七層第一関門攻略
四連続のドナッシさんの奮闘を見せ付けられたあと、僕は改めて問題点を考えてみた。
一度目は、ソニッドさんの不可視の外套の透明効果が切れるのが早過ぎた。
二度目は、慎重に倒し過ぎて、時間切れで再度湧いた猿に見つかった。
三度目は、射落としたと思った猿が、しぶとく尻尾を枝に巻き付けて耐えたので失敗。
そして四度目は、運悪く幹の向こうに猿が固まっていて、時間内に倒し切れずアウトと。
下部の枝の猿の数は、五匹から六匹。
中部の枝は、十五匹から二十匹。
問題は最上部に陣取る一段と大きい一匹、群れのボスだ。
こいつは僕らが松ぼっくり弾の範囲外へ逃げると、樹の天辺へ駆け上がり他の樹の仲間へ助けを求める習性を持つ。
といっても、救援要請を受けて猿が樹の人ごと駆けつけてくることはない。
精々、他の猿の樹に近づく時に、普段よりも感知範囲が広くなる程度らしい。
ただそれは樹人の上位種、"古樹要塞"が出現する前の話である。
通常の三倍以上の樹高を誇るこの怪物と猿との組み合わせが、七層の難易度を最難関級へ押し上げているのが現状だ。
要塞からの援護爆撃が発動すれば、ほぼ間違いなく僕らの撤退は免れない。
一応、二回目以降からはボス猿も狙ってみたが、ボスだけあって用心深いのか全く射線に入ってこないのだ。
辛うじて手足や尾の部分なら狙撃できたのだが、致命傷にならず余裕で大声をだされてしまった。
ならば踏み止まって猿を殲滅させればと提案してみたが、これも悪手であるらしい。
猿の半数が倒れた時点で結局、遠吠えは発動してしまうのだとか。
そもそも十分足らずで再召喚する相手だし、その条件を満たすことさえ難しい話だった。
うーん、確かにあと十数回ほどやれば、第一関門のクリア自体は出来そうだと思う。
だけど毎回、最初の関門を通るのに巻き戻しを二桁近く使うのいただけない。
出来れば今回の混成小隊で、確実な攻略手段を見つけておきたいところだ。
「猿を確実に仕留める急所とかありませんか?」
「そんなモノがありゃ苦労しねえぞ、坊主」
「猿野郎どもが地面に下りてくれば、何とか出来そうだと思うんだがな」
「そうね。お猿さんて樹人に住んでるのよね。樹の人がくしゃみしたら落ちてこないかしら……って、なに?」
「お前、見た目に反して、たまに凄く頭の悪い発言するよな」
「じょ、冗談に決まってるでしょ!」
遠慮の欠片もないドナッシさんの言葉に、サリーナ司祭の耳が一瞬で真っ赤に染まった。
小さく口喧嘩を始めた二人を脇において、先ほどの言葉を思い返してみる。
「地面に落とす……落ちない……くしゃみ……びっくり……か、一度試してみて良いですか?」
「いいぜ、坊主の好きなようにやってくれ」
「おいおい即答かよ、ソニッド」
「ああ、そのために坊主に来て貰ったんだしな」
「……ふむふむ、なるほどねぇ」
許可が出たので、新たに作戦を考えてみた。
まず僕の不可視の外套を、ニドウさんへ。
ソニッドさんの外套は、ドナッシさんが装備する。
で、お二人には身を隠したまま、樹人に接近して貰う。
あとは――。
――弾丸盾撃!
ドナッシさんの渾身の体当たりで、戦闘は始まった。
幹に強烈な一撃を受けた樹人は、その身を大きく傾ける。
さらにそこへ、外套を脱ぎ捨てた戦士の猛攻が追撃する。
――地擦り旋撃!
砂塵を巻き上げながら、ニドウさんの大剣が樹人の根っこに喰らい付く。
支えの一部を失い、重心をさらに傾ける樹人。
当然、激しく揺れる樹の動きについて行けず、ほぼ全ての猿どもが一斉に枝から落ちかける。
が、寸前で伸ばした尾の先が、枝に引っ掛かって落下を免れた。
僕が狙っていたのは、その一瞬だった。
ボスを含めた猿どもが、尻尾のみで枝からぶら下がっている様はまさに格好の的である。
――天眼必中五月雨矢!
