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変異モンスター

初心者用狩場で油断してうっかり死んでしまい、周囲から見つめられまくりで何かに目覚めそうでござる

「とまあ、こんなものだよ」



 力を失い床に這いつくばるカマキリを前に、僕は耳栓を外しながら自慢気に振り返った。

 背後で成り行きを見守っていた少女たちは、大きく口を開いた表情のまま僕を見つめる。

 なんかムズムズするが、これは病みつきになりそうな心地よさがある。

 あんまり褒められたり、尊敬される経験してこなかったしな。


 とか思ってると、少女たちの顔色が一斉に変わった。


「あっ!」

「あっ!」

「…………あっ!」

「え?」


 振り向いた僕の目に飛び込んできたのは、赤く大きな何かの残影だった。

 同時に体が強制的に動かされる感触が、脳髄に流れ込んでくる。


「なにっ?!」


 後ろに引っ張られたのだと認識すると同時に、それまで僕の居た場所に入れ替わりでリンが飛び出してくる。

 そして赤く伸びた鎌が、少女の体に食い込むのが見えた。 



 赤毛の少女は、高く宙に舞った。

 

 

 そのまま激しい勢いで奥の壁に叩きつけられる。

 ずりずりと床に落ちた少女は、口から赤い血を吐き戻すと無言で首をうなだれた。


 そこで初めて僕の現状認識が回復する。

 背後から何かに襲われたのか。

 それをリンが庇って前に出て、やられ――死んだのか?!

 判らない。リンは死んでない?

 何が襲ってきた? 判らない。

 巻き戻しロードしようとした僕の頭の中に、不意に一つの光景が蘇る。


 荒野に積み上がった死体の山の映像だ。

 忘れたと思ってた大昔の出来事。

 そしてその映像が、迷宮の地下に吸い込まれていく探求者シーカーの姿に重なる。


 ずっと恐れていたある一つの考えが、心の奥底から浮かび上がり僕の動きを止めた。




「落ち着いて~ゴー様、リンは大丈夫だよ。お守りがあるでしょ」 



 

 のんびりとした声が通路に響く。

 その口調に僕の心を押し潰していた霧のような何かが、急速に消え去った。


 目を開いて状況をきちんと把握しようと試みた瞬間、新たな変化が僕を襲った。

 凄まじい音量の不快音が、耳栓を外していた僕の三半規管をこれでもかという程シェイクする。

 だがその混乱に混乱を足したような状況が、逆に僕の心に冷静さを取り戻させた。


 耳鳴りで揺れる頭を持ち上げて、急いで周囲を見渡す。

 まず目に入ってきたのが、ぐったりしたミミ子を背負ったまま短剣を振りかざすキッシェの姿だった。

 そうか竜鱗族リザードマン混じりものハーフの彼女は、状態異常にかなりの耐性がある。

 だからさっきの大音響も無効化レジストできたのか。


 キッシェの立ち向かう先に、僕の視線が動く。

 まず目に入ってきたのが色だった。



 赤い。

 そいつの巨大な体躯は、真っ赤に染まっていた。

 次に目についたのが鎌の多さだ。

 多い。

 六本もある。

 あんなのは初めて見た。

 


 通路の中央で僕らを睥睨していたのは、全身が赤く三対の大鎌をもつジャイアントマンティスだった。

 さしずめ真紅蟷螂レッドマンティスとでもいったところか。

 どうやら僕の知らない情報のようだが、巨大蟷螂ジャイアントマンティスは変異モンスターでもあったようだ。

 

 見ているとレッドマンティスは再び背を持ち上げて、その翅を狂おしく掻き鳴らした。

 『凶音旋風ディソナンスブラスト』だ。さっきのもコレか!


