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二層メイズクロウラー狩り

流行のアニメのキャラで名前を決めると後で死ぬほど後悔するでござる

 薄暗い迷宮の奥、床に置かれたカンテラの乏しい灯りが一人の少年を闇の中から浮かび上がらせる。

 そしてその周囲で蠢くおぞましい虫の群れも、同時に照らし出した。

 魔物に取り囲まれて逃げ場もない少年の顔には、なぜか焦りの表情は見えない。 

 剣も持たず軽装な姿と相まって、何かの手違いでそこに居るかのような印象さえ受ける。


 だが魔物には、獲物の事情なぞどうでも良いようだ。

 大きな犬ほどのサイズを持つ芋虫たちは、真黒な表皮を伸縮させながら一斉に少年へと押し寄せる。

 その動きは、見た目からは予想もつかないほど速い。

 

 凶悪な虫の波が哀れな犠牲者を飲み込む寸前、少年の痩身は華麗に宙を舞った。

 有り得ない高さで虫たちを飛び越えた少年は、魔物の背後に軽やかに着地する。

 獲物を見失った芋虫たちだが、即座に体を反転させ少年を追う。

 少年は再び地面を蹴りつけ、自らの身を空へ投じた。

 襲いくる芋虫を鮮やかに躱しながら、ぎりぎりの間合いを保って翻弄する。


 巧みに回避し続ける少年に焦れた芋虫の一匹が、真っ黒な糸の塊を突如吐きつけた。

 予想外の速さをもつ粘糸の束が少年に当たるかと思えた瞬間、その姿がわずかにぶれる。

 次の瞬間、糸の塊は背後の壁にぶつかり墨のように広がる。

 それは少年の身体をすり抜けたとした思えない結果であった。


 同時に糸を吹き付けた芋虫は、ごろりと横転する。

 その頭部には初めから生えてたかのように、いつの間にか一本の矢が突き刺ささっていた。

 ひっそりと息絶え消えていく仲間に目もくれず、虫たちは少年を追いかけ回す。

 そして一匹一匹、音もなく死んでいく。



 迷宮芋虫メイズクロウラーの集団が全て駆逐されるまで、少年とモンスターたちの鬼ごっこが終わることはなかった。



「なあミミ子、僕ってあんなにカッコイイの?」

「ううん、五割増ししてるよ」

「あっそうなんだ……」


 まあ良いけどね。

 ちょっと訊いてみただけだし。


 僕は背中からずり落ちそうになった少女を、改めておんぶし直した。

 ひんやりとした感触が掌から伝わってくる。

 一定の快適な温度に保たれている迷宮の中にあって、ミミ子の体は驚くほど冷え切っていた。


「ねえ、ゴー様」

「なんだい?」

「お尻に触るの今日で三回目だよ」


 ほどよい弾力の触り心地を楽しんでいた僕は、しぶしぶその手を離した。

 

「お尻三回触ったら、今日はもう終わりってことだっけ~?」

「まだ始めたばっかりだろ。今日もカバンいっぱいになるまで頑張るぞ!」

「もう帰ろうよ~。疲れたよ~」

「我がまま禁止!」


 ぶつくさ言い始めたミミ子を背負ったまま、僕は芋虫どもが消えた後に現れたドロップアイテムの黒絹糸を拾い集める。この黒絹糸はかさばらない上に、相場が高値で安定しているアイテムなので換金効率が非常に良い。だがご覧の通り、迷宮芋虫メイズクロウラーは群れて行動する習性があり、ソロで挑むとタコ殴りにされる可能性がかなり高い。

