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ミミ散歩 前編


 

 迷宮探索がお休みの紫曜日の夕方は、ミミ子とお出かけ予定となっている。

 お出かけと言っても気合の入ったお洒落な服でデートコース巡りとかではなく、ぶらっと街中を歩き回る程度であるが。


 真っ白お肌のミミ子は、日差しが強くなる時期になると途端に出不精になってしまう。

 元よりぐ~たらで怠け者な性格もあるが、どうも日焼けが下手くそで肌が真っ赤になるのが嫌らしい。

 仕方がないとは思うが、一日中ソファーで尻尾に包まる姿は少しばかり不健康そうで心配になる。

 なので陽が落ちてから、ちょいちょい外に連れ出してみたのが始まりだ。


 最初は我が家の愛犬ピータの散歩を兼ねて、ご近所を軽く一回りで終わりだった。

 運動不足を解消するなら、このくらいで良いだろうと。


 そのうち物足りなくなった僕が、もう少し遠出しようと提案した。

 ミミ子は嫌がったが、ピータは尻尾を振って賛成してくれた。


 疲れたら帰りはピータの背中に乗って良い条件で、やや遠くまで歩くようになった。

 お腹が減ったとごねられたので、屋台で串焼きを買って食べさせた。

 

 いつしかそれが当たり前になって、気がつくとお目当てにすり替わっていた。

 胴輪をつけたピータに引っ張られて適当に街中を散策し、見かけた軽食屋や屋台で食事を楽しむ。

 大当たりや外れの店があるのが面白く、紫曜日の夕御飯はこれで済ませるようになった。

 

 しばらくすると、サリーちゃんが加わった。

 次に噂を聞きつけたちびっ子たちが、可愛くおねだりしてきたので同行を許可した。

 かくして七人と一匹の、お散歩食べ歩き小隊の結成となった。


「今日はどこへ行くのじゃ?」

「うーん、何か食べたいものある?」


 僕の問い掛けに、双子が全く同時に手を上げた。


「肉が良い! ガッツリ食えるの!」

「甘くて酸っぱいの!」


 見事に食い違っていた。

 双子の虎娘のイナイとナイナは、見た目はそっくりだが嗜好と性格は正反対だ。


 姉のイナイは活発な元気っ子で、お肉を見ると無条件でかぶりつくタイプ。

 対して妹のナイナは慎重な悪戯っ子で、甘いものをこっそり食べたがる感じかな。

 今日の二人は髪の模様に合わせた黒白横縞の上衣に、ショートパンツと活発そうな格好をしている。


「コネットちゃんは希望あるかい?」

「えっと、美味しい物を……たくさん」


 巻き角に尖り耳、獣眼と複雑な見た目に反して、コネットちゃんの注文はシンプルでストレートだ。

 もっともその外見を目立たなくするために、今日の格好は黒いパーカーにサイハイソックスとやや暑苦しくなってしまっているが。


「マリはねぇ、えっとね。うんとねぇ、なんだろう?」


 ピンクの細いリボンで二つ結びした金髪をふわふわさせていた幼女は、僕に向かっていきなり万歳してみせた。

 脇の下に手を入れてだっこしたマリちゃんを、高く持ち上げてからピータの背中へ着地させる。

 考えごとをあっという間に忘れ去った少女は、胴輪を掴みながら笑い声を上げた。


「で、どこに行くか決まったか?」

「う~ん、この時間帯でも結構暑いねぇ~」


 背中が大胆に開いた白いワンピースにつば広の白い帽子と、涼しげな格好のミミ子は的外れな答えを返してくる。

 僕の視線を気にする素振りもなく、さらにふぁぁと口を開いて可愛いアクビを見せ付けてきた。


「すぐに目的地を決めたがるのは、探求者シーカーの職業病だよ~、ゴー様」

「決まってないと、何か落ち着かないんだよ」

「散歩だから適当で良いよ~、適当で」


 ミミ子は足元に落ちていた小枝を拾い上げて、ひょいっと宙へ投げる。

 なるほど、今日はこれで行き先を決めるのか。


 投げられた小枝は地面に落ちる前に、ピータがぱくっと咥えてしまった。

 誇らしげに顔を上げ、盛んに尻尾を左右に振っている。

 

