秘境で出会ったモノ
さて、七層へ行く前に、今日の小隊メンバーの確認を。
まずは、今回の合同調査隊の発起人であるソニッドさん。
レベル5のベテラン斥候で、相変わらず罠外しは苦手なようだが、戦闘や情報収集ではかなり頼りになる人だ。
次いで同じくレベル5の盾持、ドナッシさん。
守りがメインの職業でありながら、突破力に定評がありピンチには滅法強い。
攻撃手は、レベル6の戦士で大剣使いのニドウさん。
戦闘に関しては呪忌物の効果もあって、かなり強い上に器用な人という印象かな。
「って、世襲組の人って、普通の探求者と一緒に潜っても良いんですか?」
「ああ、イイのイイの。今日の俺は親友の頼みで、仕方なく手伝ってる風だから」
「誰が親友だっての。お前が一枚噛ませろって五月蠅いから、爺さんらには今回抜けて貰ったんだぞ」
「おいおい、冷てーこと言うなよ。酒場のツケを払ってやった恩を忘れたのか」
「お前が調子乗って、飲み過ぎたせいだろ!」
どうも世襲組も一枚岩ではないというか、色々と複雑な思惑が絡んでいるようだ。
面倒なことに、ならないと良いけど……。
四人目はドナッシさんの幼馴染で、一層治療室の主だったレベル5の治癒術士サリーナ司祭だ。
実はこの人、当たり前だが知名度が凄く高い。
まあ誰もが、一度くらいはお世話になったことのある人だし。
今回の探求者への一時転向も、各方面でかなり引き留められたりしたとか。
人当たりは少しきついが腕は確かだし、その上、貴重な命綱の秘跡を使える治癒術士となれば仕方のない話かも。
ただ治癒術に関しては信頼のおける人だけど、迷宮探求に関しては素人とほぼ変わらないのが不安でもある。
「そう言えば、六層への鍵はどうしたんです?」
「それなら昨日、皆さんに協力して貰って何とかね」
「そうなんですか。階層主前の暗闇回廊とか、よく耐えれましたね」
「え、ええ。あれくらいなら――」
「コイツ足が竦んで、全く動けなくて大変だったぜ。結局、行き帰りとも俺がおぶってやったしな」
急に口を挟んできたドナッシさんに、サリーナさんは冷めた目を向ける。
「そういうことを、公の場で口にするは止めて頂けませんか? 随分と子供っぽい振る舞いですよ」
「ああ、そうだな、その通りだ。すまなかった」
「分かれば良いのよ」
「いやぁ、注意してくれて助かったよ。流石は大人なお尻の持ち主だけのことはあるな」
頬を薄っすらと赤らめたサリーナさんに、無言でもみあげの毛を引っ張られるドナッシさん。
ああ、なんか凄く羨ましい。
僕も女の子といちゃいちゃしたい。もげろ。
「おい、手続き終わったし、そろそろ行くぞ」
ソニッドさんの呼び掛けに、僕らはソファーから立ち上がった。
その瞬間、ロビーのざわめきが一斉に鳴りを潜めた。
同時に、チラチラといくつもの視線が僕らに寄せられる。
まあ今回の編成は、かなり話題性があるんだろうな。
さて最後のメンバーは僕だ。
レベル5の射手だが、最近少しサボリ気味でもある。
なので今回は自重せず思う存分、矢を撃たせて貰う予定でもある。
シャーちゃんもやる気満々のようだし、失敗しても深刻にならない分、気楽に行けるのは大きい。
なんだかんだ言いつつも、新しい層へ挑めることに胸躍っていたりする僕である。
▲▽▲▽▲
「って、どこ行くんですか?」
「うん? 橋作りだが」
六層北区の影人通りを抜けた先で、ソニッドさんはなぜか左へ進路を選ぶ。
穴の底へ下りるなら右の小噴水前が正しいはずだが。
……橋?
何か僕の知らないやり方があるようだ。
黙ってついていくと、そのまま城壁横の階段を上ってしまった。
壁の上で何をするのかと見ていたら、ソニッドさんが単独でスルスルと影花たちへ近付いていく。
接近に気付いた花が、地面から次々と立ち上がった。
その瞬間、ソニッドさんの身体がわずかに揺れる。
それは普通の人間なら確実に見落としてしまうほどの、洗練された小さな動きだった。
だが僕の極眼には、影花の根っ子あたりに腕を一瞬だけ差し込むソニッドさんの姿が映っていた。
その指先が、白い何かを影から抜き出したのも。
目的を果たしたのか、ソニッドさんはそろりと後退りを始める。
だが影花たちが、盗人をそのまま見逃すはずもない。
一斉に花弁を開き、種弾を続けざまに撃ち出す。
ズタズタに撃ち抜かれるかと思った瞬間、ソニッドさんは背後へ倒れ込んだ。
いや正確には、仰け反ったのか。
地面すれすれのあり得ない位置で、その体は止まっていた。
そのまま後ろ向きに走り出すソニッドさん。
いや正確には上下左右に体を揺らしながら、こっちへ戻ってくる。
言うなればリンボーダンスの途中で、高速カニ歩きを始めたような……駄目だ、上手く表現できない。
途轍もなく変な動きをしながら、ソニッドさんはことごとく種弾を躱していく。
それはとても凄いのだが……その……正直、余りにも変態的な動きだった。
援護をする間もなく、ソニッドさんはあっさりと僕の元へ戻ってくる。
「お、お帰りなさい。何を取ってきたんですか?」
「そりゃ球根……なあ、坊主、いつもどうやって鐘塔へ行ってるんだ?」