 効率大好きな僕が、涙をのんで諦めていたモンスターであった。


 しかしそれはもう過去の話。

 ミミ子の加入でパーティ事情が大幅に変わった今、二層奥の芋虫地帯は絶好のお金稼ぎ場と化した。

 にやにや笑いが止まらない僕の背中で、ミミ子がぽそりと呟く。


「ミミ子を買って良かった? ゴー様」

「ああ、大当たりだったよ」

「だったらもっと大事にしようよ~お腹すいたし今日は終わろうよ~」

「まだまだだ! もっともっと稼いで――」

「稼いで?」

「新しい奴隷を買うのだ!」


 力強く宣言する僕に、ミミ子は何も言わずぐてっとその身を背中に預けて来た。



   ▲▽▲▽▲



 僕が狐耳の亜人の少女奴隷を購入してから、すでに一週間が経過していた。


 ミミ子が我が家にきた翌朝、美少女の手作り朝ごはんの匂いで目覚める僕の夢はあっさり裏切られた。確かにミミ子は読み書き計算や社会常識はバッチリだったが、それ以外がさっぱりだったのだ。

 

 彼女は超がつく、ぐ~たらだった。

 気が付くとベッドかクッションの上で、真っ白の毛玉状態で丸くなっている。

 しかも寝顔が超かわいい。うっかり起こすと罪悪感で胸が締め付けられるレベルだ。

 仕方がないのでミミ子の食事や着替えは、僕が世話する流れになった。

 

 正直、金貨12枚で高価なペットを飼った気持ちになっていた僕だが、実のところミミ子を買ったのは大正解だった。

 ちなみにミミ子という呼び名は、名前を尋ねた僕に彼女がこう言ったせいだ。


「何でも好きに呼んでくれたらいいよ、ご主人様」

「じゃあミミ子で」

「何で耳?」

「最初会った時に、耳で挨拶してたろ。あれ可愛かったから」

「ふ~ん、じゃあそれで良いよ。ご主人様も長いからゴー様でいいよね」


 名前を明かしたがらない理由は、気が向いたらそのうち教えてくれるかもしれない。

 亜人の名前は発音しにくいとか、意外と単純な理由のような気もするし。


「で、ミミ子は何が出来るんだ?」


 椅子にダラシなく腰掛ける狐耳娘に、問いただしてみたが無視された。

 寝てるのかなと思ったが、目蓋は開いている。

 顔の前で軽く手を振ってみたが、眼球に動きがないので思わず頬に触れる。

 

 その手が何の抵抗もなく、狐っ子の顔に沈んだ。


「痛いよ、ゴー様」


 驚きの声を上げなかったのは、巻き戻しロードのせいで人より少し人生経験が多かったせいだと思う。

 僕はそっとめり込んだ手を引き抜いて、声のした背後を振り返った。


 ベッドの隅には、いつの間にか白色のもふもふが丸まっていた。

 でも目の前の椅子には、微動だにしないミミ子が座っている。

 じゃあ、あれは何だ?

 

「ウソウソ、痛くないよ」

「これ…………幻影か?」

「『陽炎イリュージョン』だよ」


 僕はもう一度、目の前の椅子に座るミミ子をまじまじと見つめた。

 細い真っ白な髪の質感や、つややかな唇のぷるぷる具合まで見事に再現されている。

 これは僕が知っている3Dなんとかやホログラなんとかとは、比べ物にならない出来だった。

 すぐそこに、本当に人がいると思えるレベルだ。


「動かせるのか?」


 その問いかけに眼前の狐っ子は、耳をパタパタと振ってみせる。

 凄い! 完璧に騙されるぞ、これ。

 思わずその耳に触れたくなって手を伸ばす。

 ふんわり温かい空気に包まれたかと思ったら、掴むはずの耳は指が届く前にぶれて消え失せた。指を戻すと、消えた耳が即座に再生される。

 

「空気を熱で屈折させてるので陽炎か。でも元になる鏡象がないぞ……どういう仕組なんだ?」

「さぁ判んない。判るのはコレが出来るってことだけ」


 原理が判らなくても、これが素晴らしいってことは判る。

 応用を考えると、色々と出来ることが広がっていく。

 僕は感動のあまり、ベッドに駆け寄って白いもふもふに抱きついた。


「て、ほっぺた冷た!」

「寒いしそろそろアレ止めていい?」

「もしかして、熱が媒体なのか?」

 

