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大断絶



 七層第二関門前。 

 静かに睨み合う二組の小隊パーティをよそに、閉じられていた門扉が軋んだ音を立てて左右に開いた。


 先に動いたのは、世襲組の見廻り隊だった。

 そそくさと門の中へ滑り込み、リーダーらしき男性が骸骨の仕掛けがある柱に近寄る。

 そしてさり気なく肩をぶつけた振りで、そのうちの一つの口を閉じさせた。


 骸骨の口の開き方が地上部の仕掛けと食い違ったことで、開いたばかりの門が耳障りな音と共に閉まり始める。

 偶然を装って目立たないよう妨害する手段に感心しつつ、僕たちも閉まる前に急いで中に入る。


 露骨に仕掛けに触ると、他の小隊パーティの探求妨害行為として報告されて、活動停止処分になってしまうのだ。

 色々と大変だなと思って同情の眼差しを向けると、黙って目をそらされた。

 やはりあの人たちにも、色々と葛藤はあるようだ。


 気まずい雰囲気の中でしばらく待つと、扉の向こうから話し声が近付いてきた。

 地上部の仕掛けを動かしに行っていたソニッドさんたちが戻ってきたようだ。

 以前と比べると随分と早い。


「……失礼しますね」 


 頭を軽く下げて、閉じられたばかりの骸骨の口を元に戻す。

 見廻り組の人たちは何も言わぬまま、僕が仕掛けに触れるのを眺めているだけだった。


 扉がまたもゆっくりと音を立てて開き、そこにタイミングを合わせたかのように新たな小隊パーティが入ってくる。

 先頭の男性が軽く手を上げて、いつものざっくばらんな口調で話しかけてきた。


「おう、待たせたな、坊主」

「いえ、全然待ってませんよ。むしろ早すぎてビックリです」

「そうだろ、そうだろ。もうすっかり、ここには慣れたぜ。それに黒豹相手だと、気が楽で良いしな」

「それ、分かります。ホント、猿に比べたら、なんでも気楽ですよね」

「俺、最近じゃ蛇の気配も読めるようになったぜ」 

「それ凄いですね」


 僕らの会話が耳に入ったのか、少しだけ見廻り組の人たちが顔を見合わせてざわついた。

 そんな様子を気に留める素振りもなく、ソニッドさんたちは悠々とその横を通り過ぎていく。


 遅れまいと後に続いた僕の耳に、見廻り組の一人が呟いた声が飛び込んでくる。

 それはとても小さな声だったが、やけにしっかりと耳に残った。


「…………頑張れよ。期待してるぜ」 


 


   ▲▽▲▽▲



 本日の目標は七層の地下、第二関門を抜けた先の地図作りの続きである。


 協力体制を取ることになった元世襲組、いやまだハッキリと離脱はしていないので、半世襲組が正しいか。

 その半世襲組のニドウさんが言うには、地下の関門は三つで終わりなんだそうだ。


 ただ見廻り担当の下位門閥の家々は、第二関門以降の詳細についてはあまり深く知らされてないらしい。 

 当然、第三関門の位置や開け方も極秘とされている。


 なのでまずは、第三関門を探し出すことから始める必要がある。

 そのため各小隊で手分けして、地図作りを進めているのが現状だ。


 と言っても、ニドウさんたちはあまり大っぴらに動くわけには行かないので、主に僕ら一小隊とソニッドさんの小隊で探索している状態だが。

 その代わりミラディール家の方々には、同じ下位の門閥の家を説得に当って貰っている。


 第二関門以降のエリアに頻繁に出入りしているのがバレると、もっと露骨な妨害工作をされる可能性が高い。

 それを防ぐために見廻り組の人たちに、僕らの存在を世襲組の上位家に報告しないように働きかけてくれたのだ。


 もっとも、全ての下位の家が友好的なわけでもない。

 それで現在は一部の協力を取り付けた家が門番担当の日を選んで、こっそり探索させて貰っている感じになっている。

 あと、ミラディール家が担当の日も入り放題だ。


 正直、ここまで考慮して迷宮に潜らねばならない手間を考えると、腹が立つ以上にやる気が湧いてくる。

 うん、絶対に七層を攻略してみせるぞ。


 さて、今日のメンバーは盾役のリンと偵察役のキッシェ、あとは僕とモルム、それに地図作りには欠かせないミミ子である。

 そしてニニさんとサリーちゃん、メイハさんとイリージュさんの別小隊は第一地上部で宝箱探しを兼ねた経験値稼ぎ中だ。

 宝箱探しならモルムが向こうに行く方が正解なのだが、そうも行かない事情がある。


 この第三関門前のエリアは、やたら広い上に罠が多いのだ。

 罠外しのエキスパートであるモルムを外すと、頻繁に巻き戻ロードす羽目になるので、効率があまりよろしくない。

 滅多に出ない宝箱が運良く出た場合は、それこそ巻き戻してメンバーを入れ替えすれば良いだけだし。 

 

