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休日その2

団体戦は回復役から倒すのがセオリーでござると言いながら突進したら、武闘派僧侶に返り討ちにあったでござる

「隊長殿、こっちです、こっち!」

「はいはい、今行くよ」


 赤と黒の横縞模様のタンクトップを重ね着したリンが、嬉しそうに闘技場の入り口で手をふってくる。

 ぴったりのスキニージーンズ姿のせいで体のラインが露わなのだが、あまり扇情的な雰囲気は感じない。

 それは16歳の少女が放つ健康美のほうが、勝っているせいだろうか。


 しかしこの国はふんだんに使える紙を支える製紙技術もそうだが、現代日本でも通用しそうな服装や料理のレパートリーなんかを見ると、僕のような転生知識持ちが裏でこっそり何かやってる気がしてならない。 


「3階席ですが、真ん中あたりの良い場所取れましたよ!」

「それは良いね。席に行く前に何かつまめる物買っていこうか」

「はい!」


 リンのテンション高めな返事を聞きながら、僕らは闘技場の大きな入り口をくぐり1階の売店へ向かった。

 劇場と同じように、この闘技場も迷宮組合が管理運営している。

 高レベルの探求者シーカーの戦闘が、間近で見れるとあってかなりの人気らしい。

 もっとも、ただ見るだけが楽しみ方じゃないけどね。


 観客席から見下ろす闘技場のフィールドは、なかなかの広さだった。

 所々に大きな石の柱が残っており、遮蔽物として利用できるようになっている。


 

「おおお! 来ましたよ隊長殿!」



 リンが興奮した声を上げて身を乗り出した。

 指し示す先に、わらわらと競技者用の門から出て来た小隊パーティの姿が見える。

 4対4のチーム戦のようだ。


 大きな銅鑼の音とともに試合が開始される。

 雄叫びを上げた盾持ガードが、突進と同時に矢の雨を受けていた。

 ここからでも判るほどのサイズの呪紋が描かれ、相手チームが慌てて柱に隠れる。

 陰から不意に姿を現した斥候が、その背中を斬りつける。


 両チームが入り乱れて戦う様は、かなり、いや凄く楽しい。

 集中攻撃を受けて致命傷を喰らったらしい治癒士ヒーラーが、倒れ伏して旗を振る。

 彼らは『殉教者の偶人』の簡易版紙人形を所持していて、その依り代がやられるとリタイアになるルールだ。

 そんな便利なのは僕も欲しいのだが作れるのは特別な宗派だけな上、献身デヴォーションの秘跡も競技時間内しか効かない程度のものらしい。


「あああ、何してんだよ! それくらい耐えろー!」


 リンがさっきから、興奮のあまり野次を飛ばしまくってた。

 かぶっていた大き目のニット帽を、いつの間にか手に持って激しく振り回している。

 可愛い角が丸見えになっているが、興奮のあまり気が付いていないようだ。

 

