少年時代
青春時代にMMORPGにハマるのは、実に時間の無駄でござる
「ふぅー……また失敗か」
フカフカベッドの沈み込むような感触を背中に感じながら、僕は付盛大なため息を吐いた。
「もう諦めてリセットするか……でも、ここまで結構やり直ししてるしなぁ」
ベッドの中で大の字に手足を伸ばし、しばし天井を眺める。
高らかに鳴り響いていた警報音が、まだ少し耳に残っている。
悪夢のような出来事だったが、あれが夢ではないことを僕は誰よりもよくわかっていた。
そう、僕は自分の人生をやり直しできるのだ。
それに気付いたのは僕が八才から十才の間くらいだと思う。
曖昧なのは仕方ない。
僕が育った環境は、生まれた月日や暦が正確にわかるような場所じゃなかったし。
一年の区切りが春夏秋冬の四つしかないような、未開拓のド田舎で僕は育った。
物心ついた時から、明けても暮れても畑仕事しかないようなところだった。
そんな田舎暮らしの日々であったが、ある日子供だった僕はかなり不味い事に出くわしてしまう。
正直思い出すのも嫌なので、詳しくは話したくないような出来事だ。
死にそうな目にあったその時、僕は心底神様に願った。
やり直させてくれと。
そして気が付くと、朝目覚めた瞬間に戻っていた。
同時に僕は、この出来事がセーブ&ロードという概念だと理解していた。
ついでに自分の前世が日本人だったことも。
もっともその辺りの記憶は、すでにこっちの世界の記憶が詰まってた幼子の脳にはきつかったらしく、ほとんどが曖昧になっている。
セーブ&ロードを習得した僕は、早速色々試してみることにした。
結果判ったことは、セーブは毎日目覚めた瞬間に固定されること。
そしてそれはオートセーブのために、回避できないこと。
つまり、三日前に戻ってやり直したいと願っても無理なのだ。
ロードの方も回数制限があった。
きっかり27回ロードすると、それ以上は不可能になる。
ロード回数を使いきった日は、怖すぎて家からほとんど出られなかった。
能力の性能を把握した僕はこれまでの人生を振り返り、これからの人生を考えて深く絶望した。
こんな芋しかないド田舎じゃ、凄いけどちょっと半端な特技があったとしても使い道がない。大人の癇癪や食中りを避けるには便利な能力であったが、何もない普通の日が圧倒的に多すぎたのだ。
決心した僕は、町への買い出しや荷運びにできるだけ付いて回るようにした。
お金を手に入れられる場所を、そこしか知らなかったせいだ。
そしてそこそこの小銭を貯めこんだ僕は、多分十三才から十五才の時に家を出た。
セーブ&ロードのお陰で、それらはスムーズに進んだ。失敗する度にやり直し出来るしね。
大きな町へ辿り着いた僕は、その足で傭兵団に駆け込んだ。
一番セーブ&ロードが活かせるのは、生死が掛かるような危険な仕事だと考えていたからだ。
勿論、宝くじやカジノがあるならそっちの方が断然良い。でもこの中世文化レベルの世界には、そんな楽して大儲け的なモノは僕の知る限り全くなかった。
結果的に言うと、傭兵団に入ったのは大失敗だった。
多分、前世の記憶はあっても、当時の僕の思考はまだ幼すぎたんだと思う。
どんな危険な戦場からでも戻ってくる伝説の傭兵とか、そんな恥ずかしい肩書に憧れがあったことは否定しない。
そういえば説明してなかったけど、死んだらどうなるか?って疑問はあると思う。
これは僕にもわからない。
何の保証もないのに試せるほどの馬鹿に生まれていれば、色々吹っ切れて良かったかもとはたまに思う。
なまじっか危険を回避できる僕は、とてつもなく臆病になっていた。
一ヶ月の簡易訓練のあと、放り込まれた戦場で僕は心底それを実感した。
少しでも死にそうな目が見えたら即ロードと馬鹿みたいに毎日を巻き戻し、戦いの日々を人の27倍体験することになる。
ストレスで気が狂いそうになって、僕は半年で傭兵団から逃げ出した。
危険が多すぎるのは、制限のある自分の能力には向いてなさすぎだと改めて理解した。
