夢
リンクしてたので一匹取ってあげたら、GM呼ばれたでござる
懐かしい夢を見た。
ガタゴトと石畳を揺らす音で目が開く。
朝市へ魚を運ぶ荷車が、噴水広場を横切っているのだ。
座ったまま眠っていたせいで、ガチガチに強張った背中を大きく伸ばす。
ここじゃ横になると熟睡してしまい、寝てる間に懐を探られても気づけない。
噴水の濁った水で顔を洗い、汚れて黒くなった裾で拭った。
うっかり飲まないように気を付ける。
噴水の清掃は二ヵ月に一回ほどだと聞いていた。
ズタ袋から取り出した黒パンを千切って口に運び、ゆっくりと噛み締める。
味を気にしたことはない。動く為に必要な分だけ食べる。
水筒の水を一口飲んで立ち上がった。
――――今日も迷宮で稼がないと。
人が蟻のよう蠢くこの都市じゃ、たいがいの仕事は埋まってしまっている。
ガキが金を稼ぐなら、迷宮へ潜るくらいしかない。
周りの連中を起こさないように、静かに迷宮組合へ向かった。
朝市が始まる時間だけあって、組合の前はあまり人影がいない。
列の前の方に並べたし、今日も良い場所が取れそうだ。
朝の祈りの時間を告げる教会の鐘が鳴り響き、組合の扉が重々しく開かれる。
殺到する人混みを掻き分けるように、目当ての迷宮探求の許可申請用紙が置かれた机へ辿り着く。
申請書の欄に名前と、探求者登録番号を急いで書き込む。
目的欄に「一層でトカゲか犬」と書く。多分書けているのだと思う。
この都市に来るまで、自分の名前しか書けなかった。
文字を学べる機会は全くなかったし、困るケースもほとんどなかった。
代筆を頼むと銅貨50枚だ。
仕方がないので一回頼んで、文字を図形として覚えた。
巻き戻しては違うパターンを頼んで、全部その場で覚えた。
窓口で文句を言われたり突っ返されたことはないので多分、合ってるのだろう。
申請書が通ると、許可証が手渡される。
それを迷宮入り口前の受付へ持って行くと、交換で武器を渡してくれる。
あんまり明るくないランタンは銅貨20、一番安い小剣と木盾で銅貨50だ。
ないと困るので、これは絶対借りなければならない。
弓は昔から使っていた短弓がある。
傭兵時代からで手元に残ってるのはもうこれだけだ。
かなり使い込んでて幹にすこし捻りがあったのだが、初めて預ける時に弦の張替えと合わせて直してもらった。
初回サービスらしい。次からは有料らしいので、大事に使っている。
問題は矢だ。
自作した矢の持ち込みは許されていない。
一番安い木の矢1本で銅貨1枚。悩んだ末に50本頼む。
これで銅貨120枚。トカゲの皮を12枚以上取れないと赤字だ。
階段を降りると、大きな松明が燃やしてある。
南へと急ぐ人影が見えた。人気部屋の取りあいが始まってるようだ。
レベル2になると余裕ができるので、お金稼ぎと経験値稼ぎを交互に出来るようになるらしい。
いつかそうなれると良いなと思いつつ、背を向けて北へ向かう。
通い慣れた道を通って、トカゲが二匹湧く通路に辿り着く。
ランタンを床に置き、弦の張りを確認しながら手前の一匹に弓を構える。
この距離は探知外のため、トカゲは襲って来ない。
じっくりと構えたお蔭で、矢は綺麗にトカゲの右眼に突き刺さった。
刺さったと同時に消えてしまうが。
この迷宮では弓から離れた矢は、何かにぶつかるとダメージだけ残して消えてしまう。
威力の低い木の矢では仕留めきれなかったトカゲが、こちらへ向かってくる。
だが片眼を潰せたせいで、その動きは鈍い。
弓を背に戻し、床に置いてあった盾と剣を拾い上げて構え直す。
トカゲの跳び付きを、盾で受け止め衝撃に耐える。
そのまま仰向けに床に落ちたトカゲの腹に、剣を突き立てた。
体全体をくねらすように動かして、トカゲはあっさりと消えた。
この時まれに、尻尾で足首を強打されることがあるので気が抜けない。
トカゲが消えた後に、茶褐色の皮が現れてホッと息を吐く。
一匹目から幸先がいい。
次は通路に残ったもう一匹だ。ランタンを拾って通路半ばまで進み、剣と盾を床において弓を構え狙いをつける。
少し気持ちが焦ったのか、矢はトカゲの頭部をかすって消えた。
距離を詰められ腹に良いのを一発喰らって、そのまま圧し掛かられる。
床の上を転げまわりながら、何度も剣をその口内へ突き刺す。
気が付くとトカゲは消えていた。
倒すのに時間がかかり過ぎると、新しく湧いたやつに襲われる。
