地味の積み重ね
ネトゲに費やした時間は、ネトゲだからこそ費やせた時間だと拙者は思えるのでござる
白ワニの情報は、あっさりと手に入った。
メイハさんがご存知だったのだ。流石は五層到達者。
名前は八脚白鰐、三層の巨大蟷螂と同じような位置付けの階層不適切モンスターだ。
レベル6辺りからが、討伐適正レベルと聞いて納得した。
今の僕たちでアレをどうにかできる図が浮かんでこないし、レベルが上がるまでスルーするとしますか。
と言う訳で地味な四層の通路巡りを再開する。
探索を始めて、もう三週間近く経っているが地図の完成度はようやく半分と言ったとこだ。
捗らない主な理由は、水没通路のせいで移動にひたすら時間がかかること。
そしてこの階層から急に増えた罠のせいだった。
「踏みました!」
先頭を歩いていたリンが、大きな声を張り上げる。
僕らはそれを聞いて、上を向きながら即座に身構えた。
皆が一斉に空を仰ぎ見る石像の如く固まったせいで、暗い通路は緊張を含んだ沈黙で満たされる。
数秒の後、僕の左後方で何かが動く気配がして空気が揺れた。
同時に床から、相当の重量がぶつかった音と振動が響いてくる。
女の子たちが一斉に息を吐いたことで、張り詰めていた空気が解けた。
「この通路も罠ありか……」
「すみません、隊長殿」
「いや、どんどん踏んでくれて助かるよ」
四層から罠が陰湿になってきていた。
この落石の罠は通路の敷石の一つがランダムでスイッチ型トリガーになっており、踏み込むと天井を構成する角石の一つが落ちてくるようになっている。
落ちてくる場所もランダムな上、罠が踏んでから発動するまでの時間もランダムとかなり厭らしい。
長い時は落石待ち時間が一分を超え、その間は下手に動けないので神経を凄く使う。
万が一、真上の石が落ちて来たら、すぐに避ける必要があるので気も抜けない。
「リンのおかげで、この通路はもう安全になったよ」
「そう言って貰えると気が楽です、隊長殿」
僕の言葉に、少女は照れたように笑顔を見せる。
罠は基本、一通路に一つまでだ。この法則は、広場や交差路に着くまで保証される。
発動した罠は一時間ほどで、勝手に落ちた石が消えて補充されるらしい。
もちろん、床のスイッチもそれに合わせて移動する。
「でも少し踏み過ぎじゃないかしら」
「うっ」
「さっきの崩れ床を入れると、今日これで三回目。昨日は四回ね」
「ううっ」
「いや、罠を見つけるのは地図作りでは重要だよ」
「でっ、ですよね!」
「私は別に責めてるつもりはないですよ。ただ不思議なだけで……いつもだいたいリンが当たるんですよ、昔から」
「私だって不思議だよ!」
どうもリンは当たりやすい体質らしい。
もっとも運が悪いというわけではなく、良い方向に当たったりもするのでややこしいのだが。
闘技場の賭けの時も絶対来ないだろうという大穴の時だけ当たっていたし、こないだスイカを食べた時もリンだけお腹壊してたっけ。
何と言うか、トラブルを招きやすい傾向とかがあるのだろうか。
少し不憫に思えたので、お尻をナデナデしておく。
気を取り直して進もうとしたら、チョイチョイと鎧についてる狼毛を引っ張られた。
振り向くと僕の袖を掴んだままのモルムとミミ子が、一緒になって地図を覗き込んでいた。
「この先、水没してるよ~。ゴー様」
「そうなのか?」
「水の匂いしてる」
ミミ子がそう言うなら間違いないだろう。
「一応、どの辺りから沈んでるか確認しておくか。それが終わったらさっきの交差路まで戻ろう」
「巻き戻さないの~?」
「階段からかなり離れてるからな。今日は無理せず、交差路の先をチェックしたら引き揚げよう」
確かに地図作成の進捗状況は進んでいない。
もっと巻き戻しを駆使すれば、地図の完成は早くなるかもしれない。
だがそんな簡単な話でもない。
巻き戻せば朝目覚めた状態には戻れる。
体に疲労は全く残っていない。毎晩、回生を受けてるしね。
でも半日かけて迷宮を歩きまわった記憶は残っているのだ。
そんな重圧の記憶を何十回も積み重ねたら、心は凄く疲れてしまう……気がする。
僕は全然、平気なんだけどね。
まあ繰り返し過ぎて、慣れちゃってるのが大きいと思う。
だけど他の子には、まだ負担がそれなりにある筈だ。
だから無理はしない。
▲▽▲▽▲
気楽な気分の迷宮帰り道。
水没した通路のそばで、久しぶりな人たちに出会った。
「よう、坊主。元気してたか」
「はい、相変わらずです」
解錠の下手な斥候リーダーも相変わらずのようだった。
いやよく見ると、プレートの数字が代わっている。
「レベル4おめでとうございます」
「おう。こないだ上がったばっかだけどな」
僕らが色々寄り道してた間も、彼らはここや三層でせっせと経験値稼ぎをしてたので当然といえば当然か。
巻き戻しすると、稼いだ経験値は全て消えて体験値しか残らないから仕方ない。
でも何だか置いて行かれたような気もして寂しい。
「今日は皿部屋へは?」
「朝一の補充募集で誰もこなくてな。今日は魚釣りだ」
「魚釣り?」
話してるそばから、先輩射手が水路に餌らしきものをつけた糸を投げ入れる。
竿は使わない手釣りのようだ――って狙いはもしかして?!
