変調
長かった貧乏生活のせいでカバンが一杯になるまで貯めこむ癖がつき、高額素材を拾い損ねて涙を流すでござる
昼休みの混雑が激しい迷宮組合の一階ロビー。
フードを目深にかぶったミミ子を連れた僕に、受付嬢のリリさんが小さく頷いた。
そのままこそこそと迷宮入口へ向かい、武器を受け取って迷宮へと入る。
降りてすぐに大きな松明台があるが、今はもう使われていない。
経費削減の煽りがどうとか。
まあ一日中、松明燃やしてたらお金も掛かるし掃除も大変だ。
その根元に腰掛けて、しばらく待つ。
体感時間で20分ほどして、キッシェたちが階段を下りて来た。
「お待たせいたしました」
「今日もご苦労様」
一層で無事合流できた僕たちは、そのまま三層へ向かった。
こんな風に迷宮内で臨時小隊を組むことは、別に違反ではない。
このやり方を始めてから、ロビーでの冷たい視線や露骨な舌打ちがかなり減っている気がする。
キッシェたちには毎回わざわざ受付に並んで探求許可申請用紙を提出する手間を掛けさせるが、余計な敵対心を稼がない為にも我慢して貰うしかない。
ただタイミング的に三層探求に仕切り直したのは、都合が良かったと思う。
レベル2以下の三人で四層へ行くとかを申請したら、まず確実に受付で止められる。
三層へはだいたい20分ほどで着く。
一層から二層、三層までの通路は、ほぼモンスターが居ない。
利用する人が多いので、適度に狩られてしまうのだ。
だから人が減ってくる四層以降は、階段までの移動にモンスターが絡むためかなり時間が掛かってしまう。
それと階層自体の面積が下へ行くほど増えるのも、時間が掛かる大きな要因だ。
この迷宮はピラミッド型の構造になっており、下層へ行くほど倍々に広くなっていく。
そしてその逆に探求者の数は下層へ行くほど減っていく。
狭い一層や二層には低レベルの探求者がひしめき合って獲物の取り合いに精を出しているが、六層以降とかは誰にも会わないまま一日が過ぎるなんてこともよくあるらしい。
もっとも稼げるモンスターは絞られてくるので、深層も混んでるところはあまり上と変わらないとも聞く。
僕らにとって、まだまだ先の話だけどね。
三層は階段を下りて北へ真っ直ぐ進むと、横幅の広い大きな通路へ出る。
大通路の左右は大小の部屋へつながる通路が不規則に並んでおり、部屋の中にはモンスターが適度に湧いている。
大部屋の前に陣取って湧いたのを狩るのが一般的なやり方だが、人気の部屋はすぐに埋まってしまう。
その場合は小部屋を巡回して回るか、西エリアへ狩場自体を替えるしかない。
ここは危険な状況になったら、通路途中にある四層への階段へ直ぐに逃げられるので人が集まるのも無理はなかった。
ただあまり北へ行き過ぎると、巨大蟷螂の徘徊領域に掠ってしまうため注意が必要だ。
「泉部屋は埋まってた?」
「はい、二箇所とも駄目でした」
泉部屋とは壁から綺麗な水が吹き出す石造りの泉がある部屋で、そこはモンスターが一切湧かない。
通路でつながった奥の部屋にはバンバン湧くので釣りやすく安全と、北エリアでは真っ先に抑えられてしまう部屋だ。
「じゃあ巡回でいこうか」
「判りました。それでは先行しますね」
キッシェが先に動いて、モンスターが湧いてる部屋を探してくれる。
最初の小部屋は怪奇石像だった。
こいつらは部屋の天井にいつの間にか、名前通りの石像と化して貼り付いている。
そして誰かが真下を通った瞬間、動き出して襲ってくる。
厄介な点は少し硬いことと、背中に生えたコウモリのような羽で飛び回ることくらいだ。
体長も1メートルくらいで、石の爪で攻撃してくる以外は特に注意するような強撃もない。
あとは長い射程の武器じゃないと、倒すのに時間が掛かるくらいかな。
