方針会議
七層攻略を協力する話だが、実は未だに返事を保留中であった。
探求中での行動方針なら即断即決な僕であるが、長期にわたる物事を決めるとなると、かなり優柔不断だったりする。
これは巻き戻しの恩恵に慣れてしまって、逆に選択ミスをした場合のストレスが大きいせいだと思う。
やり直しが効かない分、ついついアレコレ考えて過ぎて決断が鈍るのだ。
ただ、今回の場合は悩んだ末での保留ではない。
あえての引き伸ばしである。
「それで、どんな感じになってますか?」
「例の大市場の複合商業施設の件ですが、予想通りミラディール家は弾かれましたね」
いつもの極上の笑みと共にリリさんがサラリと報告してくれたのは、世襲組の世知辛い様相だった。
一年ほど前から迷宮都市のど真ん中、目抜き通りの大市場に、様々な店舗を詰め込んだ巨大な建築物を作る話が持ち上がっていたらしい。
計画の発案は世襲組、門閥上位の方々たちで、職人組合への根回しや市参事会の許可はすでにクリアしており、あとは資金調達のための出資を募る段階まで進んでいた。
当然、美味い儲け話は身内からということで、下位の世襲組にも優先で投資権利が回ってくるはずだったが、ニドウさんの家だけはそこから外されてしまったというのだ。
理由は明白で、先日の七層第二関門より先へ進もうとした件である。
ミラディール家は知り合いの小隊を手伝ったにすぎないと主張したが、七層の規律を乱した罰として今回の処置となったようだ。
うん、酷い言いがかりもあったものだ。
「世襲組から追い出されたりは、ないんですか?」
「それは他の下位の家の口添えもあったので、大丈夫だったみたいです」
原因の一部に加担しただけに、ちょっとホッとする。
「それでも世襲組の合同催事に呼ばれる回数は、かなり減ってるようですよ」
「露骨な嫌がらせですね」
「あとは他の下位家の方々から、結構な数の同情的な声が上がってましたね」
流石は受付嬢ネットワーク、かなり踏み込んだ部分まで余裕で把握してらっしゃる。
僕の尊敬の眼差しに気づいたリリさんは、金色の巻き毛を揺らして控えめに口角を持ち上げた。
「そういえばソニッド様の小隊ですが、今は六層での蜘蛛狩りをメインにお金稼ぎに勤しんでおられますね」
「こないだロビーで会ったら、しばらくは装備資金稼ぎだって愚痴ってましたよ。サリーナ司祭も同行してるのかな」
「ええ、あの子、治療室の専属をキッパリ辞めて後任の子にちゃんと託したみたい。おかげでうちの治療院の主力が二人も居なくなって、今月はてんてこ舞いよ」
そう言いながらも、メイハさんの頬は少しばかり緩んで見えた。
後輩が探求者として頼ってくれて、内心は嬉しいんだろうな。
「ホント勉強熱心な子だから、色々訊かれて困ったわ。でも、相当に覚悟は決めたようね」
「となるとソニッドさんとこは、戦力的に安定してきたかな。ニドウさんの家も、これでかなり追い詰められてきたはず。そろそろいかがでしょうか?」
テーブルの一番奥に座って黒幕よろしく両手の指を組んでその上に顎を乗せていたサラサさんが、僕の問いかけに眼鏡をキランと光らせる。
「……機は熟したようやね」
「じゃあ、近いうちに返事します?」
「そやねぇ。もうちょっと焦らしたほうが面白い気もするんやけど、潮時逃して大損かぶるのは勘弁やしね」
実は一月前にソニッドさんたちに、これからどうするかと問われた僕だが、その時の返答通り持ち帰って検討してもらったのだ。
主にアドバイザーであるサラサさんとリリさん、あと年上の経験豊富なメイハさんとニニさんも含めて。
その時の方針会議で出た意見の大半は、今すぐに返事をすべきではないという結論だった。
七層攻略自体は良いが、情報と準備不足のまま強引に進むのは良しとしないと。
それと別にサラサさん曰く、「ナナシ君、ちょっと便利に使われすぎてへん?」と。
確かにそう言われると、そんな気にもなってくる。
ただニドウさんはどうか分からないが、ソニッドさんは純粋に僕を頼りにしてくれているだけだと思う。
期待されるのは嬉しいし、応えたくなる気持ちも分かって欲しい。
「男同士の熱い絆は損得とは別物ですよ、サラサさん」
「そりゃ友情は大事やけど、限度ってのがあるやん。命が懸かってる時は、まず自分の仲間を優先させんと」
「それもそうですけど、信頼っていうのは天秤にかけたりするものじゃ――」
「じゃ聞くけど、このまま協力して七層を踏破できると思うん? 当然、女の子たち全員を引き連れての話で」
