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少女と決意

ずっと遊んでいたフレが引退するときにくれたアイテムは、どれだけカバンを圧迫しても絶対捨てられない呪いが掛かってるでござる

 その日の夜、僕の部屋の戸が控えめにノックされた。


  

「はい、どうぞ」



 この家で僕の部屋の戸をノックするなんてメイハさんとキッシェの二人だけだし、そのどちらかだと思っていたら、扉を小さく開いて入ってきたのは巻き毛の少女だった。


 モルムは戸を後ろ手に閉めたまま、何も言わず立ち竦む。

 風呂上がりのせいか湿った毛が真っ直ぐになっており、なんだか今日は大人びて見えた。

 もしかして魔力酔いの件を、まだ引きずっているのだろうか。


「――モルム」


 ベッドに座ったまま呼び掛けると、少女は弾かれたように顔を起こした。

 そして両手を広げる僕の歓迎の仕草に気付き、急いで走り寄ってくる。

 そのまま抱き合って僕たちは、ベッドの上に転がった。

 少女の身体は温かくて、ところどころ柔らかく、ところどころ骨ばっていた。


「兄ちゃん!」

「なんだい?」

「兄ちゃん! 兄ちゃん!」

「はいはい、兄ちゃんだよ」

「にいちゃ……ん。にいちゃ……」


 ほっぺたをくっ付け合ってたので、熱い雫の感触が伝わってきた。

 何か言おうと思ったが、このままで良いかと思い直し静かに待つ。


 しばらくの後、体を起こしたモルムがもぞもぞと動き出した。

 僕の上に跨ったまま、真っ直ぐに眼を合わせて来て小さく息を吸い込む。

 そして少女は、僕に真摯に問いかけてきた。

 


「モルムはもういらないの?」 



 いつもの少し溜める話し方と違っていたので、ちょっと驚いて思考が止まる。

 僕の戸惑った様子を違う意味にとったのか、モルムは絞り出すように言葉を続けてくる。



「モルム、頑張るから――いっぱいいっぱい、頑張るから――」



 僕の服を掴む少女の手が、力を込め過ぎて白くなる。


  

「もう置いていかないで」



 秘めていた思いを言い切ったのか、少女は力なく俯いて僕から視線を外す。

 寝っ転がったままの僕は、小さく震える少女の肩に手を伸ばし――強引に引き寄せた。

 そのまま力を込めつつ優しく抱きしめる。


「聞いて、モルム」


 驚いて体を強張らせた少女の耳に、口づけるように囁く。


「僕はモルムが凄い大事だし、ずぅぅぅっと一緒に居たいと思ってる」


 僕の腕の中で少女が、もがくように身じろぎする。

 仕方がないのでオデコをくっつけて、無理やり顔を上げさせる。

 そして少女の瞳を覗き込みながら、今の気持ちを伝えようと言葉を重ねる。


「もしもモルムを捨てるくらいなら、僕の方を捨てるよ。それかいらないって思う気持ちを捨てる。いやもうアレだ、捨てた僕をモルムが拾えばいいよ」


 自分でも何を言ってるか、よく判らなくなってきた。

 でもつい昨日まで普通に笑って過ごしてきた子がいきなり泣いて訴えかけて来たら、僕にはこうやって気持ちをぶつける方法しか思いつかない。


「もしモルムが居なくなったら、僕は悲しくてきっと発狂するぞ。だから……その、捨てるとか考えないで欲しい。絶対にあり得ないから」

「…………ホント?」

「うん。モルムにはずっとそばに居て欲しい」

「…………でもモルム、役立たずだよ」

「役とかより大事なものがあるの。それにモルム居ないと、狼とか相手するの大変だし宝箱でたら凄い困るよ」

「…………困るの?」

「うん、もの凄い困る。だからずっと一緒に居るって言いなさい」

「……………………うん」


 自分でも呆れるくらい不器用な慰め方だが、何とか分かってもらえたようだ。

 僕はそのまま自分の鼻の頭を、少女の鼻先にツンツンぶつける。


 僕の鼻キスに反応して、モルムの唇が少しだけ持ち上がる。

 不意打ち気味にそこに唇を重ねる。

 すぐに離して、また吸い付く。少女の唇はミントの香りがした。

 