 僕は必死に弓にしがみついて、倒れないように堪える。

 『速射の小弓』に授与アワードされてたのが、安定バランスの法術で助かった。

 何とか両足を踏ん張れた僕は、激しく痛む頭で次の行動を考える。


 渡したアレが無事、効果を発揮してるならリンは生きている筈。

 なら今は即座に退却すべきだ。


 カバンを抱えて駆け寄ってくるモルムの姿を確認した僕は、こちらへ襲い掛かってくるレッドマンティスを一瞥してから巻き戻すロード

 ベッドの上に現れた少女たちがみな無傷だったことに、僕は大きく安堵の息を漏らした。



   ▲▽▲▽▲



「自分でも死んだと思っちゃったです。ホントびっくりです」



 全身泡だらけのリンが、大袈裟に肩をすくめてみせた。

 それに合わせてプルンとその豊かな胸元も揺れる。


「まさかお守りの人形のおかげで怪我しないなんて凄いです。迷宮摩訶不思議ってやつですか」


 怪我しないのではなく、怪我を魔法具アーティファクトが代わりに引き受けてくれる仕組みなんだが。

 持たせた時に説明したのを、ちゃんと聞いてなかったらしい。

 まあ渡した僕も、慌てすぎててその存在をすぐに思い出せてない時点でアレだが。


 『殉教者の偶人』は献身デヴォーションの効果があり所有者が大怪我をした場合に、その部分の損傷を引き受けてくれる超便利な魔法具アーティファクトだ。もちろん効果を発揮すると、粉々になって消えてしまう悲しい人形でもあるが。

 先日二層の茶箱で出たのを、もしもの時に備えて渡しておいたのが功を奏したようだ。


 うん。まさかの胸ポケットに入れていたコインが弾丸を的なオチだった。


「本当に傷とか残ってないの? リン」

「うん、全然平気みたい」

「ふ~ん。ちょっとよく見せなさい。あなたそそっかしいし」


 心配した素振りを見せるキッシェが、手桶に満たしたお湯でリンの泡々を洗い流す。

 そして剥き出しになった大きな胸を、じっくりと調べ出す。

 

「え? 別に触らなくても。あんっ!」

「痛みがないか、ちゃんと確認しなきゃダメでしょ」


 素早く背後に回ったキッシェが手を伸ばして、リンの豊乳を後ろから絞り出すように揉み始める。

 急に触られて驚いたのか、リンが胸を突き出すように仰け反った。

 そのせいで先っぽの濃いピンク色が僕の目に飛び込んでくる。

 その部分をキッシェの細い指が捉えて、ゆっくりとこねまわす。


 どうも前から感じていたが、キッシェとリンは互いに精神的な依存状態にあるようだ。

 そのせいで二人の間に心配や不満が高じると、こういった過剰なスキンシップを取ってしまうらしい。


「だいっじょぶ、だい――じょ、あんっだから――もう――」

「そうはいうけど、随分固くなってるし……これはもっと調べたほうが良いわね」


 珍しくキッシェが悪のりをしている。

 まあ考えれば今日のレッドマンティスとの死闘で、下手すれば死んでいた訳だしそういった危機感で昂ぶっているのかもしれない。


 ふと脇を見ると肩まで湯につかったモルムが、真っ赤な顔で食い入るように二人を見詰めていた。

 その横では幸せそうな顔つきで、ミミ子がぷかぷかと湯船に浮かんでいる。

 こいつは尻尾のせいでお湯に沈まないのだ。 


「おーい、ちびっ子たちがのぼせるし、その辺りで勘弁してあげて」 

「はーい」

「ハァハァ、たっ、助かったです。隊長殿」


 ぐったりと力が抜けて肩で息をするリンに、僕は続いて声を掛ける。

 

