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取引の裏事情



「――とまぁ、この度はそんな経緯いきさつでございます。双子のお嬢様方には、ホントお世話になりました」



 大事な相談と称したダプタさんの打ち明け話を聞き終えて、僕は唖然としたまま周囲の反応を確認した。

 右隣の座るリンはケロッとした顔で、何度も意味ありげに頷いている。

 うん、これはよく分かってない時の顔だな。

 いや、それとも外街じゃこれくらいなら、あまり大したことではないのか。


 斜め前、曲者魔術士ダプタさんの付き添いであるローザさんの表情を窺う。

 ダプタさんの長年のパートナーである女性の顔にも、ほとんど変化はない。

 淡々と事実を受け入れているようである。

 

 もしかして驚いているのは僕だけなのかと心配になりつつ、左に座るサラサさんの横顔をそっと盗み見た。

 眼鏡の奥の綺麗な瞳が曇っている様に、ホッと胸を撫で下ろす。

 やっぱりこれが普通の反応だよな。

 

「……なるほど。そんなことがあったんですね」


 僕の返しに、ダプタさんはぐるりと右目だけ回しながら大きく頷く。


「いやはや、大したお子様たちですな。おかげさまで、この哀れな道化も何とか生き長らえることができまして、感謝の言葉もありませんぞ」

「前にも言ってましたけど、その道化って何の話ですか? さっぱり状況が見えてこないのですが……」


 先ほどの説明で分かったのは、ダプタさんがこの迷宮都市の壁の外にある貧民街で何かをしでかしたこと。

 そこをたまたま居合わせた双子が手助けして、無事に追手から逃れられたということくらいだ。


 おおよその見当は炎龍の盾イグナイや師匠の弓の取引で、何らかの面倒事が起きたといったとこか。

 確か黒腐りの病さえ治せると触れ込みの治癒術士ヒーラーが外街に居るって噂が、師匠たちを動かした事の発端だったしな。


「そこから先は私が説明するよ」

「おお、愛しきローザ。こんな吾輩を身を挺してかばってくれるとは、まさにこれぞ愛の極み!」

「いい加減、黙りな。その舌引っこ抜いて、鼻の穴に詰め込むよ」


 殺気に満ちたローザさんの一喝に、ダプタさんは慌てて肩をすくめて縮こまる。

 相方へ向けていた刺すような視線がこちらへ向き直り、僕は思わず生唾を飲み込んだ。


 そのまま一瞬見つめ合うが、次の瞬間、ローザさんはテーブルに手をつくと深々と頭を下げてきた。


「まずは謝らせてくれるかい。今回は随分と迷惑をかけてしまったよ。本当にすまない」


 真っ直ぐに言葉を発したローザさんは一度顔をあげると、今度は横を向けて再び頭を下げた。

 そちらに座っていた二人、ロウン師匠とガルンガルドさんにも謝罪の言葉を述べる。


「先達のお二方も厄介事に巻き込んでしまい、お詫びのしようもありません」

「ワシは別段、迷惑を被ってはおらんがな」

「俺も正規の取引に応じたまでだ。つべこべ言い出す気は毛頭ないぞ」


 二人の返しに、ローザさんは安堵した顔を見せる。

 うん、安心するその気持ち、凄く分かります。 


 年寄りのくせに放ってる威圧感が尋常じゃないしな、この達人アデプトの二人組は。

 ニコニコしながら香茶を注いでくれる奥さんのラギギさんを、もうちょっと見習ってほしいよ。


「おお、愛するローザのこうべを垂れる姿の何と美しき――」

「たわ言は良いから、アンタもとっとと頭を下げな!」


 襟首を掴まれたダプタさんは、そのまま頭部をテーブルに叩きつけられる。

 う、かなり鈍い音がしたぞ。

 何とも豪快過ぎる謝らせ方だ。

 