「…………それは厳しいです」
「うちはね、信頼っていうのは、互いに身を尽くしてこそやと思ってるんよ。でも今回の話は言い方悪いけど、ナナシ君を危険回避に利用してるだけやとしか」
確かに僕が居れば安全が高まるのは間違いない。
そこら辺をソニッドさんやニドウさんが薄々感づいているからこその、今回の合同探索になった可能性は高い。
まあ要するに巻き戻しが出来ること自体はバレてないが、それに近い特殊能力持ちだとはバレているんだろうな。
「別に有能な人を頼ったり、期待するのは悪いとは言わへん。ただね……」
珍しく真剣な目をした年上の女性は、僕に視線を定めたまま言葉を続ける。
「与えるばっかりってのは、結局、自分も周りも駄目にして長続きせえへんよ」
う、耳が痛い。
やっぱり一番良い距離感ってのは、ギブアンドテイクが程よくあるべきなのか。
皆から集めた情報で宝箱の出現を予測する迷宮予報士を長く務めてきた人の言葉だけに、説得力がありすぎる。
「そうですね。じゃあ今回は残念ですが早過ぎると思ってお断りしておきます」
「何いってんの。こんな絶好の機会は滅多にあらへんよ!」
ええええ。
「ま、ここはうちに任せておきなさい」
サラサさんの見立てでは、力不足を補えば七層を突破するポテンシャル自体は十分にあるとのことらしい。
それに加えて、世襲組の内部からの協力が得られれば、勝機は確実だとも。
で、そのためにも他の小隊にもっと本気になってもらう必要があるとも。
「まずは参加者全員に、ある程度の覚悟を見せてもらわんとね」
そういったわけで、話は今回の保留作戦へ繋がってくる。
僕が返事を引き伸ばしている間、ミラディール家はかなり後のない場所へ立たされる結果となった。
ここから盛り返すつもりなら、全力で今回の七層踏破に乗ってくるしかない。
ソニッドさんの方もメンバー五人が確定し装備も新調予定なので、戦力的に申し分ないパートナーだと言える。
そして僕たちも、この一月でそれなりに力を付けることは出来た。
このまま順調に行けば、ゴールはもうそこまで見えてきた気がしないでもない。
「じゃあ改めて、僕の方からニドウさんやソニッドさんに声を掛けてみますね」
「主殿、水を差すようですまないが、あの松ぼっくりに耐えられるのは今は精々二度が限界だ。それを踏まえておいてくれ」
「分かりました。でもアレを二度もしのげる時点で、十分凄すぎますよ」
禁じ手を使ったドナッシさんでさえ、一度受けきっただけでボロボロになっていたのに。
「私も禁じ手を使えば、三度目も何とかなると思うぞ」
「それは駄目よ、ニニさん!」
間髪入れず上がったメイハさんの制止の声に、ニニさんは黙って頷いてみせる。
「ドナッシさんに頑張ってもらって、合計で三回まで平気なら、それでもう攻略の目途は立つと思います」
「そうだと良いがな。まあ、まだ時間はあるようだし、それまで精進させてもらうよ」
「はい、確実に行けると判断できるまでは、ゴーサインを出す気はありませんから安心して下さい」
そう、今回は焦らず余裕を持って行く方針だしね。
と取り繕いつつも、僕の中にある苛立ちに近い感情がじわりと熱を帯びる。
その感情はあの巨大な樹を見た瞬間から、ずっと僕の腹の底で熾火のようにブスブスと煙を吹き上げていた。
ここまで念入りに準備を整えるのなら、もういっそアイツを――。
いやいや、ここはグッと我慢しておこう。
でも、もし僕にもっと強い弓があれば……。
「あ! 良い弓を譲ってくれる話が来たってリンから聞きましたけど」
この間、炎龍の盾を譲ってくれた曲者魔術士のダプタさんが、今度は弓の取引を持ち掛けてきたとかどうとか。
「――それなんやけどね」
大仰にため息を吐いてみせるサラサさん。
憂い顔も美人だなと思いつつ、期待を裏切られそうな予感に備える。
「色々と面倒なことが浮かんできてん」
「なにが問題なんですか?」
「その弓の名前やけど、"盈月"って言うんよ」
「どこかで聞いたような………………まさか、師匠の?!」
サラサさんの説明によると、事の発端はやはりあの訳あり臭の酷かった竜の盾らしい。
前の持ち主の名はガルンガルド。
ロウン師匠の元探求仲間であり、実は僕も年始の挨拶回りで紹介されてたりする。
あの時も只者じゃない雰囲気を纏っていたが、やはり覚醒者だったか。
「最初の問題は炎腕ガルンガルドが、愛用の盾を手放した理由やね」
