奴隷購入
レアというだけでしょぼい方を選んでしまうのは人の性でござる
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
予約の時間ピッタリについた僕を、奴隷商である銀髪のオジサマが丁寧に出迎えてくれた。
やはりレベル3探求者だと、扱いが全く違ってくるようだ。
応接室に優雅に案内され、メイド服を着こなした美人で眼鏡のお姉さんがこれまた優雅にお茶を勧めてくれる。
まあ六回目だし、そんなにあたふたはしないんだけどね。
初めて訪れた時は、ピカピカに掃除してあるし心地よい花の香りとかも漂ってて、イメージと全然違ってたので驚いたっけ。
ボロを着て首輪付きのガリガリに痩せた子供もいなかったし、糞尿の臭い溢れる檻から啜り泣きが聞こえてくることもなかった。
正直、鉄と革臭い迷宮組合のロビーよりも、遥かに居心地は上だ。
「本日は迷宮用奴隷の購入と伺っておりますが」
「はい、よろしくお願いします」
「ではこちらの面接室へどうぞ」
神が実在しその教えが行き渡ったこの世界では、人権侵害についてはかなり厳しい。
奴隷だから何をしても良い、なんてことは残念ながらない。
そんな訳でこの世界の奴隷の仕組みは、契約に基づく雇用関係に近かった。
日本で言うと丁稚奉公のようなモノだ。
奴隷は主のもとで様々な技術を学んだり、社会常識やマナーを身に着ける。
そして契約期限が来ると解放され、自分を売った金額の何割かを奴隷商人から受け取り、それを元手に自由な生活を始める。
途中で主人が死んだ場合はその払戻金が受け取れないため、奴隷たちは逃げ出すどころか主人の命を守るために懸命になる。
契約奴隷制度は、この社会のセーフティーネット的な役割を担っていた。
そしてこのシステムの厄介なところは、奴隷側からも条件を付けられる点にあった。
「戦闘行為が可能で、性交渉も可能な奴隷は以上ですね」
密かに予想していた答えを言われて、僕はがっくりと膝をついた。
最初は攻撃手である僕を守れる盾役を希望したのだ。
できればこうキリッとした年上の頼れる女騎士系のお姉さんとか。
これが無謀な要望であったと、面接室に来た彼女たちを見て即座に悟った。
そういえば、日本でも肉体労働者系で女性が働いているのを全く見たことなかったな。
仮にいたとして彼女たちは、男性とほぼ同化してて見分けがつかないのかもしれない。
女子柔道部員や女子レスリング部員に、少しマシな子がいるだけで可愛すぎるって形容詞がつくようなモノか。
絶望した僕は職業については妥協することにした。
もう一緒に戦ってくれるなら何でも良い。
盾だからゴツイのであって、斥候職とかならスリムな筈だし。
それほど容姿については選り好みはないと自負してたが、それでも高いお金を出すなら少しくらいは拘っても許されるんじゃないでしょうか?
別に誰もが振り返る美人を希望なんて言っちゃいない。
アイドル並の美人が、奴隷に落ちぶれてるなんて幻想も抱いてない。
でもクラスに一人か二人いるレベルなら、あり得るんじゃないの?って。
…………うん、ちょっと色々認識が甘かったようでした。
それでも何とか五人選んでみました。
以下はその子達と五回繰り返した会話。
「すみません、こちらの石に触って頂けますか?」
「当方の奴隷の為に、貴重な品をお使い頂きありがとうございます」
「あ、何も出ないですね。ご協力どうもです」
そして巻き戻しと。
ちなみに使用した魔法具『天資の宝珠』、通称ギフト石は触った人間の突出した才能が浮かぶ超便利なアイテムだが、一回使うと固定されて違う人に使えなくなる。
この日の為に購入したのだが、使い捨ての癖に一番低いランクのでも金貨15枚と凄まじい値段だった。
まあ僕の場合は、未使用状態でまた売れるから良いんだけどね。
よくよく考えてみれば、戦闘可能な奴隷に可愛い子がいないのは明白だった。
見た目が良ければ、そんな危ない生き方をわざわざしなくても済む。
愛人契約や現地妻契約で十分なので、進んで痛い思いをする必要はこれっぽっちもない。
スケベがしたいならソッチ選べよって言われそうだが、扶養するだけの存在を増やす余裕はない。でも見た目が好みでない上に才能もない人間を、大金を払ってまで仲間にする気も毛頭なかった。
六度目の正直とか考えていたが、儚い夢で終わったようだ。
「お客様、大変失望なされたようですね。このままでは当店の看板に関わりますので、どうぞこちらへお越しください」
