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新しい家族

ギルマスの5回目の引退宣言に、みんなノーコメントでござる

 メイハ・セントリーニは、創世教の第三位叙階である司祭の資格を持ち、以前はレベル5の探求者シーカーでもあった。



 だからこそ、目の前に示された書類の意味はたやすく理解できた。

 そして理解できたからこそ、余計に信じられない気持ちの方が大きい。


 もう一度、テーブルに置かれた用紙に目を通す。

 それは巨大蟷螂ジャイアントマンティスに新たな変異体が確認されたという、迷宮組合ラビリンスギルドから正式に発行された証明書であった。

 ひっくり返したり裏返しから読んでみて、その内容を丹念に確かめる。

 しかし何度見ても、証明書に書かれた発見者の名前は目の前に座る少年のものだし、末尾の署名サインはその横に座る男性のものだった。


「………………本当にこの子が?」

「ええ、彼が発見者ですよ。メイハ嬢」


 懐かしい呼び方に少しだけ、当時の気持ちが蘇る。

 

「そういえばお久しぶりですね、リーガンさん」

「ご無沙汰しておりました。今はモンスター生態調査部の部長をやっております」


 昔よりもさらに横幅が広くなったようだ。

 やや広くなった額の汗をハンカチでぬぐいながら、リーガン部長はメイハに頷いて見せた。


 汗っかきなところは変わってないらしい。

 ちょっと太り気味で頭髪の薄いリーガン氏は、以前メイハが迷宮に潜っていた時の受付担当であった。


「私、少々戸惑っておりまして……その、たまたま見つけたとか、そういったお話ですか?」

「いえ、彼がまず巨大蟷螂ジャイアントマンティスを討伐して、その直後に変異したそうです」


「――――え?」

「新種は真紅蟷螂レッドマンティスと命名されました。三層での新種モンスターの発見は、実に九年ぶりとなります」


「あの、お聞きしたいのはその前の部分です」

「その前?」

巨大蟷螂ジャイアントマンティスを討伐とかなんとか」

「ああ、さほど重要ではないので端折ってしまいました。申し訳ない」

「この子、まだレベル3ですよね?」


巨大蟷螂ジャイアントマンティスでしたら、彼はレベル2のときに既に討伐してますよ」

「――――――――えっ。あ、高レベルゴールドプレート小隊パーティに入れて貰ったとかですか」

「一回目はレベル3の小隊パーティで、今回はレベル1が3名とレベル2が1名ですね」



 あり得ない事実がメイハの耳を通り抜け、ぐるぐると頭の周りを回り出す。

 それは迷宮で四年の歳月を過ごして得たメイハの常識とは、余りにもかけ離れた話であった。

 ショックで呆然となりつつも、先ほどの言葉で引っ掛かった部分がメイハを正気に戻す。



「…………レベル1って……もしかして」

「すみません! メイハさん。リンを危険に晒してしまいました!」



 唐突に少年が、ローテーブルに頭を擦りつけるように下げる。

 それは書類が告げる凄腕の探求者シーカーとは、あまりにかけ離れた姿であった。

 まだ大人になりきっていない、無分別な若者のようにしか見えない。

 どちらが本当の姿なのか判らなくなったメイハは、香茶のカップに手を伸ばし気持ちを落ち着ける。

 

 少なくとも彼よりも長く生きているのだ。

 慌てふためく姿を見せるのは、彼女のプライドが許さなかった。



「あの子たちは無事なのかしら?」

「はい。みんな元気で、メイハさんと一緒に暮らせるのを楽しみにしてますよ」



 その返しにメイハは飲みかけの香茶を激しくむせる。

 リーガン部長の驚いた視線に頬を熱くしながら、メイハは自分が言いだした約束を今更ながら後悔する。

 わざわざギルド職員を証人に連れて来るくらいだし、彼はどうやら本気のようだった。


 思わずソファーに両手を突いて宙を仰ぐ。

 まさか本当に約束を果たしてくるなんて。


 巨大蟷螂ジャイアントマンティスの素材を購入して討伐と言い張ったり、他の高レベルな小隊パーティに助けを求めた場合は、大人の余裕で微笑んできっぱりと援助を断るつもりだった。

