実家訪問
フロントホックを前で外すブラと言ってしまい、速攻でネカマプレイがばれたでござる
「この方が、あなたたちがお世話になった人ね?」
目の前に座る女性は、ねめつけるような視線を僕にぶつけて来た。
いや本人は精一杯、睨み付けてるつもりだろうが、美人が無理やり眉間にしわを寄せる姿はそれはそれで見目麗しい。
僕を見つめる澄み渡る空のような大きな青い瞳には、今は少し陰りが見える。
陶磁器のような白い肌のせいで目元の泣きぼくろがよく目立ち、余計に悲しみを抑えているような印象を受けた。
「はっ、初めまして、メイハお母さん。キッシェたちとパーティを組ませて貰ってい――」
「あなたに母親呼ばわりされるいわれはございません」
「失礼しました! メイハさん。今日は、その……これからについてお許しを頂きに参りました」
そこで僕は、小さく一息を入れる。
ここ貧民街の一角で、キッシェたち孤児を育ててきたメイハさんはめちゃくちゃ美しい人だった。
優しそうな眼差しに高い鼻梁、少しだけ厚みのある小さな唇。
細い首にすらりとした体付き、だけど胸の主張は激しいと恐ろしい体付きをしている。
メイハさんが動くたびに、その金を紡いだような長い髪と豊かな双丘が波打つので目のやりどころに非常に困る。
ソファーに優雅に座る姿はまるでお伽噺のお姫様が、そのまま大人になったという形容詞がぴったり似合っていた。
緊張を緩めるために、僕は改めて部屋の様子に視線を移した。
貧民街と聞いていたが、部屋は綺麗に掃除されており荒れ果てたイメージとは大違いだ。
ただ置いてある家具や壁の傷みには、かなりの年季を感じる。
今座ってるソファーも、ところどころに大きな継ぎが当ててあった。
大切に長い間、使ってきたのだろうか。
それとさっきから、応接室のドアの隙間に銀色の髪がちらほらと見え隠れしている。
たぶんキッシェたちの姉に当たるイリージュさんという人だろう。
かなりの人見知りだとは聴いていたが……。
「それで何の許しを請いに来たのですか? あなたは」
じれてたような催促に、僕は慌てて正面に向き直る。
ちょっと焦りすぎて、思考が現状から逃避してたようだ。
覚悟を決めて思いを伝える。
「どうか……どうか娘さんたちを僕に下さい!」
間違った。
下さいじゃなくて、預けて下さいだった。
これじゃまるで花嫁の親に結婚の許可を貰いに来た男じゃないか。
これも全てメイハさんが美人過ぎたせいだ。
いくら暑いとはいえ、薄いネグリジェみたいなの一枚って格好は目の毒すぎる。
おかげで胸のふくらみが半分以上見えてるし、揺れるたびに脳内でポヨンって効果音が聞こえてくるし。
おっぱい大好きな僕には、もうそれだけでテンパるには十分な理由だった。
「あなたたちはどうなの?」
僕の言葉に小さく頷いたメイハさんは、キッシェたちに静かに問うた。
なぜか誰も突っ込まないまま話が進んでいく。
「私は旦那様を信頼してます」
「隊長殿は頼りになるよ、母さん」
「…………モルム、兄ちゃん大好き」
メイハさんの視線が、またも僕にキッと向けられる。
「どうやって私の可愛い娘たちを誑かしたの?!」
「違いますよ、メイハさん。今日ここに来たのはパーティの――」
「可愛くないって言うの? 私の自慢の娘たちが」
「いえ、三人とも凄い魅力的です」
「そうでしょ?」
そう言いながらメイハさんは、ぽんとローテーブルを拳で叩いた。
本人的にはドンッとやってるつもりなんだろうが、華奢すぎて迫力が皆無だ。
まあ胸のほうはドドンって感じで揺れてましたが。
「落ち着いてください、メイハさん。キッシェ……娘さんたちはその大変素晴らしい女性です」
「そうでしょ!」
「そんな彼女たちと一緒に居たい。僕の願いはそれだけなんです!」
あれ、また言い方がおかしかった。
素晴らしく有能なキッシェたちと、これからもパーティを組んで行きたいということを伝えたかっただけなんだけど。
なぜかメイハさんは、頬を赤くしてじっとこっちを見ている。
キッシェは顔を背けているが、耳が真っ赤になっていた。
リンも不思議なことに、目にうっすら涙を浮かべて僕に頷いてくる。
モルムは嬉しそうに微笑むと、僕の膝に乗ってきた。
「……オホン。その、あなたたちの決意はわかりました」
「ありがとう、メイハ母さん」
