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方針変更

先日始めたばっかりの新人ギルメンに、あっさりレベルを追い抜かれてカンストされた時は、素直に祝福するのがおっさんの意地でござる

 メイハさんの話を聞いて、僕は全体的な見直しをすることにした。

 と言うか、かなり反省した。

 思い返してみたら今までは、僕が一人で狩場を決めて皆を連れ回すのが当たり前になっていた。

 この状況は彼女たちの成長に、非常に良くない気がする。

 これからも共に迷宮奥へ進むなら、そろそろお腹の底を晒して話し合いすべき時期が来たのかもしれない。



「という訳でどうだろう?」  


 

 迷宮休みの紫曜日の昼下がり、僕の部屋には三人の少女が集まってくれていた。

 夏はほとんど終わったかのように思えるが、まだ少し窓から入ってくる日差しに暑さは残る。

 女の子たちは皆、それなりの薄着でベッドの端に腰掛けてくつろいでいた。

 気を利かせたキッシェが、井戸で冷やした香茶をカップに注いで手渡してくれる。


「そう仰られても、私は特に異論はありませんが」

「それじゃ駄目だよ、もっと本音を出していこうよ! キッシェもあるんじゃない? 不満とか改善してほしい点とかさ」


 僕の返答にキッシェは少しだけ考えこむ素振りを見せる。


「これまで特に不安や不満もありませんでしたし、これからもないと思いますよ」


 迷いのない笑みを浮かべる少女の眼には、僕への揺るぎない信頼で満ちていた。


「そんな簡単に信用しきっちゃ駄目だよ!」


 全幅の信任を預けられて思わず焦った僕の言葉に、キッシェの眉がぴくりと持ち上がる。


「今までの旦那様の選択に、何か不備があったとは到底思えません。きちんと小隊パーティ全体を考えて、技能スキルを鍛える機会を十分に与えてくださったと思ってます」

「そうかもしれないけど……。これまでのやり方だと僕が一方的に決めてた訳で、皆も思うところがあるんじゃないかって……」

「言う必要がないことを、わざわざ口に出す意味はありません。私たちが僅か四ヶ月でレベルを上げられたことを、もっと誇って下さい。旦那様が適切な狩場へ私たちを連れて行って下さったお陰ですよ」


 そうなのかな……なんか僕がやって来たことは全て正しい気がしてきた。


「って、キッシェは僕をおだてるのが巧すぎて信用出来ない。リンはどうなんだ?」


 僕の言葉にキッシェは照れくさそうに微笑んだ。

 あ、やっぱり分かってて僕を調子に乗せてるな。恐ろしい子だよ、全く。


「私ですか? あ、不満といえばありますね」

「その言葉を待っていた。さあどんどん言ってくれ」

「最近、迷宮用のおやつが手抜きになってる気がするんですよ。こないだとか、林檎一個だけでしたよ!」


 うん。リンはリンでそっち方向行っちゃったか。


「あり得ないですよね! 林檎一個だけって。せめて二個にするか、青蜜柑も付けて欲しいです」

「林檎は体にいいのよ、リン。そうそう、これ食べる?」

「なにこれ? 凄く美味しそう」

「紫芋のプリンだって。ミラさんのお店で新作出てたから買ってみたの」

「ミラさん、定食屋なのに最近お菓子作りの方にハマってるよね。うん、美味しい! 隊長殿もいかがです?」

「僕に死ねと?」


 駄目だ。すでにリンは、この集まりが只の御茶会だと思い込んでるようだ。

 あといい加減、僕に芋の類をすすめるのは止めてくれ。


「モルムはどうかな?」


 日の当たらないベッドの端に避難して白い毛玉状態を決め込むミミ子に、優しくブラシをかけていた少女が顔を上げる。

 すでにミミ子の毛並みはつやっつやになっており、ご機嫌状態でぐっすり眠っている。


 僕に名指しされた少女はブラシを脇において立ち上がると、急いでそばまで駆け寄ってきた。

 そのまま僕の膝の上に座り込み、その重みを委ねてくる。

 甘いお菓子のような匂いと、お日様の匂いが混じり僕の鼻腔をくすぐった。

 モルムの年頃特有の少し高い体温が、素肌を通して心地良く伝わってくる。

 ちょっと暑いけど。


「…………モルム、ガンバるよ」

「今でも十分、頑張ってるよ」


 短い巻き毛をくしゃくしゃにすると、猫のように少女は目を細めた。


「皆の不満がないことは分かったよ。それじゃあ質問を変えよう。今度は要望の方を聞いておきたい」 


 不満がないと言い切ったことで、リンが小さく口を尖らせる。

 ちなみに迷宮での備品や食料の補充なんかの細々した準備は、ほぼ全てキッシェがやってくれている。

 

