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キノコとクラゲの奇妙な関係



 少し時間を潰しすぎたのか、角を曲がるとすでに人影がわだかまっているのが見えた。


「すみません、お待たせして」

「いや待ってねぇよ。こっちもさっき来たばっかだ」


 ソニッドさんは相変わらずの気安い口調で、僕らを迎えてくれた。 

 長い付き合いで分かってきたが、この人、実はかなりの気遣い上手だと思う。

 いや上手いというか、無意識に作ってしまう心の壁を回り込んでくるような感じかな。

 強引に超えてくるのではなく、隙間にスルッと入り込んでくるような。


「いやぁ、今日は大変だったわ。キノコ地雷がみっちり埋まった通路があってな。あやうく、胞子まみれになるとこだったぜ」

「大変でしたね。こっちは大鳥に絡まれてばかりでしたよ」


 キノコ地雷というのは、文字通り地面に埋まった歩行菌類ウォーキングファンガスのことを差す。

 完璧に土と同化してるので、普通に見ただけでは全く区別がつかない罠なのだ。


「ま、頑張ったおかげで、東の方はほぼ埋まったぜ。そっちもかなり進んだみたいだな」

「ええ、行き止まりが多くて、時間掛かってしまいましたけど」


 本当のことを言えば巻き戻しロードを駆使したので、とっくに僕らの担当区の地図は完成済みだった。

 けど流石に三倍近い速さでこっちだけ地図を仕上げるのは不自然だったので、大鳥を狩って時間潰しをしていたという訳だ。


「じゃあ地図の摺り合わせをするか。爺さん来てくれ」

「おーい、ミミ子。摺り合わせだって」

「はいはい、今行くぞ。おお、ナナシ殿。ほら見てくだされ」

「こんにちわ、ラドーンさん。あ、手袋、完成したんですね。おめでとうございます」

「ほんに有り難いことです。おかげで今日は大活躍できましたぞ」

「俺からも礼も言わせてくれ。正直、装備の力ってヤツを甘く見てたぜ。呪紋が二倍になるってことは、爺さんが二人いるってのと同じなんだな……。いや、ホント助かったよ。ありがとうな、坊主」