その後に行き着いたのが、この迷宮都市だった。
ところで嘘みたいな話だが、この世界には神様が居るらしい。
しかも結構たくさん。
その神様たちが信仰と引き換えに奇跡をくれたりするのだが、迷宮はその信仰を試す場所として神様に作られたらしい。
それで『試練の迷宮』って呼ばれている。
迷宮では神様の試練であるモンスターたちを倒すと、たまに神の奇跡が宿ったアイテム、魔法具が貰える。
それ以外にも色々な特典があるのだが、それはまた機会があれば。
『試練の迷宮』に挑むには、別に宗教家じゃなくても良い。
誰でも迷宮組合に登録さえすれば自由に出入り出来る。
だから迷宮都市には、法外な値段で取引される魔法具を求め、一攫千金を夢見た連中が毎日流れ込んできていた。
そして厳しい現実に、その人生を終わらせて消えていく。
危険恐怖症な僕が、なぜそんな危ない場所に行ったのか。
それは周囲を埋め尽くすほどの敵に囲まれたり、空が黒く陰るくらい矢が降ってきたりする類の危険じゃないからだ。
もちろん罠はあるが迷宮の浅層に致死性のはほとんどないし、深い層なら斥候が先行するので罠にかかるのはまず彼らだ。モンスターもそれなりに手強いが、危険度の高い盾役を選択しなければ即死することもほとんどない。そのモンスターの習性もかなり研究されているので、危険の種類も非常に把握しやすい。
ようするにここは、選択肢しだいでかなり気楽に夢が見れるのだ。
そしてここに挑戦した若者たちは、毎日毎日雑魚モンスターを狩り続けては出ない宝箱に絶望し、お金が尽きそうになって無謀な深層へのチャレンジで命を落とすのがお決まりのコースだった。
その点、僕は平気だった。
なんせ同じ事の繰り返しには慣れてるからね。
宝箱が出なければロードして滞在費は節約、武器防具の損耗もない。
延々と安全な範囲で狩りを進め、確実な儲けが出るならそのままセーブ。
揉め事は避けられるし、周囲の人間関係でうっかり失敗してもやり直せるしで、快適な立ち位置は確保できていた。
だがいくら地道なレベル上げが平気な僕でも、流石に色々と考えることはある。
このままで良いのか? 年取ったらどうするんだ? とか。
それに差し迫った問題もすぐそこまで来ていたので、色々考えぬいた結果僕は仲間を増やすことにした。
便利で融通がきき、決して裏切らない仲間だ。
なんせのこの巻き戻し能力は、バレたら確実に羨ましがられる。
無駄な敵意は決して稼がないというのが、人生の安全路を歩いてきた僕のモットーでもあった。
どうしたら裏切らないかと考えた場合、僕を殺すよりそのメリットが大きい相手を仲間にすればいいと思い付いた。
つまりは僕に、かなり依存しなければならない存在だ。
そんな最適な仲間を得るにはお金がいる。
何で要るかは、すぐに想像がつくと思う。
だからこそ、あの銀箱は諦め難い。
あの時間、迷宮で三層に挑むのは七小隊で、そのうち空きがあるのは二小隊。
片方は床の血だまりになるほうなので除外。
残った選択肢が、さっきの解錠がど下手なリーダーのパーティだ。
この迷宮は巻き戻しの度に、なぜか罠と宝箱の中身が毎回ランダムに変化する。
これが固定だったら、どんなに楽なことか。だが試練とつくだけあって、神の領域はそんな甘くはないらしい。
よし、次こそ無事、解錠まで行けるはずと信じて!
僕は強引に気持ちを切り替えて、出かける準備を始めた。
パーティ臨時募集枠に入り込むところから、また頑張らないと。
結局、カマキリを倒して宝箱を開けられたのは、22回目のやり直しでだった。
本当にヘトヘトになったが、宝箱から『蟷螂の籠手』を得ることに無事成功した。
冷気耐性を持つ小手らしいが、カマキリって冷気に弱いんじゃないの?
売り払った魔法具の分配の金貨3枚を受けとり、コレでようやく僕はぐっすりと眠りにつけた。
『魔法具』―魔術や法術が付与されたアイテム。便利だけどずっと使ってるとたまに壊れたりする
『金貨』―奴隷の相場は3枚から。1枚あれば切り詰めて半年過ごせる