レベル3昇格
中身入りのプレイヤーキャラよりもNPCの方が可愛いと思えると末期でござる
「レベル3、おめでとうございます」
本日六回目の祝福の言葉を、僕はにこやかな作り笑顔で受け取った。
「これより貴方様には、様々な権利が授与されます。主な権利ですが、まず正式な裁判を受ける権利が――」
六回目となるが迷宮組合の受付嬢のレベル3昇格説明は、一言一句すべて同じで完璧であった。
伊達に高給取りではないらしい。
ところでこのレベルという呼ばれ方だが、段階や水準を遠まわしに表した意味ではなく文字通りレベルそのものを指す。
神が作った『試練の迷宮』は、ふざけた話だがゲームのような『レベル』が存在していた。
ただしゲームほど便利ではなく、ステータスやスキル表記なんて便利なモノはない。
技能資格は全てギルドの認可制だし、レベルもアップするための必要経験値なんてモノは表示されない。
迷宮から発掘された魔法具である『階級の宝珠』、通称レベル石には触った人間の現在のレベルを示す数字が出るだけだ。
判っていることはモンスターを倒したり罠を外したりと迷宮内で様々な行動すれば数値が溜まり、一定値を越えればレベルが上がることだけで、その数値『経験値』と呼ばれているが、それをどうやれば幾ら貰えるかの詳しい部分は不明となっている。
多くの先人が検証した結果、モンスター退治が一番貰えること、個人や職業によって必要経験値が違うこと、そして行動を共にする人数が五人を超えると獲得経験値が極端に減ることは判明していた。
そのため迷宮内の探索は、基本五人以下で行われる。
行動を共にできる人数に制限がある為、現在では役割分担として職業制度が導入され、効率よく小隊を組めるようギルドに定められている。
それが僕には非常に憂鬱だった。
赤の他人とは、あまりパーティを組みたくないのだ。
もっと言わせてもらうと、無能な奴らに僕の努力を分け与えるのが嫌なのだ。
先日、三層の空気が知りたくて試しに入ったパーティで、それを改めて思い知ったし。
経験値システムは、戦闘の貢献度が影響するので参加人数が少ないほど貰える。
だから一層なんてほぼソロばっかりだ。報酬も独り占めできるし。
そしてこのシステムの厄介な点は、モンスター側にもレベルが存在している点にあった。
もっともモンスター側には、レベルアップなんてものはない。
では何が問題かというと、貰える経験値が変わってくるのだ。
人間側が自分より高レベルのモンスターを倒すと、経験値は沢山もらえることは実証されている。
逆に人間側のレベルが上がると、自分より低いレベルのモンスターからはあまり経験値を得ることが出来なくなる。
『試練の迷宮』において素材や宝箱狙いで経験値のほとんど入らないモンスターの乱獲は、適正レベルの探求者の行動を阻害する行為として固く禁止されていた。
レベルが上がった探求者は、強制的に下の階層へと追いやられる。
そして三層を超えるとモンスターの強さが跳ね上がり、ソロでの探索はかなり無謀となる。
そのため三層以降がメインの活動の場となるレベル3というのは、探求者のなかで一人前の立場であるとされてきた。レベル1~2で初歩の鍛錬を終え、レベル3からは迷宮探索の一端を担うプロの仲間入りといった扱いだ。
わかりやすく言うと学校を卒業したので、社会人として同僚たちと力を合わせて仕事しましょうってこととなる。気楽にソロで安全なモンスターをしばいて、宝箱での一攫千金なんて夢は終わったのだ。
まあ半強制的にパーティを組ませられるレベル3であったが、良い事もかなりある。
迷宮組合が抑えている所々の権利が、大幅に緩和されるのだ。
これは今後、ギルドの稼ぎ手となるので当然の優遇だけどね。
ちなみに迷宮組合は、この迷宮都市の運営そのものを握っており、政治・宗教・経済・芸術といったあらゆる面で彼らの影響力を行使することが出来る。
「――さらに個人で家を持つ権利が与えられます。それと家の所持に伴い奴隷と契約する権利が与えられます。どうかされましたか?」
