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猫の心意気



 今からちょうど二十年前の出来事。

 

 その騒動は、七層奥地の熊村に滞在していた虹色級カラーズの一小隊パーティのとある行為が事の発端とされる。

 行為の切っ掛けは何であったのかは、未だに明らかとされていない。

 手に入れたばかりの神遺物レガシーの威力を試してみたかったせいだとか、その年の熊村産白蜜酒が過去最高の出来栄えだったため飲み過ぎて悪酔いしたなど、諸説は入り交じる。


 理由は不明ではあるが、彼らが何をしたかは明白だ。

 皆が寝静まっていた夜半、小隊の探求者シーカー二名が突如、村周辺の迷宮生物モンスターを駆逐し始めた。


 あらゆる獲物を焼き尽くす決して消えない火は、密林を赤々と照らし上げた。

 触れた対象を消し去る矢は、狂気に満ちた光で天を満たした。

 そして天井の発光石が夜明けを告げる頃、熊村周辺の樹人ツリーフォークは一本残らず刈り尽されてしまっていた。


 当時、再生能力が飛び抜けている樹人ツリーフォークを、わざわざ狩りの対象にする探求者シーカーは皆無であった。

 それゆえ樹人ツリーフォークを殲滅した結果、何が起こるかを知る者もまた皆無であった。 


 三日後、再召喚リポップした樹人ツリーフォークの中に、一際大きい個体が混じっているのが発見される。

 当初はただの上位種だと判断されたのだが、その認定は瞬く間に覆る。


 巨大な松ぼっくり弾の爆撃により金板ゴールドプレート級の二小隊が壊滅した報告を受け、迷宮組合ラビリンスギルドは直ちに七層へ向かう全ての探求者シーカーへ布告を行った。



