三層ゴーレム&骸骨部屋
釣りに失敗して大量リンクで全滅したあとは、パーティの沈黙がひたすら重いでござる
お金稼ぎと経験値稼ぎを兼ねて、僕らは中断していた三層の地図作りを再開することにした。
といっても灰色狼の群れに関しては、いまだに有効な対抗手段がない。
いかに装備が良かろうとレベル1のリンでは、肩の高さが人の胸元に近いサイズの獣の突進には当たり負けしてしまう。
それが数匹まとめて襲ってくるのだ。
集団への対策がない僕らの小隊では、狼に手を出すことは自殺行為に等しい。
そのため狼が徘徊する東エリアや北エリアは今回もパスだ。
ねらい目はもっぱら西エリアの小部屋通りであった。
ここは真っ直ぐに伸びる三本の長い通路の左右に、扉がずらりと並ぶ区域だ。
ドアを開けると、部屋の中にいるモンスターが襲ってくる仕組みになっている。
出てくるモンスターの種類は骸骨剣士が三体のパターンと、石造人型が一体のパターンだ。
もちろんランダムで、ドアを開けるまではどっちがいるかはわからない。
一般的な狩りのやり方は、斥候がまずドアの横に立って開ける。
骨だった場合は盾持がすかさずドアに詰めて、モンスターが部屋から出ないように蓋をする方になる。
これで一対一の状況に持ち込めるので、あとは盾の隙間からアタッカーが攻撃して終わりだ。
ゴーレムの場合は狭い部屋で戦うと不利になる為、威嚇で通路へおびき出し盾に注意を引きつけたまま後方から攻撃する。
この石造人型は体長二メートルを超す巨体で、その高みから叩き付けられる拳はかなりの脅威だ。
さらに時折、腕を突き出して縦回転させるグルグルパンチ攻撃をしてくることがあり、不慣れな斥候が不意打ちを仕掛けようと背後から近付いて返り討ちにあったりもする。
ただ、足が比較的遅いので、盾役が逃げながらマラソンで倒せたりもする。
そして僕らの戦い方は、少しだけそれらとは違っていた。
「――――開けますよ」
キッシェの問い掛けに僕とリンは頷いた。
ドアを開けると同時に、キッシェがランタンを床に滑らせるように室内へ投げ入れる。
その灯りに照らしだされた骨の姿が、僕の視界に飛び込んできた。
ドアが開いたことに気付いた骨がこちらへ向き直り、そのまま二つに折れて床へ倒れ込む。
『二連射』によってさらにその奥の骸骨剣士も、僕の牙の矢に腰椎を砕かれて崩れ落ちる。
そしてドアから姿を現した三体目は――。
「来い!」
リンの威嚇で、ぐるりと骨は向きを変える。
ここからは練習の時間だ。
叩き付けてくる骨の斬撃を、リンは巧みに菱盾で受け止める。
不変の法術がかかっているせいで盾が壊れることはないが、相手は三層のモンスターだ。
その一撃はかなり重いはず。
だがリンは怯むことなく、その攻撃をすべて受け切っていた。
少しでも芯を外して受ければ盾が飛ばされ、返す一撃で致命的な深手となるかもしれないのに、その顔には全く恐れが浮かんでいない。
骨が剥き出しなので動きが露骨に見えて、剣の軌道が判り易いのだと言っていた。
そうだとしても、まだリンはレベル1だ。
鼻歌でも歌えそうな平気な様子に、改めてリンの素質『闘血』の凄さを感じる。
骸骨剣士がリンに夢中になってる間、射線が交じらないよう横に立ったキッシェがじっくりと石弩でその弱点を狙う。
石弩の威力では三回ほど当てないと骨が砕けないのだが、やはり連続で腰椎に当てるのは難しいようだ。
それでも三戦に一回は成功してるので、キッシェの『精密射撃』もけっこう上達してるのだろう。
二人が戦ってる間にモルムが部屋に入り、ランタンを回収して戦利品の骨を背負い袋に詰める。
買取は銅貨5枚と最安値に近いのだが、余裕がある時は持って帰ることにしている。
今は少しでもお金が欲しいし。
次の部屋は石造人型だった。
ドアからのっそりと通路に出てきた巨体に、リンがすかさず威嚇を仕掛けターゲットを自分に向けさせる。
子供の頭くらいあるゴーレムの拳が、空気を引き裂いて即座に少女に振り下ろされた。
それをリンは巧みに盾で滑らせて『受け流し』。
まともに喰らえば、その圧力で盾ごと叩き潰される攻撃だ。
拳を綺麗にいなされたゴーレムが、体勢を崩されたたらを踏む。
そこにすかさずリンは盾撃を押し込む。
大きくよろめいたゴーレムは下半身を落とし、こけないようにバランスを取る。
少し時間が稼げたリンは、追撃を控えてさっと下がり再び盾を構える。
体勢を整えたゴーレムが、またも拳を突き出す。
持ち上げた盾が、その方向を器用に変化させる。
教本になるくらい綺麗な『受け流し』だった。そして盾撃。
リンがひたすら盾でゴーレムの攻撃を捌いてる間、キッシェは効き目のない石弩を腰帯に戻し、代わりに短剣を顔の高さまで持ち上げて構える。
スッと腕が振り下ろされ、短剣は一筋の線となってゴーレムのうなじへと突き刺さる。