 小枝を僕に渡してきたので、今度は少し遠くに投げてやった。

 背中のマリちゃんを落とさないギリギリの速度でピータが走り出す。

 真っ白な毛並みにしがみ付いて、羽耳族ハーピーの少女ははしゃいだ声を上げた。


 華麗に枝をキャッチしたピータは、弾むように僕の元へ戻ってくる。

 今日は枝を投げながら、進むことにした。


 嬉しそうに何度も往復するピータと、その度に犬の背中をペタペタと撫でて喜ぶマリちゃん。

 手を繋いだまま僕の横をゆっくりと歩くミミ子。

 反対側でミミ子と手と繋いで、歩調を合わせるコネットちゃん。


 イナイとナイナは、サリーちゃんと、何のお肉が一番美味しいかを熱心に討論している。

 牛肉派はイナイとサリーちゃんで、魚派のナイナがやや不利のようだ。

   

「やはり牛の腰肉を賽の目に切って、さっと炙って串に刺したやつじゃのう。味付けはもちろん、塩のみじゃ!」

「カリカリに焼いた薄っぺらい肉を、パンに挟んだやつ! 小鬼のたれゴブリンソース付きなら言うことないな」

「この時期なら苔魚の塩焼き一択だよ。身がホロッと取れて凄く美味しいし、香りも最高だし」


 そんな感じであてもなく歩いていると、川沿いの道に辿り着いた。

 涼しげな風が川面を揺らし、僕らの周りをすり抜ける。


 タイミング悪く投げた小枝が、その風に捕まって川へ落ちてしまった。

 流れていく木の枝を、ピータとマリちゃんが悲しそうな顔で見送る。

 

「落ちた―」

「落ちちゃったよ、兄ちゃん」

「落ちたのじゃ」

「落としたねぇ~」


 連続小枝キャッチ記録が途絶えた非難を一身に受けた僕は、打開策がないかと辺りを見回す。

 お、良い物があった。


「みんな、こっちへおいで」


 堤防横の階段を下りた先は、小さな船着き場になっていた。

 暇そうにしていた船頭のお爺さんへ声を掛ける。


「犬も一緒ですが良いですか?」

「へぇ、どうぞ。大歓迎ですよ」

「えっ、船乗って良いの?!」

「やった! 俺、一番前で良い?」


 迷宮都市の南北を横切るこの川は、観光客向けに小舟の遊覧コースがある。

 一人銀貨一枚と割高な料金設定のため、タクシー代わりにひょいひょい使う人はほとんど居ないが、移動目的でも実はかなり便利な手段なのだ。

 

「どこまで行きましょう?」

「そうですね、前を流れるあの小枝を追ってくれますか?」

「へぇ……分かりました。あの枝ですね」

 

