出会い
ペットが可愛すぎて、戦闘に参加させるのが辛いでござる
その女性は、明らかに放つ雰囲気が他の探求者と違っていた。
まず真っ先に僕の目を惹いたのは、女性の体付きだった。
背の高さは僕と同程度でやや細身に見えるが、突き出た胸の下で組まれた腕や首筋は細い筋肉の束で編み込まれたように引き締まっており、相当の鍛錬ぶりが窺える。
次に僕の興味を捉えたのは、こちらに向けられた切れ長の大きな赤い瞳であった。
血の様に赤い虹彩を持つ者は、『闘血』が表に現れたせいだと前に聞いたことがある。
その目も当然のことかもしれない。
女性の額から伸びる長い一本角。
それは彼女が有角種の中でも特に闘いを好む種族、大鬼である紛れもない証であった。
精悍だが整った顔立ちが大鬼の特徴とは聞いていたが、目の前の女性も噂に違わぬ美貌だった。
スッキリと通った鼻筋に魅力的な赤い瞳、そして凛と引き締まった薄い唇。
ミミ子が持つ周囲の注目を自然に吸い寄せる磁力を、彼女もまた同じように放っていた。
逸らすことを忘れた僕の不躾な視線に気づいたのか、大鬼の女性は僅かに首を傾けた。
その仕草に束ねた艶のある黒髪と、首から下がる金板が一緒に揺れる。
「何か用か?」
「はい。ここは初めてですので、少し見学させて欲しいのですが」
返答は僅かに引いた顎のみ。
許可を貰えたようなので、僕らは邪魔にならないようにそっと広場へ足を踏み入れた。
やや高い天井と土の壁には淡い光を放つ苔が群生しており、発光石のランタンがなくとも部屋全体を見通せるくらい明るい。
その部屋の奥、やや見上げる高さに大量の白い皿が飛び回っていた。
一瞬、白い鳩たちが群れをなして飛び去る光景が脳裏に横切る。
物言わぬ平たい円盤が、部屋中を飛び回る様は余りにもシュールだった。
その不可思議なモンスターに立ち向かう四人の探求者に視線を移す。
装備から見て盾持一人と、戦士が二人、あとは斥候が一人か。
四人の探求者認識票は銀色だったので、オーガの女性が戦闘に参加していない理由がそれとなく推察できる。
僕と同じように一人だけレベルが高いので、メンバーと揃えるために待機しているか、もしくは付き添いかもしれない。
この皿部屋に早く辿り着くために、高レベルに助っ人を頼むなんて話をサラサさんから聞いたことがある。
なんとなく釈然としない気持ちになりつつ、彼らの戦闘風景へ目を移す。
フルフェイス型の兜をかぶっているので容貌は判らないが、黒い鎖帷子を通してでも判る体型から盾持はどうやらリンと同じく女性のようだ。
と言ってもリンと比べると、かなりふくよかな感じだ。
ぶっちゃけると二倍ほど横幅が違う。だが動きはかなりの軽やかさだ。
陶器の欠片が散らばる床をすいすいと歩きながら、片手用の戦槌を振り回し容赦なく皿を叩き割っている。
その横で両手用の戦槌を振り回す戦士の男は、盾持さんとは逆にひょろりと背が高かった。
僕と同じような毛皮付きのハイドアーマーを着ており、両サイドから大きく角が飛び出した兜をかぶっている。
三人目の戦士を見た時に、僕はそいつに見覚えがあることに気が付いた。
ロビーでリンに熱い視線を送っていたソフトモヒカンの野郎だ。
となると弩を構えている斥候は、やはりあの時一緒に居たちっちゃいハゲのほうか。