 僕らの顔に非難の色がないのを見取ったローザさんは、テーブルに打っ伏したままのダプタさんを一瞬だけ見やってから静かにため息を漏らしてみせた。


「…………さて、どこから話せば良いんだろうね」


 そもそもの切っ掛けだが、実のところ僕が遠因であったらしい。

 正確には僕が見つけた物――九層直通階段だ。


 これまで九層の階層主ボスが居る部屋へ進むためには、八層と九層の各エリアに駐在する中ボスが落とす秘鍵の断片キーパーツとやらを集める必要があった。

 その鍵の部品を全て集めると、九層奥の門を開く鍵になるという面倒な仕組みだ。


 しかもその鍵の断片とやらは、基本的に迷宮内では一つしか存在出来ない。

 つまり誰かが所有している限り新しくドロップしないという、これまた始末に負えない仕組みである。


 そうなると必然的に起こってくるのが、鍵の断片の取り合い競争だ。

 八層を攻略する小隊パーティは、互いを欺いたり出し抜きながら中ボスの攻略に勤しんでいく。 


 その結果、ボスへ至る鍵の断片は、五つのグループに分かれて所有されることとなった。

 門閥の上位三家それぞれと、その他の二組である。


 鍵が分断所有されたことで手詰まりとなり、深層攻略は一時的な均衡状態へと陥る。

 もっとも水面下では、色々と大人げない応酬もあったりしたとか。


 で、そんな仮初めの平和状態に、一石を投げ込んでしまった人間が居る。

 うん、僕のことだ。


 四層から九層ボス部屋前まで一気にショートカット出来る階段が現れたおかげで、これまでの鍵の断片を巡る駆け引きなんかが一切合切、無意味になったという訳である。

 石を投げ込んだ本人は露知らずだが、池の底は大騒ぎ状態であったらしい。


「そんなこと言われても、狙ってやった訳じゃありませんし」


 八層や九層の事情なんて、今、初めて耳にしたくらいだしな。

 力の釣り合いパワーバランスとか言われても、こっちは知ったこっちゃない話だ。

 ふと疑問が浮かんだので、関係者に直接疑問を投げ掛けてみた。


「師匠の現役時代なんかは、どんな感じだったんです?」

「うん? ワシらの時はようやく、断片持ちの存在が明らかになったくらいじゃしのう。苦労して倒してみても変な部品一つじゃて、見事に放置されておったわ」

「おうおう、あのガッカリぶりは今でもハッキリ覚えておるぞ。半死半生で仕留めてはみたものの、落としたのは小汚い骨の欠片だけで、心底打ちのめされた気分になったな」

「何かそれ、メッチャ分かるです、おっちゃん先輩」


 リンもよく悪いことに当たりやすいから、他人事じゃないんだろうな。

 見つめ合ったガルンガルドさんと赤毛の乙女は、ガッシリと握手を交わしながらニヤリと笑みを浮かべた。

 ああ、二人とも直情的な感じが、どことなく似てるから気が合ったのか。


 しかし鍵の断片一つだけ手に入れても、確かに意味不明だな。

 当時は八層到達者も少なく、情報の共有なんかもなかったろうし……。


「話を戻していいか? ナナシ」

「すみません。続けて下さい、ローザさん」


 さて秘鍵の断片キーパーツを集める必要のなくなった虹色級カラーズ探求者シーカーの皆様方であるが、早速、九層の階層主ボスへ挑んだという流れでもないらしい。


 理由は簡単で、これまで大ボスに挑戦して戻ってきた者がいないからだ。

 負ければ終わりの状況で、我先に先陣を切るような愚か者は居ないということか。


 ただここで面倒なのは、虹色級カラーズにもなると、第一線で戦う先駆者であるという挟持が出てくる点である。

 そう、これまでなら挑みたくても、鍵がなくて無理であるという言い訳が立ったのだ。

 それがあっさり失せてしまった今、本気を出す必要が出てきてしまったと。


 しかしながら中ボスに何とか勝てるような時点では、強さが未知数である大ボス攻略はとても厳しいと言える。

 それで深層攻略組の各小隊が躍起になって戦力増強に務めているというのが、現在の状況であり問題の発起点でもあるという訳だ。


 ふぅー、ようやく下地が理解できたぞ。


 この戦力の強化であるが、もっとも効果があるのは、やはり強烈な性能を持つ神遺物レガシー級の装備の獲得だろう。

 だが虹色の最上位宝箱なぞは、ポンポン出るものではない。

 それこそ年単位の探求が必要となってくる。


 ならば、どうするか?

