分析
「裸の王様って、むしろご褒美じゃねーの?」
―戦闘中以外は常時裸族のギルメンTの一言―
まず距離で考えてみた。
闘技場のフィールドの端から端までの距離は、だいたい150歩くらいだ。
先輩射手の使っていた長弓なら、確実に射程に入れられる。
短弓でもギリギリ大丈夫な距離だ。
僕の場合さらに広い射程を持つ複合弓なので、一方的に戦いを進めることが出来る。
長距離で、当てるだけならワンサイドゲームも可能だろう。
だがまさに当てるだけなのだ。
有利な長距離だが離れすぎた場合、空気抵抗もあるので矢の威力はさほど期待できない。
それに迷宮で使われる矢は、曲がり角が多く見通しの悪い通路での使用を考えて短く太い。
すぐに撃ちやすい長さと、短い距離でも威力がでるようにと工夫されたためだ。
そのため長い距離を飛ばすのには、あまり向いていない。
さらに言えば、撃ち方もそうである。
30歩にも満たない距離での戦闘が基本なため、直接狙いを付ける直射が一般的であり、放物線を描き重力で加速させる曲射の出番は殆どない。
だいたい30歩から50歩の距離で、最大の威力が発揮できるように調整されている。
そしてその距離の場合、ニニさんなら五秒も掛からない。
『縮地』を使われたら、まず当てることが出来ないだろう。
測ってみたが『縮地』の移動距離は5歩前後で、連続使用は5回まで確認できた。
という訳で矢の威力が高くなる中距離は、彼女の距離でもある。
一気に接近されればそこで勝負は終わるが、こちらの勝機も高い距離だとも考えられる。
最後は近距離だ。
盾持さんを鎧ごと吹っ飛ばす威力の打撃と蹴撃。
それを躱して矢を打ち込めれば、もしかしたら何とかなるかもしれない。
いや僕の身体能力を考えれば、確実に敗北する距離だな。
ここまでくっ付かれたら、大人しく白旗を揚げよう。
次に威力で考えてみた。
最初に挙がるのは『風搦めのケープ』だ。これでかなり矢の貫通力が落とされてしまう。
さらに面倒なケープに加え、彼女にはもう一つの防具があった。
ニニさんの両手を覆う真っ黒な篭手、あれの正体は『祓魔の鉄拳』と呼ばれる魔法具で『解呪』が授与された厄介な代物だ。
あれに触れられるだけで、対象物に掛かった魔術は消滅する。
『過剰』しかり、『過大』もしかりだ。
もっとも特大の『混乱』のような場合は、直ぐに消せなかったので上限はあるようだが。
この二つがある以上、威力はかなり減らされると考えるべきか。
それにまだ、『金剛』やあの鉄と化した『地壁』が残っている。
『金剛』に関してはモルムのじいじ先生こと、ニーナクさんにもう少し教えて貰ったがかなり面倒な相手だった。
そもそも法力限界は自身の法力以上の真言を使えば発生するのでは?と疑問をぶつけたら、ニニさんの場合、『金剛』を使った時点ですでに限界を超えているのだそうだ。
しかし彼女は、金縛りにあうこともなく普通に行動できていた。
その理由は、『金剛』に含まれる第五階梯真言の『堅固』にあった。
体を固くするだけなら、そんな高い階梯は必要としない。
『堅固』の恐ろしいところは、法力縛りさえも状態異常とみなし退けてしまうのだ。
限界を超えて使用してるけど、その限界状態まで治してしまう……まさに反則だとしか言えない。
僕が『金剛』の護りを破るには、魔術士さんのように『堅固』の限界を超える攻撃をぶつけるか、効果が切れるまで逃げまわるしかないようだ。
もう片方の厄介な『地壁』だが、これも弓矢とは相性が悪すぎる。
なのでロウン師匠をなだめすかしキッシェにも手伝ってもらって聞き出したところ、使えそうな弱点が二つ見つかった。
一つは高さの限界。
あの壁を鉄のように固くするには、かなりの無理があるようで壁の高さはぎりぎりニニさんの胸元までしかない。
もう一つは発動のタイムラグと効果時間だった。
どうも視認できる場所にしか出すことが出来ないようで、弓弦の引きを見てから前方に壁を作るのが基本の使い方のようだ。
その作成は一秒足らずで、出来上がった壁は三十秒ほど保持される。
連発はできないようなので、無駄撃ちさせるか不意を突けば壁をすり抜けることが可能かもしれない。
ロウン師匠曰く、わしなら弓の起こりが分からない無拍子で撃てるから余裕じゃと笑っていた。
教えて下さいと頭を下げたら、嫌じゃと言われてしまった。
そもそも『金剛』も『地壁』も、個別攻略では意味がないかもしれない。
今回の試合は1対4なのでニニさんも個別対処するために小出しにしていたが、僕の場合となるとほぼ1対1だ。
試合巧者のニニさんなら、容赦なく重ねてくる可能性が高い。
だいたい護法士の癖に、堅すぎるニニさんがおかしいのだ。
護法士という職業は、ある程度のダメージは護法で緩和しあとは体を鍛えて耐えるという無茶な盾役のため、基本は治癒士さんとセットで行動する場合が多い。
その分、身体能力が高くはなるが、攻撃手ほどの決め手をもつ技能は持たない。
護りと攻め、両方できるが両方とも専門家には敵わない。
それが僕の中での護法士の評価だった。
だが大鬼であるニニさんは戦闘能力も高い上に、高階梯の護法や地の精霊術まで使いこなすというそのオーバースペックぶりに、僕の中の護法士像は音を立てて崩れ去った。
彼女が孤高を貫くのも分かる気がする。
あんな高性能な人と肩を並べてパーティを組めるような探求者が、そうそういるとは思えない。
なぜあんな人を僕に紹介する気になったのか、サラサさんを問い質したいところだ。
と、横道に逸れてる場合じゃなかった。
長々と考えてしまったが、僕の取れる戦術の選択は殆どないように思える。
開幕で最大攻撃手段の『五月雨撃ち』をぶっ放して、一か八かに賭ける。
中距離で矢を切らさないよう撃ち続け、近寄らせないようにして勝つ。
もしくはミミ子の『陽炎』で距離を稼ぎながら、効果切れを狙いつつ削って行く。
どれも課題が多そうな戦い方ばかりだ。
だけどこれ以外に、確実で有効な手が思いつけない。
それが28回、ニニさんとソリッドさんパーティの試合を延々と見た結論であった。
途中の結果は惜しい物もあったが、結局全試合ソリッドさんたちは負けっぱなしだった。
最後の辺りは悪いと思ったが、ニニさんの賭け札を買って少し儲けさせてもらったり。
もっとも払い戻し率が低いので、ちびっ子たちのお土産代に消えてしまったが。
解説のおじさんとも、親しげに会話出来て仲良くなれた。
こちらから話しかけてみたら、かなりの物知りで良い人だった。
今週の藍曜日に闘技場初デビューなんですって言ったら、有り金賭けて応援してやるぜと言ってくれたり。
もちろん対戦相手が、あそこで暴れ回っている孤高の闘姫だとは言えなかったが。
そう。あと四日後には、僕の試合がある。
実質、特訓できるのは三日間だけだ。
僕は難攻不落を誇る『鉄壁』を落とすため、ミミ子を連れて普通の人なら三日、僕らでは八十四日にあたる修行を開始した。
『縮地』―護法士の上級技能。短い距離を一瞬で移動できる歩法。起こりが読みにくいため、簡単に接近できる
『解呪』―護法士の第三階梯真言。過剰な魔を退ける




