おっさんズVS鉄壁その2
「肉じゃがはカレーに出来ても、カレーを肉じゃがには出来ないんだよな」
―上級ジョブ選択で後悔したフレAさんの一言―
今更ながら説明させてもらうと、闘技場は基本、何でもありである。
だまし討ちや弱点を徹底的に狙うのはもちろん、一人に攻撃を集中させるような行為は基本戦術としてむしろ奨励されている。
なぜなら根本的に彼らは競技者である前に、探求者なのだ。
迷宮でモンスターと闘う際には、綺麗事など言ってられない。
けれどそれが時に、急所を狙う危険な行為に繋がる場合もある。
しかし闘技場の戦闘は、競技であって殺し合いではない。
ちゃんとその辺りの対策もされていた。
『安全人形』と呼ばれるそれは、献身が祝福されており、競技者の代わりにその身の損傷を引き受けてくれる。
この紙人形の凄い点は、致死性のダメージでも一回限りながら耐えてくれるところだ。
魔法具である『殉教者の偶人』も同じ効果を持つが、それほどの性能は付随していない。
ただその代わり紙人形の方は効果時間が短く、さらに大きなペナルティが存在していた。
体の一部にダメージを負った場合、怪我は紙人形が代わりに引き受けてくれる。
だが同時に効果中は、その部分の感覚が一時的に消えてしまうのだ。
眼をやられたら見えなくなり、耳を潰されると聞こえなくなる。
致命傷を負えば『安全人形』が全て引き受けてくれる代わりに、指一本動かすことさえ不可能になる仕組みだ。
もっとも逆を言えば、少しでも『安全人形』が残っているなら、感覚が消えたまま戦うことも可能となっている。
大抵は紙人形が全て破壊された時点で負けが確定するが、戦闘行為の継続が不可能になったと自ら判断して白旗を掲げる場合もある。
戦闘は相手競技者が全て伏せた状態で動けなくなるか、白旗を挙げた時点で勝敗が決定する仕組みになっていた。
むくつけき男たち対美女の戦いは、中盤へと差し掛かっていた。
ソニッドさんのパーティはすでに二人がリタイアしており、対するニニさんは損傷はないが法力縛りで現在、身動きがとれない。
勝機に動いたのは、やはり先輩射手だった。
矢束をつがえた弓弦を引き絞り、『ばら撒き撃ち改』で一気に攻勢にでる。
八本の矢が、未だ固まったままの闘姫へ空気を裂いて襲いかかった。
そして硬音が闘技場に響き渡る。
変化が同時に起こったため、その把握に僕の思考が引き伸ばされ、少し間を置いて現実へ戻ってくる。
結果から見れば彼女に届くはずだった矢は全て防がれ、その背後で斥候リーダーが地面に倒れ込んでいた。
次いで観客席から、驚きの声がドッと湧き上がる。
「――何が起こったんです? と言うかアレなんですか?」
「久々に見たぜ、闘姫の『鉄壁』を……」
しゃがんだままのニニさんの前方には、子供の背丈ほどの黒い壁が出来ていた。
鉄のような色合いのそれは地面から突如盛り上がり、射手の矢を尽く受け止めたのだ。
順を追って思い返す。
まず矢が飛んできて、なぜかニニさんの手前の地面が壁のように飛び出して盾となった。
そちらへ気が取られた瞬間、満を持して隠れていた斥候リーダーがどこからともなく現れる。
黒い短剣たちを双手に構え、『不意打ち』を仕掛ける斥候リーダー。
矢の猛撃で前面に意識を集中させてからの、見事な連携の奇襲だった。
だがその刃が彼女に届くその寸前、長い円錐のようなものたちがニニさんの背から飛び出す。
それは茨の棘のように見えた。
数本の棘はリーダーの体を貫き、簡単にその動きを止めてしまう。
そしてその後、斥候リーダーを仕留めた棘は砂のように崩れて消え去った。
矢と不意打ちの合わせ技を、ニニさんはその場から全く動かず破ってみせたのだ。
それらの攻防は一瞬のうちに起こり、瞬きの間に全部終わっていた。
「『鉄壁』って守りが堅いって意味じゃないんですか?」
「おう、嬢ちゃん知らねーのか。あれが『鉄壁』の異名のもとになった『地壁』だぜ。もっとも普通の奴が作ると、ただの土の山になっちまうがな。『鉄壁』のは文字通り、真っ黒で鉄みたいに硬えんだとさ」
「ニニ姫様って精霊憑きなんですか?!」
「ああ、土の精霊使いで有名だぜ」
物怖じを知らないリンが、後ろのおじさんに訊いてくれたので疑問はあっさり解決した。
すると背中から飛び出した棘も、土の精霊術と考えるべきか。
感心していると、ニニさんがゆっくりと立ち上がるのが見えた。同時に土壁が崩れ去る。
もう法力縛りから回復したようだ。
これでソニッドさんのチームは、射手さん一人を残すのみ。
『金剛』は失ったが、ニニさんの地力を考えると勝敗は完全に決まったように思える。
いや、そう決めるのは尚早か。
有利なはずのニニさんの様子に、僅かな変化が見て取れた。
「やりやがったな、ソニッドの野郎」
「何をやったんですか? ソニッドさん」
「見てみろよ、嬢ちゃん。『鉄壁』の背中を」
「あっ! ケープがなくなってる」