「続きはベッドでね」

「はーい、旦那様」

「えーっ?!」


 嬉しそうな返事のキッシェと戸惑いの声を上げるリン。

 体を綺麗に洗い流した二人が湯船に入ってきた。

 流石に大家族用の浴槽でも、五人で入るとかなり手狭になる。  

 いつもならぎゅっと押し付けてくる柔らかい感触に心が踊るはずだが、今日はそうも行かない。

 少女たちを見つめながら、僕は内心に抱えていた言葉を声に出してみることにした。


「今日の戦いでリンが危なかった時、巻き戻しロードが遅れてごめん。みんなにも心配かけたし、ホントごめん」

「気にしないでください。この通り私は元気ですし」

「その……一日中、考え事をなされてたようですが、何か気になるようなことでもあったのですか?」


 みんなの心配そうな表情に、僕は決意を固めた。

 一呼吸入れてから、ずっと腹の底にわだかまっていたある疑念を口に出す。


「僕をかばって死んだ時に巻き戻しロードすると、その事実が固定(・・)されるんじゃないか(・・・・・・・・・)って思いつきが、頭からずっと離れないんだ」


 僕の言葉の意味が判り難かったのか、三人は黙ったまま話の続きを待つ。


「以前、ミミ子と三人組の探求者シーカーを助けようとしたことが二回あるんだ。一組は助けられたけど、もう一組は駄目だった」

「その一組ってもしかして、私たちですか?」


 キッシェの言葉にリンが驚いて目を見張る。モルムは何も言わず僕を見つめてきた。

 三人に頷いて、僕は言葉を続けた。


「うん、キッシェたちは大丈夫だった。でもその前に僕らに絡んできた三人組が居たんだ。あいつらは何度助けようとしても死んでしまった――だからそういう強制的なものだって、その時は自分に言い聞かせたんだ。でもその流れ・・って何か原因があるんじゃないかって、倒れたリンを見たあとに急に疑問が浮かんできたんだ。あいつらの最初の死に僕が関わったせいで、絶対に死ぬ流れ・・から逃げ出せなくなったんじゃないかって……」


 以前から稀に起こる強制イベントに、僕は一つの疑問を持っていた。

 何かしらの発生条件があるのではないかと。

 その一つとして思いついたのが、僕がその人間たちの死に関係してた場合だ。


 僕が迷宮に来る前に傭兵団から逃げて来たと言ってあったが、あれは少し言葉が足りてなかった。

 正確には何度やり直しても全滅する部隊をどうしようも出来なくて、全てを捨てて逃げ出して来たというのが正しい。

 嫌な奴ばかりだったが、それでも僕は何とか助けたかった。

 その死の理由が、僕の巻き戻しロード能力にあったからだ。


 危険を確実に知ることが出来る僕のおかげで、戦場での傭兵団の生還率は馬鹿みたいに跳ね上がった。

 それに味をしめた団長はやばい仕事をどんどん受けるようになり、それはある日あっさりとボーダーを超えた。

 飛竜から降り注ぐ矢の雨を前に、僕はその日の戦場のどこにも逃げ場がないことを悟った。


 説得しようともしたし、武器を隠したり喧嘩を吹っかけてみたりもした。

 でも全て無駄だった。

 酔うと気前の良くなる先輩は、全身穴だらけになって簡単に死んだ。

 同期の調子乗りだったアイツは、毒で顔が全て腐り落ちるまで僕に恨み言をぶつけてきた。

 気が弱いくせに威張り屋だった上官も、生意気だった後輩もみな酷い死に様を迎えた。


 結局僕が出来たことは、彼らの最期を見届けずに何もかも放棄して逃亡するだけだった。

 あれは全部、僕のせいだったのかと――ずっとその考えが頭から離れない。


 言葉を続けられず、僕は女の子たちの視線を避けるように湯面に視線を落とした。

 こんな死神みたいな男と、パーティを続けてくれなんてどの面下げて言えばいいんだ。


 長い沈黙の後、最初に口を開いたのはモルムだった。



「……………………それだけ?」

「えっ?」

「もしかして、そのことで悩んでたのですか?」

「えっ、うん」

「なーんだ。てっきり私たちが足を引っ張っているので、隊長殿からとうとう愛想つかされたのかと」

「えっ? 逆はあってもそれはないよ」


 不意に僕の肩に、むにっと柔らかいものが乗っかって来た。

 続いて反対側の肩にも。

 そして驚く僕の懐に、すっぽりとハマるようにモルムが座ってきた。


「それぐらいのことで、私たちが旦那様から離れると本気でお思いだったのですか?」

「それぐらいって、僕と関わったまま死ぬと巻き戻しが効かないかもしれない――」

「でも効くかもしれません。その状況になってみないと判りませんよ」

「そっ、それはそうだけど……」


 するりと伸びたキッシェの腕が、僕の頭を優しく抱きかかえる。


「旦那様、二ヶ月前の私たちを覚えてますか?」

「……うん」

「私たちは旦那様が居てくれなければ、あの時に何もかも失っていたんですよ。それを貴方が助けてくれた。それだけじゃなく食べ物や着る服、寝る場所からお風呂まで……全てを与えてくれた。いいえ、与えるだけじゃなくて戦い方まで教えてくれた。人生をもう一度与えてくれたんです」


