思議そうな顔で見上げてきた。

 

「頑張ろうな、ミミ子」

「これ終わったら一週間は、寝て暮らすよ~」

「そうだな。僕ものんびりしたいよ」


 だがその前に、やるべきことがある。

 その日は、気絶時間を十七分まで縮めることが出来た。



 そして二十五日目にして、やっと僕は『五月雨撃ち』のあとに意識を保つことが可能になった。




   ▲▽▲▽▲




 リアルでは二日目、体感時間では三十日目。



 僕らは四層の奥へと足を運んでいた。

 まだレベル2以下の女の子たちと一緒だが、いくら見られても気にすることはない。

 どうせ巻き戻せば誰の記憶にも残らないし、やりたい放題やらせてもらう。



 巨大棘亀ソーンタートルの部屋に辿り着いた僕たちは、早速戦闘を開始した。



 次の課題は回避の上達だ。

 大亀にも『五月雨撃ち』を撃ちこむ。

 

 生命力が高い大亀は、この一回では倒れない。

 他のモンスターだとすぐに死ぬので、練習にならず困っていたのだ。

  

 力が抜けた体を引きずって、反撃の棘の嵐から必死で逃げ惑う。

 自分を追い込んで、限界を知ることも貴重な経験だ。

 いちおう事故死が怖いから、リンから『殉教者の偶人』は借りておいたけどね。



「隊長殿! ファイトです!」

「旦那様、お気をつけて!」

「…………がんばっ、がんばっ」



 女の子たちの声援はかなり重要だ。

 出来れば、チアガールのコスも着て欲しかったが売ってなかった。


 握力が戻らないまま、必死で飛んで来る棘を撃ち落とす。

 背中のミミ子も荒い息遣いで、幻影を操り棘を避け続ける。


 …………ちょっと無理があったかもしれないが、五日目辺りで慣れた。

 呼吸を出来るだけ抑え、無駄な力を抜き最小限の消耗で矢を放つ。

 これで大技の後の脱力時間も、何とかなりそうだ。


 それと亀の新しい攻略法を見つけることが出来た。


 甲羅に引っ込んで棘を生成する際に、その出来立ての部分を矢で射ると簡単に壊れるのだ。

 なので甲羅の天辺付近の棘を、山なりに放った矢で当てる練習も試してみた。

 これも上手く使えば、意外な奇襲になる。


 五十日目あたりで、大亀を思うように殺せるようになった。

 『五月雨撃ち』も十分ほどで再び撃つコツを掴んだ。

 もっとも二回目を放つと、本当に力が抜けて指一本動かせなくなったが。


 ミミ子も幻影たちを、ほぼ確実に制御できるようになっていた。

 これで防御面は整った。

 あと途中、大亀から銀箱が出たが血反吐をはいて我慢したので、精神面での防御力もアップした気がする……。



   ▲▽▲▽▲



 修業はリアルで三日目に突入していた。

 体感時間だと六十ニ日目。


 僕らが仕上げに訪れたのは四層で最強の敵、八脚白鰐オクトゲーターの泉だった。

 

 最後の狙いは技の威力向上ともう一つ、僕の特別を鍛えることだ。

 ロウン師匠が言っていた、よく見るということ。

 何度も巻き戻してきた経験が、僕に与えてくれたこと。

 そしてメイハさんが言っていたレベルアップとは、その人間が探し求めた成りたい自分であるということ。

 

 僕が迷宮で望んだことは、そんな大したことじゃない。

 モンスターの弱い部分を即座に見抜き、そこに効率よく矢を撃ち込めるかどうかだけ。

 たったそれだけだ。



 だがそれを極めれば、とてつもない武器になると今は思う。



 ゆっくりと息を吸って、泉に浮かぶ白鰐の鼻先に矢をぶち込む。

 即座にその巨体が、泉の水面を割って現れる。

 前はこのインパクトにやられて、呑まれてしまったんだよな。


 のっそりと陸に上がってくる八本足の大鰐。

 その姿に僕は必死で目を凝らす。

 


 ――『見破りスポット』。



 ぼんやりと足の付根が、弱いと思える。

 こんなレベルじゃ『鉄壁』にはまだまだ通用しない。

 もっともっと集中して、全ての挙動を観察しなければ。


 大鰐の頭上に、大量の水の塊が浮かび上がった。

 以前と変わらない凄まじい水の精霊術を見せ付けてくる。

 だが僕はすでに大亀の棘で、似たようなものは経験済みだ。


 動き出そうとした水球に、矢を立て続けにぶつけ勢いを殺す。

 これは先日の戦いで先輩射手に教わった鏑矢を使っている。

 鏃が大きい鏑矢は、本来なら撃ち出すと高い音を立てる合図用の矢だが、先輩射手のように囮にも使いやすい。

 そしてこの矢は貫通力自体は低いが、対象に大きな衝撃を与えることができる。


 水量が減った水球たちを、リンが凄い顔付きで盾を構え捌いていく。

 だが僕もリンも、全てを弾くのは無理だった。

 またも吹き飛んでいくリンに、心の中で頭を下げて巻き戻す。

 


「どうですか、隊長殿?」

「難しいな。でも無理じゃないと思う」

「うん。やっぱり隊長殿は無敵ですね」

「そんなに凄くはないよ、僕は」

「いえ、ずっと特訓を見てきましたから! ミミっちも凄いけど隊長殿はもっと凄いです! きっとニニ姫様にも勝てますよ――でもちょっとニニ姫様が負けるところは想像できないです」

「リンはニニさん、大好きだもんな」

「隊長殿のほうがもっと好きです!」

 

 

 不意に僕を引き寄せて、ディープキスをかましてくるリン。

 僕よりも男らしいかもしれない。

 しかし朝っぱらから、これは不味いな。

 少女の舌が強引に僕の口の中を動き回り、ねっとりと舐め取っていく。


「……リン、今は我慢だ。全部終わったら、たっぷり楽しもうな」

「はい!」


 もっとこの感触を楽しんでいたいが時間が惜しいので、強引に引き剥がして説得する。

 しかし色気あふれるリンの唇の端から、涎が糸を引いて玉状になる景色は凄く目の毒だ。

 両手を太ももの内側に置いて座る姿勢のため、腕に挟まれた胸が飛び出して見えるポーズも危険過ぎる。


 慌てて目を逸らしたら、キッシェが物欲しそうな目で僕のすぐ傍らで待ち構えていた。

 だからこんなことしてる時間はないんだって。


「あっ兄ちゃんたち起きてる! あそぼー!」


 危ないところだった。

 ここ二日ほど最後は家でゆっくり過ごしていたので、ちびっ子たちはしばらく遊んで貰えると考えたのか、こうやって朝早くから乱入してくる。

 ベッドの上でちびっ子たちと戯れつつ、股間の熱が冷めるのを待つ。

 あと少し、もうあと少しで何か掴めそうだった。



 その後しばらくは、大鰐の水球を躱しながら弱点を『見破り』つつ、反撃する練習に明け暮れた。

 そして最終日、大きな水音が広場にこだまする。




 地にひれ伏しゆっくりと消えていく白鰐を見下ろしながら、僕は満足げに頷いた。

 



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