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双子の小冒険 中編



 双子の問い掛けに、集まった子供たちは互いに見合わせた後、口々に話し始めた。


「昨日、角の呑み屋で三人血だらけになってたよ!」

「喧嘩してたよねー」

「先週なら、連れ込み宿でボコボコにされてた野郎を見たぜ」

「ドブ沿い通りで、咳が止まらないばあちゃんの家はどう?」

「横丁の広場行けば、いやってほど転がってるよ」

「うん、あそこは多いよね、動けない人」

「わたし、知ってるよ。病気の人がいっぱいの場所!」

「お、どこにあった、それ?」


 手を上げた幼い少女に向けて、イナイが目敏く問い掛ける。

 何日も洗ってないような毛並みの少女は、相手にされたことで嬉しそうに声を張り上げた。


「大通りのとこにあるおウチだよ。白い服を着た人がいるの! えっと、おじいちゃんの体、治してくれたの!」

「それって、治療院のことだろ?」

「そこ、イナ姉とナイ姉の家だぞ。何、トンチンカンなこと言ってんだよ」


 周りの子供から責められた少女は、下唇を噛みながら俯いてしまった。

 スルッと樽から飛び降りたナイナが、じんわりと涙を浮かべる少女へ軽やかに近付く。


「待って待って、情報は何でも有り難いから、どんどん教えてくれて良いよ。ほらほら、顔を上げて。うちのお客さんにはサービスしとかないとね」


 呼び掛けに顔を上げた少女の口に、ナイナは飴玉を押し込む。

 美味しい驚きで涙を忘れた少女の頭を撫でながら、虎耳の少女は首を捻った。


「うーん、これ質問が悪かったかな。範囲が広すぎだね」

「そうだぞ、ナイナ。もっと分かりやすく聞かないと。最近、怪しいやつを見なかったとか?」


 イナイの返答に、集まった子供たちはまたも口を揃えて声を上げた。


 武器の所持が当たり前のこの街では、刃傷沙汰などもごく当たり前の出来事である。

 そして中に入るのに金がかかる迷宮都市と違い、ここにはいかがわしい人間など石を投げれば簡単に当たるほどに溢れかえっていた。


「駄目だな、これ。当てが多すぎてさっぱりだよ。……意外と難しいぞ、サリ姉ちんの頼まれごと」

「こっちはホント、やりたい放題だからね。ま、ちょっとずつ、それらしいのを絞っていくしかないよ」


 一見、無法地帯に思える外街であるが、実は子供には見えないルールが多数存在している。

 だが逆を言えば大人たちが定めた掟や禁忌にとらわれない子供たちこそ、情報ソースとしては非常に有能だったりもするのだ。

 

「よし、じゃあ片っ端から聞いていくか! 最近、変わったことはなかったか?」

「変わったこと? うーんとね、ネズミ肉の買い取りがまた下がったよ」

「それは毎度のことだろ。俺は黒い服着た中街の連中っぽいのを見掛けたぜ」

「最近の話? 鱗の肌した人が増えたかな。あと肉スープが値上げしてたよ」

「黒パンも高いよね。あ、変な目した太ったおっちゃんなら見たよ!」

「それなら俺も見たよ。片目がグルグル回る奴だろ。あれ多分、強めの探求者シーカーだぜ。雰囲気が全然違ってたし」

「僕、白い服着てた女の人見たよ、一昨日」


 前歯が欠けた少年の言葉に、ナイナの耳がプルッと反応した。


「それって、ウチに出入りしてる治癒術士ヒーラーの人とは違う?」

「わかんない。白い布かぶってたし」

「そっか。どのあたりで見た?」

「大通りの裏路地だよ。ここからちょっと行った先」


 少年の返答に、イナイとナイナは素早く目を見合わせた。

 治癒術士ヒーラーが仕事以外の場所で白衣を着ているのは珍しい。

 かなり有力そうであるが、動くにしては若干弱い。


「うーん、まとめると怪しい人だらけで、相変わらず景気も悪そうっぽいな」

「それじゃいつも通りだね。待って待って、逆だよ、イナイ」

「何が逆? 上か下? それとも前後ろ?」

「向きの話じゃないよ。ねぇ、ここのところ、金回りが良くなった人っていない?」


 再びの問い掛けに、子供たちはそれぞれ首を捻る。


「うーん、みんなお金持ってないよ」

「金がありゃ、さっさと中街に入っちまうしな」

「あ、忙しそうなおっちゃんなら横丁に一人いたよ」


 小さな角を持つ少年の一言に、ナイナの琥珀色の目が光を帯びる。

 

