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休日その1

ゲーム内の景観の良い場所をめぐっただけで、旅行に行った気がして外に出る気がしないでござる

「それで旦那様、これはどういう事ですか?」



 キッシェの冷たい声は、本当にぞくぞくする。

 これをちょっと野暮ったい黒縁眼鏡とスーツ姿で言われたら、我慢できる気がしない。



「仕方ないよ、キッシェ。隊長殿は私を選んだんだし」



 リンが勝ち誇った声で勝利を告げる。

 只でさえ大きい胸をさらに突き出すような挑発ぶりは、僕の限界を試しているのか。



「…………兄ちゃん、モルムここ行きたい」



 相変わらずのマイペースぶりで、モルムがベッドの上に広げた街の観光地図を指差しながら僕の袖を引っ張ってきた。

 ヒヨコ柄のパジャマを着たそのあどけない姿に、僕の庇護欲が強く刺激される。


 仕方がない。三人とも魅力的すぎたのが悪いんだ。

 誰かを選べと言われても、そんなのは無理に決まっている。


「みんな、ちょっと落ち着いてみようか」

「落ち着いていられません!」

「隊長殿と一緒に遊ぶのは私だよ!」

「…………明日はモルムとお出かけするよね」


 三人の目がじろりと僕を見つめる。


「よし! みんなで一緒に楽しむのはどうだろう?」

「折角のお休みですし、私は旦那様と二人っきりがいいです」

「えー、本屋とか行ってもなあ」

「…………歩き回るの嫌い」

 

 見事に意見が分かれた。

 君たち迷宮だと、あれだけ息が合ってるのにね。


 だが僕と一緒に居たいって気持ちは分かるし、とても嬉しい。

 メイハさんたちが引っ越して来てから、露骨にくっつけないしみんな不満が溜まってるんだろうな。


 確かに新しい家族のお蔭で現状、家事の面では非常に助かっていた。

 イリージュさんを筆頭に幼い妹たちが毎日せっせと家を綺麗にして、美味しい食事で帰りを待ってくれているのはありがたい。

 増えると心配していた食費もあまり変わってないし、中庭に作った菜園で育てている野菜もそろそろ収穫できるとかで凄い楽しみだ。


 しかし彼女たちがいるせいで、女の子たちと一緒のお風呂や寝室が不可能になったのは大きなダメージだった。


 その解消のために設けた明日の迷宮オフ日が、こんな争いの原因になるとは。

 うん、誘われるままにホイホイ返事した僕が一番悪いんだけどね。

 ちなみに元から週末二日は休みにしている。

 高レベルになってくると、週三日間だけ迷宮勤務とかが当たり前になるそうだ。


 まあ今はそれよりも、眼前の問題を解決しなければ。

 三人の女の子の誰と一緒に明日を過ごすのか。



「――――それが問題だ」



   ▲▽▲▽▲



「旦那様、次の公演はお昼の二の鐘ですって」

「それじゃ、先にご飯いこうか」


 劇場入り口そばの告知板を熱心に眺めている少女の横顔を、僕は眩しく見つめた。

 今日のキッシェは前髪を綺麗に編み込んで左右に撫でつけてあり、いつもの怜悧な印象とは正反対の可憐さになっている。

 水色のワンピースと白いパンプスもよく似合っており、迷宮の皮鎧姿に慣れていた身としては凄い新鮮に感じる。


「そのお芝居って、どんな内容なの?」

「なんでもかなり昔にこの街で活躍した有名な小隊パーティのお話が元になってるそうです。その小隊パーティのリーダーとメンバーの亜人の女性の悲恋を描いたものだとか」


 この迷宮都市にはかなりの娯楽があるが、その中でも特に有名なのが迷宮の高レベル探求者シーカーを題材にした演劇であった。

 探求者シーカーを絶やさない工夫として、この街では一部の探求者シーカーを偶像化して宣伝塔として活用している。

 これもその一環で実際にあった記録を英雄譚として脚色し、様々な劇に仕立てあげているというわけだ。

 もっとも名も無き低レベル探求者シーカーの悲哀劇なんかもあるので、意外と侮れないらしい。


「ふーん。あ、あそこで食事できるみたいだし行ってみようか」

「はい、わかりました」


 あまり興味のわかない題材だが、キッシェが以前から楽しみにしてたらしいので頑張って付きあおう。

 先に腹ごしらえを済ませるために、劇場の脇にあるオープンカフェに向かって歩き出す。

 キッシェは僕の左後ろを、小さい足運びでついてきた。

 見た目は女の子女の子してても、やはり迷宮生活が染み付いているようだ。

 僕の弓の動きを邪魔しないように行動するのが当たり前になっている。


「はい、どうぞ」

「えっ?」

「今日は一緒に歩こうか」

「はい、旦那様」


 差し出した手を、キッシェは嬉しそうに握り返してきた。

 並んでカフェのテーブルに座り、軽食を注文する。

 