 無言で頷くミミ子の頬をもう一度撫でる。

 その手触りはシルクのように滑らかだが、人肌の温かさではなかった。


 精霊使いエレメンタラーというのは、自然界に存在する現象を増幅させ任意に使いこなす職業だ。

 その為に、媒体と呼ばれる元素が必要となる。

 風使いや土使いはイヤほどある地面や空気が使い放題だが、水使いや火使いは水筒や火種を持ち歩く必要があるので、今一つ使い勝手の悪いジョブ扱いだった。


 でも火の精霊術って熱でも良かったのか。

 それなら自前で幾らでも用意できる。

 それにあの幻影、あれを囮に使えば色んなモンスターに対処できるぞ。


「凄いなミミ子! よし早速迷宮に行って試してみよう」

「いやだよ。だるいし」

「嫌じゃなーい。行くの!」

「寒いし動きたくない」

「ほらほら行くぞって、これは幻?!」

「代わりにソレ連れて行っていいよって放せ~、イヤだ~、ヤメロー」



 そんなこんなで、話は迷宮に戻る。



 ミミ子の作り出す幻影囮の効果は抜群だった。

 視覚感知追跡型のモンスターなら、百パーセント引っ掛かる。

 大量にリンクしても皆、囮を追いかけ回してくれるので怖くもない。

 こちらは少し離れた場所から、一匹ずつ始末すればいいだけ。


 二、三発で撃ち殺せる群れていない&仲間を呼ばないモンスターを、延々と相手してきた僕の過去の苦労は笑い話にもならない便利さだった。


 勿論、マイナスな点もある。

 まず嗅覚や聴覚感知のモンスターには、幻影囮は全く通用しなかった。

 これは獲物のチョイスを替えるだけで済む。

 一層と二層の狩場マップは公開されているので、わざわざ召喚ポップ場所へ行かなければ絡まれることもない。


 次に幻影囮にも限度があること。

 ダメージを受け続けると幻影の維持が難しくなり、最終的によく判らないモヤモヤになってしまう。

 あと長時間の使用も無理だった。

 術者の精神状態が影響するのでまちまちだが、平均で五分くらいが限界のようだ。

 さらに一度消えると、再詠唱リキャストに十分ほど休憩が必要になる。

 まあこれは使い方次第で何とか出来る。


 最後の問題は、ミミ子の体力のなさだ。

 陽炎をだすのに体内の熱を大量に使う必要もあるので仕方ないが、少し歩くだけで座り込んでしまう有り様だった。

 これは僕が背負って歩くことで解決した。

 一応レベル3になって身体能力が前より上がったようで、小娘ひとり背負って戦うくらいは平気になっている。


 話が少しそれるが、このレベルが上がると基本スペックも上がるというのが実は曲者なんだと思う。身体能力が上がって強くなった気はするが、戦闘技術はレベルが上がる前と後で変化はない。速く動けるようになっても、武器の扱いが下手だと結局意味がないのだ。

 ぶっちゃけると、上位レベルでもたいした動きじゃない人は結構多い。

 まあ僕は赤の他人とパーティを組む気はないので、下手だろうがどうでも良いんだけどね。

 

 使い道に少し工夫が必要だったが、ミミ子の精霊術は僕たちの狩りのやり方を大きく変えてくれた。

 これだけで大枚はたいた甲斐はあったと思ってる。

 ホントはもう少し、ミミ子にやる気出してほしいけど。


 僕がレベル4に上がると、浅層での狩りは宝箱狙いの乱獲とみなされ警告の対象になる。

 まだまだ先だとは思うが、今のうちに頑張ってお金を稼いでパーティメンバーを増やしておきたい。


 

 それまではミミ子と二人で、こうやって狩りを続けるのも悪くないか。



陽炎イリュージョン』―精霊使いエレメンタラーの火精使役術。レベルが上がると幻影が増える

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