見事な『武器投擲』だ。
だが残念ながら、うなじは弱点ではなかったようだ。
残念そうに息を吐くキッシェの代わりに、僕の短弓の弦が唸りをあげた。
振り上げた腕の付け根と、踏み出した腿の付け根に同時に石の矢が突き刺さる。
途端に石造人型は動きを止め、そのままあっさりと自壊して崩れ去った。
人型の弱点は、首の裏、両脇、両脚の付け根の計五か所のどこかにある隠し文字を潰せば済む。
消えたあとに現れる石の欠片を、モルムがせっせと背負い袋に詰め込む。
この石からは白磁鋼といわれる金属が採れるため、銅貨50枚となかなかの高値で買い取って貰える。
もっともちょっと重いので、運搬は大変であるが。
次の部屋は骨が一体だけであった。
「騎士、来ました!」
キッシェの呼び掛けに、僕はすかさず矢を持ち替える。
骨が一体だけということは骸骨剣士の上位種、骸骨騎士のお出ましだ。
こいつは上半身を板金鎧で覆い、片手剣と大きな長盾をもつ厄介な相手だ。
並の矢では簡単に盾や鎧で弾かれる。
もちろん牙の矢でも、その防御には歯が立たない。
だがこの白く眩い鏃で作られた角の矢なら、その守りを貫くことが可能であった。
それもそのはず。この矢は四層の一角猪の角で作られているので、その強度は折り紙付きだ。
しかしこの矢は非常に高い。
なんと1本大銅貨1枚と、牙の矢の五倍もする。
これでも一角猪の角をせっせと納品し続けて、やっと今の値段になったのだ。
鎧兜を揺らしながら迫ってくる骨の騎士へ弓を向ける。
そう。こいつは盾と鎧のせいで、腰の辺りが全く見えない厄介な相手でもあった。
だが僕も少しは成長している。
骸骨の足運び、腕の振り、盾の傾き。様々な情報が視界を通し脳に流れ込んでくる。
その情報の奔流がよじり合わされ、最適解となって浮かび上がる。
『見破り』。
空気を震わせる白い矢が、盾を貫いてその背後に隠された腰椎まで突き破る。
骸骨騎士は、腕を大きく振り上げた姿勢のままゆっくりと前に倒れこみ消え去った。
そして代わりに黒い骨が現れる。
骸骨騎士のドロップアイテム、黒骨だ。
何に使うかは知らないが、このアイテムは大銅貨5枚とかなり美味しい買い取りなのだ。
とてとてと床の骨に近寄ったモルムが、ひょいと拾ってポケットにしまう。
こんな感じで僕らの一日が過ぎていく。
次の部屋にいたのは鉄造人型だった。
上位種二連続とは珍しい。
「ミミ子、出番だぞ!」
「ふぁ~い」
壁に持たれてのんびり地図の続きを描いていたミミ子が、座ったまま僕の幻影を作り出す。
流石に盾で糞重い鉄製の攻撃を受け流すのは厳しいので、代わりにミミ子の幻影囮が相手だ。
鉄のゴーレムの拳が空を切る中、僕は角の矢をつがえた弓をゆっくりと引き絞る。
こいつも牙の矢は無理だったが、この矢なら貫通できる。
ただし出来れば一回で、文字の書かれた場所を当てたい。
白い閃光の残像を残した矢が、ゴーレムの股間に突き刺さりその動きを止める。
正解だったようだ。
消えていくゴーレムの代わりに、真黒な破片が残される。
この破片からは黒磁鋼と呼ばれる金属が採れるが、黒骨と同じく大銅貨5枚の買い取りなのだ。
つまり五ヶ所の弱点全部を一本大銅貨1枚の角の矢で突く羽目になると、儲けがなくなる嫌な敵であった。
ミミ子の『陽炎』の再詠唱までしばし休憩になる。
リンが僕の背負っていたリュックを開き、ポットと水筒を取り出す。
『沸水の小晶石』で沸かした湯に、疲労を癒す香葉を入れたホルダーを浸しゆっくりと成分を抽出する。
水の方もこの迷宮の泉のもので、少しだけ体力を回復させる効果がある。
お茶を蒸らしてる間に買っておいた揚げ団子を、キッシェが小皿に取り分けフォークをそえて手渡してくれる。
さくさく感の残る揚げ団子と、仕上げに蜂蜜をたっぷり垂らした香茶の組み合わせは中々だ。
リンとキッシェは談笑しながら、さっきまでの戦闘の反省点を話し合っている。
ミミ子は嬉しそうに団子を頬張り、モルムは楽しそうにその尻尾を撫で回しながらお茶を飲んでいる。
うーん、女の子ばっかりのパーティって、華があって本当に心がくつろぐなぁ。
これおっさんで想像したら、異様にむさくるしいんじゃないだろうか。
緊張が抜けきったまま眺めていると、キッシェが僕の視線に気づき微笑んでくれた。
彼女も以前と比べて、無駄な硬さが抜けたように思える。
ジャイアントマンティスへの挑戦まで、残り三週間を切った。
ここに来て、ぐっとパーティがまとまってきた気がする。
僕は香茶を飲み干して、満足の笑みを浮かべた。
『受け流し』―盾持の初級技能。盾で攻撃の方向を変える
『マラソン』―モンスターを引っ張りながらぐるぐる逃げること。本当に二時間以上走る時もある
『上位種』―召喚する条件は、一定時間の経過や下位種を倒した回数などモンスターごとに異なる