 ――新たに現れた大型樹人に、固有名を与えると。



 その瞬間から、巨大な樹人ツリーフォーク名前付きネームドの上位種、"古樹要塞オールドフォートレス"と呼称されることとなった。

 これが七層断絶騒動の始まりである。


 騒動以前の七層は迷宮組合ラビリンスギルドにおいて、依頼達成クエストクリアー型の層という位置付けであった。

 数々の強力なモンスターを打ち倒し、困難な仕掛けや罠を乗り越え、最終目的地に到達することで多大な見返りがもたらされる。


 もっとも苦労して得た報酬は、熊村との交易権という一見良く判らない代物であったが。

 だがその意味合いを理解するにつれて、依頼達成者は自らが獲得した物がいかに大きいかを実感する。


 緑熊たちが交易として差し出す品の代表は、樹人ツリーフォークの優良な木材だ。

 迷宮で消費される全ての矢に使われる為、その需要は決して衰えることがない。


 さらに人気の高い白蜜の原液や、引く手あまたの各種鉱石や毛皮の素材等々。

 対してこちらが持ち寄るのは、肉類や小麦粉などの食糧や布地などの安い日用品ばかりである。


 しかも交換は、七層に下りてすぐの安全な場所で簡単に済んでしまう。

 この容易かつ利幅の大きい交易を繰り返すことで、一世代前の依頼達成者たちは多くの富を積み上げる。

 現在、流布している金板ゴールドプレート持ちが楽に稼げるという噂も、この当時の様子が元となっているようだ。


 そして当然であるが、古樹要塞オールドフォートレスが現れたことによって七層の事情は激変する。

 新たに熊村へ辿り着ける探求者シーカーたちが、ほぼ現れなくなったのだ。

 その事実は、依頼達成者を多く抱えていた世襲組の交易独占化に拍車を掛けた。


 迷宮組合側はその流れを良しとせず、交易品の買取量を制限して対抗しようとしたが、市場の圧力に膝を屈する形で交渉は失敗に終わる。

 長い年月に渡り大商人や職人組合の重鎮と血縁関係を築き上げてきた世襲組の駆け引きが、数枚上手であったと言える結末であった。


 こうして無事に七層の富を専有することに成功した世襲組であるが、そうそう全てが上手く行く訳でもない。

 その頃になって、ようやく熊たちが学習したのだ。


 自分たちの用意する品々が地上で大きな価値を持つことに気付いた熊たちは、まず交換物の量を増やすように言い出した。

 それに加え、獲物の狩りも探求者シーカーへ押し付けるようになった。

 その結果、市場自体は安定しているものの手間が増えた挙句、以前ほどの目立った稼ぎは望めなくなった。


 しかしそれでも七層の交易品が、世襲組の主財源であることには代わりはない。

 そしてこの利益を脅かす者を、全力で排除する方針にも変更はない。


 世襲組が目をつけたのは、地下の複数の関門であった。

 ここに監視や妨害を目的にした小隊パーティを配置することで、これ以上、依頼達成者が増えないよう画策したのだ。

 

 門番と称される役割をこなすのは、依頼達成者や覚醒者カラーズを保持できなかった門閥下位の家たちである。

 彼らは上位の家からのおこぼれを餌に、汚れ仕事を押し付けられる羽目となった。


 もちろん組合側もある程度その事実は把握しており、監視員を派遣するなどの手を打ってはいるがあまり効果がないのが現状のようだ。

 状況の停滞を危惧した組合は、年毎に古樹要塞ツリーフォートレスの討伐報酬を釣り上げてはいるものの、こちらも芳しい成果は上がっていない。


 探求者シーカーの上位層を占める世襲組は、当たり前であるが討伐に非協力的である。

 トップの虹色級カラーズたちにとっては、後続のライバル候補を足止めしてくれる存在なので積極的に関わろうとはしない。


 ゆえに期待をかけられているのは、叩き上げで昇ってきた金板ゴールドプレート級の新鋭たちである。

 現在の古樹要塞オールドフォートレスの討伐報酬額は、金貨六万枚相当のギルド紙幣。

 これは九層階層主の金貨十万枚に次ぐ報酬の高さである。


 もし仮に七層の要害、大型樹人を取り除けることがあれば、高レベル帯の勢力図が一気に書き換えられる事態もありえるだろう。

 だがそれは、途方もなく困難な依頼クエストである――。



   ▲▽▲▽▲


    

 読み終えた七層の報告書を机の上に投げ出したサリーナは、眼鏡を外して大きく伸びをした。

 かなり私情と憶測が混じったはいたが、それなりに面白い読み物であったと感心する。

 同時に迷宮という歪みは表層だけでなく、この地の奥深くまで狂わせていたのかと改めてその異常性を痛感した。


 迷宮第一層の治療室に長く勤務してきたサリーナは、これまで様々な浅層探求者たちと接してきた。

 彼らの大半はもって半年、長くても一年ほどで顔ぶれが変わってしまう。

 まれにナナシ君のような例外もいるが、ほとんどの人は迷宮の底か都市の外へ消えてしまう定めだ。


 貧困のせいでろくな装備も持てず、予備知識もないまま無謀な行為に挑み続けるのだから、決まりきった結果である。

 だが多くの人たちは、それを当たり前のように受け入れてしまっていた。

 

 もっと危険に対する知識を、共有しやすくすべきでは?

 迷宮に慣れるまでは、武器や防具の貸付料を値下げする仕組みを導入してみては?

 

 サリーナが迷宮組合に提出した意見書は、ことごとく却下された。

 曰く、人手が足りない。

 曰く、予算が足りない。

 そして止めの一言は、いつも同じである。


 ――この迷宮に挑むのは、神々から課された試練であると。


 普通に考えれば、迷宮の生物を駆逐しその生産物を利用した営利を目的とするならば、浅層探求者の質を上げるほうが断然良いはずだ。

 だがそうしない、あえて現状を維持するという姿勢は、組合の目的が別にあるとことを示唆している。


 その目的までは、サリーナの理解の及ぶところではなかった。

 だが多くの人たちが真っ当な権利を許されず、選択肢を狭められたまま迷宮へ挑んでいるのは間違いない。

 

 多くの弱者の死を利用することで、この迷宮都市は支えられている。

 それは創世の使徒としては、見過ごすことの出来ない事態である。

 組合が駄目ならと、教会の上位叙階の方々に具申書を出したこともあった。

 しかし何一つ、変わりはしなかった。

 

