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決戦前

ひどい失敗をした時に、ギルメンのハゲキャラ先輩に優しい言葉を貰って危うく惚れかけたでござる

「ミミ子様、レベル2おめでとうございます」




 リリ受付嬢のにこやかな祝福に、僕らは何とも言えず微妙な笑みを浮かべた。

 レベル石で調べるまでもなく、ミミ子のレベルが先日すでに上っていたことは明白であった。


 朝起きたら誰が見てもすぐに分かるほど、ミミ子の体は変化していたのだ。

 おもに一部だけであるが。

 二本に増えた尻尾にくるまったまま、ミミ子がおざなりな返答をする。


「ありがとね~。お祝いは揚げ物盛り合わせでいいよ」

「申し訳ありません。職員からの物品の贈呈は禁止されておりますので、お祝いの言葉だけとさせて頂きます」

「ぶ~ぶ~」

「厚かましくてすみません、リリさん」


 正直、尻尾が増えた以外はあんまり変わってないようにも思える。

 いや若干、顔色が良いかも。レベルが上って体力が少し向上したんだろうな。


 ミミ子が迷宮に潜り出してまだ三ヵ月。

 僕が一年間ひたすらトカゲやコウモリを倒し続けて、やっとのことでレベル2に上がったのを思うと随分早い。

 三層や四層の敵を相手にするだけで、こんなにも効率が変わってくるのか。

 とは言っても誰にでも使える手じゃないな。

 幻影盾を使えるミミ子だからこその荒技だ。


 ともかくジャイアントマンティス戦の前に上がってくれて助かった。

 ミミ子の幻影盾は重要な戦力だから、少しでも体力があってくれたほうが助かる。


「それで、本日はどうされますか?」

「あ、僕は今日試験なので、探求は三人でお願いします。二層の烏と猫辺りで」

「はい、承りました。隊長リーダーはどの方が?」

「キッシェでお願いします。リンはミミ子の面倒を頼むよ」


 僕の言葉に、二人は張り切った表情を見せる。


「任せて下さい、隊長殿。って今日の隊長はキッシェか」

「わかりました、旦那様」

「試験がんば~。よし、今日はのんびりするぞ~」

「そうはいきません、ミミ子さん。今日も一日頑張りますよ」

「それじゃあ、ミミっち行くよ」

「やめろ~おろせ~」


 リンに抱っこされてじたばたするミミ子と、それに付き添うキッシェ。

 三人を見送った僕とモルムは、仲良く連れ立って職業訓練所へ向かった。

 全体に目が配れる僕が居ない時は、モルムも迷宮はお休みだ。


 訓練所は迷宮組合と隣接してるので、歩いて十分もかからない。


「それじゃあ試験受けてくるよ」

「…………いってらっしゃい。ガンバってね」


 訓練所へ着いた僕はモルムを残して、二階の毒物取り扱い資格試験の教室へ向かう。

 階段を登る前に振り返ると、モルムは鼻歌を歌いながら教員室へ入っていくところだった。

 キッシェやリンが授業を受けている間、暇を持て余して訓練所をぶらぶらしてたモルムは、ここの教官たちに気に入られて仲良くなったらしい。

 今じゃすっかり打ち解けて、教員室も出入り自由だとか。


 試験会場の教室はガラガラだった。

 毒物はかなり有効な戦略だけど、実際に取る人は意外と少ないらしい。

 やはりイメージが悪いせいか。


 しばらく待つと教官が入ってきて、試験用紙が配られる。

 午前中の筆記試験で合格できれば、昼からの実技試験へすすめる。

 それが無事終われば、僕も晴れて毒使いバイパーだ。


 えーと問一、迷宮内で使用される主な毒物を四つ答えよ。

 これは簡単だ。麻痺毒、溶血毒、腐敗毒、幻覚毒と。


 問二、問一で挙げた毒を使うモンスターを使用毒と併せて答えよ。

 まず麻痺毒は二層の地獄蝶ヘルバタフライ、溶血毒は四層の海棲毒蛇シーバイパーが浮かぶ。

 腐敗毒は五層の生ける屍リビングデッドどもが有名だし、幻覚毒といえば迷宮カビメイズモールドの胞子だ。


 問三、問一で挙げた毒の対処法を答えよ。

 麻痺毒は解毒薬、溶血毒は抗毒血清と。

 腐敗毒は聖水か、確か治癒士ヒーラーの第六位叙階秘跡の『浄化クリーン』だったかな。

 幻覚毒に有効な薬品はなくて、護法士モンクの第一階梯真言『自覚アウェイク』のみと。


 問四、昆虫系、獣系、鱗系、植物系のそれぞれに有効な毒を答えよ。

 これはタイムリーな質問だ。

 昆虫、巨大蟷螂ジャイアントマンティスに有効な毒と言えばまず幻覚毒は排除。

 血が固まらなくなる溶血毒も昆虫の体液には効き目がない。

 神経に作用する麻痺毒は有効だが効き目が薄い。 

 ここはズバリ肉体そのものを腐らせる腐敗毒だと言いたいが、実は引っ掛け問題だ。

 正しい答えは腐敗毒と麻痺毒の混合毒ポイズンカクテル

 神経系と混合することで、腐敗毒の回りが一段と速くなるのだ。


 ただ残念ながらその比率に関しては、まだ教えて貰えない。

 調合シナジーは上級資格なので、カマキリ戦はギルドの調合済みを購入する予定だ。