偶然の出会いに驚いていると、不意に横から何かを差し出された。
咄嗟に身構えつつ、それの正体を確認する。
オーガの女性が僕に手渡そうとしていたのは、血止め薬と痛み止めの薬品セットだった。
意味が判らず顔を強張らせる僕に向かって、女性は静かに口を開いた。
「使うと良い」
彼女の視線が、僕の背中でおんぶされたままのミミ子に向いているのに気付き慌てて誤解を解く。
「あっ、コイツは怪我人じゃないです。その……疲れているので休ませているだけです」
事実、背中のミミ子はくーすーと寝息を立てているので、嘘を言ってる訳ではない。
「そうか」
「気を使っていただいて、ありがとうございます」
「いや。それなら良い」
そのまま彼女は、腰のポーチにポーションを戻す。
そこで改めて僕は、彼女の格好に気がついた。
迷宮深層に似つかわしくない藍色の胴着。
それは護法士の正装だった。
護法士とは、四大神の一柱、護法の男神に仕え世の秩序を護る敬虔な僧官たちだ。
真言と呼ばれる神の言葉を受け継ぐ彼らの使命は、神の領域から溢れ出る混沌を押し戻すことにある。
迷宮では屈強な身体と、それを強化する真言を使いこなし盾役となることが多い。
また護法僧院は法を司る法務機関としての側面を持ち、市井の人々に秩序と安寧をもたらしてる。
護法士の胴着から覗く透けるように白い肌は、彼女の迷宮生活がかなりの長さであると示していた。
またしても目が離せなくなった僕を、彼女はじっと見つめてくる。
いや違う。
彼女の視線は僕じゃなく、僕の背中へと注がれていた。
その熱を帯びた眼差しは、どこか見覚えがある。
あ、判った。
犬を連れて散歩してたら、触らせて欲しいとお願いされるあの感じだ。
「良かったら、撫でてみます?」
「良いのか?!」
一瞬で彼女の厳しい雰囲気が消え失せた。
「どうぞ、好きなだけ触って下さい」
背中を傾けてミミ子の頭を隣へ寄せる僕の促しに、大鬼のお姉さんは恐る恐るといった風に腕を伸ばす。
そしてミミ子の真っ白な獣耳を、そっとつまみ上げる。
やっぱりみんな、最初はそれに触りたがるよね。
ふわふわの感触に満足したのか、彼女が次に手を伸ばしたのはミミ子の大きな尻尾であった。
その手触りを慈しむように、丁寧に毛の中に指を埋めて行く。
毎日、皆に洗って貰っているので、ミミ子の尻尾は最高の毛並みに仕上がっている。
あまりの心地よさのせいか、片手で楽しんでいた彼女の腕が二本とも伸びる。
それどころか尻尾や耳を交互に撫で回しながら、段々とお姉さんは僕に近づいてくる。
正確にはミミ子のほうにだが。
近い。顔がすごく近い。
少し唇を突き出せば、その頬に触れそうだ。
間近で見たお姉さんの瞳は、さらに赤みを増しているようにも見えた。
僕の心臓の鼓動が速くなっていく――。
「おい、テメェ! 姐さんから離れろ!」
突然の怒号に、僕は慌てて身を引いて声の主に向き直る。
そいつはさっきまで部屋の中央で皿を割っていたソフトモヒカンの男だった。
怒りを露わにしたまま男は、こちら目掛けて走ってくる。
「――待て」
静かだが有無を言わせぬ力を秘めた声が隣から響く。
ソフトモヒカンの男は、それを聞いて即座に足を止めた。
「騒ぐな。この子が起きてしまう」
ってお姉さん、まだミミ子を触ったままか!