「えっと、僕らでしたらイリージュさんに音を消して貰ってますね」
「そりゃ、すげえなって、もしかしてここ通ってんのか?」
そう言いながらソニッドさんは、霧に覆われた穴底を覗き込む。
「えっ、こっちじゃないんですか?」
「いやいや、ここを通ろうなんて普通は考えねぇって」
でも他に鐘塔へ繋がる道はなかった筈。
首を捻る僕が連れて行かれたのは、壁際の薔薇の花の彫刻が小さく雫を垂らす噴水前だった。
やっぱり階段を下りるのかと思った瞬間、ソニッドさんは持っていた球根をポイッと水盤へ投げ込んだ。
どんな意味があるのかと見ていたら、にょきっと白い芽が水面から顔を出した。
そのまま芽は蔦のように、一気に成長し始める。
薔薇の彫刻に行き当たった根は、進路を横に変えた。
同時にその直径も、あっという間に太くなっていく。
丸太程に成長した根は、壁に沿って向こう岸へと伸びていく。
唖然とする間もなく、噴水から生えた球根の芽は橋に変わってしまっていた。
なるほど、最後まで使い道の分からなかった萎びた球根はこうやって使うのか。
それに確かここの噴水の水には、育成の効果が祝福されてるってアーダさんが言ってたな。
あとよくよく見れば、彫刻や水盤にも微妙に角度が付いており、芽が崖側へ伸びるように設計がされている。
……こんな簡単に、向こう側へ渡れる方法があったのか。
「ほら、急がねぇと枯れちまうぞ」
壁際に出来た植物の橋を、ソニッドさんは慣れた足取りで向こう側まで渡っていく。
次いでニドウさんが渡り、僕がその後に続く。
最後はサリーナさんが、ドナッシさんに手を引いてもらって渡り終える。
皆が到着したのを確認したソニッドさんが、こっち側の噴水に絡みつく球根の先端を切り取った。
ああ、帰りの分か。
しかし鐘塔に何の用事があるのだろうか?
もしかして穴底の七層階段へ、簡単に進める方法も隠されていたりするのだろうか。
期待に満ちたままソニッドさんについていくと、今度は鐘塔の扉をスルーしてその裏側へと回る。
そこにあったのは表側とそっくりな扉だった。
「こんなところに扉が!」
「えっ? 気付いてなかったのかよ!」
すみません、塔に辿り着けた喜びで周囲の捜索までしてなかったです。
まさに、これこそ鐘塔もと暗しか。
扉の先は長い下り階段へとなっていた。
どうやら霧氷龍が守っている穴底の階段とは別ルートっぽいというか、こっちが通常ルートなのか。
「よし、ここから七層へ行くわけだが、ちゃんと宣誓書の内容は覚えてるな」
「はい、バッチリです」
出発に少し時間が掛かったのは、七層へ行く前に守秘義務宣誓書にわざわざサインする必要があったせいである。
これまでも深層の秘密保持義務はあったのだが、ここから先の出来事は本当にうっかり口にしては不味いらしい。
「まあ驚くとは思うが、くれぐれも武器に手を掛けるなよ」
「なんか楽しみですね」
「ちょっと胃が痛くなって来たわ」
ちなみに今回の参加者で、七層初体験は僕とサリーナさんだけだ。
ニドウさんは世襲組の伝手で、何度か行ったことがあるらしい。
ランタンを手に階段を下りていくと、ざわざわと下方から声が響いてくる。
普通に考えれば、それはあり得ない筈だ。
他の小隊にさえ滅多に出会えないこの広い迷宮で、大勢の人の話し声が聞こえてくるなんて普通なら考えられない。僕の心の中で、期待値がぐんぐんと上昇していく。
階段の終着点は、大きな空間になっているようだった。
見慣れた発光石の明かりが、階段下を照らしているのが見える。
そして僕たちは、ついに七層へと足を踏み入れた。
階段下の空間は、迷宮組合のロビーほどの広さがあった。
天井の高さも同じほどだが、土と石に覆われている辺りは全くの別物だ。
広場の中央には大きな発光石が地面から突き出しており、周囲に燦々と光の恵みを分け与えてくれていた。
その発光石を囲むように、様々な品が並べられている。
山積みされた木材。
銀色や黒色の毛皮たち。
並んだ壺からは、甘ったるい匂いが溢れ出していた。
まるでそれは市場のようであった。
品々の周りには、鎧姿の探求者たちが談笑したり品定めに勤しんでいる。
よく見れば、広場のそこらじゅうを人が歩き回っている。
驚きの風景を前に、僕は思わず目を擦った。
確かにこんなに大勢の人がいるのは、不思議ではある。
しかしここが七層探求の出発点であり、安全地帯と捉えれば人が集まるのも頷ける。
問題はそこではなかった。
僕が言葉を失ったのは、探求者たちに混じるようにその足元を走り回る存在のせいだった。
大きさは、僕の腰にも届かないだろう。
二本足で歩き、申し訳程度にボロ布を身に纏っている。
ずんぐりむっくりな体つきに短い手足。
黒いつぶらな目には、確かに知性の輝きらしきものが窺える。
だが、余りにもそれらは僕の常識から逸脱していた。
荷物をせっせと運び、探求者たちと熱心に取引を進める人ではないモノ。
七層の広場を駆け回っていたのは、緑色の毛に覆われた小さな熊たちであった。
『掠め取る』―斥候の上級技能。モンスターのドロップアイテムも入手できます
『影歩き』―斥候の上級技能。独特の歩法で攻撃の死角へ回り込みます