 おかげで周囲の感心が、フィールドと同じくらい少女に集まっていた。

 その視線の中に少し気になるものもあったが、今はそれよりもリンの反応の方が面白くて目が離せない。


「もう、そうじゃないって! あれ?」


 大声を上げていた少女だが、不意に戸惑った声を上げる。

 ようやく気付いたようだ。


「もしかして巻き戻し(ロード)た前と、結果が違う?」

「そうですねって、知ってたんですか?!」

「そりゃ、真っ先に試したからね」


 この闘技場は四大神を祀る祭壇が四方に設えてあり、建前上は神々に戦いを捧げる祭殿となっている。

 だから迷宮での宝箱の罠のように、たまに結果が変わってしまうことがある。

 僕もここを知った当初、大金握りしめて駆けつけたがその事実に気付いて、賭け札を握ったまま呆然としたものだ。


「残念です。大儲けして、今日は隊長殿と美味しいモノでも食べようかと思ってたのに」


 あまり残念そうに見えない顔で、リンは僕に笑ってみせた。


「これも十分美味しいよ。はい、どうぞ」

「ありがとうです。うん、美味しい!」


 カップ一杯に盛られた鳥のから揚げを、ぱくっとつまんだリンが嬉しそうに顔を綻ばせる。

 これだけ大盛りなのに銅貨30枚だ。

 ちなみにリンは牛肉が苦手だ。やはり牛鬼ミノタウロスの血を引いてるせいだろうか。

 そういえばデート場所に闘技場を選ぶのも、なんだか牛らしいかも。


 勝負は斥候が大活躍してたチームが勝ったようだ。

 ってよく見たら、あれ解錠下手でお馴染みのリーダーの小隊パーティか。

 もっとちゃんと応援してあげれば良かった。


「よし! 今日はとことん賭けようか」

「そうですね。賭けちゃいますか」


 僕たちは顔を見合わせて、もう一度笑った。

 どうせ勝ち負けを楽しむなら、こっちの方が身が入る。


「賭け札買ってくるよ。リンはどっちにする?」

「私は赤のほうで」

「じゃあ青に賭けるかな。そうだな、トータルで勝てたほうの願いを一つきくってのはどう?」

「面白そうです。乗りました」


 自信ありげに唇の端を持ち上げるリンに、顔を近づけてそっと耳打ちする。


「そうそう。僕が勝ったらリンに――」


 顔を離すと、リンが真っ赤な顔で僕を見上げていた。



「たっ、隊長殿は変態です!」



   ▲▽▲▽▲



 本屋独特の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、モルムは嬉しそうに僕を見上げた。


 今日の少女はモスグリーンの袖を余らせたパーカーに、黒絹糸製の長靴下と太ももが眩しい格好をしている。

 魔術士(ソーサラー)になったら、必ずフードが付いた服を着るのが義務になるらしい。


 混沌神の使徒は人心を惑わす力を持つ故に、判別がつきやすい格好をしないと怒られるのだとか。

 宗教は何かと大変だ。


「こんなところに本屋あったんだな」

「…………魔術の本屋さん、少ないから」


 魔術士の扱う呪紋と呼ばれる独特の紋様は、その殆どが手描き以外は不可能だと言い切れるほど複雑で細かい仕様となっており、もはや芸術に近い。

 そのため普及しつつある活版印刷では対応できず、それ専門に扱う店でしか流通がないらしい。

 モルムと連れだって探しに出かけた店も古書通りのさらに奥、路地の入り組んだ先に埋もれたような店構えをしていた。


「それでお目当ての品はあるの?」

「…………じいじ先生の本」


 訓練所の教官であるモルムの先生は、元は有名な虹色カラーズ級の探求者シーカーだ。

 迷宮への活動も研究の一環だったらしく、それ関係の魔術書もそれなりに執筆している。


 そんな偉い人がなぜ教官をしてるかと言うと、同じ小隊パーティだった探求者シーカーに、引退して悠悠自適な老後をおくるくらいなら後進の育成を手伝えと強引に誘われたからだとか。

 まあそこら辺は全部、迷宮予報士のサラサさんからの又聞きなのだが。


 ギシギシと軋む床板を踏みながら、僕らは本で作られた迷路に足を踏み入れる。

 こういった場所は本が雑多に床に積み上げてあるイメージだったが、そんな事はなく店の中は意外なことに綺麗に片付いていた。

 僕の身長よりも遥かに高い本棚がずらりと列をなし、奥の方が見えないほどに続いている。


 圧倒された僕は、思わず入口そばの本棚を見上げた。

 何が書いてあるかさっぱり理解できないハードカバーの背表紙が、上から下までぎっしりと詰まっている。

 訳の分からない迫力に押された僕は、思わず分厚い本たちを仰ぎ見る。

  

「……凄いな、これ……あれ?」


 おかしなことに気付いてしまった。

 いや、そんな気がしただけか。


「しかし……凄いな、これ」


 頭の上から落ちてきそうな本たちに、自分が縮まっていくような気持ちになる。

 なんだか不安な気持ちになってくる。


「本当に凄い本棚だな……」


 感嘆の声しか出ない。

 あれ、何しに来たんだっけ?

 ここに居ちゃいけない……今すぐ帰らないと不味い気がしてきた。

 

 そっと後ろから回された誰かの手が、本棚から目が離せなくなっていた僕の視界を塞いだ。

 真っ暗な世界になった途端、唐突に思考がクリアーになる。


 あんな狭い間口なのに、なんで店の中がこんなに広いんだ?

 大量の本棚を置けるスペースはどこにあった?

 なんで急に帰りたくなったんだ?


