不穏
♀キャラの中の人は、全て妙齢の女性だと思っていた時期が懐かしいでござる
このところロビーの様子がちょっとおかしい。
最近の僕らのスケジュールだが赤曜日から黄曜日までの三日間の午前中は、キッシェたちはギルドの技能講習を受けに行っている。
僕とミミ子はその間、買い出しに行ったりちびっ子たちと遊んで時間を潰す。
迷宮で稼ぎたいところだが、これ以上レベル差が開くのは避けたい。
それにキッシェたちを除けば、我が家で買い物に行けるのが僕だけなのだ。
日中はメイハさんは貧民街の治療院で人助けしてて不在だし、イリージュさんはまず家の外に出る努力から始める必要がある。
子供たちだけでは不安だし、ミミ子は余計なモノばっかり買いたがるしで消去法の結果、僕しか残らない。
まあちびっ子と一緒にお出かけして、お菓子を買ってあげたりするのがかなり楽しいので、誰かにこの役を譲る気はないけど。
昼からは講習が終わったキッシェたちと合流して、四層の探索に出掛ける。
あとの緑曜日と青曜日は三層で宝箱巡回をこなして戦果無しなら、二層か三層で素材取りを兼ねた経験値稼ぎで終わる。
残った藍曜日と紫曜日の二日は休みにして、家でのんびりしている。
迷宮にずっと居ると、心がすり減ってくるからね。
ちなみに赤とか青の曜日は、この世界の曜日の呼び方で虹の七色の順となっているので覚えやすい。
それぞれの色が神様の教えに対応してるのだとか。
話が少しずれてしまったが僕を今、悩ませているのは少女たちと合流するお昼過ぎのギルドの光景にあった。
「今日も大人気やね、あの子ら」
「……そうですね」
ロビーの隅で身を潜めていた僕らを目敏く見つけて話しかけてきたのは、すっかり顔馴染みになった迷宮予報士サラサさんだった。
彼女は僕らが四層の攻略を始めてからも、ちょいちょいお得情報を流してくれていた。
「話しかけへんの? 待ち合わせしてたんでしょ」
「いえ、その、今はちょっと……」
僕とミミ子はお昼を家で食べてから迷宮へ出向くので、少しギルドに来るのが遅れてしまう。
いつも先に来てるキッシェたちが、受付で僕らを待ってくれているパターンなのだが――。
ここ最近目にするのは、ロビーで大勢の人に囲まれている少女たちの姿であった。
理由は思い当たる。
基本、肉体労働である探求者に、女性はかなり珍しいのだ。
もちろん斥候などの技術職や、後衛職にはそれなりに女性は多い。
治癒士なんて女性しかいない。しかも美人な人ばっかりだ。
もっとも彼女たちは手を出したらアウトなので、モテてはいるが少し意味合いが違う。
ただ前にも述べたがこの街で女性がお金を稼ぐなら、もっとマシな仕事はいくらでもある。
こんな条件の悪い職場へわざわざ来る人は、それなりの理由を持つ人が多いのだ。
探求者にも、女性はいる。
だが敢えて言い直すなら、可愛い女性探求者は稀有な存在なのだ。
「取り巻きがぎょーさん増えて大変そうやねぇ、みんな」
「何か急にモテモテになってて、びっくりです」
「そうやねぇ。レベル上がって自信付いたんが大っきいのとちゃう?」
そう言いながらサラサさんは、人だかりに囲まれるキッシェへ視線を移した。
言われてみれば、そうかもしれない。
キッシェは以前と比べて、雰囲気がかなり柔らかくなったと思う。
前のどこか張り詰めていた感じが消えて、人当たりも優しくなった。
やはりレベル2になって、少し余裕が出てきたせいだろうか。
「キッシェちゃんは、年下にモテモテやね」
「姉御肌なとこはありますね。面倒見が良いっていうか、よく気が回るタイプです」
見てみるとキッシェを取り囲んでいるのは、年下の少年少女たちばかりだった。
前に迷宮初心者の相談に乗って上げているとは聞いていたが、なんとなく学校の先生とその教え子たちのようにも見える。
「逆にモルムちゃんは、おっちゃん連中から引っ張りだこやね」
「何なんでしょうね、あの人気」
今度はベテラン探求者たちに囲まれる巻き毛の少女へ話題が移る。
モルムもかなり変わったとは思う。
最初にあった時のオドオドしてた態度はすっかり消えて、普通に笑顔で話せる女の子になった。
相変わらず喋り出す前に、少し考えてしまう癖は抜けてないようだが。
だがそれが逆に受けているらしい。
線の細い見た目に大人しい性格ということで、先輩探求者たちの娘にしたい子ランキングぶっちぎりの人気だとか。
と、解錠の下手な斥候リーダーが前にこっそり教えてくれた。
「まあ一番大変そうなんは、リンちゃんやろね」
「ですよね…………」
リンはある意味、全く変わってない気がする。
明るく前向きで、小さなことには拘らない。
その明けっ広げな性格とボディは、実に魅力的だ。
守ってあげたい系とは違うベクトルで、男受けする要素が詰まってるとも言える。
そんなリンの周りには、今日も若い探求者連中が詰め寄っていた。
あいつら会話しながら、チラチラとリンの胸ばっかり見やがって!