 僕の首から下がる金色の探求者認識票をチラリと見た船頭さんは、それ以上何も問わず船を出してくれた。

 少し散歩の趣旨から外れるが、たまにはこんな贅沢も良いだろう。


 時刻はちょうど陽が落ちたのか、辺りの景色が薄闇へぼやけていく。

 ふわりと柔らかい光が、川岸の街灯から溢れ出した。


 申し合わせたように、僕らが進む先で次々と灯りが順番に点り始めた。 

 子供たちが皆、驚きの声を上げて船縁を叩く。

 瞬く間に川は、光に照らされた道となった。


 あの街灯に入ってるのはかなり大きめの発光石で、普通の街だとまずあり得ない光景だ。 

 一応、登れないようにツルツルの高い柱となっているが、たまに盗られるんじゃないかと心配になる。


 水面を駆け抜ける風が、肌をくすぐり心地良い。

 いつもと違う速度で流れていく景色も、なんだかとても新鮮だ。


「初めて乗ったけど結構、楽しいな。舟」


 僕の胸にもたれ掛るミミ子に話しかけると、目をとろんとしたまま頷いてくる。

 ああ、この揺れが眠気を最高に誘うんだな。


 油断している狐っ子の頬っぺたをムニムニしてると、僕の背中にしがみついていたサリーちゃんも手を伸ばして参加してくる。

 サリーちゃんは水が一杯あり、なおかつそこに落ちそうな場所は苦手なんだそうだ。

 蘇った時の記憶が関係してるのだとか。


「ミ、ミミのほっぺは落ち着くのじゃ」

「癒し効果あるよね」

「やめろ~」


 三人でイチャイチャしてたら、船首の方で歓声が上がった。

  

「兄ちゃん、ほら取れたぞ」


 無事、小枝に追いつけたようだ。

 枝を掴んで振り回すイナイの手の動きに、ピータが立ち上がろうとして船底が揺れる。


「お、遊んでほしいのか? よし、いくぞー」

「待って待って、ここじゃまずいって、イナイ」

「阿呆か、この虎娘は!」

 

 船頭さんに謝って岸へ付けて貰う。

 チップを兼ねて、少し多めに賃金を渡すとニッコリされた。

 帰りもこの舟にお願いしようかな。


「で、ここはどこだ?」

「あそこに見える屋根、闘技場じゃないかな? 兄ちゃん」


 目端が利くナイナが、素早く教えてくれる。


「かなり下の方まで来ちゃったんだな。それじゃ、闘技場周りの屋台でも回ってみるか」

「よしきた。任せろ、兄ちゃん」

 

 イナイが小枝を力強く前方へ投げる。

 ピータが走り出し、その後を子供たちが元気よく追いかける。


「おーい、転ぶなよー」

「……のう、もう手を放してくれても大丈夫じゃぞ」

「すぐそこだし、このままで良いんじゃない」

「まぁ、お主がそれで良いなら、我もべつに構わんのじゃ」


 ミミ子とサリーちゃんの両手に花状態で、僕らは闘技場のある大広場へ足を踏み入れた。

 日が暮れたばかりというか、この時間帯から大広場は様相を変えていく。


 目抜き通りの大市場が一斉に店仕舞いを始め、代わりに酒旗通りや花街通りが色めき始める。

 まさに昼の顔と夜の顔が入れ替わる不思議な一時である。


 迷宮組合ラビリンスギルドから吐き出された探求者シーカーの群れが、それぞれ今日の成果を手に進む道を選んでいく。

 大儲けをした連中は、呼び込みの嬌声が溢れる花街へ。

 それなりの成功をおさめた小隊パーティは、立ち並ぶ酒場選びへ繰り出す。

 そしてそこそこの稼ぎだった者は、屋台で晩飯を仕入れて帰途につくと。


 かき入れ時のせいか、屋台主のおっちゃんおばちゃんの大声が広場中に響いてくる。


「おーら、焼き立てだ。さっさと買いな!」

「今日の貝はいつもよりも生きが良いぜ。ほら、アンタもどうだい?」

「揚げ立て、揚げ立て、美味いよ、揚げ立て!」

「おーい、待て待て! 一回集まれ!」

 

 呼び声に誘われて、バラバラに駆け出したちびっ子どもを慌てて呼び止める。

 こいつらって、物凄く誘拐しやすいんじゃ。


「に、兄ちゃん、はやく何か食わしてくれ!」

「おなか空いたー」

「はいはい、分かった分かった」


 無言で手前の屋台を指差すコネットちゃん。

 真剣な眼差しも可愛いなと思いつつ、早速購入してみる。 


 そこで売っていたのは焼き豆だった。

 手の平の長さほどもある豆を、莢ごと網に乗せて焼いているのだ。


 豆から出た汁が、固い莢の中でぐつぐつ煮えて堪らない匂いを放っている。

 味付けは塩だけだが、豆の甘さがほどよく引き立って実に美味い。

 

 豆をもぐもぐしながら、いい匂いがする隣の屋台を覗く。

 タレを塗られた様々な串焼きが、炭火でじわじわと炙られていた。

 