「その通りだぜ。ソニッドの奴、不意打ちは失敗したが、きっちり仕事はやり遂げたな」
先ほどの一瞬、棘の山に弾かれただけのように見えたが、ちゃんと斥候リーダーは『盗み取り』を発動させていたようだ。
これでニニさんは『金剛』に引き続き、弓矢対策の『風搦めのケープ』までも失ってしまった。
するとまだ距離が少しある分、先輩射手のほうがやや有利なのか。
観客たちが固唾を呑んで見守る中、今度も先に動いたのは先輩射手だった。
ギリギリまで弦を引き絞り、佇むニニさんに照準を合わせる。
――『必中矢』。
じゃない。あれは矢が違う。
その矢はここからでも判るほど、先端が非常に大きかった。
笛のような音を立てる鏑矢が、真っ直ぐにニニさん目掛けて宙を飛ぶ。
明らかにこれまでの矢と違って、速度が半端ない。
露骨過ぎて逆に怪しい『囮矢』に対し、ニニさんが動いた。
彼女の体躯が軽やかに沈み伸ばした脚が、何もない地面すれすれを刈り取る。
いやそこにあったのは、もう一本の矢だった。
鏑矢の影に潜ませるように打ち込まれた刺客だが、見事にニニさんは見抜いていた。
『囮矢』を躱すと同時に、『影矢』を迎撃する。
護法士が綺麗な足払いを披露して、射手の奥の手に終わりを告げる。
これで勝負の行方が、ハッキリと着いたようにも思えた。
そして立ち上がったニニさんの背中には、なぜか短剣が突き刺さっていた。
驚きで声を失った僕をよそ目に、観客たちはまたも大きな歓声を上げる。
意識を完全に矢の方へ集中していたので、何が起こったのか判らない。
それはリンも同じだったようで、呆然とした顔で僕を見つめてくる。
「ふう、今回も見事な死にっぷりだったぜ。ソニッド」
そんな僕たちに向けて、解説のおじさんがさりげなく教えてくれる。
改めて見れば、棘に仕留められ地面に伏していたソニッドさんの片手から短剣が消えていた。
「ソニッドさんて、さっきやられてませんでした?」
「アイツは毎回、終わったと思ったらああやって最後の一撃をかますんだよ。だから死んだフリのソニッドって呼ばれてるぜ」
何とも嫌な異名だ。
だがこれでやっと一矢報えたのか。
「――久々に楽しい勝負だったな」
「えっ?」
「あそこで足を潰せてたら、もう少し粘れたんだろうが」
その言葉の意味を問いただす間もなく、ニニさんは動いていた。
軽く肩をゆすり短剣を振り落とすと、最後の一人目掛けて急激に速度を上げる。
それを迎え撃つ射手さんだが、放たれた矢はニニさんに辿り着く前に彼女の体がブレるように加速して置き去りにされる。
たぶんあれは護法士の技能『縮地』か。
見る見る間に距離を詰められ、為す術もなくなった先輩射手にニニさんの鉄拳が容赦なく打ち込まれる。
あっさりと白旗が挙がり、勝負は決した。
▲▽▲▽▲
「どうじゃ小僧。勝てそうか?」
試合が終わったあとの昂奮の余韻が残る観客席で、面白がる口振りのロウン師匠が話しかけてきた。
「さっぱり攻略の目処が立ちません。師匠ならどうなさるんですか?」
「わしか? わしなら近寄らせんし簡単じゃよ」
「それが出来たら良いんですが。ガチガチのコチコチじゃないですか」
「そりゃあまあ、あだ名が『鉄壁』じゃしのう」
「正直、勝てるビジョンが浮かびません」
僕の返しに、老人は大きく笑い声を上げた。
「お主の特技は見ることじゃろ。よく思い返すことじゃ」
それだけ言い放つと、スタスタと立ち去っていく。
役に立つかよく判らない助言を基に、試合内容を思い起こしてみる。
ニニさんの戦闘スタイルは近接攻撃メインで、相手に接近できるまでは『金剛』などで耐える感じか。
だからまずその『金剛』を盾持さんが潰しに行ったと。
失敗した場合は、魔術士さんが『混乱』で相殺させる。
『金剛』を失ったニニさんは、法力限界がきてすぐには動けない。
その合間を埋めるのが、異名の元となった土の精霊術『地壁』か。
ただ連発は出来ない感じだった。ソニッドさんたちも、それを判ってて削りにいったんだな。
そして飛び道具対策を失ったニニさんを、射手さんが気を引き付け斥候リーダーが毒で足を狙って動きを止める作戦か。
戦闘が起こっていたのは、フィールドの真ん中辺りで丁度周りに弾除けになる石柱がない地帯だった。
そこらへんも計算してたんだろうな。
なるほど、足を潰せていたらの意味がようやく分かる。
分かっては見たが、僕には出来そうにない。
あの堅固な城のような闘士に、どうやれば勝てるんだろうか。
『死んだフリ』―ソニッド専用の特殊技能。リアルすぎて子供が泣く
『盗み取り』―斥候の中級技能。戦闘中に色々盗みます
『影矢』―狩人の中級技能。通常の矢の影に隠して撃つ。薄暗い迷宮だとあまり活躍しない
『地壁』―精霊使いの土精使役術。迷宮の石の床では使えない
『地荊』―精霊使いの土精使役術。死角からの攻撃を、撃墜してくれる便利な土の棘
解説のおじさん―闘技場に通い詰めるあまり、嫁さんが子供を連れて実家に帰ってしまった