 僕の両目を塞いだ手に力が加わり、ゆっくりと顔の向きが変えられる。


「…………この本棚、呪紋がついてる。……見ちゃダメ」


 モルムの声に、僕は正気を取り戻す。

 

「呪紋なんて描いてあったっけ?」

「…………並び方が……呪紋」


 なるほど、本の配置の仕方が問題だったのか。

 妙に不揃いな本が多いなとは思ったが、本棚それ自体が大きな呪紋になってるとは。

 ……素人がうっかり迷い込むのを、防ぐためだろうか。


 目を塞がれたまま、僕らは呪紋本棚から静かに離れる。

 何も見えないのだが、モルムの柔らかな手がやさしく誘導してくれた。


「…………もう大丈夫」


 目隠しが外された本屋は、目を見張るほど狭かった。

 狭いと言うか、ただの通路だ。

 左右を本棚に挟まれた狭い道が、奥へ続いているだけ。


 どん詰まりにはカウンターが設えてあって、そこに老婆が独り座っていた。

 肩の上には、大きな緑色のトカゲが乗っている。

 剥製かと思ったが、大きな目玉がギョロリとこちらを見たので生きているようだ。 


 サンダルをぱかぱかと鳴らしながら、モルムが店の奥へと進む。

 カウンター前にたどり着いた少女は、トカゲをじっとみつめたまま動くのを止めた。


 どうすればいいのか判らず見守っていると、置物のような老婆がゆっくりと本棚の一角を指差した。

 同時にモルムが振り返って、僕を見つめ返してくる。


 あ、取ってくれってことか。

 片隅にあった小さな脚立を本棚の前に移し、示されたあたりの本に手を伸ばす。

 当たりを付けた本ではなかったらしく、老婆は何も言わず首を横に振った。

 三回目で引き当てたようで、老婆の頷きにモルムが嬉しそうに唇の端を持ち上げた。


 本をカウンターへ持って行くと、老婆がなぜかピースサインしてきた。

 よく判らず僕もピースサインを返す。 


「…………兄ちゃん、代金だよ」

「えっ、あっ、そっか」


 銀貨2枚を差し出すと無視された。


「まさか?」

「…………金貨2枚だよ、兄ちゃん」


 本当にまさかの高値だった。

 本一冊が一年分の生活費とは。

 あとでチャラになると判っていても、ちょっと躊躇う金額だ。

 

 金貨を差し出すと、老婆の肩の上のトカゲが身を乗り出してパクリと咥える。

 硬貨を噛み締めたまま元の位置に戻ったトカゲは、老婆の手の平にポトリと金貨を落とした。


「もう良いのかな?」

「…………うん。ありがとう」


 もう用は済んだとばかりに視線を外す老婆に、一礼して僕らは店の外に出る。

 何だかすごく疲れた気がする。


「それじゃあ、カフェでも行ってゆっくり読もうか」

「…………うん!」


 本をギュッと抱きしめて、モルムは嬉しそうに頷いた。




   ▲▽▲▽▲




 オフ日、四度目の朝。



「みんな満足してくれた?」

「はい、良い休日でした」

「大満足です! 隊長殿」

「…………楽しかった」



 なら、最後は僕の番だ。



「それじゃ、みんなデートでしてた格好に着替えてくれる」

「どこかへお出かけするのですか?」

「うん。ちょっと川沿いの方へね」



 デートしつつ密かに下見しておいたのだ。

 あの辺りは探求者シーカー用の安宿ではなく、少しお高いがそれなりの部屋を用意している観光客向けの宿が並んでいる。



「邪魔されたくないし、途中で昼ごはんは買っていこうか。強精薬スタミナポーションは、五本で足りるかな」

「あの、隊長殿。何をするんですか?」

「なんだろうね。あ、リンは賭けの分もあるし色々楽しみだなあ」

「…………兄ちゃん、目が怖い」

「むにゃむにゃ。巻揚げとコロッケとから揚げ山盛りなんて、全部食べれないよ~」

「ミミ子は寝かせたままでいいか。僕がちゃんと運んであげるよ」

「あの旦那様、明日からまた迷宮ですので、くれぐれも無茶は……」



「大丈夫だよ。僕が満足するまでちょっと巻き戻しロード続けるだけだから」


 

 結局、この日は部屋を一晩借りる事となった。 

 スッキリは出来たけど、ちょっと太陽が眩しかったり。



『鉱石トカゲ』―鉱物の判別能力を持つトカゲ。主に贋金の見極めのために飼育される。

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