 現在、お金の管理に関しては迷宮での素材収入などは僕が一括で受け取り、生活費としてキッシェに必要分を手渡している。

 入り口は一本化した方が良いですからと言われたせいだ。

 僕の負担がかなり減ったので助かってはいるのだが、これも甘えすぎではないだろうか。

 

「はい!」

「リンさん、どうぞ」


 元気よく手を挙げたリンが、嬉しそうに口を開く。

 さっきまでの拗ねた顔が嘘のような朗らかさだ。


「私はもっと攻撃力を上げたいです!」

「うん。両手武器、頑張ろうな」

「あっ、でも盾もすごく好きなんです。あの掛かって来いって感覚が堪りません。うーん、どうしたら良いんでしょ?」


 両手で自分の角を掴むように頭を抱えたまま、ベッドの上をゴロゴロ転がり出す。

 リンはこのままでいいか。

 僕の視線を受けて、キッシェは少し言葉を選ぶように答えてくれた。


「私は攻撃手アタッカーよりも、支援に向いてる気がするんです」

「と言うことは狩人レンジャーのほうかな?」

「はい、教官にもそちらを勧められましたから」


 射手アーチャー狩人レンジャーは、同じ弓使いだが迷宮での役割はかなり違ってくる。

 戦闘に特化した射手は、ばら撒き撃ち(バラージ)のような技能を習得しモンスターに一本でも多く矢を撃ちこむのが仕事だ。

 対して狩人は迷宮内での探索や警戒が主な仕事で、戦闘も囮矢デコイアローのような支援系の技能が多い。


「二人の方針は決まったかな――」


 モルムはどうするのか聞こうとしたら、そのまえに手をギュッと握られた。

 腕にしがみついてくる少女の髪を、もう一度くしゃくしゃとかき混ぜる。

 頬を薄く染めてモルムは、小さくはにかんだ。


「あとは……一応、訊いておくか。ミミ子~起きろ。おやつがなくなるぞ」


 どうせ脂っこい物を食べたいとかだろうな。

 だが、このままミミ子を放置してレベルを上げていくと、サボり方向に特化してしまう恐れがある。

 分身二体はその現れだと……あれは便利だしそのままでいいのか……あれ?


「う~ん、職業ジョブの構成はこのままで三層メインにしたほうが良いんじゃない」

「えっ?」

「今のパーティの戦闘力で四層へ行けてるのは、魔法具アーティファクトの底上げが大きいからね。レベルを積極的に上げるよりも、宝箱目当てで少し強めのモンスター相手のほうがおすすめだと思うな」


 なんだか物凄いまともな意見が飛び出したぞ。

 

「あとメイハを早く仲間に入れたいゴー様の気持ちはわかるけど、まだちょっと四層は早すぎだと思うよ~」

「そうだったんですか?!」

「…………メイハ母ちゃん…………を?」


 驚く顔を見せるリンと、僕の腕をきつく掴んでくるモルム。

 

「言われてみればそうだな。あの皿部屋を見てなんか違うなって気持ちはあったんだ」

「あ、私もあれはつまらなそうだなって思ってました、隊長殿」

「お皿が可哀相ですしね」


 レベルを上げても、技量が伴わないと意味がない。

 それは上のレベルの人たちを見て、僕が前から感じていたことだ。

 あやうく同じ轍を踏むところだった。

 ありがとうミミ子。お前を選んで本当に良かったよ。


「よし。暫くは三層の宝箱ルートで鍛え直すとしますか!」

「はい」

「了解です」

「……………………うん」



「じゃあそういうことなので、私はお休みね」



 あれ?

 もしかして今の流れは、ミミ子がサボりたいだけの口実っぽいぞ。



「ごめんちょっと修正。やっぱり三層の北エリアでレベル上げにしようか」

「え~~」



青蜜柑―未成熟のみかんではなく、皮が青い品種。結構甘い

林檎―普通の赤い林檎。この時期はまだ少しすっぱい

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