一瞬でアタリが来たらしく、先輩射手は腕に巻いたを糸を器用に手繰り寄せる。
水面を大きく震わせながら、青と白の横縞が姿を現した。
やはり海棲毒蛇か。
あっさりと釣り上げられたモンスターは、待ち構えていた髭の盾持さんに叩き殺される。
戦闘時間が、一分も経ってない手際の良さ。
そしてモンスターが消えたあとに、黒い袋状の物がドロップする。
「これが海棲毒蛇の毒腺だぞ」
毒使い資格持ちの斥候リーダーが、尋ねる前に嬉しそうに教えてくれた。
この毒腺は溶血毒の材料になるんだっけ。
ギルドの買い取りも、そこそこ高かった記憶がある。
溶血毒は地味だが無効化されにくく、長時間の戦闘にはかなりの効果を発揮するダメージソースだ。
感心してる間に、また一匹釣り上げられた。
陸揚げと同時に、絞められる海蛇。
これ経験値稼ぎというより、本当に只の釣りのようだ。
「こいつら悪食だから、餌は適当な肉つければ入れ食いだぜ」
先輩射手が得意気に教えてくれる。
面白そうだし、今度うちでもやってみようかな。
ついつい見入っていると、斥候リーダーが訳知り顔で僕の肩を叩く。
「四層、苦戦してるのか」
「…………あまり芳しくはないです」
僕の言葉に斥候リーダーたちは顔を見合わせて頷く。
「仕方ねえな、ちょっとだけコツを教えてやるか」
「良いんですか?」
「あともうちょっとで、俺たちは皿部屋卒業できそうだしな。それとコツって言っても大した話じゃねーぞ。酒場で聞いた与太混じりだしな」
「いえ、何でも助かります」
「まず水没通路を避けるコツだが、これは鳴声だな」
「鳴声?」
「水がない方はカエルが沸くからな。声を辿ればある程度は回避できるぞ。ただ確実じゃないので、過信はするな」
言われてみれば、目からウロコだった。
カエルなんて、うるさい邪魔モンスターとしか認識してなかった。
「あとはこの海蛇釣りかな。上手くやれば簡単に水路を掃除して渡れる上に、金と経験値もそこそこ稼げる」
「それに楽しそうですしね」
「あとは泉に木の枝が落ちてたら、絶対に近寄るなって言われたな。これの詳しい理由は知らんが」
「あ、それは知ってます」
代わりに八脚白鰐の情報を提供する。
「なるほど、そりゃヤバイ相手だな。助かったよ」
「いえいえ、どういたしまして」
「しかしよく逃げられたな」
「…………運が良かったんです」
その後少しだけ会話してからお別れした。
斥候リーダーたちは、これから亀退治に行くそうだ。
これも少し聞けたので、物凄く助かった。
それと別れ際にリーダーが、少し不穏なことを教えてくれた。
「ちょっと悪い噂たってんぞ、坊主。用心しとけよ」
『落石罠』―四層から現れる罠。罠を踏むと天井から石が落ちてくる。一定時間で元に戻る
『崩れ床罠』―三層から現れる罠。罠を踏むと小さい落とし穴に嵌まる。足首捻挫する程度の深さ




