おっさんズVS鉄壁その1
サブキャラを作る際にメインキャラと逆の性別を選んで、何となくカップル感を出してしまうでござる
赤曜日の闘技場。
満員に近い席の端っこで、僕たちは試合開始の合図を待ちわびていた。
夏はすっかり終わった気になっているのか、無人のフィールドに注がれる日差しはかなり冷めている。
だが闘技場の観客席は、それとは逆にかなりの熱気に包まれていた。
ざわめく観客たちに紛れながら、赤毛の少女が興奮気味に話しかけてくる。
「うー、待ちきれないです。隊長殿」
「僕はどちらかと言えば、胃が痛いよ」
「お腹すいてるんですか?」
から揚げの盛られたカップを差し出してくるリンに、僕は力ない笑みを浮かべた。
今からニニさんの無敵っぷりを、見せ付けられるかもしれないのだ。
手も足も出ないほどの差を感じてしまったら……。
暢気に楽しむ気にもなれない。
「なんじゃ、気弱なこと言いよって」
僕らの会話に、横からお爺さんが口を挟んでくる。
ギルドの技能講習の教官で、キッシェに弓術を教えてくれているロウン師匠だ。
僕も技能試験の審査で、お世話になったことがある。
「わしらがしっかり解説してやるから、安心してみるが良い。なあ、ニーナク」
「私は忙しいから、お前だけで頼む」
ニーナクと呼ばれた白鬚のお爺さんが冷たく答える。
こちらのご老人はギルドの魔術科の講師で、モルムにじいじ先生と呼ばれている人だ。
忙しいと仰ってるが、果物ジュースを嬉しそうに飲むモルムを見守るので手一杯なんだろうか。
御二人はわざわざ女の子たちのお願いで、闘技場まで足を運んで下さったらしい。
あとでちゃんとお礼を言っておかなければ。
不意に物々しいドラの音が響き渡る。
喧騒がぴたりと止まり、皆の視線がフィールドへと注がれる。
そして左右の門から競技者たちが現れた瞬間、大きな歓声が沸き上がった。
西からは盾持、斥候、射手、魔術士の四人。
対する東からは護法士ただ一人。
装備も四人がほぼ全身を防具で強化しているのに対して、ニニさんはいつもの青い胴着に黒い籠手を着けているだけだ。
うん、盛り上がる理由が凄く分かりやすい。
これどう見ても、ソニッドさん側が悪役にしか見えない。
あとリンは座って見てほしい。胸が揺れすぎて、また注目が集まってるし。
「始まりましたよ!」
少女の叫び声に、僕は慌ててフィールドに視線を戻す。
すでに戦いは動き出していた。
盾持さんが一気に戦場を駆け抜ける。
その背後では、魔術士さんから『過剰』の呪紋の支援を受けた射手さんが攻撃を開始していた。
斥候リーダーの姿は、僕がリンの胸に気を散らした一瞬の間に見えなくなっている。
こんな距離がある場所では、圧倒的に飛び道具を持っている方が有利だ。
なんせ迷宮のモンスターでさえ貫ける弓矢なのだ。人相手では言うに及ばない。
たいていはフィールドに疎らに設置してある巨大な石柱を利用して、接近戦に持ち込むのがセオリーだがニニさんは全く違っていた。
彼女は戦闘が始まってから、一歩たりともその場から動いていなかった。
小さく何かを呟きながら、飛んでくる矢を次々と何気ない感じで払いのける。
「凄いですね、矢を虫みたいに落としてますよ」
「うーん、何かおかしいな」
あれだけ距離を空けて飛んでくる矢なら、止めるのは僕でも簡単だ。
気になったのは、そこではなかった。
『過剰』が掛かってる割りに、矢の速度が余りにも遅いのだ。
「旦那様、あのケープは――」
「『風搦めのケープ』か!」
ニニさんの背に見える装備は、以前手にしたことがある魔法具だった。
確か『風陣』が刻印されてて、遠隔攻撃を和らげる性能があったはず。
まさかの飛び道具対策か。
感心しているうちに、盾持さんはフィールドをほぼ横切っていた。
と言っても、ニニさんまでまだ十歩ほど残っているが。
と思った瞬間、その巨体が加速した。
盾を真正面に構えたまま宙を飛来して一気に距離を詰めると、そのまま凄まじい勢いでニニさんにぶち当たる。
「出たぜ! ドナッシの『弾丸盾撃』だ!」
僕の後ろの観客が、唐突に大声を上げる。
それに呼応するように、周囲の声がワッと盛り上がる。
何だ、今の?