「それじゃ、隊長殿のとこでみんな一緒に暮らしてくれるの?」
「そうはいきませんよ、リン」
メイハさんは静かな怒りを湛えた視線を三人に向ける。
「そもそもあなたたちは、私にどれだけ心配をかけたか理解してるの? 私になんの断りもなく勝手に決めて出ていくし、置手紙だけで納得しろとでも? それにあなたたち、イリージュとは相談してたでしょ。そのことで私がどれだけ傷ついた……いえ、あなたたちを責めても仕方ないことね。それだけ私が頼りにならない母親ってだけ……分かっているのよ。でも私がどれほど、あなたたちを連れ戻しに行きたかったことか」
ずっと堪えて来た堰が切れたように、矢継ぎ早にメイハさんの言葉が紡がれる。
同時に海のようなその瞳から雫が溢れ出す。
神妙に話を聞いていた三人は、母親の涙に気づいたのか慌てて駆け寄る。
四人はそのまま、ぎゅっと抱き合った。
「心配かけてごめんなさい……ごめん……なさい」
「ごめん、母さん」
「…………ごめんね、メイハ母ちゃん」
「私こそごめんね。役に立たない母親で」
「そんなことない! メイハ母さんが居なかったら……私……」
「誰も母さんを責めてないよ。私たちが勝手にやったことで、その、傷つけてごめん」
「……………メイハ母ちゃん、泣かないで」
なんだか凄い良い雰囲気だ。
親子の絆って素晴らしいな。
僕は隣に座るミミ子と目を合わせて、共感を得ようとした。
うん。今思いっきりあくびしてたよ、こいつ。
おい、そのまま丸くなるな。そこは少しくらい誤魔化せよ。
「……オホン。この子たちを助けて下さりありがとうございました」
あ、感動の再会が終わったようだ。
三人と抱き合ったままメイハさんは満足げな様子で、僕に声をかけてくる。
「ただ同居の件ですが、それについてはお断りさせて頂きます」
「どうして?! メイハ母さん」
「どうしてもこうしても、いきなりそんなお話しされても、はいそうですかとは行かないでしょ」
「でも借金が――」
「お金なんてあなたたちが気にすることじゃありません。そんなもの私が身売りすれば済むだけの話です」
たおやかな微笑を浮べて、さらっととんでもないこと言い出すメイハさんに僕らはおもわず言葉を失う。身売りというものが分かって言ってるのか、それともただの天然な発言なのかさえ区別がつかない。
何も言えない僕たちに代わって手を挙げたのは、なんとソファーの上に丸まっていたミミ子であった。
「は~い」
「あらあらあら、可愛らしいキツネさんね。こんにちわ」
「こんにちわ~ちょっと良い?」
「はい、何かしら?」
ミミ子の存在に今初めて気づいたのか、メイハさんのさっきまでの泣き顔が嘘のような笑顔に変わる。
ぐっとおっぱいを乗り出して、ミミ子の声に耳を傾け始める。
「メイハが身売りしたら、この場所はどうなるの?」
「えっ?」
「今、四人、いや五人ほど子供の気配してるけど、メイハが身売りしたらその子達はどうなるのかな?」
「そっ、それは……」
「その子たちも身売りされちゃうよ。ミミ子みたいに」
ミミ子の指摘にハッとした顔になるメイハさん。
本当に気付いてなかったのか。
でもわざわざ貧民街の子供を買うような奴隷商がいるかどうかは疑問だけど。
「まあ私は、ゴー様に買われて幸せになったけどね」
さらっとそういうこと言うなよ。
ちょっと首の裏辺りがすごい熱くなったぞ。
ミミ子は耳を二、三度パタパタと軽く揺らして話を進める。
「メイハは、ゴー様が信用できない?」
「うっ。まあ、男の方はあまり」
「みんなが迷宮で探求者をやることは反対?」
「それは勿論です」
「どうして?」
「どうしてって、危ないからです」
「じゃあ、危なくないと証明出来たらゴー様を信じる?」
「それは証明出来たらですけど、無理じゃないかしら」
「う~ん、それもそだね。じゃあゴー様がとても強いって証明できたらどうかな?」
「まあそれでしたら。でも具体的にどう強さを証明するのかしら?」
ちらりと僕に目をやったミミ子は、いつものひょうひょうとした顔つきになって、ちょっと投げやりな感じで言葉を続けた。
「それじゃあ、メイハが決めたらどう? 課題」
「あら。そうねぇ、えっと今確かレベル――?」
「レベル3です」
「それなら三層で一番強いのを倒して来て下さい。それが出来たら信用致します」
え?