さらにリンの場合は直に会話してる連中以外にも、少し離れた場所で視線を送ってる奴らも多い。
クラスの元気系人気女子とリア充との会話を、取り巻いてこっそり見てる男連中のようなものか。
だがその中に、明らかにそれらとは違う視線の主が混じっていた。
髪をソフトモヒカンにした背の高い兄ちゃんと、その横の小柄でスキンヘッドから小さい角が飛び出てる野郎の二人組だ。
あの二人は前に、闘技場でリンを見てた奴に間違いない。
「あの性格であの見た目やし、モテないほうが不思議やね」
「リンは隙が多いですから、勘違いする奴も増えるんですよ」
「大変やねぇ、隊長君も。ミミ子ちゃん以外もモテモテになっちゃって」
ニッコリと意味ありげな笑みを浮かべたサラサさんは、僕の後ろで退屈そうにしてたミミ子の頬を突く。
「ミミ子はそのままなんでホッとしますよ」
「失礼なことゆーてるねぇ。ほらミミ子ちゃん好き放題言われてるよ」
「そうだよ~。私も日々成長してるんだよ、ゴー様」
確かにミミ子の見た目は凄い可愛い。
でもなぜか、親しげに話しかけられたりしてるのは見たことがない。
美人過ぎて、全く違う人種のような気がするのが要因か。
「あの子達の人気が出たのも、ミミ子ちゃんのおかげやのにねぇ」
「えっ、そうなんですか? 初耳ですよ」
「一時期かなり人助けしてたでしょ、隊長君。あれ凄い評判良かったんよ」
そう言えばミミ子が入った当初、一層や二層で困った声を聞いたらよく駆けつけてたっけ。
最近は三層と四層メインになって、あまりやってる暇がなくなったな。
「それでイメージ良くなって、みんなも話しかけ易くなったんよ。基本、奴隷ちゃんを使ってるとこは評判悪いし」
もしかしたら、ミミ子はその辺りを考えて人助けしてたのか。
じっとそのアーモンド型の目を覗き込んでみたが、不思議そうに首を傾げられただけだった。
「そうそう、ミミ子ちゃん。あれ出来た?」
「うん、できてるよ~」
サラサさんに何か訊かれたミミ子が、ローブの裾から取り出した紙の束を差し出す。
それを素早く受け取ったサラサさんは、代わりにどうみても貨幣がつまってそうな小袋をミミ子の手のひらに落とした。
「ちょっと待った。それなんですか?」
「これはミミ子ちゃんに、ちょっと依頼してた案件やねん」
「何頼まれたんだ? ミミ子」
「迷宮都市のグルメマップリポートだよ~」
こいつ、休みの日にふらっと居なくなると思ってたが、こんなことしてたのか。
「相変わらずの辛口やけど、ちゃんと愛を感じる星の付け方やねぇ」
なんだかちょっとだけイラッとしたので、サラサさんに褒められて目を細くするミミ子の頭をくしゃくしゃに撫でる。耳がプルプル震えて可愛い。
キッシェたちも含めて、自分の知らないところで彼女たちが変わっていく感じに、どうも穏やかで居られない。
「お仕事溜まってるし、うちはそろそろ戻るわ」
「はい、それではまた」
「あっそうそう。前に小隊メンバー紹介するゆーてたやん」
「それでしたら、もう五人揃ったんで――」
「ゴメン、あれちょっとややこしい話になりそうやねん。迷惑かけそうやし、先に謝っとくわ。ほんとゴメン」
「えっ?」
「それじゃ、またね」
そのままサラサさんは、足早に立ち去ってしまった。
呆然と立ちすくむ僕に、今度は背後から声が掛かる。
「お話しはお済みですか? 旦那様」
気が付くとキッシェが、すぐ側に来ていた。
「随分と楽しそうでしたね。何をお話されてたんですか?」
「いや、キッシェたちが随分可愛くなったなって」
「それはありがとうございます。お邪魔すべきじゃなかったですね」
からかいを込めた返答に動じてない素振りを見せるキッシェだが、その眉尻が一瞬大きく下がったのを僕は見逃さなかった。
少し和やかな気持ちに戻ってると、リンとモルムも僕たちに気がついたのか、人の輪を抜けだしてこちらへ集まってくる。
それを見届けたキッシェが、僕に微笑みながら出発を促す。
「それでは行きましょうか、旦那様」
「…………今日も頑張る」
「まっかせて下さい、隊長殿。今日は凄い技習ってきたんですよ」
…………この瞬間の空気が堪らない。
フロア中から一斉に向けられる負の感情の束。
僕のささやかな優越感を、軽く吹き飛ばすほどのマイナスパワーだ。
早急に何か対策を立てないと、非常に不味い気がする。
「……悪い評判がたつのも仕方ないか」
『迷宮都市ガイド』―迷宮組合が編集、発行している観光者向けの雑誌
 