落ち込む僕をシルバーグレイの渋い奴隷商さんが連れて行ってくれたのは、敷地奥に作られた大きな別邸であった。
建物に近づくと小さいのから大きいのまで、数人が寛いでいるのが見える。
そしてそれらの全てが、額に角が生えてたり耳が羽だったりしていた。
「ここは……って、あれは亜人ですか?」
「はい。我々がお客様のご要望を満たすには、こちらの商材しかないと判断させて頂きました」
「もしかして、終身奴隷?」
「はい、その通りでございます」
終身奴隷というのは、文字通り死ぬまで面倒を見なければいけない奴隷だ。
主に戦争捕虜や捕獲された他国人がなるのだが、その大半が亜人と呼ばれる体の一部がちょっと変わってる人たちだった。
彼らは帰る場所を失い自由を奪われ、他人に奉仕する生き様を無理やり強いられる。
ぶっちゃけ重いのだ。他人の人生を丸々背負えと言われるのは。
面倒になったり性格が合わなくなっても、簡単に捨てるわけにも行かないし。
それに問題も多い。
まず言葉が通じない。習慣や価値観が違う。
強制であるから生産性も低く反抗的で、主人に危害を加える事件も後を絶たない。
一緒にやって行くのは超キツイと考えて、選択肢に入れてなかった。
さらに言えば値段も契約奴隷が五年契約で平均金貨3枚なのに比べ、終身奴隷は最低でも金貨8枚からが相場だ。
この都市では金貨1枚で、男一人が節約すれば半年は食べていける金額だと思えばやはりお高い。
ただし終身奴隷であっても、真面目に働くなら数年後に解放される例もある。もっともそれは特殊な例であり、たいていの亜人は奴隷の証である焼印や刺青を消せぬまま生涯を過ごす。
「その……亜人な人はちょっと」
「ご安心下さい。ここに居るのは言葉や礼儀作法については、教育済みでございます。それにお客様の望む戦闘行為に関しても、彼らなら十分にご期待に添えられるかと」
亜人とは優れた身体能力や秀でた感覚器官と引き換えに、知能が少し未発達な人種だと聞いている。
確かに迷宮向きと言われればそうかもしれない。
「ただ、一つ問題がございまして」
「何でしょうか?」
「現在、取り扱ってる亜人の女性は一人だけとなっております」
「…………取り敢えず、面接をお願いします」
ここまで来たら腹を括るしかない。
三層をソロで歩き回って、死ぬような目に遭うのは絶対に避けたいし。
「こちらでございます」
小屋のポーチにしつらえてある巨大なクッションに案内される。
僕の目に真っ先に入ってきたのは、そのクッションの上に丸まる真っ白な毛玉だった。
なんだろうと目を凝らしていると、ピンと尖った何かが二つ突き出す。
それはピコピコと動き、ぺたりと倒れた。
そのまま見ていると、むくりと白いもふもふから誰かが身を起こす。
ふわ~とあくびしながら、こちらを見上げたのは自らの尻尾にくるまった狐耳の少女だった。
「な~に? ご飯?」
「はじめまして」
顎にかかる位置で切り揃えた真っ白な直毛に、目じりが天を向くアーモンド形の大きな獣の眼。その瞳孔は太陽を切り取ったような黄金色をしていた。
年の頃は僕より少しばかり下のようだ。
幼さのなかに数々の綺麗を詰め込んだような美少女。
…………だが残念なことに、その胸部はほとんど起伏がなかった。
でも折角紹介して貰ったんだし、一応チェックだけでも。
「ちょっとこれ触って貰える?」
「当方の奴隷の為に、貴重な品をお使い頂きありがとうございます」
「って精霊憑き!!」
ギフト石に浮かんだ少女の天資に、僕は思わず声を上げた。
これはレアだ!
精霊使いはローコストで大きな効果を発揮するので、迷宮じゃ引っ張りだこだがその数は非常に少ない。
天賦の才ですべて決まる職種だしね。
ってよく見ると火の精霊憑きか。
迷宮じゃ火と水は媒体の供給が難しいから、イマイチ活躍できないんだよねぇ。
火は特に狭い空間で一気に燃えるから、酸素不足という恐ろしい状況になるので余計に敬遠されやすい。
でもレアだしなぁ。
でもオッパイないしなぁ。
でも美少女だし。
うーん、買うか。
と言う訳で狐っ子を金貨12枚で買い取ることにしました。
勿論、巻き戻した後だけどね。
ちなみに精霊憑きだと判明したままだと金貨24枚でしたので、半額になってお得でした。
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