 本来であれば、人が己の命を金銭に変える行為など疎んじられて当然なのだ。

 だがこの都市では、その行いは奨励され賛美される。

 余りにも異常だった。

 

 そしてサリーナは、自分が生まれ育ったこの迷宮都市そのものが、人の魂を誘い込む巨大な迷路そのものではないかとの結論に至った。

 この思いつきをサリーナは、一度だけ迷宮へ挑み続ける幼馴染みに打ち明けたことがある。

 

 彼はひとしきり大笑いしてから、不貞腐れるサリーナへ皮肉めいた笑みを浮かべた。


「お前は昔から色々と考えすぎて、たまに馬鹿なこと言い出すよな」

「…………なによ」

「拗ねるなよ、悪かった。まぁ確かに迷宮組合のやり方には、色々と腑に落ちない部分があるな」

「ええ、何か別の目的があることは確実なのよ」

「ふむ、だがそれを知ってどうするつもりだ?」

「どうにも出来ないのは分かってるわ。ただ、知りたいだけ」

「猫を殺す三つの感情って知ってるか?」

「いきなりどうしたの?」

「好奇心と退屈と心配だそうだ」


 訳の分からないことを突然言い出した幼馴染みへ、サリーナは呆れた視線を返す。

 そんな視線に慣れているのか、幼馴染みはあっけらかんと言葉を続ける。


「こんな気が滅入る部屋で年中、怪我人の相手ばかりで退屈してるから、そんな変なことを思いつくのさ」

「こう見えて結構忙しい時間帯もあるのよ」

「俺たちの小隊の目標はな、この迷宮の最下層へ到達することなんだ。夢はでっかくだからな」

「また話が変わるのね」

「そこにお前の疑問に答えてくれる、何かが居るかもしれないぜ。ここの仕事に飽きたのなら、その、なんだ……俺と一緒に」

「なによ?」

「いや何でもねぇ。それよりも今日は頼みがあってきたんだ」

「また? 私を都合のいい女扱いしてない?」

「いや、そんな気は毛頭ないぞ。ちょっと命綱ライフラインを掛けてほしいだけだよ。出来れば友達価格でな」

 

 この後、結局、心配が高じて彼と同じ小隊パーティに加わる経緯になったので、幼馴染みの言葉は少しだけ当たっていた気がしないでもないとサリーナは独りごちた。

 

 ここ数日、実際に彼らと行動を共にしてみたら、驚かされることばかりであった。

 重い装備を背負ったまま、長い距離を平然と歩き抜く。

 足場の悪い地面でさえもお構いなくだ。しかも、ほとんど足音を立てることがない。


 恐ろしい生物を前にしても、感情を何一つ表さない。

 当たり前のように剣を振るい、矢を射って倒していく。

 しかも打ち合わせをしてる様子もないのに、彼らの動きは長い練習を重ねたかのような息が合っていた。


 そしてもっとも驚いたのは、ナナシの少年の弓捌きであった。

 見た目に反して実力は高いのだろうと予測はしていたが、まさか全ての猿を一瞬で撃ち落とすとは。


 そこにあったのは、迷宮生物モンスターを倒すことに熟達した人間の完成形であった。

 試練であるとの言い分は、あながち間違ってなかったのではと、サリーナは少しだけ思い直すこととなる。


 それとせめて戦闘以外では役に立とうと心に決めていたのだが、差し入れの食事にさえもさり気ない工夫がされていた事実にも驚いた。

 この部屋だと甘いものを取ると眠くなっちゃう上に太りやすいので敬遠していたが、長時間の運動には糖分は有効だとかサリーナは考えたことなかった。


「そうだ、飴玉なんてどうかしら」


 覚え書きを見ながら、思いついたことを口に出してみる。

 持ち運びしやすい上に移動中に簡単に口に含めるし、糖分の補給には最適な気がする。

 今度、メイハお姉さまにも詳しく聞いてみよう。

 

 座りなれた治療室の椅子の上で、サリーナは次の探求を心待ちにしている己に気づき、少しだけ唇の端を持ち上げた。



固有名ネームド―強さが抜きん出た上位種モンスターへ与えられる称号。ネーミングはモンスター生態調査部が会議を開いて行う



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