 何度も唇や頬にキスをしてると、モルムの表情が安らいでくる。

 腕を伸ばし、少女の小さく柔らかい手を握りしめる。

 汗ばんだ感触が伝わってきた。

 さっきまで凄い緊張してんだろうな。


 もう片方の手を首の後に回し、うなじをゆっくり揉みほぐしてあげた。

 心地よさそうに目を閉じるモルムの目蓋にキスしながら、ふと思ったことを口にする。


「どうして急に、そんなこと言い出したの? 魔力酔いはよくあることだって治癒師の先生も言ってたよ」

「だって…………メイハ母ちゃんが……パーティ入るなら…………」



 あ。



 僕はモルムの手首を持って、その両の手のひらを目いっぱい自分の頬にぶち当てた。

 

「…………手……痛い」

「ご免なさい」


 僕は馬鹿だ。

 きちんと説明しないと駄目なことなのに、分かって貰えた気持ちになっていた。

 言葉が足りなすぎたせいで、モルムに無茶をさせて……一体何やってんだ。


「メイハさんにもパーティに入って欲しいけど、モルムが抜けるってことじゃないんだ」

「…………違うの?」

「僕は皆と一緒に、迷宮に行ってみたいんだ。もちろん五人までしか一緒にはいけないけど、交代で行けば良いと思ってた」

「…………メイハ母ちゃんとイリージュ姉ちゃんもいっしょ?」

「そうだよ。それが家族かなって……ぼんやり考えてた。仲間外れは寂しいだろ」

「そうだね。寂しいね」


 モルムが急いで同意してくれる。

 本当にゴメン。


「それとモルムは僕と巻き戻しロードを共有してるから、そんな簡単に離れたり出来ないよ」

「…………そうなの?」


 そうなのだ。

 以前、皆とセーブ&ロードが共有できた時に調べてみたが、実はこれ共有じゃなくて強制に近いことが判明した。

 

 僕の場合は一日27回だけその日の目覚めた瞬間まで時間を戻し、それまでの経験を全てなかったことにできる。

 持ち越せるのは記憶のみ。


 そしてその巻き戻しロードの際に居場所を知覚できる女の子たちなら、まとめて僕のベッドへ運んでしまう。

 迷宮内なら曲がり角に隠れて姿が見えなくても、そこに居ることを知っていれば運ぶことが出来た。

 ただ遠く離れ過ぎて、居場所が曖昧だと強制はされない。

 例えば今、キッシェがギルドの技能講習を受けているとかを知っていても、一緒に運ぶのは無理だった。


 つまり彼女たちは僕と行動を共にしている限り、賛否を問わず強引に巻き戻しに引きずり込まれるのだ。

 そこに一切の拒否権はない。解除の方法も判らない。

 このままが良いと願っても、勝手にその人生を巻き戻されてしまう。


「呪いみたいなものなんだよ」

「…………」

「だから僕はその償いとして、ずっと一緒にいようと決めてる」

「…………ずっと?」

「たぶん、一生」


 そこまで言って顔を上げた僕は、胸を力一杯殴られたような痛みに襲われる。

 ぼろぼろと大粒の涙が、少女の瞳からこぼれ落ちていた。


「ごめんね、モルム。何とかしてあげたいけど――」

「しなくていい。違うの。泣いてごめんなさい。もう涙止めるから……これ嬉しくて出ちゃうの」


 その言葉を聞いて、僕は黙って彼女の頬にキスをする。

 何も言えず抱きしめる。

 そのまま二人でもう一度、ベッドに倒れこんだ。 


 お互いの体をペタペタ触りながら、僕らは微笑みあった。

 それ以上は何もしない。

 抱き合ったままその夜、僕たちはぐっすりと眠った。



「よし! 今日も頑張るぞ」 


 

 翌朝、すこぶるスッキリした気持ちになって目覚めた僕は、決意を新たにする。

 


 そしてそんな僕を待ち受けていたのは、迷宮への一時立ち入り差し止め命令と探求者倫理査問会からの呼び出しであった。



『男の性』―呪いに近いと分かってるくせに、新たに仲間を増やしたがるような行為

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