全身鎧の大男が、少なくとも八メートルくらい水平に飛んだぞ。
『盾撃』っぽいけど、あり得ない動きだった。
そしてもっとあり得ないのは、ニニさんのほうであった。
彼女は微動だにしていなかった。
胸の前で交差した両腕で、盾持ちさんの猛攻を綺麗に受け止めていた。
やや八の字形に足を開き少し内向きに膝を曲げた構えだが、それだけであの突進を止め切れるのか。
密接した形になった二人だが、動いたのはニニさんの方が先だった。
腰が小さく回り、僅かに引かれた肘を加速させる。
剛腕の一振りは、ここまで空気を裂く音が聞こえて来そうだった。
いや実際に裂けていた。
おもに盾持さんの長盾の上部分がだが。
黒い籠手の一撃は、盾の上半分を吹き飛ばすほどの威力だった。
――――ウォン!
ニニさんが、突然声を張り上げた。
同時に盾持さんが、バックステップして距離を取る。
「『金剛』が完成してしまいましたか」
「いい動きじゃったが、あと一歩足らんかったのう」
「なんですか、それ?」
僕の代わりにリンが疑問を発してくれる。
「金剛はめっちゃ堅くなるのじゃ。面倒じゃぞ」
ロウン師匠の説明が大雑把すぎるので、代わりにニーナク先生が早口で教えてくれる。
『金剛』は護法士の第六階梯真言で司る効験は『堅固』と『摧破』。
簡単に言うと凄く堅くなって、凄く強くなるらしい。
「アレを止めるのが、『鉄壁』相手の課題じゃのう」
どうりで盾持さんが前に飛び出す訳だ。
待っていたら、向こうのペースになるのか。
盾持さんが後退を始めると同時に、ニニさんが前に出る。
そこに加勢するように矢が飛び込んでくるが、『金剛』を纏った護法士は構わず突き進む。
もはや、払う素振りさえ見せない。
軽い棒切れのような扱いを受けた矢は、ニニさんに当たると何の痕も残さず消滅する。
踏み込んだニニさんの左足が綺麗に持ち上がり、回し蹴りが繰り出される。
踏みとどまった盾持さんが、残った盾を突き出して『受け流し』!
