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七層地上区到達



 疾風と呼ばれるのに相応しい速さで、大剣を構えた男が走る。

 大きな歩幅は瞬く間に、眼前を埋め尽くす甲冑をまとった虫どもへの距離を詰めた。


 一歩目は軽々と。

 二歩目は地面を抉り。

 三歩目は楔を打ち込むかの如く踏み込む。


 肩に担がれた大剣が、腰の回転に沿って美しい円を描く。

 剣身の重みが遠心力に上乗せされ、ありえない程の破壊力を生み出す。


 水平に振り回された大剣は、押し迫る最前列の虫を派手に吹き飛ばした。

 剣を振り切った男の動きは、そこで止まらない。


 くるりとその身が翻り、地面すれすれへと沈み込む。

 中段を横薙ぎした剣は、男の動きに合わせて今度は足元深くを薙ぎ払った。


 ――地擦り旋撃グランドスピン


 中段と下段を連続で攻める両手武器の最上級技である。 

 一息遅れて、弾き飛ばされた次列の虫たちが、空中でその身を包む甲冑を開く。


 後方で待ち構えていた少年は、その瞬間を見逃しはしなかった。

 三重の弦が空気を切り裂き、十二本の矢が一時に撃ち出される。


 ――ばら撒き撃ち改(バラージ2)


 一本も撃ち漏らすことなく、全ての矢が鮮やかに虫の中核を貫いた。

 消え去っていく虫たちの合間を音もなく動くのは、手甲剣を構えた男だ。


 真っ直ぐな刃を静かに、だが確実に矢の雨から逃れた虫の腹へと次々と打ち込んでいく。

 わずか数秒で、二桁を超す虫が甲冑だけを残して消え去った。


 しかし即座にその空白地帯へ、新たな虫の群れが雪崩を打つ。

 同時に怒号を上げながら、大盾を持ち上げた男が前に出た。

 

 殺到する数十体の虫。

 それに、立ち向かうたった一人の男。


 普通に考えれば無茶とか言う段階は、とっくに通り過ぎている。

 だが地面に根を生やしたかのように、男は真っ向から重圧を受け止めてみせた。 


 男の首筋に太い血管が浮かび上がり、歯の根が砕けそうなほど奥歯が噛み締められる。

 幾重にも積み重なり襲い掛かってくる虫どもを、押し留める一枚の盾。

 その瞬間、見事に均衡が釣り合い、一枚絵のように全ての動きが止まった。


 そして踏み堪えた男の足が、溜め込んだ力を解放する。

 ――盾撃シールドバッシュ

 零距離から発せられた衝撃が、虫の山を盛大に押し崩す。


 すかさず撃ち込まれる紫の閃光。

 腰を落とした独特の構えから放たれた少年の矢は、虫の群れを最後尾まで豪快にぶち抜いた。

 大剣を振りかざす男が、間髪を入れず開いた隙間へと入り込む。


 再び、男の身体が凄まじい斬撃の渦を生み出した。

 新たな剣風に巻き込まれた虫どもは、装甲ごと切り裂かれ盛大に体液をぶちまける。



 嵐の如く荒れ狂う大剣を前に、虫の群れはなす術もなく消えていった。



   ▲▽▲▽▲


 

 ダンゴムシの密集地帯を抜けた僕たちは、横道に入りようやく一息吐いた。

 

 武器や防具に付いた体液を、布でふき取り元通りにしていく。

 幸いにも、あのダンゴムシは毒持ちではないらしい。

 硬いのと集団で襲ってくる以外は、特に厄介な点はないのだとか。

 

 といっても、あの量だ。

 優秀な盾役が居ないと、ほぼ逃げ場のない通路だし簡単に圧殺されそうだな。


「お疲れ様。はい、どうぞ」


 ドナッシさんやニドウさんに回生リフレッシュ再生リジェネレーションを掛けて回っていたサリーナさんだが、手際よくお湯を沸かしてお茶を淹れてくれていたようだ。

 手渡してくれたカップからは、柑橘系の香りが混じる湯気が上がっていた。

 薄切りのレモンが入った香茶を、ゆっくりとすすり上げる。

 甘みが全然足りてなかった。


 これはこれで酸っぱくて美味しいのだが、やはり少し物足りない。

 僕の好みを完璧に把握してくれていたキッシェのお茶を、懐かしく思い出しながらもう一口すする。


「ガウガウ?」


 不意に掛けられた声に驚いて視線を下げると、いつのまにか緑色の熊が僕を見上げていた。

 先ほどまでダンゴムシの殻を山盛り積み上げた手引き車を、ご満悦で引っ張っていたはずだが。

 