 そして肝心の第三関門区であるが、地図作りは思ったよりも捗っていない。

 主な理由としては、毎日入れない。  

 第一関門区と第二関門区を足した以上の大きさがあり、しかも随所に面倒な罠がある。

 等が挙げられるが、それらに足して、さらにもう二つほど厄介な点があった。


 その一つが――。 


「旦那様、この先の角に三体ですね」

「了解。頼むから、長い方でありますように」


 祈りながら弓を引き絞る僕の視界の中で、キッシェの水探ウォーターサーチの水滴が一点に集まり薄く引き伸ばされていく。

 それは瞬く間に、小さな水鏡ウォーターミラーへと姿を変えて、角の先の光景を映し出した。


 水面に映っているのは、通路を塞ぐ三体のモンスターの姿だ。

 笠状に突き出した大きな頭部。

 スラリと伸びる胴体には、腕は見当たらない。

 そして三方向に突き出した短い足。


 巨大なシメジそっくりなモンスターの名称は、歩行菌類ウォーキングファンガス

 名前と見た目が示す通り、歩き回るキノコである。


 このキノコどもが、ちょっとばかり面倒なのだ。


 僕の放った蛇の矢が突き当りの壁を蹴り飛ばし、急角度で角を曲がってキノコの一匹に突き刺さった。 

 焔舌フレイムタンの熱がシャーちゃんを通して、キノコを内側から一気にローストする。

 芳しい匂いを放ちながら、キノコは地面に倒れ込んだ。


 仲間が倒されたことに気付いた残りの二体が、角を曲がって僕らへ襲いかかってくる。

 だが待ち構えていたリンが、キノコが角から姿を現した瞬間、そのうちの一体にぶちかました。


 至近距離から打ち込まれた盾撃シールドバッシュに、キノコは一気に壁際まで押し込まれた。

 さらに壁と盾でキノコを挟んだ状態で、炎龍の盾イグナイが容赦なく熱を放つ。

 高温の圧力で焼けただれたキノコは、壁に押し付けられたまま動かなくなった。


 残り一体。

 キッシェの弓が唸り、水弾ウォーターバレットがキノコの足を狙う。

 だが威力が及ばず、吹き飛んだのは右前足一本だけであった。

 すかさず残りの二本の足を僕が狙う――四連射クワッドショット


 一本は仕留めたが、残り一本の足はギリギリで躱される。

 一本足となったキノコは、僕らの眼前で一瞬動きを止めた。


「チッ、来るぞ!」


 僕の叫びと同時にキノコは残った足をピンと伸ばし、その場でクルクルと回り始めた。

 そして回りながら傘の部分を奇妙に動かし始める。


 そのヘンテコな踊りを見た瞬間、僕の中に言い知れない疲労感が湧き上がってきた。

 同時に赤弓が持つ『不変コンスタンス』の効果で、その感覚が打ち消されていく。

 うう、この行ったり来たりする感じは、非常に気持ち悪いとしか言いようがない。


 しばらくすると踊り疲れたのか、キノコの回転が止まった。

 ホッと息を漏らしながら、矢を撃ち込んで止めを刺す。


 このキノコの不思議な動きは呪紋と似たような効果があり、見ただけで体力が失われてしまうのだ。

 見なきゃ良いとは思うのだが、つい目が引き寄せられる効果もあるようで何故か無視できない。

 

 だが『不変コンスタンス』や『明来ブライト』の真言で打ち消せるので、最終的に状態は元に戻るのだが、その打ち消されるタイムラグが妙に気持ち悪かったりする。

 ま、人数分揃えてて良かったよ、太陽虫の護符。


「みんな大丈夫か?」

「うう、まだ目眩がしますよ」

「なかなか、慣れませんね、旦那様」

「…………モルムはへっちゃらだよ。ミミちゃん起きて、長いキノコ三本だったよ」

「ガウガウ!」


 なぜかミミ子の代わりにお付きの熊っころが返事をして、御輿の上で寝ていた狐っ子を揺り起こす。


「ふぁあ~。おやつ……じゃないか~。長いキノコが三本ね、書いたよ~」


 うーん、この層に来てから、ミミ子のだらけっぷりに拍車が掛かっているような。

 だがミミ子には、キノコ相手の戦闘に参加出来ない事情があるし仕方ないか。

 

 実は疲れる踊りを披露してくる長い胴のキノコは、まだマシなのだ。

 もっと厄介なのが短い方、寸胴型のキノコの方である。


 胴が短いキノコは、この類にはお約束の攻撃手段、胞子をばら撒いてくるのだ。

 この胞子が持つ幻覚作用も問題だが、それよりも怖いのは、実は胞子が燃えやすいという点であった。


 派手に爆発とかはしないが、地下の通路はそれなりに狭い。

 一気に燃え上がると場所によっては、空気が非常に薄くなったりするのだ。 


 なので基本的に短いキノコとの戦闘は、火気厳禁となる。

 僕の赤弓は、焔舌フレイムタンの効果のある弦を使わなければ大丈夫。

 リンの龍盾も、火炎の息と熱線攻撃さえしなければ何とかなる。

 だがミミ子の狐火フォックスファイアは、そのまんまである。


 そういった訳で小隊の主力を火力に頼ってきた僕たちの地図作りは、少しばかりが難航しているのだった。

 おまけにもう一つ、苦戦の要因がある。


「隊長殿、駄目です。この先も進めません」

「ここも行き止まりだったか……」


 角を曲がった先に広がる風景――。

 地下の通路は、その先で唐突に終わっていた。

 代わりにあったのは、ポッカリと開いた深い淵だった。

 どう足掻いても、その先に進みようがない断絶。


 僕らの足を阻むもの。

 それは七層の地上部から底知れぬ深さまで続く、巨大な峡谷の存在だった。




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