あっさりと失敗して盾が全て吹き飛ぶ。
だが負けじと盾持さんも、反対の手に握っていた片手棍をニニさんの肩目掛けて振り下ろす。
それを左上段で受けながら、ニニさんは流れるように今度は右の前蹴りを繰り出す。
まともに喰らった盾持さんは、あっけなく宙を飛んだ。
そのまま地面にバウンドしつつ、ゴロゴロと転がって石柱の一つにぶち当たってやっと勢いが止まる。
まるで大人と子供のじゃれ合いのようでもあった。
大きく観客がどよめく。
盾持さんの見事な玉砕を称えたのかと思ったが、どうも違うようだ。
視線を皆に合わせると、フィールドの西側に待機していた魔術士さんが目に飛び込んできた。
その手に持つ杖が、高速で中空に紋様を描いていく。
何度も見た覚えのある『集中』。
しかし今さら射手さんに掛けたところで、勝機があるとは思えない。
いや違った。
『集中』の向きは、魔術士さんの方へ向いていた。
自分に掛けているのか。
『集中』の呪紋がその役割を終え、光の線がゆっくりと消えていく。
その上を新たに杖が動く。
新たに描かれたのは、またも『集中』だった。
だがさっきよりも大きい。さらに描く速度が驚くほど上がっている。
そしてさらに描かれる『集中』。
三連続だ。もはや速過ぎて、その杖の先が捉えられない。
光の線が乱舞する中、最後の呪紋が姿を現す。
それは超馬鹿でっかい呪紋であった。
通常、呪紋の大きさは二の腕くらいだが、明らかにそれは人の身の丈を軽く超えていた。
身体強化したニニさんが、猛スピードで二人に迫る。
その僅か十秒にも満たない時間で、魔術士さんは巨大な呪紋を造り出していた。
「相変わらずラドーン爺さんの『高速呪紋』はすげーな! これがあるからアイツら油断できねーんだよ」
またも後ろに座る観客が解説してくれる。
助かります、後ろの人。
巨大な呪紋が光を放ち、真っ直ぐに駆け寄るニニさんを直撃する。
絶対に無理かと思われていた『鉄壁』の足が、急激に止まりその場に釘付けになる。
「あれ、なんて言う呪紋なんです?」
驚きのあまり、僕はニーナク先生に質問をぶつけてしまう。
「あれは第四階梯呪紋『混乱』です。なるほど良い手ですな」
「と言いますと?」
「『混乱』は単純に意識のみに作用するものではありません。あの空間自体に大量の魔が発生するのです」
「…………それでどうなっちゃうの? じいじ先生」
「それは見てのお楽しみですよ」
本当に言葉通りであった。
立ち止まったニニさんの周囲が、陽炎のように揺らめき出す。
まさに空間自体が揺らいでいるのだ。
それに合わせるようにニニさんの身体も、ぐにゃりと曲がったように見えた。
出来損ないの鏡の映ったかの如く、空間ごとニニさん自身が歪んでいく。
だが『鉄壁』の異名は、伊達ではないらしい。
再びニニさんは、内股になり両脇を締めて腕を胸の高さまで持ち上げた構えを取る。
そしてそのまま体を捻り、渾身の右拳を地面へと打ち込んだ。
ビリビリと空気の震えが伝わってきた。
同時に、ガラスが粉々に割れたような音が耳に届く。
それと同期するように、魔術士さんの頭上に浮いていた巨大な呪紋も光の粒となって砕け散る。
一緒に魔術士さんが、糸が切れたように後ろへ倒れこむ。
その顔は、ここからでも分かるほど真っ赤に染まっていた。
「あの程度で酔うとは情けない」
「…………ラド爺大丈夫かな?」
後で聞いたが魔術士のラドーンさんは、ニーナク先生のお弟子さんでモルムの兄弟子にあたるそうだ。
そして変化は、ニニさんにも起こっていた。
いや何も起こっていないのだが、それが不思議なのだ。
さっきまで激しく動いてたニニさんが、なぜか今は地面に拳をつけたまま微動だにしない。
湧き上がるその疑問に、僕の後ろの席の解説の人がタイミング良く答えてくれる。
「すげえ! あいつら『鉄壁』の『金剛』を破っちまったぜ! あれは全法力を使ってるから、消えた反動で法力縛りが起こるぞ」
ありがとう、解説の人。
となると勝負は、まだ動ける人が残ってるソニッドさんのパーティが俄然有利だ。
これは面白くなってきたと、僕が身を乗り出したその時、後ろの人がまたも意味ありげな言葉を呟いてきた。
「――――となると、来るなアレが」
『弾丸盾撃』―ギルドの正式名称ではありません。弾丸は弩の弾を指します。
『高速呪紋』―魔術士の中位技能。早描きできるよ
『堅固』―護法士の第五階梯真言。『不変』の上位真言
『摧破』―護法士の第四階梯真言。体が強くなるよ
『混乱』―魔術士の第四階梯呪紋。精神だけじゃなく肉体や空間もぐにゃぐにゃに