 まだまだ問題は続くが、答えに詰まるものはない。

 まあ実は一回、巻き戻しロードてるからね。



 さっくりと答えを埋めた僕は、教官に答案用紙を渡して教室を出る。

 まだ昼前だが、モルムと一緒に昼食を食べに行くために教員室へ顔を出す。


 モルムは行儀よく椅子に座って、小難しそうな分厚い本を広げていた。

 その横で真っ白な髭を生やしたお爺さんが、パイプをくゆらせながら少女に本の内容を読み聞かせている。

 なんだろう、この孫に絵本をせがまれた祖父を思い起こさせる絵面は。

 僕に気付いたのか、じい様先生がモルムの肩を小さく揺らす。


「…………あ、にいちゃん」

「ちょっと早いけど、昼飯を食いに行こうか」

「…………うん! またね、じいじ先生」


 モルムはぴょんと椅子から飛び降りて、僕の方にトコトコと駆け寄ってきた。

 面倒を見て貰ったお礼に頭を下げると、じい様先生はニコニコ顔でモルムに手を振っているのが見えた。

 どうもこの子は年上に人気あるな。


 迷宮組合の大食堂へ二人で向かう。

 お昼の鐘前なので、テーブルは比較的空いていた。

 モルムに席取りしてもらって、その間にカウンターへ注文に行く。


 今日のランチはミートボールごろごろスパゲッティと、りんごと生ハムのサラダ。

 それに真っ赤なイチジクのソースが添えられたフライドポテトだ。

 二人前持って席に行くと、見覚えのある面子が横のテーブルに座っており、僕に気がつくと親しげに手を振ってきた。

 

「よう、元気してたか坊主」 

「お久しぶりです」


 以前、一緒にジャイアントマンティスを倒した小隊パーティの、罠解除トラップリリースがど下手だった斥候リーダーだ。

 よく見るとあの時の先輩射手と髭の盾持さん、魔術士のお爺さんも揃っている。

 というかモルムと三人が、なぜか和気あいあいと会話しながら飯を食べていた。

 いつの間に知りあったんだ……。


「モルム、ごはんだよ」

「…………ありがとう、にいちゃん」

「ほれ、食え食え。もっと肉をつけるんだ、ちびっ子。そうすりゃ、ちょっとのことじゃ当たり負けしなくなるぞ」

「このスパゲッティ美味いぜ、モルムちゃん」

「わしの肉団子をあげよう。ほらお水もあるぞ」

「…………うん。ありがとう!」


 なんかモテモテだな。

 一生懸命スパゲッティを頬張るモルムを三人がにこやかな顔で見守る光景は、殺伐とした迷宮の空気とは余りにもかけ離れていた。 

 ほんわかな気持ちになりつつスパゲッティを啜っていたら、斥候リーダーが話しかけてきた。


「最近はどうだ?」

「ボチボチやってます。だいたい二層と三層の往復ですね」

「そうか。そういや今日は白キツネの嬢ちゃんはいないのか?」


 ミミ子はいつの間にか、探求者シーカーの中では有名になりつつあるらしい。

 まあ、あの見た目に精霊使いエレメンタラーと目立つ要素てんこ盛りだしな、アイツ。


「今日は固定の三人で二層行ってますよ。僕が毒使いバイパーの試験を受けるので」

「おっ、毒取るのか!」


 僕の返事に斥候リーダーは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 やはり毒の不人気ぶりに、仲間が欲しかったのだろうか。


「筆記試験はたぶん行けたと思いますが、昼からの実技でちょっと心配が」

「おうおう、毒なら何でも訊いてくれ!」

「致死量の見極めなんですが。あ、良かったらコレつまんで下さい」


 さり気なくフライドポテトを斥候リーダーに押し付ける。

 頷きながら手を伸ばしてくれた。


 三十分ほどじっくり話が聞けたので、午後の実技試験もこれで何とかなりそうだ。

 やはり経験者の言葉は、非常に的確で無駄がない。

 モルムもランチを食べ終えたようなので、そろそろおいとますることにした。


「いろいろ有難うございました」

「おう。試験ガンバれよ、坊主」

「またねーモルムちゃん」

「元気でな、ちびっ子」


 別れを済ませた僕たちは、再び試験場に向かった。

 斥候リーダーたちは昼から一人補充して四層へ挑むらしい。

 どうか事故のないよう祈っておこう。

 …………なんか以前の僕とは思えない心境の変化だ。


 モルムをまたも教官室へ預けて、毒物試験の実技を受けに鍛錬場へ向かう。

 なんだか託児所代わりにしてるようで気が引けるが、先生方も特に注意してこないでこのまま行かせてもらおう。


 鍛錬場では毒の持ち運び方や万が一体に毒が触れた場合の対処法、各モンスターの毒が回りやすい箇所などを実際の道具を使って答えていく。

 これも滞り無く答えられたので、すんなりと実技試験も終わった。


 試験結果が出るのは夕方らしいので、それまでに所用を済ませることにする。

 必要品の買い出しや注文を終えた頃には、日はかなり傾いていた。

 合格の証である『毒使いの手袋』を受け取った僕は、モルムと一緒に三人の出迎えに向かう。


 