「それって、どんな感じ?」

「横丁のお店のおっちゃん。何の店か知らないけど、このところよく配達行ってるよ」

「あ、モツ屋の親父だろ。俺もよく見るな」

「あれ、モツ屋なのか。いつ見ても閉まってるから知らなかったや」

「親父たちがそう呼んでるの聞いただけ。俺も開いてるのは見たことない」


 横丁というのは、外街にとても古くからある一角で、正式な呼び名は小鬼横丁。

 角を持つ小柄な種族ゴブリンだけが住人の町並みである。


 かつて大きな地を支配していた小鬼たちであるが、母国が崩壊したことで大量の難民が世界中にばら撒かれることとなった。

 彼らの多くは他国へと流れ着いたが、色々とあった経緯からすんなりと受け入れられるはずもなく、そのまま城壁の外側に自衛と相互扶助を目的とした生活共同体を築くこととなる。

 そして今では、小鬼横丁といえばそれだけで通用するほどの知名度を持つまでになっている。


「ふぅむ、ふむふむ。小鬼横丁のモツ屋か、何か聞いたことあったような」 

「待って待って、イナイ、もしかしてアレじゃない……」


 そこで急に声を潜めるナイナ。


(チビの頃に脅かされたアレだよ。夜更かししてると、小鬼横丁からアレが来るぞって)

(うーん、あ、ああ! 人さらいの肉屋!)

(それそれ。かなーり、不味い臭いがしてきたけどどうする?)

(そりゃぁもちろん……、ここは探検するしかないだろ!)

(だと思ったよ。しゃーない、危ない時は――)

(尻尾を丸めて、即退散だな!)


 話し合いを終えた虎娘たちは、子供の中から二人選び出す。

 一人目はモツ屋の店主を見掛けたという小鬼の少年。

 もう一人は、治療院の場所を知っていた少女だ。


「よし、今から君たちをイナイナ探検隊の仮隊員に任命しよう!」

「たんけんたい? 何それ?」

「おもしろそう、ねぇどんな遊び?」

「うむ、今回の任務はとても重要なので、心して取り組んでほしい」

「成功報酬もちゃーんとあるよ」


 ナイナが飴玉の入った袋を振ると、新隊員たちは目を輝かせながら頷いた。


 子供たちに別れを告げたイナイとナイナは、その足で治療院へ向かった。

 勝手知ったる勝手口からこっそり中に入り、空いているベッドの一つに潜り込む。


 やや日が沈みかけた夕暮れ、鳴り響いてきた閉門の鐘の音にイビキをかいていた二人はパッチリと瞳を開いた。

 赤く染まる陽光を両目に爛々と映しながら、大きくアクビをする。


 無言のまま動き出した少女たちは、足音を消したまま小鬼横丁へと向かった。

 目的地は、怪しいモツ屋である。


 店構えが覗ける路地に辿り着くと、仮隊員の子供たちが座り込んで熱心に見張ってくれていた。

 そっと近付いたイナイが肩を叩くと、二人は心底驚いた顔で振り向く。


「ごくろうさん、首尾はどう?」

「えっと、二人入っていったけど、誰も出てきてません」

「小鬼?」

「一人はふつーの人だったよ。よっぱらってたけど」

「よし、よくやってくれたな。あとは俺たちに任せておきなさい」

「はい、隊長!」

「うん、また遊ぼうね、お姉ちゃん」


 飴玉を手渡して、少年と少女を帰らせる。

 姿が見えなくなるまで、二人は何度も振り返っては手を振っていた。


 その後、見張り始めて三時間。

 退屈のあまりイナイが壁をガリガリと擦り始めたころ、ようやく建物に変化が訪れた。


 引き戸の奥から出てきたのは、二人の小鬼だった。

 黒い布を巻いて、顔立ちを露骨に隠している。


 二人は周囲を軽く窺ったあと、大きめの袋を背負ったままどこかへ向かう。


「ふぅむ、肉屋だから当たり前だとは思うけど――」

「うん、少しばかり血の臭いがキツイね、あの袋」

「何を配達してんのかな?」

「ま、それは目的地についてのお楽しみだね」

「たぶんだけど、あんまり楽しめそうにないぞ」


 少しだけ顔をしかめたあと、丸い耳の少女たちは夜の街へ歩き出した。


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