ミミ子を促して幻影を歩かせる。
反応して落ちてきた二匹のガーゴイルの羽に、僕とキッシェがそれぞれ矢を撃ち込んだ。
キッシェの狙った方は、硬質の音がして皮膜の部分にヒビが入った。
僕の方は片方の羽が吹き飛ぶ。
これでもうガーゴイルは、まともに飛ぶことが出来ない。
羽を失うとこいつらの動きは、トカゲ並に鈍る。
あとは控えていたリンが、『雄叫び』を上げて両手斧を楽しげに振り回す。
キッシェがその合間を縫って、矢を放つ。
たまにリンが激しく斧を叩き込み過ぎて、砕けて飛んで来る石の破片に注意するくらいだ。
さほど時間もかからず、ガーゴイルたちは石へと戻った。
背負い袋にその欠片を詰めて、次の部屋へ向かう。
今度は灰色狼が三匹だった。
もう倒し飽きてて、ややうんざりしている。
迷宮では一つの層のモンスターにさほど種類がないため、同じ敵を延々と倒すのが当たり前になってくる。
それが嫌になって新しいモンスターに手を出して、痛い目にあうまでがお約束だ。
手前の一匹を強めに引いた矢で、一撃で仕留める。
二匹目は盾に持ち替えたリンが、正面からその突撃を受け止める。
レベル2に上がったリンは、狼一匹くらいなら全く当たり負けしなくなった。
普通はレベル3の盾持でもかなりキツイ筈なんだけど、もうその辺りのことを深く考えるのは止めた。
鬼人の血って凄いなとしか……。
片手斧を振り回すリンと弓を短剣に持ち替えたキッシェの二人で、二匹目の狼に立ち向かってる間に僕は三匹目に狙いを定める。
モルムの描いた恐怖の呪紋によって、動きが鈍っていたその前足をまず吹っ飛ばす。
移動力が削がれて狼の動きが遅くなった間を狙って、砕け散った呪紋の代わりをモルムが再び描く。
新しい恐怖により、狼の足は完全に止まってしまった。
もっともレベル1のモルムの呪紋だと効き目は精々、十秒くらいしか保たない。
そこで今度は、後足の付け根に矢を撃ちこみ抉り取る。
これでほぼ狼は動けなくなる。
あとは二匹目を仕留めたリンたちが、取り囲んで止めを刺すだけで済む。
毛皮は荷物に余裕があれば持ち帰るが、狩りが始まったばかりの時はほぼスルーする。
ガーゴイルの石の方は白磁鋼の原料になるので未だに銅貨50枚からあまり下がらないが、狼の毛皮は銅貨15枚とあまり振るわない。
大量のドロップ品を持ち込んで相場を下げて買い叩かれるよりは、自分で持ち返る量を調節して買い取り値を下げないのが賢いやり方だと、灰色狼の毛皮の時に僕は学んだ。
あまり迷宮組合からは、奨励されてないやり方だけどね。
こんな感じで三層の狩りは続く。
「今日は調子良いね」
「そうですね。かなり良い感じで狩れてますね」
「なんだか絶好調ですよ、隊長殿」
今日のリンは、いつも以上に斧の冴えが良いようだ。
さっきも一撃でガーゴイルの首を飛ばしてたし。
普段より人が少ないので、モンスターが余り気味なのも良い方向に働いたようだ。
かつてないハイペースでその日の狩りは進んでいった。
だが調子に乗ってる時ほど、変化に気づき難くなるものだ。
それはそろそろ休憩に入ろうかと、僕が思い始めた時のことであった。
いつもならとっくに休憩を挟んでる時間だったが、今日はリズムよく狩れていたのでついつい先延ばしになってしまっていた。
皆に声を掛けようとして、背中が軽いことに気付く。
振り向くとミミ子が乗ってなかった。
慌てて見渡すと、通路の壁際に立つローブ姿が目に飛び込んできた。
急いで近寄る。
ミミ子は少女を支えるように立っていた。
「モルム!」
僕の呼びかけに女の子は、ゆっくりと顔を上げる。
その汗塗れの顔は、真っ赤に染まっていた。
『雄叫び』―戦士の初級技能。大声を上げてハッスル。敵はびっくり ※ガーゴイルには効きません




