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四層大亀戦

複数のモンスターに追いかけられるトレイン状態のプレイヤーを見かけると、ついあの歌を口ずさんでしまうでござる

 それほど柔らかくはない筈の土の地面に、くっきりと足跡を残しながら大亀が緩慢な歩みで広場を往き来する。

 

 ゴツゴツした鱗に覆われた四本の足は、大人の胴回り並の太さだ。

 大きな丸みを描く甲羅の高さは僕の身長をかなり超えており、その表面には人の二の腕サイズの棘が万遍なく天を向いて生えていた。



 四層深部に棲息する巨大棘亀ソーンタートルは、まともに相手をすると非常に厄介なモンスターだ。



 まずその鱗は堅く生半可な攻撃は通用しない。

 さらに攻撃を受け続けると、甲羅に篭り一段と堅くなる習性がある。

 

 守りが堅い相手は攻撃が疎かだというのはよくあるパターンだが、この大亀に至ってはそれも当て嵌まらない。

 凄く判りやすい攻撃手段だが、コイツは背中の棘を飛ばしてくるのだ。

 

 攻撃を仕掛けると大亀はまず近寄ってきて、頭突きや噛みつきを仕掛けてくる。

 これは鈍重な動きなので、さほど脅威ではない。

 そのまま攻撃を重ねると、甲羅に頭と手足を引っ込める。

 そうなると、大亀は殆どの攻撃が無効となる城塞と化してしまう。


 そしてある程度の時間が経てば再び頭を出してくるのだが、それと同時に背中の棘が一斉に周囲へとばら撒かれる。

 大人のこぶし程の直径を持つ棘が、四方八方無差別に飛び交うのだ。

 一本でも当たれば、確実に肉が裂け骨が砕けることとなる。


 この亀の情報は予め知り合いに聞いてはいたが、実際に目の当たりにすると中々の迫力で少しばかり気圧される。

 だがコイツは絶対、立ち向わなければならない相手だ。怯んでる場合じゃない。


 闘う理由はごく簡単な話で、四層最南端へ行くには途中の広場に湧くこいつら大亀をどうにかしないと先に進めないのだ。



「それじゃ、始めよう」

「了解です、隊長殿!」

「準備いい~?」


 

 僕の頷きにミミ子が幻影を生み出す。

 大亀は視覚感知なので、幻影盾が通用するのが救いだ。


 本音を言うとこのまま幻影に囮を任せて、広場を通り抜けしたいところだがそうもいかない。

 幻影が消えると、なぜかモンスターの敵意が僕に向くのだ。

 消えるまでにかなりの距離を稼いでも、徘徊領域テリトリーを超えて追っかけてくるので逃げ切るのが難しい。

 それなら、まだ他のモンスターがいないここで倒したほうが遥かに安全だった。


 相変わらずの自然体で、僕の虚像がうろつき回る大亀へと歩き出す。

 近付いてくる幻影に気づいたのか、どすどすと足音を響かせてモンスターは体の向きを変えた。

 噂通りのかなりの遅さだ。


 やっと攻撃範囲に入ったのか、大亀は首を長く伸ばして僕の幻影へ噛み付いてくる。

 そこに駆け寄ったのは、得物を両手斧に持ち替えたリンだった。

 幻影に気を取られる大亀の手前で、腰を落としながら斧の長い柄を肩に担ぐような姿勢になる。

 長く右足を送り出し、残した左足で強く地面を蹴り飛ばす。

 一旦、モンスターに背を見せるような体勢から、腰を捻って綺麗にリンの体が一回りする。


 赤毛の少女は、ダイナミックにその身を揺らしてぐるんと円を描いた。


 肩を支点にしたてこの原理に遠心力が加わり、凄まじい勢いで両手斧の刃が水平に空を切り裂く。

 『回転斬スイングブレード』は、見事に大亀の前足を捉えた。


 両手斧の柄の端ギリギリを掴んでの一撃は、バットを綺麗に振りぬいたようなフォームとそっくりだった。

 足を強打された大亀は、耳障りな音を立てながら素早くその首を甲羅の中へ引っ込める。



「だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ!」 



 僕が唱える謎の言葉に併せて、みなが急いで亀へと近づく。

 そして唱え終わると同時に、一斉に地面へと横たわった。

 それに少し遅れて、大亀の甲羅から突き出ていた棘が広場中にばら撒かれる。

 だがそれらは誰に当たることもなく、虚しく壁を傷つけるのみであった。


 ずらずらと大亀の怖いところを並べてはみたが、実はこのモンスターの棘攻撃には簡単な対処法が存在してた。

 甲羅に生える棘の位置が少しばかり高いので、ある程度大亀に近い場所で伏せれば死角になって当たらないのだ。


 そして一度発射された棘は、亀が甲羅に篭って一定時間経たないと生えてこない。

 動き出した大亀の攻撃を避けるため、僕らは急いでその甲羅から距離を開ける。 


 ちゃんと離れ際に、その鼻っ面に四発ほど撃ち込んでおく。

  

 大亀が怒って逃げる僕を追いかけ始めると、リンやキッシェが反対側に回って後ろ脚を攻撃する。

 後ろを振り向こうとよたよたし始めたら、その側腹部にまた矢を放つ。

 何回かこれを繰り返すと、再び大亀は甲羅に引き篭もりその背に新しい棘が盛り上がる。


 そこでまた僕は、斥候リーダーに教えてもらった言葉を繰り返す。

 


「だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ!」 



 これ考えたの絶対、どっかの転生記憶持ちの仕業だろ!