 手っ取り早い解決を望むなら、答えは自ずと絞られてくる。

 すでに誰かの手にある品を、自分の物にすればいいのだ。


「それで目をつけられたのが、師匠たちの装備だったということですね」


 引退した探求者シーカーの物なら、難易度は少しばかり下がるということか。

 僕の問い掛けにローザさんは重々しく首を横に振り、ダプタさんはわざとらしく目を逸らした。


「一連の動きの狙いは、お二方だけじゃない。アンタも含まれていたんだよ、ナナシ」

「えええ!」


 僕の代わりに大声を発してくれたのは、右隣のリンであった。

 そのままなぜか、僕の腕にしがみついて豊かな胸元をギュッと押し付けてくる。

 懸命に守ろうとしてくれているようだが、たぶん狙われていたのは僕自身じゃないと思うぞ。


「うーん、それは聞き捨てならんお話やね。詳しく聞かせてくれる?」


 身を乗り出しながら、なぜかサラサさんも僕の体にピッタリと体を寄せてきた。

 軽く視線を向けると、わざとらしく片目をつむってくる。

 これはリンに便乗にして、僕をからかってるな。


 二人の態度に少しだけ呆れた眼差しになったローザさんは、肩の力が抜けたのか分かりやすい説明をしてくれた。


 今回の企みだが、まず最初に狙われたのは師匠の神遺物レガシー盈月えいげつ月光げっこうという弓矢のセットだった。

 首謀者たちはどこから聞きつけたのか、ロウン師匠が奥さんのラギギさんの病気を治す方法を探しているのを知っていたようだ。


 そのための餌として特別な秘跡を行使できる治癒術士ヒーラーを連れて来て、外街で非合法な治療行為をしながら噂を流していく。

 これは迷宮都市内だと、治癒術のお布施は一定額に定められているせいだろう。

 同時に法に触れる行為故にそう長い期間は居続けられず、治療を望む側を焦らせる効果も狙ったというのもあるか。


 彼らの目論見は法外な治療費を捻出するために師匠が神遺物レガシーを手放すことであったが、意外なことに食いついたのは師匠の友人であるガルンガルドさんであった。

 ラギギさんとも共通の友人であったガルンガルドさんは、その愛用の炎龍の盾イグナイを手放し治療代に変えてしまう。


 もっとも師匠の性格からすればそんな大金を素直に受け取るわけもなく、埋め合わせをするために弓矢を遠からず手放す流れになっていたのは間違いないだろう。

 いや実際に、ダプタさんに取引が持ち込まれかけていたらしい。

 そしてその師匠の弓矢を得るために、僕が大切な永劫なる蛇シャーちゃんを引き換えで手放していれば、黒幕の思惑通りになっていたということか。


「少し不思議に思ったんですが、組合のオークションに出せば良かったんじゃないですか? それならもっと高額で売れますし、特定の人間が手に入れるのも難しくなったんじゃ」

「ほっほ、このお方たちの品々の競売となると、年に一度ほどしか開催されませんから到底間に合いませんな」

「そうなんですか?」

「王侯貴族の代理人が来るような規模やし、ちょっとすぐに開催ってわけにはいかへんのよ」


 サラサさんの補足に頷いていると、リンを除いた他の人たちが呆れた顔で見つめてくる。

 勝手に強力な魔法具アーティファクトを迷宮都市外へ売り払うのは不味いとは知っていたが、他にも色々と制限があったんだな。

 うん、勉強になりました。


「なるほど。だから鑑定資格を持っていて、顔も広いダプタさんに仲買を頼んだのですね。で、ダプタさんが僕の知り合いだったから……」


 いや、狙いは僕の神遺物レガシーであったということは、元よりそこから画策されていたのか。

 今回のすべての取引にダプタさんを関わっている時点で、意図的な流れがあったことは明白だ。

 もしかしたら龍で僕らを釣って自宅に招く前から、この企ては準備されていたのかもしれないな。 


 疑いの視線を向ける僕に対し、太った魔術士ソーサラー殿は平然と斜視の右眼を回してみせた。

 何とも食えない人物だが、僕に隙があったのも間違いない。

 これも勉強になったと納得するしかないな。


「あと気になったんですが、別に僕のシャーちゃんに拘らなくても、師匠の弓矢じゃ駄目だったんですか?」

「ロウン様の盈月えいげつ月光げっこうは、対になってこそ真価が発揮できる武器ですからのう」

「それがなにか不味いんですか?」

「ああ、企んだヤツにとっちゃ弓は不要で、欲しいのは矢だけなのさ」

「ということは、やっぱり?」


 サラサさんの言葉に、ローザさんは一息溜めてから重く言葉を返した。



「ああ、今回の黒幕は"魔弾"。第五の秘鍵の断片キーパーツを所有してる覚醒者カラーズだよ」




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