 熊は爪先で器用に掴んだ壺を、なぜだか僕に差し出してくる。 

 改めて間近で見ると、手足は短いし背丈も低いしで、キッシェの部屋にいっぱいあるぬいぐるみにそっくりだ。

 やや違うのは布切れを体のあちこちに巻きつけて、可愛い鞄を背負ってる点か。

 

「ガウ?」


 返事をしない僕を不思議に思ったのが、小首をかしげたまま熊はもう一度、壺を持ち上げる。

 ふわりと甘い匂いが、僕の鼻腔をくすぐる。

 これは白蜜の香りだな。しかもかなり濃厚なやつ。


「もしかして、お茶に入れろってことかな」


 カップを下げると、熊は頷いてトプリトプリと白蜜を注いでくれる。


「ありがとう」

「ガウ」


 口に含むと、今度は舌が溶けそうなほど甘い。

 疲れた体に染み渡るなと思いつつ顔を上げると、熊は律儀に皆のカップに白蜜を注いで回っていた。


 そう言えばと思いだした僕は、急いで背負い袋の底から袋を取り出す。

 リンが今朝早く起きて、焼いてくれたものだ。


「良かったらスコーン食べます? 皆さんのおやつにって持たされたんですよ」

「おいおい、何とも優雅なお茶会になっちまうじゃネーか。遠慮なくゴチになるぜ」

「相変わらずリンちゃんは気が利く子だな、大事にしろよ、坊主」


 春苺のジャムの瓶を開けた瞬間、熊たちが凄い勢いで駆け寄ってくる。

 膝にしがみつく熊たちは後回しにして、ジャムをたっぷり載せたスコーンを配って歩く。


「凄い美味しいわ。驚いた。こんな場所で、こんなお菓子が食べられるなんて」

「迷宮で食うと格別だろ」

「……そうね。そっか、もっと味は濃い目が良いのかしら。バターの塩気も重要なのね」


 最後に熊たちにジャム山盛りのスコーンを手渡してから、カップを片手に僕もご馳走になる。

 なぜか二匹の熊も、僕の膝にひょいと乗ってスコーンの上のジャムを舐め始める。

 もさもさの毛が、肘に当たってこそばゆい。

 

「今はどこに向かっているんですか?」


 ソニッドさんが僕を羨ましそうに見つめて来たので、話題を振ってみる。


「ああ、さっきの本道は、あのまま進むと行き止まりになってんだわ。でっけぇ石の扉でな」

「第一関門ってやつですね」

「この横道の先は地上に繋がっててな。で、上に出たら、俺と坊主が先行して見張りを排除する。ドナッシはいざって時の付き添いだな。それが上手く行けば、仕掛けを動かして一つ目の関門をようやく突破ってことになる」


 さらりと言われたが、僕の責任はかなり重大なようだ。


「見張りを仕留め損ねたら、どうなります?」

「そん時は、ドナッシがまた入院するだけだ。だからそんなに固くならなくていいぞ」

「いやいや、頼むぜ坊主。お前なら出来るって、俺は信じてるからな」

「今回は司祭さんも一緒だし、前よりはたぶんマシだろ」

「が、頑張ります」

「おいおい、俺が犠牲になる前提で話進めるのは止めろよ、リーダー」


 空気が和んできたなと思ったら、クイッと袖を引っ張られる。

 下を向くと口の周りをベタベタに汚した熊どもが、僕にふやけたスコーンを差し出していた。

 どうもジャムのお代りをお求めらしい。

 