視界の内に枝や幹、揺れる猿の尾を含めた動きの全てが、その行き先までも映し出される。
久々に使うと疲れるなと思いつつ、僕はもたされた結果に大いに満足した。
尾の先を撃ち抜かれた猿どもが、まさに技の名前通りに地へ降り注ぐ。
「よっしゃあ!」
「喰らえぇぇぇぇ!」
鬱憤を晴らすがの如く声を張り上げたドナッシさんは、落ちてくる猿どもに次々と盾をぶつけていく。
盾突の餌食となった猿どもは、またも空高く舞い上がった。
ニドウさんも負けてはいない。
上段に振りかぶった大剣が轟音と共に振り下ろされ、空中の無防備な猿の胴を両断する。
返る刃が下段から跳ね上がり、新たな猿が顎を割られて仰け反る。
中天へ振り抜かれた大剣は、くるりと剣身を翻し最後は突きと化す。
腹を貫かれた猿は、苦悶の表情を浮かべながら消え去った。
だが猿どもも、やられてばかりではない。
風を呼び寄せた数匹が鮮やかに地面へ下りたち、仲間の猿を次々と受け止めていく。
ドナッシさんたちを取り囲みながら、残った猿が瞬く間にやぐらの様に組み合わさった。
その側面を、飛び抜けて大きい一匹が駆け上がる。
ボス猿を樹上へ送り込もうとしているのだ。
はい、命止の一矢っと。
ボス猿が落ちた時点から、じっとその動きを観察していた僕の一矢が、銀のたてがみごと猿の首を裏から射抜く。
「ありがとうございます、サリーナさん」
「どうしたしまして……ナナシ君って実は凄かったのね」
もんどりうって地面に落ちるボスを見ながら、僕に活生の秘跡を掛け続けてくれたサリーナさんへお礼を言う。
「ほら、俺らは先に引き揚げるぞ」
気がつくと、ソニッドさんが側に立っていた。
視線を広場の中央へ戻すと、しっかりと屹立するネジの姿が見える。
ボス猿が再召喚するのは、十分後。
それだけあれば、余裕で密林を抜けられる。
「お二人は、置いて行って良いんですか?」
「あの程度なら、何とかなるだろ」
その言葉通り、派手に猿たちが宙を飛んだ。
弾丸盾撃で囲みを突破したドナッシさんたちが、あっという間に追い付いてくる。
「はは、スッキリしたぜ、坊主。見たか、落ちてきた時の猿どもの間抜け面」
「いやいや、あんなに上手く行くとはな。オジサン、ちょっとショックだわ」
高笑いを続ける盾持を先頭に、僕らは意気揚々と森の中を駆け抜けた。
▲▽▲▽▲
ネジ回しを無事に成功させ第一関門を抜けた僕たちは、次の関門へと向かっていた。
「俺たちはこの先は未経験だ。頼むぞ、ニドウ」
「はいはい、さてと。先に言っとくが、次の相手は手強いぞ」
第二関門へ続く地下通路に居たのは、巨大なミミズであった。
天井から大量にぶら下がり、通りかかる僕たちに溶解液をブシャーと吐いてくる奴らだ。
数はそれなり居る上に、ぶよぶよした外皮にはなぜか矢が刺さらない特性がある。
まあ口の中にピンポイントで撃ち込めば貫けるし、嬉しいことにコイツラには毒が有効なのだ。
久々に、毒矢の出番である。
ソニッドさんも溶解液を器用に躱しながら、猛毒を塗った手甲剣を嬉々として振り回している。
逆に鎧や盾が溶かされると困るので、ドナッシさんとニドウさんは後ろで見学だ。
「俺も金色塗装した盾があればなぁ」
「良いから、お前は休んどけ。おい、これが強敵とか抜かすなよ、ニドウ」
ソニッドさんの言葉に、ニドウさんは首を横に振りながら大袈裟に肩を竦める。
「もうすぐかな、ほら見えてきたぞ」
ニドウさんの言葉に通路の奥の闇を透かすと、ぼんやりと明かりが目に飛び込んでくる。
第二関門には、なぜか篝火が備え付けてあった。
大きな門の前に、幾人かの人影も見える。
近付いてみると、見慣れぬ小隊がたむろしていた。
休憩中だろうか。
「よう、今日の門番はあんたらか」
「おやこれは、ミラディール家のニドウ殿か。珍しい場所で会うな。……交代ではなさそうだな」
「たまたま通りかかっただけだ。気にしないでくれ」
ニドウさんの言葉に、高そうな鎧を身に付けていた男性が鼻白む表情を浮かべる。
「用がないのなら、あまりここには近づくな」
「ああ、分かってる。邪魔したな」
そのまま、スタスタと横道へ歩き出すニドウさん。
訳が分からぬままついていくと、明かりが見えなくなった時点でソニッドさんが急に姿を現す。
不可視の外套って、マジで心臓に悪いな。
「言われた通り、見てきたぞ。右から開き、開き、閉まり、開き――」
「無駄に終わるかもしれんが、それでもやるか?」
「そりゃ、当たり前だろ。お前こそ、ここまで来てビビったか」
ソニッドさんの返答に、ニドウさんの眉が緩やかに持ち上がった。
「いや、実はな……滅茶苦茶ワクワクしてるぜ」
いつものふてぶてしい笑みを見せながら、ニドウさんは横道の突き当りにあった梯子へ手を掛ける。
不安と期待をちょっとばかし胃に重く感じながら、僕もその後に続いた。
刃走り三段―両手剣の最上級技。斬り下ろしから斬り上げ、突きへ繋がる三段構え
迷宮蚯蚓―ほとんど移動せず天井にぶら下がっている。見た目が悪いので女性の評判は悪い。ドロップは各種鉱石




