四層皿部屋到達
最初は嬉しい経験値増量キャンペーンも、ずっと続くとお得感がなくなって切れると逆に腹立たしいでござる
調子に乗ってやり過ぎたら、パーティの沈黙が重苦しいで……。
いやそんなこと言ってる場合じゃないな。
確かにちょっとオーバーキルだったかもしれないが、あれくらいで今さら引かれるようなことはない筈だ。
皆のリアクションの理由はよく判らないが、たぶん大亀の止めのやり方が不味かったのだろう。
取り敢えずこんな時は、まとめ上手なキッシェに頼るしかない。
僕の縋るような眼差しに気付いたのか、黒髪の少女はおずおずと口を開いてくれた。
「その……前から思ってましたが、旦那様って変ですよね」
「…………うん。兄ちゃんは変だ」
「私も! 私もそれ思ってた!」
信頼してた仲間からの突然の変わり者扱いに、僕は激しい立ち眩みを覚えた。
思わずミミ子に視線で助けを求める。
僕に向き直った狐耳の少女は、力強く頷き返してくる。
ありがとう、お前だけは裏切らないと――。
「確かにゴー様が変態なのは間違いないね~」
その言葉に何も言い返せず、僕はがっくりと膝をついた。
「ちっ、違いますよ! ミミ子さん。そりゃ服着たまま一緒にお風呂入ってほしいとか、鱗で擦ってほしいとか言われましたけど――」
キッシェのうわずった声が、僕に止めを刺していく。
「そんなことしてたの? 私は顔の上に座ってほしいとか、胸だけ使って体洗ってほしいとかだったよ」
そしてリンが容赦なく追い打ちをかけてくる。
「…………眠ったふりしててって頼まれた」
「なにそれ? 凄く楽しそう。私もやってみたいです、隊長殿」
「それならみんな一緒にどうかしら?」
「誰が一番我慢できるかって感じ? 今度の休みはそれでいこうよ」
どうしてこんな迷宮の奥深い場所で、僕の性的嗜好の暴露話が始まっているのだろうか。
それと急いで川沿いの高級宿の予約をしておかないと。
「ってそうじゃないでしょ、リン! 違うんです、旦那様」
「……何が違うんだ? そうだよ、確かに僕は間違いなく変態だ! でもそれは皆が魅力的すぎるのが悪いんだよ! 僕は全く悪くない!」
「うんうん、私が可愛いから仕方ないね~」
「だからそっちの話じゃなくて弓の話です。混ぜっ返さないで下さい、ミミ子さん。旦那様も落ち着いて」
なだめるキッシェの声に、立ち上がって叫んでいた僕は少しだけ冷静さを取り戻す。
「弓がどうかしたの?」
「その前に少し確認したいのですが。旦那様、先ほどの巨大棘亀の最後の棘ですが、あれどうなされたんですか? 急に消えたように見えましたが」
「どうって、全部撃ち落としたよ」
「……やっぱりそうでしたか。あの棘の中から自分に当たるのだけを全て見極めて?」
「そりゃちゃんと判別しないと、矢が勿体ないだろ」
なぜか皆の視線が、さっきと同じようなよそよそしいものに戻ってしまう。
「それと前から思ってましたが、旦那様の技能っておかしくないですか?」
「そうかな? 普通だと思うけど」
「射手の中級技能って『二連射』と『ばら撒き撃ち改』ですよね?」
「そうだよ。それがどうかしたの?」
「その連射ですが二回以上撃ってませんか? あとばら撒き撃ちの矢の数も多くありません? ハッキリと見えないので断定出来ないんですが……」
「連射は調子が良かったら四回かな。ばら撒き撃ちは12本が限界だね。そりゃ普通の人よりちょっと多いかもしれないけど、練習したら誰でも撃てるようになるよ」
「……普通…………練習…………その、旦那様は射手の技能講習はお受けになってないのですか?」
「最初の一回だけ受けて巻き戻したよ。あとはお金が掛かるから、技能試験だけ受けにいった。といっても教官に途中でもういいって言われて、失格かなって思ったら受かってたしよく判んないね、あの試験」
またも奇妙な沈黙が訪れる。
微妙にずれているような空気を感じて戸惑う僕を前に、キッシェが唐突にため息を吐いた。
そして不思議な笑みを浮かべて断言してくる。
