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和解と手助け

年単位でプレイしたゲームの街の名前を、間違って覚えていたことに今さら気がついて驚くでござる

「ホントごめんなぁ」



 頭を下げるサラサさんに、僕は慌てて首を横に振った。

 


「こちらこそ申し訳ないです。こんなことに巻き込んでしまって」

 

 

 査問会が終わったあと、僕らは迷宮組合ラビリンスギルドの建物からかなり離れた茶屋に避難していた。

 流石に元被告とギルド職員が、仲良くロビーで会話する訳にも行かない。

 このお店は衝立で仕切られた四人掛けの座席があるので、人目をあまり気にせずゆっくりと会話することが出来る。


「普通、査問会に呼ばれるような子は、事前にそれらしい噂があがってくるねん。ホント油断してたわ」 

「いえ、協力して頂いただけで十分ですよ。サラサさん」

「まぁちょっと今回は胡散臭すぎやわ。あんた、何か聞いてないん?」


 サラサさんの呼び掛けに、同席の女性は静かに首を振った。

 彼女は先程から、出された香茶にも手を付けず一心不乱に一つのことに集中していた。


「ちゃんと話聞いてるん? って何してんの? ミミ子ちゃん嫌がってるやん」


 サラサさんが軽く女性の肩を叩いたので、ようやく同席者は顔を上げてくれた。

 額から伸びる長い角と真っ赤な瞳が、相変わらず僕の目を惹きつける。



 ミミ子を膝の上に抱えて座るその女性は、孤高の闘姫ことニニ姫様だった。



「さっきから人の話も聞かんと――。はいはい、ミミ子ちゃんこっちおいで」

「まだブラッシングが終わってない」

「あんた、わざわざブラシ持ち歩いてんの? ホンマ呆れるわ」

「あの……サラサさん?」

「うん?」

「お友達なんですか?」


 僕は向かい側に座るサラサさんと、ミミ子を取り上げられて心なしかしょぼんとしているニニさんを見比べる。

 確かに迷宮予報官と高レベル探求者シーカーなら知り合いでもおかしくはないが、先程からの会話はどうみても気のおけない友人同士のようだった。

 あと普段は家でちびっ子たちに触られても為すがままのミミ子だが、ずっと撫でられたのは流石に気に障ったのか、珍しく嫌な顔をして僕の隣の席に避難してきた。 


「結構、古い付き合いやねん。この子の受付担当してたのが、だいたい四年ほど前やし」

「そうだったんですか」

「ほら前に、メンバー紹介しよかゆーてたやん。それ、この子やねん」


 ――――えっ?


「この子、面倒見だけは良いからねぇ。君も亜人平気そうだし、それなら仲良くなれるかなって思て」

「それは有り難いお話ですが……」

「そう思てたら鬼人会と揉めてるって話聞いて、何してんのこの子ってかんじよ」


 また気軽にサラサさんが、大鬼オーガ女性の二の腕をしばく。



「この子も、そんな悪い子ちゃうねん。堪忍したってな」



 話を詳しく聞いてみると、結構重たい話だった。

 ニニさんこと、ニニ・ラニフ・ニノさんもかつてはミミ子と同じく終身奴隷であり、探求者シーカーの主人に連れられて迷宮へ潜っていたらしい。

 その主が迷宮で命を落とし、遺言により彼女は奴隷から解放されることとなった。

 

 しかし彼女は迷宮での生き方しか知らず、また亡くなった主への忠義も高かったため、その無念を晴らすため単独で深層へ潜り続けた。

 護法士モンクとしての適性が高かったゆえか、それとも戦闘種族の血がなせる業なのか、彼女は過酷な深層を生き延び誰からも一目置かれる存在となった。


 そしてそんな中、彼女は自分と同じ亜人たちが迷宮で酷使されている事実に気付く。

 他人の奴隷はどうしようもないが、新たに生まれるのは減らすことが出来る。 

 

