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双子の小冒険 後編



 人目のない路地を選びながら、荷物を背負った男たちは黙々と歩き続ける。

 その背中を、小柄な二つの影がひっそりと追いかけていた。

 

 すでに日はとっぷりと暮れてはいたが、表通りから漏れる灯りでそれなりに見通しは良い。

 男たちは何度も振り向きながら、周囲の様子を探りつつ進んでいく。


 しかしその用心深さをあっさりと掻い潜って、双子はやすやすと追跡を続けていた。

 それもそのはず。

 二人が後をつけていたのは男どもの背中ではなく、その残していく臭いであったからだ。


「――うん、この通りには、もういないかな」


 角から耳だけピョンと出して、響いてくる足音がないことを確認したイナイが片割れに声を掛ける。

 地面すれすれに鼻を近付けていたナイナが、姉の言葉に尻尾を軽く動かして返事をした。


「見て、イナイ。ここで臭いがきつくなってる。また立ち止まったみたいだね」

「たぶん、着いてこられるのが嫌なんだろ。さっさと追っかけようぜ」

「待って待って、道に迷ったって線もあるよ」

「じゃあ、両方だろ」

「うーん、しょっちゅう居場所を変えてるかもって、サリ姉ちんも言ってたしなぁ……」

「だったら、当たりかもしれないな」


 顔を見合わせた二人は、大きく頷くと追いかけっこに戻る。

 安全に尾行を続ける二人が行き着いたのは、大通りから少し外れた小道の奥の並びであった。


 ひっそりと火の気が消えた家々は、住民がみな寝静まっているかのように思える。

 だが獣の血を引く双子の鼻は、男たちの背負っていた大きな袋から漏れていた血の臭いが、その一軒に入っていったことを的確に嗅ぎ取っていた。


 雨戸が堅く閉ざされた箇所を、十数歩離れた物陰からイナイが指差す。


「あそこの二階があやしいな」

「うん。でも、のこのこ近寄ると気付かれそうだね」


 互いに頷きあった双子は、三軒ほど離れた家と家の隙間に素早く入り込んだ。

 向き合う壁の間で手足を突っ張らせると、交互に動かしながら器用に登っていく。 


 またたく間に屋根の上に辿り着いた虎娘たちは、そのまま四つん這いになって目的の家を目指し始めた。

 

 板張りの屋根をかすかに軋ませながら、小鬼たちが入ったと思しき家の隣りまで近づいたイナイは靴紐を緩めた。

 長靴を脱いで紐を結びあわせると、自分の首に引っ掛ける。

 

 そのまま少女は、ふわりと飛んで裸足のまま屋根に飛び移った。

 ぺったりと屋根板に腹這いになったイナイは、軒先から耳だけを突き出して中の音を聞き取り始める。 


 隣家の屋根に座って姉の様子を観察していたナイナだが、その暗がりを物ともしない瞳が路地を歩く誰かの影を捉える。

 明らかに常人よりも横幅のあるその人物は、フラフラと千鳥足でこっちへ向かっていた。


 そして建物の裏手に立て掛けてあった板切れの一つにぶつかると、派手な物音を響かせながら壁にもたれかかる。

 屋根の上まで漂ってくる安酒の臭いにナイナが鼻をしかめていると、建物の内部からも何かが動く物音が伝わってきた。

 

 息を殺してじっと見つめる二人の前で、家の裏口から出てきた男どもがうずくまる人物へと近付く。

 二人の男が辺りを警戒しつつ、残る二人の男が倒れ込んだ酔っぱらいの肩を引っ張り起こした。


 大通りでにも連れて行こうとしたのだろう。 

 酔った男は何かを喚きながら、両の腕を振り回す。


 その指先がいつの間にか青白い光を放ちながら、奇妙な紋様を空中に描いていた。

 完全に虚を突かれた四人の男たちは、声を発する間もなく棒立ちのまま目蓋を閉じてしまう。

 一瞬で男四人を眠らせた奇妙な技に、双子は驚きで目を丸くした。


「おおっ、今の見た?!」

「しー!」


 興奮した声で話しかけてくるイナイに向けて、ナイナは軽やかに飴玉を放り投げる。

 飛んできたそれをパックリと口で受け止めた少女は、コロコロと舌で転がしながらあっさり静かになった。


 二人が視線を下へ戻すと、太った酔っぱらいは違う模様を描き終わるところであった。

 それに合わせるように意識を取り戻した男たちは、新たに現れた光の線を前にまたも動きを止める。


 先ほどとは違う効果があるのか、男たちは虚ろな目のまま口を間抜けに開けている。 

 太った男はそのうちの一人に近付いて、何かを話し始めた。

 しばらくすると太った男を取り囲む形で、四人の男たちはゾロゾロと建物の中へ戻っていってしまった。 


(イナイ、何か聞こえた?) 

(遠すぎてムリー!)


 唇の動きだけで会話しながら、双子たちはにんまりと笑みを浮かべた。

 何かが起ころうとしているのは、明白であったからだ。


 ワクワクしながら待つこと小一時間。

 急に建物内部から、言い争うような声が響いてきた。


(だましましたなとか、止めさせてもらいますぞとか言ってるぞ)

(ケンカかな?)

(あ、ヤバそうな感じ!)


 何かが割れたような音や怒声を聞き取ったイナイが、腕を振って妹に合図に送る。


(とりあえず、さっきのおっちゃんを助けるぞ!)

(待って待って、イナイ。どっちが良い方か分かんないよ)

(大丈夫、オレの勘を信じろ!)