「やっぱり旦那様は変です」
「…………うん」
「私は前から判ってたよ、隊長殿は凄いって!」
肯定されてしまった。
「そもそも普通の人は、レベル3で巨大蟷螂やその上位種を倒したり出来ません」
「そうかなあ、あれ過大評価されすぎてる気もするんだけどね。赤い方は流石に強いなとは思ったけど」
そういえば討伐報告のあと、しばらくの間レベル石に毎日触るように言われたっけ。
結局、何回触ってもレベル3に変わりがなくて、リリさんが今のキッシェみたいなため息吐いてたな。
「キッシェたちもレベル3に上がれば、きっとそう感じるようになるよ」
「…………だと良いんですが」
またも大きなため息を吐かれてしまった。
僕は巻き戻しが出来る分だけ、普通の人より練習量が多いに過ぎない。
こんな風に、特別視されるような扱いに相応しい人間では決してない。
その辺りをちゃんと伝えたいのだが、上手く言葉に出来ない。
仕方がないので、曖昧な顔をしておいた。
誤解が全て解けたとは思えないがキッシェたちもそれなりに納得してくれたようで、いつもの雰囲気が小隊に戻ってきたようだ。
皆との間にあった薄い膜みたいな空気もなくなったように思えて、僕はホッと息を漏らした。
「よし、そろそろ行こうか。荷物は……キッシェにお願いするよ」
亀の消えた跡には、いつの間に現れたのか大きな甲羅の破片が残されていた。
この棘甲羅は銀貨5枚の買い取り値が付き、それは切り詰めた僕らの一ヶ月分の食費に相当する。
かなりの大きさと重さなので、一つ持ち運ぶのが精一杯なのが惜しい。
そもそも魔法具の背負い袋がなければ、その一つさえ運ぶのが難しいのだから仕方ないか。
ちなみにこの甲羅が、斥候リーダーのパーティのメイン収入源らしい。
彼らは溶血毒を塗った武器を使うことで、亀の体力を通常の半分の時間で削り切れると言っていた。
僕も欲しいのだが、溶血毒は入荷が少ないくせに人気が高いので、なかなかギルドに在庫がないのだ。
まあ色々あったけど、これでようやく前に進める。
ニッコリと笑いかけてくるミミ子をおんぶして、皆の準備が整ったかを確認する。
忘れ物はないようだ。
そして僕らは大亀広場を抜けて、とうとう四層の最南端へと到達した。
▲▽▲▽▲
飛行器皿が生息する小広場、通称皿部屋は大人気の経験値稼ぎスポットだ。
白皿と呼ばれる飛行器皿は、一層の小部屋に沸く飛行薬缶と同じく魔導によって無機物に生命を吹き込まれた器物生命体だ。
ただ、こっちは巨大やかんと違って、その見た目に大きな特徴はない。
少し大きめの綺麗な白い陶器の皿が、宙に浮かんでいるだけだ。
ちょっと数が多いらしいけど。
四層の南側、最奥のそう大きくない広場にはいると、数十枚のお皿が宙を舞っている光景が広がっているのだとか。
このお皿たちは、基本的に襲ってこない。
こちらが攻撃を仕掛けても、ひたすら部屋中を逃げ回るだけだ。
それを追いかけ回してパリンパリンと割るのが、この部屋の狩りの仕方らしい。
それなりに逃げる速度は速いのだが、特に脅威もないこの飛行器皿の経験値はなぜかそこそこ高い。
そのせいで、毎日この部屋の取り合いが起きる有り様になっている。
召喚数はかなり多いが、すぐに倒されてしまうため部屋の定員は一小隊が限度なのだ。
あと白皿のドロップは陶器の破片だが、持って帰ってもギルドでは買い取りして貰えない。
僕らが近づくと、苔の灯りが漏れている広場の入り口から何かを砕く音が聞こえて来た。
やはり先客はいるらしい。
まあ今日は、部屋へ到達するのが目的だったから良いんだけどね。
折角ここまで来たんだし、見学だけでもさせて貰おう。
と思いながら僕らは小広場へ近づき、入口に立つ人影に声を掛けた。
「すみません、見学よろしいでしょうか?」
腕組みの姿勢のまま振り向いたその人物は、額に大きな角を生やした大鬼の女性であった。
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