 休憩を終えた僕たちは、曲線を描く横道をゆったりとしたペースで進む。

 本道とは違い、こっちは二人並べるかどうかの道幅だ。

 ただし、横道はダンゴムシがほぼ出ないので、気分的に凄く楽ではある。


 三十分ほど歩いただろうか。

 前方が徐々に明るくなり、やがて僕たちは縦穴の底へと辿り着いた。

 見上げると眩しい光が、丸く開いた天井の穴から差し込んでくる。

 

 壁に木製の梯子が取り付けてあり、これを上った先が地上区となる。

 唾を呑み込んで天を見上げる僕を横目に、ソニッドさんはスイスイと梯子を伝って行ってしまった。


 ニドウさんとドナッシさんも重い装備を気にする素振りもなく、さっさとと後に続く。

 残された僕とサリーナさんで目を合わせてもじもじしてると、なぜだか熊が僕によじ登ってきた。


「ガウ!」 

 

 背負い袋にしがみつく形で真上を指差す。

 これは連れていけということか。


 気がつくと、もう一匹の熊とダンゴムシの殻で一杯だった手引き車が消えている。

 途中に小さな扉がいくつもあったので、そこから荷物を運んでいったのだろう。


「おーい、何してんだ?」


 ソニッドさんの催促に覚悟を決めた僕は、梯子に足を掛ける。

 一度弾みをつけると、あとは楽だった。


 期待七割、不安三割とやや半端な気持ちのまま、空へ向かって梯子を駆け上がる。

 徐々に地下の乾いた空気が、ねっとりと湿り気を含んだ物へと変化していくのを肌で感じた。



 そしてとうとう僕は、七層の地上部分へ到達した。

 


 光に馴染ませるために薄目にしていた眼を、ゆっくりと開く。

 地上部分の第一印象は、緑であった。


 視界を覆いつくしていたのは、一面に生い茂る植物たちだ。

 様々な高さの樹木が好き勝手に伸びており、そこに蔦が絡んだり苔がびっしり生えていたりと、これでもかと言うほど緑色を強調してくる。

 同時に聞いたこともない虫や鳥の鳴き声が、四方から聞こえては消えていく。

 さらに遙か頭上からは、巨大な発光石がいやってほど光を寄こしてくる。


 ここはまさに、僕が想像していた密林そのものだった。

 さっきまでの暗くて静かな地下部分とは、大違いの明るさと騒がしさだ。


 不意にギャアギャアと鳥たちが騒ぐ大声が、僕の注意を引き付ける。

 視線を向けた先に見えたのは、森の中から突き出た巨大な緑の塊だった。

 

 太い幹と、そこから伸びる無数の枝。

 それは一見して、そそり立つ大きな樹に見えた。

 瞬きしながらもう一度、確認する。

 だが何度見ても、結果は同じであった。



 ――樹が動いていた。



 巨木はゆっくりと、だが確かに移動していた。

 樹冠部分が上下に揺れる度に、かすかな地響きが伝わってくる。 

 鳥の群れがまたも叫び声を上げながら、一斉に飛び立った。


 信じ難い光景に呼吸を止めて見入っていた僕に、ニドウさんが茶目っ気たっぷりのウインクしてくる。

 そのままニドウさんの顎が指し示す方向を見ると、そこにも巨大な樹が屹立していた。

 いやよく見ると、あちこちに動く樹ツリーフォークが生えている。

 

「……噂に聞いてましたけど、予想以上にでっかいですね」

「オジサンも最初に見た時は、ションベンちびりそうになったもんよ。もうすっかり慣れたけどな」

 

 ニヤリと悪い笑みを浮かべたまま、ニドウさんは真っ直ぐに大剣を振りかざした。


「でも未だにアイツだけは、膀胱が破裂しそうになるぜ」


 剣先が示す一点。

 そこにあったのは、遠近法が狂ったとしか言いようがない光景だった。

 

 一番遠くにいるはずなのに、ソイツは視界に映る樹人ツリーフォークの中で一番大きく見えた。

 通常の樹人ツリーフォークの三倍近い背丈を誇る異形。

 あれこそが、この層に二十年以上も降臨し続けているモンスター。



 "古樹要塞オールドフォートレス"の固有名を持つ、樹人の上位種であった。




樹人ツリーフォーク―巨大な動く樹のモンスター。剥ぎ取りが出来る珍しいモンスターでもある

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