 その目論見は、あり得ない筈の事実であっさりと崩壊した。


 言い訳を求めてさまようメイハの視線が、応接室のドアの隙間にふと止まる。

 そこから覗く銀色の瞳。

 その眼差しを見た瞬間、娘に得意満面で語った言葉がメイハの脳内で再生された。



『私は人を見る目だけは自信あるのよ』

『あの子には強者の持つ雰囲気は全くないわ』

『無謀な真似はしないと言い切れるわね』



 恥ずかしさに身を震わせながら、真っ赤に染まった顔を持ち上げてメイハは少年を見据えた。

 メイハが言い出した無茶な申し出を、彼は立派に果たして来たのだ。

 それを無下に扱うのは、大人として母親として胸を張れる行為ではない。


 メイハはテーブルに両手を添えて、その手の甲に額が付くほど頭を下げる。



「どうぞこれから、よろしくおねがいします」



   ▲▽▲▽▲




 メイハさん達の引っ越しは、簡単に終わった。

 運ぶ荷物が、少しの着替えとお気に入りの玩具だけだったせいだ。


 貧民街スラムの家は放棄せず、引き続きメイハさんが治療院として使うと聞いた。

 街の外には困ってる人が溢れかえっているし、恵まれない子どももまだまだいるからと。


 借金のカタに立ち退きを迫られているのでは、と疑問に思ったがどうもその辺りはややこしい話らしい。

 メイハさんは曖昧な笑みを浮かべたきり、それ以上は話してくれなかった。


 

 そして僕にまた家族が増えた。



 メイハさんとその長女であるイリージュさん、それとまだ幼い妹達四人だ。

 妹達は一番大きい子が十歳で、一番下が六歳。

 みんな容姿がちょっと変わってはいたが、可愛くて素直な子ばかりだった。

 新しい家にも早速慣れて、大きなお風呂や階段の手すりや広い子供部屋に大喜びしている。

 

 でも全てがすんなりと行くわけではない。 

 目下の一番の問題は、イリージュさんだった。


 まず会話ができない。

 僕と目が合うだけで、狼狽えてアワアワしてしまう。

 そしてすぐにメイハさんや、小さい妹達の後ろに隠れる。

 極度の人見知りと聞いていたが、これほどだったとは。

 

 そんな大変な人だが、イリージュさんのスペックは凄かった。

 まず彼女は生粋の黒長耳族ダークエルフだった。

 

 そのため見た目がまず凄い。

 長く尖った耳に切れ長な目、高い鼻筋とまんま美形エルフ顔だ。

 その上茶褐色の肌に髪と瞳孔と唇は銀色と、美しい色の対比に加えスタイルも抜群。

 身長も僕より拳一つほど大きいが、スラっとしている割にくびれとふくらみの差が際立っており半端ない。

 リンも凶悪だとは思ったが、それ以上のグラマラスボディの持ち主で驚いた。


 そして長耳族エルフといえば、風の精霊使いエレメンタラーで有名である。

 もちろんイリージュさんも、その例に漏れず風の精霊憑きの天資ギフトを持っていた。


 さらに彼女は将来有望な治癒士でもあった。

 メイハさんが才を見出したそうで、現在は第七位叙階の侍祭クラスの秘跡サクラメントまで可能だそうだ。


 ただ彼女は長耳族エルフのくせに弓は全く使えないらしい。

 生粋の街育ちで、森に行ったこともないと聞いて驚いた。

 何でも虫が苦手で、そういった場所には近寄れないと。


 そうそうちなみに、この世界のダークエルフは闇の眷属だとか魔王の手下だとかという歴史はないらしい。

 普通にただ肌が黒いだけのエルフとして扱われている。

 

 長々と述べたが、とりあえずイリージュさんは凄いと分かってもらえたと思う。

 

 当面の僕の目標は、そんなイリージュさんに小隊パーティに入って貰うことだ。 

 こないだのレッドマンティス登場時のような事態が、また起きることは十分あり得る。

 そんな時に、回復できる人がいると非常に頼りになる。


 もちろん、いまの四人に不満があり交代して欲しいって意味では全くない。

 ただ彼女たちは年頃の娘さんなので月に数日間、動きが鈍くなる日があったりする。

 そういった隙間を埋める感じでもいいので、ぜひ参加して欲しいと思ってる。

 


 あーうん、下心ないかって聞かれたら首を横に振るけどね。 

 だってすごいオッパイ大きいし!


 まあまずは、日常会話が出来るようになるところから始めますか。



長耳族エルフ』―百歳前後の寿命を持つ稀耳種。死ぬ間際までほとんど老化しないため、永遠に生きると思われていた。

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