三層の最強って巨大蟷螂を?
レベル5でもそれなりに苦戦するアレを?
そりゃ一回勝ったけど、あれボロボロの死にかけだったからで。
すみません、無理ですと言い掛けて顔を上げると、メイハさんは僕をじっと覗き込んでいた。
その瞬間、理解する。この人は三層の最強モンスターを知っていると。
そして敢えて、それを課題にしたと。
巻き戻して挨拶からやり直すべきかと、諦めの思考が脳裏を走る。
そんなためらう僕を、女の子たちが息を止めて見つめてくる。
やめて、その期待した目はやめて。
助けを求めてミミ子に目をやると、ぱちりとウインクしてくる。
お前なんだよ、そのしてやったりな顔は。
僕はゆっくりと息を吐いて胸を張る。
わかりました。試すっていうなら、受けて立ちましょう。
「条件を少しお付けてもよろしいですか?」
「はい、聞くだけなら」
「ちょっとお時間貰えますか? 一年ほど」
「一週間」
「せめて半年で」
「それじゃ一ヵ月」
「無理ですよ! せめて二ヵ月!」
「ではそれで」
「あ、はい」
なんかうまく乗せられた感がバリバリです、これ。
という訳で僕たちはメイハさんの信用を勝ち取るために、無謀なチャレンジに挑むこととなった。
▲▽▲▽▲
妹達と彼女たちが連れてきた人の気配が完全になくなったことを『風陣』で確認したイリージュは、ようやく安堵して応接室の戸を開いた。
人見知りな上に男性に慣れてないイリージュは、あの席に加わることは不可能に近かった。
ぐったり顔の母に、まだ熱が残るポットから香茶のおかわりを注いで手渡す。
「母様、お疲れ様です」
「ありがとう。いきなり出て行ったかと思ったら、急に男の子連れてくるし。ホント困った子たち」
「あんな無茶な条件、出して良かったのですか?」
「無茶だから良いのよ。簡単に挑戦されたら危ないじゃない」
「でもあの子たちなら……」
イリージュは妹達の性格を思い返しながら、心配そうに言葉を濁す。
リンが言い出してキッシェが渋々それを現実的な計画に落とし込んで、モルムがいつの間にか参加している。
迷宮で稼ぎたいと言い出した時もそんな感じだった。
「大丈夫よ、あの男の子はそんな無謀なタイプじゃないわ」
「そうなのですか?」
「私は人を見る目だけは自信あるのよ。私が知ってる高レベルの探求者は、普通の人とはまったく違う雰囲気をまとっていたわ、みな例外なくね。残念だけどさっきの子には、それは全くなかったわ。ただそれでもレベル3まで上がれたということは、かなり慎重な性格の持ち主ということ。彼以外レベル1のパーティで、ジャイアントマンティスに挑むようなことは絶対しないと言い切れるわ」
優雅にカップを傾ける母を見つめながら、イリージュは少しだけ肩の力を抜く。
元レベル5探求者の言葉なら、信用に値する筈。
「あの子たちどうするつもりでしょうか?」
「そうね。二ヶ月あげたので、その間お金を稼いでジャイアントマンティスの素材を購入するのが現実的な選択かしら。後は毎日三層に張り込んで、死にかけのジャイアントマンティスが現れるのを待つとか……ってのは冗談だけど」
「それで良いのですか?」
「それで良いのよ。むしろ倒せなくて良いの。無謀な真似はしないってだけで、あの子たちを安心して任せられるわ」
少しやつれた母の横顔には、寂しさと諦めが混じったような感情が見て取れた。
イリージュはそんな母の背に回り、その硬く張った肩をゆっくりと揉みほぐしてあげる。
なぜか母と、母とは血が繋がっていないイリージュも肩が凝りやすかった。
「ありがとう、あなたは良い子ね」
「母様、私はずっとおそばに居ますよ」
その言葉をいつまで保証できるか判らない。
それでもイリージュは、自分の気持ちを信じていたかった。
ふと脳裏に、さきほどの少年の姿が思い浮かぶ。
あの男の子は、盗み見していたイリージュに視線を一瞬だけ飛ばしてきた。
その目は母の語る凡庸さとは、かけ離れた鋭さだった。
『巨大蟷螂』―体長5メートルを超える巨大なカマキリ。当然ハリガネムシもでかい