「どういたしまして。お役に立ったのなら幸いです」


 先日お渡しした暗影布だが、ちゃんと活用してくれているようだ。

 高価な品を担保もなしに渡すというのは、一見大きな損失のように思える。

 だがそれ以上に、優秀な人たちとの信頼と協力を得るほうが、遥かに難しく価値があると僕には思えたのだ。


 それにぶっちゃけると暗影布、結構余ってるんだよね。

 相場が崩れるので、そうそう一気に売りに出すわけにも行かないし。


「お待たせ~」

「…………こんにちわ」


 熊の御輿に担がれたミミ子と付添のモルムが到着したので、あとは四人に任せて僕はその場から離れる。

 ここの地下の地図は高低差があるので、見てて頭が痛くなるのだ。


「よう、後輩。調子はどう?」

「ボチボチですね、セルドナさん。でも大鳥には、かなり当たるようになりましたよ」

「お、もう慣れたのか、流石だな。俺はまだまだだよ。どうも弓返りがきつくて、連射の拍子が取りにくいんだよね」

「あの矢、結構しなりますからね。だから手の内を、幾分柔らかめにしてますよ」

「なるほど、固め過ぎないほうが良いのか」


 射手アーチャーである僕らの話題の中心は、七層から使いだした新しい矢の話だ。

 第一関門と第二関門の間に湧くミミズ。

 こいつが落とす鉱石から作られるのが泥鉄であり、それを使って作られるのが泥鉄の矢マッドスティールアローである。


 この鉄製の矢は軟鉄とはいえ、これまでとは比べ物にならないほど重くなる。

 だがその分、威力は呆れるほどに向上した。

 シャーちゃん以外通用しないと思っていたのが、ウソのようにモンスターどもを貫いてくれるようになったのだ。


 無論、これまでの木製の矢と比べて要求される筋力も倍増であるが、その点は金板ゴールドプレートともなればさほど気にならない。

 銀板シルバープレート辺りだと、弓をひくだけでも厳しいとは思うけどね。あと値段的にも。


「ところで、その……気になってたんですが……」

「お、やっと聞いてくれたな。あえて無視されているのかと思ったよ。どう? 似合ってる?」


 そう言いながらセルドナさんは、横を向いて兜をよく見せてくれた。

 セルドナさんの頭をスッポリを覆うソレは、曲線を描く嘴と獰猛な眼差しを持つ鷹そのものだった。

 ちょうど上嘴の部分がまびさしの役割を担っており、鋭く前に突き出してかなり格好良い。


「どうしたんですか? それ」

「俺もそろそろ一つ上の装備を身につけようと思ってな。これ灰鷹の兜って言うんだぜ」


 詳しく聞いてみると、灰鷹の兜は随分と良い装備だった。

 頭の上の鷹は飾りではなくキチンと役割があり、装備者の視力補正をしてくれるのだそうだ。

 特に動体視力を底上げしてくれるので、僕の天眼イーグルアイに近い恩恵を受けられるのだとか。

 その上、風の精霊による追い風で矢の威力も上がり、さらに一部の虫系モンスターを怯ませる効果まであるとか。

 

