レベルアップ
未だに戦闘シーンの音楽を聴くだけでテンション上がるでござる
三層の地図が完成した僕たちは、その恩恵に大いに与っていた。
ほぼライバルが居ない東エリアを、今日も駆け足で周回する。
まずは徘徊する骨どもに、情け容赦なく石の矢をばら撒く。
『蟷螂の赤弓』に呪紋された過大のおかげで、骨相手でも牙の矢を使わずに済むようになった。
腰椎を撃ち抜かれた骸骨剣士は、あっさりと崩れ去る。
一体仕留め損なったが、駆け寄ったリンが盾撃で動きを止め、勢いをつけた片手斧で黒く焦げた部分を『強打』する。
呆気なく骨は砕け散った。
高熱を発する焔舌の威力は恐ろしい。
掠っただけでも、その箇所が急速に焦げてしまうのだ。
さらに骨の場合は焦げた箇所が脆くなるので、当たった時点でかなりの致命傷となる。
宝箱を出さなかったのを確認して次の通路へ進む。
ドロップ品の骨は当然放置だ。
灰色狼の群れにも、情け容赦なく矢を撃ちこむ。
こちらも一頭仕損じたが、モルムが足止めしてくれたので、もう一射で片が付いた。
もしそれで仕留め損なった時も、横手からリンが盾撃をぶち当てて食い止めてくれるので安心だ。
宝箱の有無をチェックして先を急ぐ。
毛皮も回収しない。
次の通路は罠発生地点なので、スルーしてその先の通路を制圧する。
通路を一通り巡って皆殺しが完了したら、スタート地点に戻る。
またモンスターが再召喚したら、周回を開始する。
ぐるぐるぐるぐる。
これを数時間ほどやると、ついに通路からモンスターの姿が完全に消え去る。
枯れたという状況だ。
どうも迷宮での一日のモンスター召喚数はエリアごとに決まっているようで、一定数を狩るとそれ以上湧かなくなってしまうようだ。
「今日も箱なしか」
「残念ですね」
「まあこんなものだろうね」
銀箱は普通にやってれば、数か月に一個と言われる確率だ。
それを考えると、巡回を始めて一ヵ月で銀箱二個は相当な数字かもしれない。
「それじゃ巻き戻しますか」
枯れるまでやって箱が出なかった日は、巻き戻して二層でキッシェたちの経験値稼ぎをすることにしている。
この宝箱目当ての巡回は僕の火力頼みのため、このままだと一人だけ取得経験値が大幅に多くなってしまうせいだ。
それにモンスターが全く沸いてないと、不審に思われてしまうかもしれないし。
何も出ないと只の徒労のようだが、この巡回は十分に意味がある。
キッシェたちが格上との戦闘をこなすことで得るものも多いし、僕も新しい弓に早く慣れることが出来る。
そして迷宮の雰囲気に慣れることは、非常に重要なことだった。
現に彼女たちが、二層の戦闘で怯んだり焦ったりするような場面は、ほぼなくなっていた。
もっともその辺りに関しては、装備を一新したのも大きいかもしれない。
三層地図作りの際に灰色狼をかなり掃討したせいで、銅貨30枚だった狼の毛皮の買取値段が10枚まで落ちてしまったのだが、そのおかげで灰色装備もかなり安くなったのだ。
リンは白磁鋼の鎖帷子で変わりはないが、キッシェと僕が灰色狼の革鎧一式に、モルムは灰色狼のローブに新調した。
灰色狼の革鎧やローブは、狼の毛皮を脱毛せずそのまま使ったハイドアーマー系統なので、見た目はちょっとモコッとしている。
だが耐刃性と耐寒性に優れた一品で、迷宮蜥蜴の皮鎧の倍の防御力を誇る。
あとミミ子は相変わらず『均衡』付きの防刃のローブを愛用しているが、それに足してお腹の冷え対策にイリージュさんに作って貰った腹巻を愛用している。
もっともまだ夏が終わりかけの時期なので、迷宮以外は逆にお腹剥き出しで過ごしているが。
武器のほうも少しばかり構成が変わった。
まず僕が『蟷螂の赤弓』を使い出したので、自動的にキッシェが『速射の小弓』を引き継ぐこととなった。
それとモルムが愛用してた『喚起の投矢』は、レッドマンティス戦で役目を終えたので新しい武器を買うことにした。
『樹人の片手杖』はギルド産の杖だが、特殊な香木を使用しており集中力を高める効果がある。
呪紋を描くには剣先でも羽ペンでも何でも良いらしいが、他の用途をもたない器具の方が効果が高くなるらしい。
骨と比べて格段に魔術耐性が低いとはいえ三層の狼相手に、レベル1探求者の魔術が通用してるので銀貨8枚以上の値打ちはあったようだ。