「いえ、なんでもありません」
「そうですか、では説明を続けさせて頂きます」
少し顔がにやけたのが出てしまったようだ。
さすがギルドの受付嬢、ちょっとした変化も見逃さないか。
「――以上を持ちまして、レベル3の諸権利の説明を終わらせて頂きます。何かご質問はございますか?」
「ありません。丁寧なご説明ありがとうございました」
何回も聞いたので、すっかり頭に入ってしまっている。
それにこれ以上この場にいると、美人受付嬢の魅惑的に突き出した部分に視線が動きそうになるのを堪えられそうにない。
「レベル3からはこちらの受付でパーティを斡旋させて頂きます。またレベル3から開放される技能講習のお申し込みも、こちらで受付けております。本日はどうされますか?」
「すみません、今日はこれから予定がはいってまして」
僕は本日六回目のにこやかな本物の笑顔を浮かべた。
▲▽▲▽▲
「承知いたしました。またのお越しをお待ちしております」
控えめな笑みを浮かべていたギルド受付嬢リリ・エンリッチは、下げていた頭を元に戻し小さく吐息を漏らした。
そそくさとギルドを後にする少年の後姿を見ながら、自慢のゆるふわカールな金髪を指にくるくると絡める。
「やっぱり、奴隷買うんだ……ふーん」
いつ見ても半分寝てるようなとぼけた少年の目を思い出して、リリは小さく呟く。
奴隷所持の権利の説明の時、その無表情な眼がわずかに色を帯びたことをリリは見逃していなかった。
「あんな子でも、やっぱりその、せっ……性欲あるんだ」
少し熱くなった頬を意識しながら、リリ嬢は少年のプロフィールを改めて見つめる。
迷宮参加は二年前で、レベル2昇格は一年前。
そして本日のレベル3昇格と、順調かつ平均的な進み具合だ。
突出した身体能力も特殊な技能も持たない、ごくありふれたどこにでもいる一探求者といえる。
だが彼はギルド職員の間では、かなりの噂の的であった。
彼が持ち帰った魔法具の数は、二年間で87個。
だいたい一週間に一回、宝箱に遭遇している計算となる。
ドロップ率の高い茶箱産の低クオリティな魔法具と言えど、普通の探求者が年に5個見つければ良い方と言われてる中、破格の数字だった。
そして更に先日、初めて挑んだ三層でジャイアントマンティスを倒す大金星に加え銀箱出現と、有り得ない確率を叩き出している。
それゆえ彼は、ギルド始まって以来の『超幸運児』と呼ばれていた。
もっともその呼び名はギルド職員内だけのものであり、探求者の個人情報は完璧に守られているためギルド外で噂されることはないが。
この迷宮都市を切り回すギルドにとって、迷宮探求者は重要な稼ぎ頭であり宣伝塔である。特にレベル3以上は厳しい試練を耐え抜いた有望株たちであり、その確保には細心の注意が払われていた。
リリのような高等教育を受けたうら若き乙女を、窓口係に配置するのもその一環であった。彼女たちはレベル上位探求者の担当となり、最終的にそのプライベートな部分まで踏み込むように言い聞かされている。
言い換えるとこれは、上級探求者と迷宮都市富裕層の子女とのお見合いとも言えた。
受付嬢は、少年の素っ気ない素振りを思い起こす。
慇懃無礼と言えるほど卒のない受け答え。
まだ十代とは思えないほどの落ち着き払った態度と、まったく隙のない身のこなし。
皮なめし組合の序列二位であるエンリッチ家の娘としては、それなりに人と皮を見る目はあると自負している。
だがその目をもってしても、かの人物はまるっきり底が見えなかった。
判った事は何か大きなモノを隠し持ってるといった、当てのない確信だけである。
「でも……あんな顔もするんだ」
別れ際に見せた彼の笑顔。
年相応な子供の裏表のない心からの笑顔だった。
「不意打ちは狡いなぁ………」
リリ・エンリッチ受付嬢は、そっと自らの首筋を撫でながら切なそうに呟いた。
『小隊』―六人以上は『試練』にならないので、特殊な場合を除いて許可されない
『経験値』―行動値の合計なので、何もしないとほとんど入ってこない