 そのためにニニさんは闘技場で賞金を稼ぎ、同じような有角種の奴隷たちを自ら買い取ることにした。

 それが徐々に増えていき、いつしか徒党リングを結成するまでとなった。

 ちなみに奴隷商さんのとこに、亜人奴隷用の特別室があったのは彼女の援助の賜物だとか。


「それじゃあ、リンの件は……」

「弱みを握られて無理やり仲間にされてるんじゃないかって、聞き込み調査やったらしいんよ」

「てっきりナンパかと思ってました」

「うん、それもかなりあると思うんよ。リンちゃん可愛いし」


 そこまで話していたら急にニニさんが頭を下げてきた。


「今回は迷惑をかけた。すまない」


 どうも鬼人会での僕の評判はかなり悪かったらしく、査問会で上げられた四層皿部屋での遭遇もその流れで報告されてたらしい。

 僕を目の敵にしてたソフトモヒカンの兄ちゃんが、言い出しっぺと聞いた。

 彼は小鬼ゴブリンと人の混じりものハーフで、同じ鬼人の混じりものハーフであるリンにかなりの親近感を抱いていたのだとか。

 そんな彼だが今回の行き過ぎた干渉の処罰として、しばらくニニ姫の特訓を受けて鍛え直しになるそうだ。


「そんなことないって、何回も言ったんやけどねぇ。この子、ほら見た目のまんま頑固やし」

「私は自分で見聞きしたことで、判断しているだけだ」

「ふーん。で、どうなんよ?」

「ミミ子嬢の健康状態を見れば分かる。彼は申し分ない主だ」


 褒められたみたいだが、可愛いペットの飼い主扱いであまり嬉しくはない。

 ミミ子の方に目をやるとすでに話に興味を失くしたのか、皆の分の茶菓子まで全て食べ尽くしていた。


「オカワリいるか?」

「うん」


 茶菓子と香茶セットをさらに追加して貰っていると、ちょいちょいとサラサさんに手招きされた。

 ニニさんに聞こえない位置で、こっそりと打ち明けられる。


「この子なぁ、見た目怖いけど頼まれたら断れへん性格やねん」

「なんとなく分かります」

「鬼人会のほうもちょっと肩入れし過ぎやったし、少し距離を置かせたかったてん」

「それで僕が?」

「君と組ませたら面白いんちゃうって思ってたんやけど、まさかこんなことになるとはねぇ」


 そしてサラサさんは、ニッコリと言うよりニヤリとした笑みを浮かべて僕の肩を軽く叩く。


「一回バシッとやっつけたって!」

「無理ですよ! ニニさん、レベル6じゃないですか!」


 つい声が大きくなってしまったので、内緒話は諦めてテーブルに座り直す。


「あんた、ちょっと手加減とか出来へんの?」

「する気はない。それは失礼な考えだ」

「あーもう固い固い。そんなんやからあんた覚醒できへんのよ」

「性格と覚醒は関係はない。……と思う」


 覚醒とはレベルの壁を超える行為だ。

 通常、迷宮で長時間戦闘を繰り返し経験値を貯めれば、誰でもレベル6までは自分を高めることが出来る。

 だがそこが限界なのだ。


 その先レベル7以上の虹色カラーズ級と呼ばれるようになるには、自ら限界を破る必要がある。

 それが覚醒と呼ばれる経験だ。

 極限状態に追い込まれて、人は新たな高みへと自らを成長させるのだとか。

 これだけ聞くと正直、胡散臭いエセ宗教ちっくな話に聞こえる。

 でもこの世界は本当に神様が居るっぽいし、覚醒とかもちゃんとあるんだろうな。



「君と闘技場でまみえた時、私は全力をつくすと誓おう。それが私なりの謝罪だ。受け取って欲しい」



 そういって差し出されたニニさんの手を握り返しながら、なんか違うんじゃないだろうかと思ってしまう僕であった。



   ▲▽▲▽▲



「よう。話は聞いたぜ、坊主」

「あ。ソニッドさん、こんにちわ」


 査問会の翌日、迷宮組合ラビリンスギルドに顔を出した僕たちを出迎えたのは、遠巻きにヒソヒソと声を交わされる微妙な雰囲気だった。

 そんな中、解錠の下手な斥候リーダーが空気を気に掛ける様子もなく声を掛けてくれる。


「なんでも『鉄壁』と勝負するらしいな」

「鉄壁?」

「ニニ姫のあだ名だぜ。あの人、守りが完璧だからな」


 横から口を挟んできたのは先輩射手の……セルドナ先輩だった。

 やはり孤高の闘姫なんてのは、誰も使ってないらしい。


「それなら丁度良かったぜ、今度の赤曜日あいてるか?」

「特に予定はないですか、何かあるんですか?」


 僕の予定を確認してきたのは盾持の髭さん……ドナッシさんだ。


「ああ、大有りだ。丁度その日はな、俺たちの試合があるんだ」

「それなら是非、応援に行かせて貰いますね」

「いやいや、そうじゃなくての。その日の試合はワシらと『鉄壁』との対戦なんじゃよ」


 ドナッシさんの言葉を引き継いだのは、魔術士のラドーンお爺さんだ。


「今度こそあの『鉄壁』を崩して、目にもの見せてやるのじゃ!」

「まあそういうこった坊主。結構、参考になると思うし、良かったら見に来いよ」

「はい! 是非」


 そこでリーダーのソニッドさんが、声のトーンを落とす。


「済まなかったな。俺たちはお前が赤いカマキリを倒した現場を見てるんだが、それを大っぴらに言う訳にも行かなくてな」

「分かってますよ。言い触らすと不味いですからね」


 迷宮内での活動は守秘義務があり、べらべら外で話すのは許されていない。 


「俺たちのとこに査問会の連中が聞き込みでもしにきたら、たっぷり証言しようと思ってたんだが、あいつら来やしねぇ」

「お気持ちだけで十分嬉しいです」

「まあ気にするな。俺たちはちゃんとお前の実力と頑張ってることも知ってるから」



 笑いながら背中を叩くソニッドさんの手は、思っていた以上に優しく温かった。



『覚醒』―人としての限界を超える行為。レベル7以上の存在となれる

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