「ってどうしたの? それ」



 迷宮から出てきたリンとキッシェは、ボロボロの有り様だった。

 特にリンは酷く、鎧のあちこちに黒い粘液状の何かがベッタリとくっつき、一部裂けている箇所も見える。

 顔や手もすり傷がついており、かなりの苦戦だったようだ。


「すみません。私は一応反対したんですが……」

「烏と猫に先客がいたんです、隊長殿。それでその――」

「お腹すいたよ~」

「なるほど、芋虫に手を出したんだな」


 僕の指摘に二人は恥ずかしそうに顔を伏せる。

 だいたいのあらすじは読めた。

 狩場が埋まって困った二人は、ライバルが少ない上にドロップ品も美味しい迷宮芋虫メイズクロウラーを狩ろうとしたわけか。

 モンスターの大量参加リンクもミミ子の幻影盾で引きつけてもらえば、倒す時間は十分稼げると踏んだのだろう。


「で、麻痺毒にやられかけたと」

「はい。私は無効化レジストできたんですが、リンが麻痺してしまって」

「解毒薬なかったら危なかったです。体が思うように動かなくて、それで焦っちゃって」

「ほんと、ミミ子さんがずっと囮で耐えてくれて助かりました」


 二層の迷宮芋虫メイズクロウラーも実は罠モンスターだ。

 集団で襲ってくるし行動が制限される粘糸も厄介だが、それを踏まえても美味しい黒絹糸のドロップがあるのに放置されているのは、もっともな理由があった。

 まれに芋虫の中に、やたら硬い個体が混じっている時がある。

 その個体は攻撃を受けてしばらくすると突然背中が開き、大量の毒々しい蝶が飛び出してくるのだ。


 地獄蝶ヘルバタフライと呼ばれるコイツらは、手のひらよりやや大きなサイズで黒と赤のまだら模様の翅を持つモンスターだ。

 その翅から撒き散らされる鱗粉には神経を麻痺させる成分が含まれており、吸い込むと手足がしびれたように感じまともに動けなくなる。

 そこを仲間の芋虫が容赦なくボコるという連携が出来上がっており、これにハマるとソロだと間違いなく死ぬ。

 このように途中で形態を変えるモンスターは、変異モンスターと呼ばれ警戒されていた。


 僕も前に金稼ぎ目的で狩っていたが、蝶が出てもばら撒き撃ちバラージであっさり終わるので気にしたことはなかった。

 リンやキッシェの場合、集団に対する効果的な攻撃方法を持ってないのが痛いな。

 そこら辺の課題も、早めに何とかしたいところだ。


 対策に悩む僕の視線を呆れてるものと勘違いしたのか、二人の表情がさらに重くなる。僕に怒られたり失望されるのを恐れるあまり、彼女たちは時に萎縮してしまう癖があった。

 そんなことないよと、何度も繰り返してるんだけどね。


 両手を広げた僕は、うなだれる少女たちを引き寄せてぎゅっと抱きしめた。



「みんなが無事でよかったよ」



 声をかけると、二人は無言で僕の胸に顔を埋めてきた。

 彼女たちに取り返しの付かないことが起きなくて、本当によかった。


 ふと脇を見るとミミ子もモルムにぎゅっとされていた。


「…………ミミちゃん、大丈夫だった?」

「まあね~。レベル2だし余裕だったよ」

「…………すごいね! さすがミミちゃんだね」


 ミミ子は全くの無傷のようだった。

 蝶にたかられアワアワしてる二人を横目に、アクビしながら幻影を操ってるミミ子の姿が浮かんだ。

 たぶんこの想像は間違ってないだろうな。


「さあさあ、二人とも元気出して。今日の夕食はもうタルブッコさんとこで予約してあるし、着替えたらゆっくりご飯しようよ」

「うん、もうお腹ぺこぺこです」

「私もクタクタです。あ、試験どうでした?」


 キッシェの問い掛けに、合格の証の手袋を見せる。

 それで意味は通じたようだ。

 二人からお祝いの言葉を貰う。


「おめでとうです。隊長殿」

「おめでとうございます、旦那様」

「ありがとう。それじゃあご飯行こっか」


 

 今回の件でかなり心配したので、盾役タンクのリンにはお守りを渡しておくことにした。



解毒薬アンチドート』―神経毒に効果を発揮する

浄化クリーン』―治癒士ヒーラーの第六位叙階秘跡。デトックス効果

自覚アウェイク』―護法士モンクの第一階梯真言。自分専用。目が覚める効果

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