「すみません、鶏団子のを三つ、その牛角肉を三つ、苔魚は? ない? じゃあ白鯰のかば焼きを二つで。あ、牛は一つ塩抜きでお願いします」


 豆と牛肉をフウフウと冷ましてから、ピータヘ食べさせてやる。

 鶏団子を気に入ったマリちゃんが、真っ白なお姫様風ワンピースをベトベトに汚しながら口いっぱい頬張っている。

 帰ったら、イボリーさんにびっくりされるだろうな。


「兄ちゃん、ノド乾いた」

「はいはい、って酒精入りばっかりだな」

 

 仕方がないので、葛椰子入りの冷やしスープを注文する。

 葛椰子の透明な身を麺状に細く切ったのが入っており、甘みがあるスープでつるつるとすすり込める。


 急いで飲んだせいか、イナイが激しくむせ返った。


「ほらほら、慌てるな。お、卓が出てるな。あそこでちょっと休もう」


 お椀を返して、細長いテーブルが並ぶ一角に子供たちを座らせる。

 隣の卓で酒盛りをしていた一団にじろりと睨まれるが、足元のピータに気付くと即座に目を逸らしてくれた。


「注文良いですか?」

「はーい、どうぞ」

「巻揚げ三つと、蒸し丸芋を二人前、あと焼きソーセージも二本お願いします。それと麦酒エール三杯とお水も貰えますか」


 薄く伸ばした生地でエビと玉ねぎと香草を包んで軽く揚げたパンは、サクサクの食感であったがやや具の味が濃い。

 蒸し芋も上に乗ったチーズの癖が強めなようで、子供たちも顔をしかめていた。

 ああ、酒のつまみに合わせた味付けだったが。これは失敗だったか。


 だがサリーちゃんとミミ子には、それなりに好評だったようだ。

 二人で仲良く乾杯しながら、ソーセージと付け合わせの酢漬けキャベツを美味そうに食べている。

 さては歩き回ってお腹が空いたんだな。


「兄ちゃん、兄ちゃん、あそこ凄えぞ!」

「すごいー、すごい?」

 

 イナイが指差した先にあったのは、大きな肉がグルグルと回っている屋台であった。

 分厚い肉の塊から突き出した骨の両端が、赤々と燃え上がる台の左右から突き出た棒に乗っかっているのが見える。

 その骨を回すことで、肉全体にまんべんなく火が通る仕組みのようだ。


 滴り落ちる肉汁が火に炙られて、胃袋をこれでもかと刺激する匂いを周囲に振り撒いている。


「あれ、絶対美味いやつだよ! 買ってよ~、ねぇ兄ちゃん」

「かってー」

「よしよし、ちょっと待ってろ」


 こっそりと僕の麦酒エールをすすろうとしていたナイナにデコピンしてから、立ち上がって屋台へ近づく。

 なぜかコネットちゃんが、ぴったりと僕にくっついて来た。

 この子には、天性の狩人レンジャーの素質を感じるな。

  

「おやっさん、これどうやって食べるの?」

「おう、いらっしゃい。これはこうやって食うんだよ」


 肉切り包丁を取り出した店主は、焼きあがった肉の表面を薄く削り取って麦餅に乗せるとくるりと巻いてみせた。

 

「美味そうですね。七つ貰えますか」

「おう、よく食べるな、兄ちゃん」

「あ、あとその骨も、良かったら売って下さい」


 食べ終えたらしい太い骨が籠に突っ込んであったので、ピータのためにお願いする。


「おう、こっちはおまけで付けてやるぜ。えっと七つだから……」

「銅貨21枚」

「お、嬢ちゃん、頭良いな。おまけで20枚にしてやるよ」

「ありがとうございます」


 得意げに僕を見上げたコネットちゃんは、ニシシと笑ってみせた。


 


小鬼のタレゴブリンソース―魚醤ベースの甘辛いソース。醤油に似てると言われたら微妙に似てなくもない


長すぎたので、中途半端ですが一旦切らせて頂きます。

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