 姉がこれを言い出した時は、悪い方へ外れたことはない。

 メイハ母ちゃんに出会った時を思い出しながら、ナイナは立ち上がって元来た屋根の上を一目散に走り出す。

 足音をわざとらしく派手に立てながら、息を大きく吸って――。



「火事だぁぁあああ!!」



 叫んだ。

 少女の大声と走る音に、通りの家々の窓が次々と開き住人が顔を出す。

 

「燃えてるぞぉー!」


 あちこちで物音が上がり、住人が動き出す気配が伝わってくる。

 どうやら上手く注意を引けたようだ。


 視線を下に戻したイナイの眼前で、派手な音とともに建物の裏口から先ほどの太った男が転がり出てきた。

 その背中が不自然に盛り上がっている。


 路地の奥へ走り出した男に、建物の中から飛び出してきた追手たちが一斉に小型の弩を持ち上げた。

 気付いた男が振り向きながら腕を持ち上げたが、不思議な術は間に合いそうにない。


 一巻の終わりかと思えたその時――。

 上から飛んできた何かが、壁に並べてあった板切れに激しくぶつかった。

 反動で次々と倒れ込む木板たち。


 それらは狙いすましたように、武器を構える男たちに襲いかかった。 

 追手たちが慌てて後退りながら板を避ける間に、太った男は横道の一つへと姿を隠す。


 対象の姿を見失った男どもは、舌打ちをしながら屋根を見上げた。

 だがすでに、そこには誰の気配も残っていなかった。



「――なぁなぁ、おっちゃん。それ、お宝取ってきたのか?」



 不意の降ってきた呼び掛けに、逃走中の男は驚いて斜視の右目をぐるんと回した。

 それなりに迷宮務めは長いので、人の気配程度なら見誤るはずもない。

 今のところ、追跡者はかなり後方の数人だけのはずだった。


 見上げた先にあったのは、塀の上を平然と並走する獣人の少女の姿だ。

 小柄な体つきに目立つ丸い耳。

 暗闇の底まで見透かすような琥珀色の瞳が光る。


 太った男が咄嗟に指を持ち上げると、少女はびっくりした顔になって両目を手で隠した。


「それ、さっき見たよ!」

 

 目を覆ったまま塀から飛び降りた少女は、軽やかに男の横に降り立つ。

 確かに低い階梯の呪紋であれば、視覚を塞げば影響は防げるだろう。

 だが物質干渉が可能な第三階梯呪紋以上には、その対処法は意味をなさない。


 呪紋を切り替えようとした男だが、横を走る少女が裸足であることに気付いた。

 そして先ほど木板を倒して追手を妨害してくれたのが、主のない長靴の一蹴りだったことを思い返す。


 男が腕を下げたことに気付いたのか、少女は目隠しを解いて無邪気な声を上げた。


「ねーねー、お宝半分くれるなら、逃げるの手伝ってやってもいいよ」

「ほっほ。この街には随分とお詳しいようですな」

「うん。ドンと任せてくれて良いよー。えっと、そこの角だけどね――」

「こちらですな」

「あっ!」


 止める間もなく広い道に飛び出してしまった男に、獣人の少女は焦った声を発した。

 だがすでに遅かったようだ。

 人だかりの向こうから、誰かの叫びが響く。


「いたぞ、あそこだ!」

「おい、こっちだ。集まれ!」

「なんと! 見つかってしまいましたぞ」

「そっちは大通りだから危ないよって、言おうとしたんだけど」


 可愛く肩をすくめなら、少女はトンッと跳躍した。 

 着地の先は地面の水たまり。


 の、上に置いてあった板切れであった。


 激しい水音が上がり、押し出された泥水が通行人に降りかかる。

 たちまち周囲は騒然となった。

 

 怒りの声を発しながら詰め寄る一人に、少女は唇を尖らせた。

 その口元から勢いよく飛び出したのは、舐めかけの飴玉だ。


 球状の飴は先頭の男の靴の下に、狙ったように滑り込む。

 いや、実際に狙ったのだろう。


 飴玉を踏んづけた男は地面がぬかるんでいたせいもあり、大きく姿勢を崩してすっ転ぶ。

 派手な水音がまたも上がり、新たに被害にあった通行人から怒声が上がった。

 立ち止まっての言い争いが始まり、たちまち道は混雑しだす。


「そいじゃ、またね。おっちゃん」

「待て、糞ガキ!」

「逃がすな!」


 騒動の張本人である少女はさらっと別れの声を発すると、人混みをすり抜けて姿を消してしまった。

 残された太った男が呆気にとられていると、ちょいちょいと服の裾が引っ張られる。


 振り向くと路地の奥に居たのは、先ほどの丸耳の少女であった。

 驚いて右目を回す男に、少女は唇の両端を持ち上げて話しかける。


「なー、おっちゃん、取引する気になった?」


 片手を目の上にかざす少女がきちんと靴を履いてることに気付いた男は、からくりを理解して大袈裟に安堵の息を吐いた。

 同時にその脳裏に、知り合いの家族構成が浮かぶ。

 双子の獣人の心当たりを思い出した男は、たるんだ顎肉を震わせて大きく頷いた。

 

「これはどうやらお任せしても大丈夫なようですな。是非に案内をお願いいたします」

「りょーかい。そこは見つかるからこっちこっち」

「そうそう報酬ですが、この背中の荷物を半分でよろしかったですかな?」


 男の言葉に獣人の少女は、何も言わず手を差し出す。

 しっかりと契約成立の握手を交わした二人は、そのまま路地の奥の闇へと進んでいった。



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