「良い装備ですね。見た目もすごく印象強いですし」

「だろう。うっかり鏡の前に立って、見惚れて動けなくなったくらいだぜ」


 ただお値段の方も、かなり張り込んだとのことだ。


「おかげでキノコの稼ぎが全部、飛んじまったぜ」


 ややこしいがこの場合のキノコとは、ここの歩行菌類ウォーキングファンガスが落とす勇み茸を指す。

 味は酷いが興奮剤としての効き目は折り紙付きなので、常用者が多くコンスタントに売れる商品として買取額があまり下がらないのだ。

 もっとも、浅層の宝箱からもっとも出やすいハズレアイテムとしての悪評も高いが。


「お、装備の話か。俺のも見てくれよ」


 僕たちに会話に割り込んできたのは、盾持ガードのドナッシさんだ。

 言われてみるとその肩に、目立つ丸みを持つ防具が装備されていた。

 さらに肘や膝も、同じような黒い丸みに覆われている。


「それってダンゴムシの殻です?」

「ああ、この殻はかなり硬いくせに曲がりやすいんで、関節部分の補強にピッタリなんだよ」

「部分鎧ですか。見た目も結構良いですね」


 あ、これは良いな。リンやニニさんにも似合いそうだ。


「いや、これ肩当てや肘当てはまだ良いんだが、胸当ての見た目は評判最悪だぜ」

「そうなんですが? 黒い曲線で格好良いと思うんですけどね」

「その丸みが二つ、横に並ぶんだわ……」

「……あー……。納得しました」


 それこそ、ウチの女性陣のためにあるような防具とも言えそうだが、セクハラになってしまいそうなので控えておこう。

 ちらりとリンやキッシェたちを見たら、サリーナ司祭と何やら話し込んでいた。

 漏れてくる会話から察するに、迷宮内での食事について、かなり突っ込んだ質問をされているようだ。


 そう言えば、食事で思い出した。


「あの、今度我が家でちょっとした宴会があるんですが、お二人ともいかがですか?」

「おお、それは楽しみだな。相伴に預かるぜ」

「俺も参加させて貰うよ。ところで何の集まりなんだ?」

「えーと、ウチのニニさんが小隊に加わった記念日です」


 本当はニニさんが我が家に押しかけてきた、ニニさん曰く嫁入り日一周年なんだが、それはややこしくなるので黙っていよう。


「ニニさんの知り合いのアーダさんの旦那さんがお肉屋さんで働いてまして、その伝手で美味しい牛をまるごと食べようって話になって……」

「えらい豪勢な話じゃねーか。それは何としても行かないとな」

「たぶん食べきれないと思うんで、良かったらお知り合いの方をお連れ下さっても」

「よしよし、任せとけ」

「俺、あんまりこっちに知り合いいないからなぁ……」

「おーい、坊主、ちょっと良いか」


 ソニッドさんに呼ばれたので、頭を下げて離れる。

 どうやら地図の方が一段落ついたようだ。


「どうでした?」

「駄目だ。下にも上にも抜け道がねぇな。谷を渡る方法がサッパリだぜ」

「やっぱりでしたか。となると、もう空中を渡っていくしか方法は残ってなさそうですね」

「うむ。俺もそれしかないと思う」

「いや冗談だったんですが。でもこの迷宮のことですから、それくらい意外な方法を隠しているとは思えますね」

「意外か……。実は今日、ちょっくら気にかかる出来事があってな」


 ソニッドさんが言うには、キノコ地雷の通路で不思議な現象を目撃したのだそうだ。

 最初うっかりキノコを踏んで、胞子が通路中に蔓延してしまったらしい。

 その通路は絶壁へ通じる行き止まりだったので、風に煽られて胞子が峡谷まで飛び散ってしまったのだとか。


 奇妙というのは、その後に起こった出来事だ。

 なんと風に舞うキノコの胞子に、一斉にクラゲどもが群がってきたのだと。


「固まって胞子を食ってる姿がな、ちょうど浮島のように見えてな」 

「まさか!」

「ああ、そのまさかだ。俺はあのクラゲどもを伝って、谷の向こうへ渡るのが正解なんじゃねぇかと」



   ▲▽▲▽▲



 翌日、七層の第三関門前の大断絶に通じる通路前に、僕たちは再び集まった。

 メンバーは昨日と全く一緒である。


「…………本当にやるんですね?」

「ああ、お前らをここの探求に引き込んだ以上、俺もそろそろ本気を見せないと話にならんしな」

「くれぐれも無茶だと思ったら、すぐに取りやめて下さいね」

「分かってる。危険察知なら任せとけ。伊達にこれまで生き残ってきてないぜ」


 そう言いながらソニッドさんは、風防眼鏡をつけ口の周りをスカーフで覆った。

 他の四人のメンバーも似たような格好をしている。


 ソニッドさんの作戦はこうだ。

 まず胞子の影響を出来るだけ受けない格好で、通路中のキノコ地雷を踏んで回る。

 通路から溢れた胞子にクラゲが群がってくるのを待って、それを踏み台にして向こう側に開いてる通路まで渡りきる。


 腰には頑丈な綱を巻いてあり、この縄を谷に渡すことで後続が安心して進めるようになると。

 縄には途中で危なくなったら、引っ張って通路に戻す安全紐の役割もある。


 ドナッシさんとセルドナさんは綱の引き手。

 ラドーンさんは全体に魔術をかけて援護。

 サリーナ司祭は、胞子の影響を浄化クリーンの秘跡で直す役割だ。


「では上の通路へ行ってきますね。頑張ってください」

「おう、俺の勇姿をしかと見届けてくれよ」


 僕らの役割は、この作戦の最大の障害になるであろう白羽岩鳥ホワイトロックの排除だ。

 上空から狙ってこられたら、クラゲの上では逃げ場がない。


 真上の通路に到達した僕たちは、下の通路に居るはずのソニッドさんたちへ手を振る。

 不可視の外套インビジブルマントを身に着けて、しばらく様子を窺っていたら、通路から白い胞子が溢れ出すのが見えた。


 ソニッドさんの言っていた通り、すぐにクラゲが集まってきたのか、ふよふよした白い塊が宙に次々と浮かび上がる。

 胞子を食べることで、色がついて見えるようになったのか。


 次の瞬間、通路から飛び出してきた影が、そのうちの一つに飛び付いた。

 どうなるかと心配していたが、クラゲの上は無事歩けるようだ。

 さらに次のクラゲに飛び移るソニッドさん。

 おお、凄いぞ。これなら普通に谷を渡れそうだ。


 む、真ん中あたりで、クラゲが途切れてしまったな。

 と思ったら、追加の胞子がまたも通路から吹き出した。

 それに惹かれるように、クラゲがどんどん増えていく。

 これはナイスフォローですよ。


 よし、僕たちも、そろそろ出番だな。

 

「大鳥、来ませんね。隊長殿」

「来ない方が、ありがたいけどな」


 会話を交わしたその時、リンの持つ赤龍の盾イグナイが不意に唸り声を上げた。

 同時に僕の腕に巻き付いていた、永劫なる蛇シャーちゃんもブルブルと震え出す。


 ――これは、何か来るぞ?!


 慌てて谷を覗き込む僕。

 その目に飛び込んできたのは、赤い火柱だった。

 って、下から?


 渦巻く火炎の柱は、谷底から真っ直ぐに上がって来ていた。

 直撃を食らったクラゲたちが、瞬く間に派手に燃え上がる。


 クラゲを焼き尽くした火柱が消えたか思ったら、耳を塞ぎたくなるおぞましい鳴き声が谷中に響き渡った。

 続いて大きな羽ばたきの音。



 底知れぬ昏き谷の底から姿を表したのは、全身を真紅の鱗に包んだ巨大な翼を持つ飛竜だった。



 唖然とする僕らの前で、飛竜は再び猛火を放つ。

 そして命綱ごと火だるまにされたソニッドさんは、燃え尽きながら谷底へと落ちていった。

  

 

虫殻装甲―全身鎧はなく部分補強の装甲のみ。通称は団子鎧。下位にあたる棘殻装甲、通称亀鎧も存在する

泥鉄の矢―鉄製のため一本大銅貨八枚。使い捨てにするのは中々に痛い

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