 どうも棘が生える速度は丁度10秒くらいなのだが、数字を数えるよりもこの語句を唱えるほうがタイミングにピッタリ合うらしい。

 末尾の「だ」で、また一斉に僕らは地面に伏せる。

 その頭の上を大量の棘が飛び去っていく。


 ミミ子の幻影盾が大亀の注意を引いている間に、急いで立ち上がって距離を取る。

 うっかり踏まれでもしたら、内臓破裂どころの話じゃすまない。


 少しでもしくじるとかなりの痛手を負うことになるが、実際にやってみたらすぐに慣れる感じだった。

 大亀のターゲットとなった人は、攻撃の範囲外へ急いで離れる。

 亀の足は遅いので、すぐには追いつかれない。 

 その隙に他の人は大亀の足や腹を攻撃する。

 ターゲットが移れば、今度はその人が大亀から離れる。


 これを繰り返していると大亀は10秒間、甲羅の中に身を隠す。

 そうなると攻撃は効かないし、棘もその間に補充されてしまう。

 この隙に僕らは大亀の側へ戻り、地面へと伏せて棘を回避する。

 

 棘の発射が終われば、また急いで離れつつ攻撃をしかけるだけ。

 ちなみにミミ子とモルムは通路にいて、大亀の周りを走り回ってるのはリン、キッシェ、僕の三人だけだ。

 ミミ子の幻影の射程距離は20メートルくらいまでなら平気だし、モルムの呪紋は流石にここでは通用しない。

 ただ最近、『集中コンセントレーション』を覚えてくれたので、戦闘前に掛けてもらってかなり助かっている。



「まっ、まだですかー? 隊長殿」

「まだまだっぽいな……」



 確かに慣れるのは早かった。

 だがこいつの厄介なところは、棘や甲羅だけでは終わらない。

 巨大棘亀ソーンタートルの最大の特徴は、その体力の多さだった。


 普通の戦闘なら一匹に10分掛かれば、かなり長く感じる。

 だがこの広場での戦闘は、すでに20分近く経過してた。


 弓だけの僕とキッシェはまだ平気だが、長い得物を振り回すリンにはかなりきついようだ。

 ちなみに盾と片手斧は、通路に置いてきてある。

 盾を扱う時は両手斧を背負ったままでも行けるらしいが、その逆は無理のようだ。 



「だ・る・ま・さ・ん・が・こ・ろ・ん・だ! ――って来たか」



 大亀は瀕死になると、判りやすい変化を遂げる。

 その場から動かなくなる代わりに棘が非常に長くなって、その発射時間も不規則に変わるのだ。

 そして数回に渡る乱発射が終わると棘が生えてこなくなり、亀はただの鈍臭い獲物に成り下がる。


 このモードに入るとこちらから攻撃を仕掛けにくくなるので、ひたすら姿勢を低くして嵐が過ぎさるのを待つしかない。

 

 ――というのが普通のやり方だが、僕は少し試してみたいことがあった。

 亀の正面に回り込みながら石の矢ストーンアローを限界まで弓につがえる。

 幸いにもまだ棘が飛んで来なかった。

 両足を開いて大地をしっかり踏みしめる。


 僕の準備が整うと同時に大人の片腕の長さまで伸びた棘が、甲羅から離れ一斉に空中に飛び出す。

 仰角がバラバラなせいか、その軌道は不規則に揺れる。

 その中から僕に向かって来る棘を、即座に見分けて――全てに矢をぶち当てる。


 過大イクセシブの呪紋によりその威力が跳ね上がった矢たちは、飛来する棘の嵐を難なく撃墜し役割を終え消え去っていく。


 一本も撃ち漏らすことなく棘を退けた僕は、長い首を急いで引っ込めようとする大亀に向けて容赦なく角の矢ホーンアローを撃ちこむ。

 続け様に力を込めて、これでもかとばかりに。


 焔舌フレイムタンの熱を帯びた鏃が、両の眼窩に6本ずつ突き刺さり容赦なく焼き尽す。

 叫びを上げようと開いた喉奥に、12本の矢を貫通させて舌ごと燃やして黙らせる。

 最後に今引ける限界まで振り絞った1本を、その鼻先に撃ち込んで仕上げる。

 

 焼けただれた顔面を二度と甲羅に隠すことも出来ず、大亀はあっさりと膝を折って大地にひれ伏した。 

 そのままゆっくりと巨体が消えていく。

 

 ふースッキリした。

 最初からこれをやりたいところだが、あの体力の多さじゃ削り切れる気が全くしないな。

 まあ長い我慢からの反撃だし、この爽快感はなんとも言えない心地良さだ。




 いい気分で振り返った僕を迎えてくれたのは、なぜか皆の押し黙った視線であった。



回転斬スイングブレード』―戦士ファイターの両手斧初級技能。ハンマー投げによく似ている

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