「うーん、お金に困っていたとか?」
「うん、当たり。どうも急いでお金を集める必要があったらしいんよ。最初は盾を担保に借り入れようとしてたんやけど、額が大きすぎて時間がかかるってことで断った記録が残ってたわ」
「急いで大金が必要だった……。新しい良い盾が出回ったとかですかね」
「まさか。あれ以上の盾が売りに出てたら、真っ先にこっちの耳に入ってくるし。ナナシ君、あの取引の時、金貨払いにしたの覚えてる?」
「ええ、何回も巻き戻して、条件を確認しましたから」
「この迷宮都市内だと、高額取引は基本、ギルド紙幣が当たり前なんよ。そうじゃない相手ということは――」
迷宮都市の外というわけか。
「で、外街の噂を集めてみたら、胡散臭い話に辿り着いたんよ」
サラサさんが聞いた話によると、今、外街で怪しげな治癒術が出回っているらしい。
何でも患部を全て除去してから、その部分を完璧に再生する秘跡を施してくれるのだとか。
あの黒腐りの病さえも治せると評判になっているのだが、そのせいでお布施が跳ね上がって大変な額になってしまっているとも。
「それって本当ですか?」
僕の視線に気付いたメイハさんが、静かに首を横に振った。
「私も患者の方に聞いてみたのだけど、どうも噂が一人歩きしてるみたいでハッキリしないのよ」
「もし事実だとしたら、師匠が飛びつきそうな……」
僕の中で情報の糸が交差して、瞬時に繋がっていく。
「もしかしてガルンガルドさんが盾を売り払ったのと、師匠の弓が売りに出されているのは全く同じ理由……」
「次の問題はそれやね。どうも炎腕ガルンガルドが先走って動いたのを、弓聖ロウンが食い止めようとした結果が今回の商談っぽいねん」
「それは困りましたね」
師匠の弓には大変惹かれるが、事情を知ってしまった今だと流石に買い取りますと言い出しにくい。
本来なら炎龍の盾も元の持ち主に返すべきだと思うが、それをするとリンの大泣きする顔がちらついてしまう。
「どう動こうにも、後を引きそうな話になってきましたね」
「ほんまやわ。この件に関しては、もうちょっと詳しい調査結果が出るまで、慌てて進めんとってな」
うーん、新しい弓を手に入れるのは、もうしばらく先になりそうかな。
▲▽▲▽▲
「…………慌てて進めんとってな」
階下の部屋の会話内容を風の精霊で全て聞き取ってみせた女性は、主が席を立つ音を確認し終えてから風陣を解いた。
「お話は以上のようです、サリドール様」
「うむ、ご苦労じゃったのう、イリージュ」
メイド服姿の女性はねぎらいの言葉に踵を引いて膝を軽く曲げてみせた後、慣れた手つきでカップにお湯を注ぐ。
そもそもこの会合の名目は、おやつ研究会である。
おやつを論ずるなら、まずお茶で舌を湿らせねば話にならない。
「で、ミミはどう思うのじゃ?」
ベッドに寝そべる参謀に、黒いドレス姿の少女が尋ねる。
意見を訊かれた獣耳の少女は、四本の尻尾をパタパタと動かしながら気怠そうに口を開いた。
「う~ん、臭うね。陰謀の臭いがするよ~」
「今回はどの辺りから臭っておる?」
「盾の取引から、もう怪しいね~。普通に考えて金板上がりたての探求者を、金貨数百枚の取引相手に選ばないよ~」
「なるほど、あやつが金を持っとると教えた輩がいるということじゃな。あの小太りの魔術士、一目見たときから胡乱な奴じゃと思うておったが、さらに後ろから糸を引いとるのがおるようじゃのう」
褐色の肌の美女が差し出す香茶のカップを受け取りながら、美少女は人形じみた顔をしかめて言葉を続ける。
「あやつはちょっと人を軽々しく信用しすぎじゃ」
「最近は丸くなったからね~、ゴー様。前はもっと殺伐としてたよ~」
「おなごばっかり、周りに侍らせておるからじゃ!」
「母性は強いよ~」
そう言いながら狐娘と不死娘は、刻んだナッツをまぶした揚げ輪菓子の皿を差し出す黒長耳族のメイドの胸元を見つめる。
「……大きければ良いと云うものでもあるまい」
「小さいのも結構好きだよ、ゴー様」
「それはそれで節操がないのう。さて、問題の噂じゃが――イナイ、ナイナ」
呼ばれた二人の少女は、お菓子を大きく頬張ったまま立ち上がる。
「ふぁいふぁ!」
「ふぉいふぉ!」
「外街はお主たちの地元じゃ。期待しておるぞ」
その言葉に顔を見合わせた双子は、大きく頷くと一息に口の中のドーナッツを飲み込む。
「外に遊びに行って良いの?」
「うむ、危ないところは避けるのじゃぞ」
「うん、分かった! イナイナ隊にお任せあれ!」