何も落とさなかったのを確認して、ランタンと盾を拾い上げ最初の位置へ急いで戻った。
これを繰り返すだけだ。
トカゲにやられた腹は、打ち身で黒く変色していた。
昼過ぎに煎り豆を数粒食べたあと、水で流し込む。
水筒が軽くなってきたので、帰りに泉の部屋に寄らなければ。
迷宮に湧く泉の水だけが、この都市で唯一ただで手に入る飲料水だ。
夕方に近くなるとランタンの灯りが、かなり小さくなってくる。
借り物のランタンは発光石が小さく、半日も潜れば消えてしまう。
今、トカゲの皮は19枚なので、今日の儲けは銅貨70枚だ。
ほっと息を吐いてると、騒ぎ声が聞こえて来た。
大通路に顔を出すと、斜交いの横通路でおっさんが二匹のトカゲ相手に奮戦していた。
小剣を振りかぶる余裕もなく、盾に前に突き出して大声で助けを呼んでいる。
助けに行こうと通路から飛び出すと、隣の横通路から顔を出した男に手を振られた。
手を出すなと言うことらしい。
誰かが助けを叫んだ時に手を貸さなかった奴は、こういう時に見捨てられる。
おっさんを壁に押し付けられた状態で、トカゲたちは交互に突進を繰り返す。
血反吐と同時に啜り泣きをこぼし始めたおっさんの有り様に、我慢できすに巻き戻した。
場面が飛んで、同じ日の同じ時刻。
残念ながら今のトカゲの皮は15枚だ。
ランタンの灯りでだいたいの時間を判断して、おっさんの居る通路をそっと覗き込む。
おっさんは壁にもたれて居眠りしていた。
再召喚待ちに、意識が飛ぶように眠くなることがある。
湧いたトカゲがおっさんに襲い掛かる寸前に、弓を構え矢を放った。
そのまま自分の通路まで引っ張る。
こっちはまだ湧いてないが、そんなに時間は残されていない。
追いかけて来たトカゲに、振り向きざま矢を放つ。
足に当たったようで怯んでくれた。
弓を投げ捨て剣と盾を拾い上げ、近寄ってきたのを力一杯切り付ける。
斬撃は空を切った。
右手にきつい一撃が来て、おもわず剣を落とす。
よろけて片膝をつきながらも、飛びかかろうとするトカゲに盾を投げつける。
トカゲが後ずさった瞬間、床に落ちていた弓に跳び付いた。
襲い掛かってきたトカゲに、狙いをつけず矢を放つ。
運が良かった。
偶然にも矢は、トカゲの上顎を貫いていた。
ゆっくりと消えていくトカゲの姿に、大きく肩で息を吐く。
もう少しで巻き戻すところだった。
そしてモンスターの代わりに現れたのは、茶色い箱であった。
思いがけない幸運に、息を呑んで立ち尽くす。
「おいっ、それ俺の獲物だったろ! それは俺の箱だ!!」
背後からの怒声に驚いて振り向く。
そこに居たのは、斜交いの通路のおっさんであった。
「この泥棒野郎! 俺の通路からトカゲを盗んだ挙句、宝箱まで取るなんて許せねえぞ! ギルドに訴えてやる!」
おっさんの喚く声が大通路に響き渡り、次々と人が集まってくる。
ギャラリーが増えたことで調子に乗ったのか、おっさんはさらに声を荒げた。
「このクソガキが俺の通路までやってきて獲物を取ったんだ! 俺にはあの宝箱の中身を貰う権利がある筈だぜ」
周囲を見渡して自信を付けたのか、おっさんはさらに声を張り上げた。
「さっさと箱をあけろ、このうすのろ! はっは、これでやっと俺もここから抜け出せるぞ」
その辺りで耐え切れなくなったので巻き戻した。
また場面が飛んで、同じ日の三回目。
おっさんがいた通路で朝から狩りを始める。
ランタンが消えかかかる夕刻、42匹目のトカゲから茶箱が現れた。
誰にも気づかれてないことを確認して、宝箱に手を掛ける。
そこで僕の目は覚めた。
迷宮で初めて出した宝箱だが、何が出たかなぜか覚えてない。
あのおっさんの顔も、影がかかっておぼろげだった。
深いため息を吐いて、僕はベッドを見渡した。
四人の女性が惜しげもなく裸体をさらして眠っている。
たぶん、キッシェたちに昔の話をしたので思い出したんだろう。
僕は彼女たちを起こさないように気を付けながら、水を飲みにそっとベッドから抜け出した。
夢のせいか喉がカラカラに乾いていた。
『トカゲの皮』―耐熱性と撥水性が高く酸などにも強い。衝撃吸収にも優れるが耐久力は低い。迷宮蜥蜴の皮鎧の一部位を作るのに最低9枚から必要となる
『宝箱』―虹、金、銀、茶のグレードがある。出した人しか開けれない。一定時間過ぎると消滅する