これらの装備ならレベル1でも、二層の戦闘に不安は感じない。
三層でも十分通用はするが、僕抜きで戦闘するとかなりの時間がかかってしまう。
それなら二層の猫や烏を狩ったほうが回転も速いし、ドロップ品も売れるしと良い事尽くめだ。
あと追加装備と言えば銀箱から出た魔法具が、二つ。
一つ目の『平穏の首飾り』は、装備者とその周囲の人の状態異常の無効化率を高めてくれる『静謐』が授与されている。
これは当然、僕が着けることになった。
透き通るように青い涙滴型の宝石が付いており、ちょっと恥ずかしいので普段は見えないように服の下に隠している。
もう一つは、待ちに待った一品だった。
『土喰いの胃袋』、土陣の効果が付いた背負い袋だ。
土陣は重量を軽減する効果を作り出す精霊術であり、これがあればかなりの荷物を持ち運べるようになる。
深層へ潜る探求者の必需品と言われる魔法具であった。
この二つの魔法具に加えて、さらに『殉教者の偶人』をもう一体購入した。
これは守りの切り札であるミミ子に渡してある。
売却値段は金貨1枚の癖に購入値段は4枚と、少し迷宮組合の暗部を見た気もするが、安くし過ぎると買占められる恐れがあるのかもしれない。
さらに特殊な装備であるが、腰に複数の矢筒を下げられる帯を職人さんに頼んでみたりもした。
今までは複数の型の矢を一緒くたに入れてたのだが、流石に種類が増えて来たので分けることにしたのだ。
ミミ子をおんぶしたまま矢が取り出せるようにお願いしたが、見事な出来栄えの品を届けてくれた。
皮なめし組合の名家のお嬢さんである受付嬢のリリさんが、工房の紹介状を書いてくれて本当に助かった。
それなりのお値段はしたが、これでさらに連射速度を上げられるかな。
これらの装備新調で、ほぼ手持ちのお金は消えてしまった。
だがこれで下層へ進む準備は整った。
四層のモンスターの詳しい種類と分布、罠の型や地形の講習も受けた。
あとは最後の一押しを待つだけだ。
そしてキッシェたちと小隊を組んで五ヶ月、やっとそれが訪れた。
▲▽▲▽▲
「レベルアップおめでとうございます」
お馴染みとなったリリ受付嬢の祝福の言葉を受けながら、キッシェが嬉しそうに笑みを返した。
一週間前にリンが上がったので、これで僕の小隊はレベル3が1名、レベル2が3名とかなりの戦力増強となった。
残念ながらモルムは、まだレベル1のままだ。
彼女が本格的に戦闘行為に参加し始めたのは、つい最近のことだし仕方ない。
それにそもそも魔術士自体、レベルが上がりにくいのだ。
護法士や精霊使いと違い、治癒士や魔術士にはモンスターを直接攻撃できる手段が乏しい。
モンスターへのダメージ貢献度で取得経験値が大きく変わってくる迷宮では、直接的な攻撃手段を持たない職業はかなり不利な仕様であった。
もっとも治癒士の場合は、高レベル者に秘跡を授けるだけでそれなりの経験値が貰えるらしい。
同じように魔術士も強い敵に呪紋を掛ければレベルアップは速いのだが、そう簡単な話でもない。
無効化される可能性が高いモンスター相手に、わざわざ使えない人間を連れていく余裕は人数の限られた小隊ではかなり厳しい。
一応、味方に掛けられる呪紋もあるにはあるが、中間の階梯にそれがないのだ。
だから高レベル魔術士の大半は、徒党に入っているか魔術協会に属して小隊を斡旋してもらっているのが実情であった。
ただ何かと時間がかかるやり方なので、魔術士に高齢者が多いのも頷ける。
最近は違うジョブで自身のレベルをある程度上げてから、転職して魔術士の修行を始める者も多いらしい。
高レベルになればかなりの見返りがあるのが、魔術士という職業の魅力であった。
そして僕も勿論、モルムを深層に連れて行ってバンバン魔術を使ってもらうつもりだ。
可愛いモルムが、可愛くローブを着こなして、可愛らしく呪紋を描くなんて光景を早く見てみたい。
こんな感じで僕が深層へ進む気になっていたのは、前と同じようにメイハさんとの会話が切っ掛けだった。
『強打』―戦士の初級技能。闘気を込めた強い一撃!
『静謐』―護法士の第四階梯真言。周りの人も変わらないよ
『土陣』―精霊使いの土精使役術。地形効果を受けにくいのとか重量軽減とか地味だけど超便利