 厚切りトーストにレタスや薄焼き卵、ベーコンなんかがギッシリ挟まったサンドイッチが運ばれてくる。

 冷やした香茶に白蜜を垂らして、二人でゆっくり味わいながら戴く。


「あの、旦那様」

「どうしたの?」

「あれ、どうみてもミミ子さんですよね?」


 言われてみれば、向かいの席に見えるあの巨大なもふもふはミミ子の尻尾だ。

 思わず席を立って、確認に向かう。

 近付いてみると、ミミ子とリンが楽しそうに昼ご飯を食べていた。


「何してんだ? 二人で」

「あらゴー様奇遇だね~。ここの巻揚げが絶品でね」

「こんにちは、隊長殿。ミミっちとデートしてます」


 言われて見るとミミ子たちのテーブルには、春巻きとシュウマイの中間のようなものが皿の上に山と積まれていた。

 会話しながら二人は嬉しそうに、それをフォークに刺してせっせと口に運ぶ。

 

 ボーイッシュな恰好のリンはともかく、ミミ子の方は大きな麦わら帽子とノースリーブの白いワンピース姿で、避暑地のお嬢様的な演出なのにその食いっぷりが全てを台無しにしていた。


「この店のことどうやって知ったんだ?」

「サラサに教えて貰ったよ~」


 迷宮とは全く関係のないことなのに、なぜかサラサさんはこういう情報にも滅法強い。

 今度、お礼を言っとかないと。


「そうだ、ミミ子たちも一緒に劇見るか? 『迷宮に咲くは、恋の牡丹』って題名なんだけど」

「それ内容知ってるし、えんりょしとくよ~」

「残念ですけど、この後は予定が決まってるんです。それにキッシェも睨んでますし」

「リン!」

「二人で楽しんできて~」


 まあデートだし、野暮はダメか。


「それじゃあ、参りますか」

「はい、旦那様」


 

 演劇はそれなりに面白かった。

 特に獣人のヒロインの演技が良かったと思う。


 見終わった後は、キッシェと二人で小物問屋の通りを練り歩く。

 何も買わないほうがいいと言ったのだが、キッシェはどうしても誘惑に勝てなかったらしく、大きな猫のぬいぐるみを買っていた。


 それからカフェで軽く休憩した後、街の中央を流れる川沿いの道を歩く。

 街の外壁にゆっくりと沈んでいく夕日を眺めていたら、不意にキッシェが小さく子供っぽい笑い声を上げた。

 僕の少し驚いた視線に、彼女は笑顔のまま答えを教えてくれた。


「私、夢だったんです。この街の中で生活すること」

「そうなの?」

「ええ。子供の頃はあの壁の向こうで、ずっとこの街の暮らしを想像してました。その夢がいつの間にか叶ってることに気づいて、可笑しくなってしまって」


 僕も田舎でずっとそう考えていた。

 ここよりもずっとマシな場所があるはずだって。


「叶ってよかったね」

「いえ、まだまだこれからですよ」

「そうだ。うん、まだまだだ」


 沈みゆく赤い光をバックに、少女は猫のぬいぐるみを抱きしめながら僕に微笑んでくれた。

 その両手を覆う鱗が、夕焼けの中にきらきらと輝く。


「今日は楽しかったよ。キッシェの普段見れない顔が沢山見れたしね」

「そうですか?」

「劇に感動してこっそり泣いてたり、ぬいぐるみを夢中で選んでたり」


 少女の眉が大きく跳ねて、その顔が朱に染まる。

 

「またこうやってデートしたいね」

「はい。ぜひまたご一緒に」

「そろそろ時間か」

「はい……」

「それじゃ、またね」

「はい、それではまた」



 気が付くと夕陽は完全に沈んでいた。


『でか猫ぐるみ』―剣歯猫サーベルキャットがモチーフになっており、大きな牙が特徴

『巻揚げ』―小麦粉を練って薄く伸ばした皮で、挽肉等の具材を巻いて揚げたもの

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