 ……僕にそんな、大それたことをした記憶はない。


「だから今さら死ぬと危ないなんて当たり前のこと仰られても、そうですねとしか言い様がありません」

「そうだよ! 隊長殿。死ぬ覚悟なんて盾持を選んだ時点で決まってるよ――です」


 キッシェとの会話に割り込んできたリンが、その大きな胸をこれもかと僕に押し付けてくる。


「そりゃ大事な人が居なくなるのは辛いし寂しいです。でも仕方がないことだって絶対にあるんです。だから隊長殿、その時にそれで良いと思ったら迷わず巻き戻して下さい!」


 ……そうか、リンたちは孤児だったな。

 居て当たり前の人が居なくなる経験をしてきたのか。


「…………兄ちゃん辛いの?」

「いや、大丈夫だよ」

「…………そう? 元気が出るようにナデナデしてあげるよ」


 モルムの手がそっと伸びてきて、僕の顎を優しく撫でる。

 この少しだけチクチクする感触が、モルムの大のお気に入りだった。


 少女たちの言葉と肌の温もりが、僕の身体の中に染み透っていく。

 お尻の下の感触に気付いたのか、嬉しそうに振り向いたモルムがにぱっと微笑む 



「…………うん。元気になったね」



 はい、おっぱいセラピーのお陰です。

 問題は根本的に解決していないのに、もうすっかり片がついたような気持ちになってしまっている。

 これはこれで危険かもしれない。


「ゴー様さ~」

「うん?」

「これまでパーティ組んで、危なかったけど生き残ってる人とかいないの~?」


 ラッコのように湯船に浮かぶミミ子からの問い掛けに、僕は過去に出会った人たちを思い起こす。

 一年目はほとんどソロで、たまに組んでも危ない目には遭わなかった。

 二年目は少しだけ組んだが、嫌な思い出ばかりだし組んだ相手もほとんど覚えてない。

 あとはミミ子たちが来る前に関わった人か…………。



 ――――あ、最近、組んだパーティといえば。



「解錠の下手な斥候リーダー!」

「生きてるの?」

「うん…………先週、食堂で一緒に昼ごはん食べた…………」

「死んでないの?」

「…………爆弾で八回ほど死んでる。僕が開けるように仕向けた銀箱で…………」


 どうしようもない沈黙が浴槽に満ちる。


「本当にごめん!」


 只の思い込みでやらかすのは、こんなに恥ずかしいものなのか。

 真っ赤になった顔を上げられず俯くしかない僕に、ミミ子が尻尾をぷるぷるさせて水滴を飛ばしてくる。


「そもそもゴー様さ~、カマキリの時にちゃんと死んだか確認してなかったでしょ」

「……はい、すみません」

「あとさ~射手アーチャーが、あんな前に出るっておかしいよね」

「……仰るとおりですね」

「それに~リンにお守り人形渡したのも忘れたよね」

「……返す言葉もございません」

「それから最近のゴー様、デレデレしすぎじゃないかな。カマキリ倒した時とか、すごいスケベ顔になってたし」

「それは仕方ないだろ!」


 ちょっと前まで女っ気なかった奴に、この環境で浮かれるなってのは不可能だよ!


「それで?」

「うん?」

「どうするのさ~? あの赤いカマキリ」


 どうしよう。今朝の戦いからずっと、巻き戻しロードのことばかり考えててすっかり忘れてた。

 このままだと、メイハさんとの約束が守れないことになってしまう。


「明日やっても、また赤くなる気がするよ~」

「まさかの強制イベントか、あれ」

「倒すしかないんじゃない?」



 ミミ子の問い掛けに、僕はしぶしぶ頷いた。

 出来るだけ安全な探求がモットーだったが、やむを得ない時もある。



「もしまた湧いたら…………次は全力出してみるよ」



『爆弾』―解錠に失敗すると、宝箱ごと爆発する。離れている人は大丈夫なレベル

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