「でも姐さん、こいつが例のアレですぜ!」
急いできたのか少し息を荒げたまま、男は僕を指差して非難の声を上げる。
モヒカンが少し乱れて、その下から小さな角が覗く。
角のサイズからみて小鬼族だとは思うが、体格が良すぎる。
それに髪が生えているので違うか。
「そうか。君が噂の子か」
大鬼のお姉さんは、僕に向き直り言葉を向けてくる。
凄いシリアスな場面っぽいので、いい加減ミミ子を触るのはやめて欲しい。
「テメェ、リンちゃんだけじゃなくて姐さんにまで近づきやがって、この色魔野郎!」
さっきの制止が効いているのか、モヒカン男の罵りも小声だ。
全く迫力がない。
だがそれでも十分な声量だったらしく、経験値稼ぎに勤しんでいた彼の仲間たちも手を止めてこちらの様子を窺っている。
それと僕の小隊メンバーも同じく、驚いた顔でこっちを見ていた。
非常に気まずい空気の中、ミミ子のもみもみを続けながらお姉さんが口を開く。
「こちらの暴言を謝罪しよう。すまなかった」
「いえ、気にしてません」
「どうも君がいるとメンバーの集中が途切れてしまうようだ。見学を許可しておいて悪いが、今日は帰って貰えないだろうか」
「……そうですね、判りました」
一方的に付けられた言い掛かりだが、雰囲気を悪くしてる要因は僕に違いないので素直に受け入れる。
それに見学の目的は果たせたし、長居する気はそもそもなかった。
あまり時間が経つと、大亀がまた湧いてしまうってのもあるし。
「お騒がせしました。お先に失礼します」
「失礼します」
頭を下げて広場から出て行く僕たちを、大鬼の女性はわずかに沈んだ瞳で見送ってくれた。
▲▽▲▽▲
しばらく無言のまま歩いていると、リンが隣に来る。
「すみませんでした、隊長殿」
「いやリンが謝ることはないよ。あの男と知り合いなのか?」
「前に徒党に誘われたんです。鬼人会ってとこです」
徒党に関しては全く詳しくないので判らないが、名前から察するに有角種の集まりなんだろうな。
「それで?」
「もちろん断ったです。ただそれから何回か声を――」
「わかった。ギルドの方から言って貰えるように頼んでおくよ」
「すみません」
向こうも銀板だし、どこまで有効なのかは不明だが、やらないよりはマシな筈だ。
それにしてもリンは、本当にトラブルに当たりやすいな。
「それとそういう事があれば、僕に前もって言って欲しいかな」
「判りましたです。でも結構ありますよ」
「私もかなり……」
「…………モルムもいっぱい誘われたよ」
これは早急に何とかしないと、不味いことになりそうだ。
「それでですね、隊長殿」
「うん?」
「さっきお喋りしてた人って、ニニ姫様ですよね?!」
「ニニ姫?」
「知ってる人なの? リン」
「えっ! ニニ姫様知らないの?」
全く知らない。キッシェも首も捻っている。
「孤高の闘姫様ですよ。ほら、聴いたことないですか?」
「ないよ」
「私もありません」
あ、凄くショックを受けている顔だ。そんなに有名なのか。
一人で盛り上がるリンから聞き出したところ、さっきの人は闘技場で有名な闘士らしい。
孤高の闘姫という二つ名をもつ、無敗の女王といった位置づけだとか。
頑なにソロで闘うスタイルに加えてあの美貌、人気が出過ぎて追っかけやファンも多いとのこと。
なんとなく判る気もする。あの赤い瞳は、一度目が合ったら逸らすのが難しすぎる。
ちなみに二つ名というアレ心をくすぐるアダ名は、優秀な闘士にギルド側が付けるくれるものらしい。
もっとも呼びにくいから、あまり使ってる人はいないそうだ。
「良いなぁ、私もお喋りしてみたかったです。あ、サインも」
「そんな雰囲気じゃなかったよ」
ミミ子が頼めば、簡単に描いてくれる気もするが。
はしゃぐリンとは対照的に、僕の心は深く沈んでいた。
事実でも人に指摘されると、結構傷つくものなんだな。
――――変態で色魔か。いいさ。それなら、もっとやってやろうじゃないか。
有角種―頭部に角を持つ人型の種族。大地の加護を受けると言われる。鉄の扱いに長けた大鬼族、石工の技を持つ石鬼族、金銀の細工師として有名な黒小人族、骨細工職人の系譜を持つ小鬼族などが挙げられる




