護符集め
モルムの手袋が出来上がるのはもう少し先らしいので、その間に装備品の増強に勤しむことにした。
今日の狙いは『太陽虫の護符』。
大層な呼び名だが、実は六層北区の通行証のことである。
この間、通行用に二つ取ったばかりだが、その日の帰り道、甲虫の形をした護符を手の平でコロコロ転がしながらサリーちゃんが言い出したのだ。
「これ、護法の力が籠もっとるのう」と。
サラサさんに確認してもらったところ、サリーちゃんの見立て通り、護符には『安定』と『明来』の二つが授与されていた。
安定は体幹のズレを補正して、武器の命中精度や回避行動を手助けしてくれるナイスな真言だ。
もう一つの明来という聞き慣れない真言は、ニニさんに聞いてみたら呪紋の影響を正してくれるのだとか。
なるほど魔を退ける効果があるから、混沌に属する影たちが嫌がって通行証になっていたんだな。
今のところ魔術を使ってくるモンスターには、ほとんど出会っていない。
だけどこの先どうなるかは分からないし、それに安定の真言も見逃せない。
授与されている連射の小弓や蟷螂の赤弓を使ってきた僕だからこそ、その素晴らしさは身をもって体験している。
安定の効果持ちってだけで、前衛全員の分を揃えても良い魔法具だと思う。
ただ、ちょっとした問題はある。
神様の力は、組合せに相性が存在するのだ。
混沌の領域を広げる魔術と、秩序を保つのが目的の護法。
生命を育む創世の力と、終わりをもたらす終末の力。
ここら辺は相対する関係なので、同時に恩恵を受けるのは難しい。
もっとも呪紋や真言には干渉の幅があって、全てが相反するという訳でもないらしい。
実は集中のような良い精神状態と、状態異常を受けつけない不変は、両方の恩恵を同時に受けることも出来るのだ。
だけど明来のように、魔の影響そのものをなくしてしまう真言の場合、集中や過剰みたいな有益な呪紋までも打ち消してしまう。
ちなみに装身具も、あまり近い箇所だと干渉しあって性能が発揮できないケースが多い。
なので指輪や腕輪、首飾りや耳飾りなんかは、一点しか身に着けないのが基本だ。
ただ例外もあって、同じような効果を持つ装身具を重ねて装備して、ブーストを掛けるやり方もあるのだそうだ。
あと足環のように、ちょっと特殊な職業の人専用の装身具もあったりする。
まあ必要に応じて装備品を変えれば済む話なので、今日は護符を落とす兄弟番人を連戦する予定となった。
しかし前にやったように西区で番人を倒してから、北区の鐘塔を往復するのは流石に効率が悪い。
頑張れば一小隊でも倒せるのだが、何度も戦うのは流石に疲れる。
なので、シンプルな解決手段を取ることにした。
もう一つ、小隊を増やしたのだ。
「そんな訳で、よろしくお願いします」
「どういう訳かサッパリですが、盾ならお任せ下さい。ナナシの旦那」
「精一杯、頑張らせていただきやすぜ、兄貴!」
「よろしく頼む……」
まずは鬼人会の金板三人組、アーダさんと、グルメッシュ、それとドンドルさんだ。
「ふひひ、二つ加護持ちの魔法具とは、楽しみすぎて吾輩、腹がはち切れそうですぞ」
「普通、はち切れるのは胸だし、そもそもその通行証ってアンタとは相性最悪だろ。おっと、今日は誘ってくれて嬉しいよ、ナナシ」
先日、お世話になったダプタさんと、その相棒のローザさん。
今日はこの五人で、小隊を組んで貰うことにした。
鐘塔担当はリン、モルム、イリージュさんの年少組に、いざという時のためにニニさんとミミ子について貰っている。
こっちは遠隔攻撃手に僕とキッシェとサリーちゃんを揃え、何かあった場合の保険としてメイハさんが控えてくれていた。
混合小隊の方は、盾持、護法士、戦士が二人、魔術士と、偶然だが非常にバランスの取れた編成だ。
リーダーは、経験豊富なアーダさんにお願いしてある。
壁を走る弟番人は僕らが担当し、動きの鈍い兄番人はアーダさんたちに受け持って貰う作戦にした
全員分の護符を取るのに時間が掛かりそうだと判断して、午後一で六層に向かう。
番人前の小広場に到着した僕たちは、ちょうど休憩中の小隊に出くわす。
それは偶然にも以前、番人戦で共闘した世襲組の人たちだった。
▲▽▲▽▲
「よろしければ、一緒にやりませんか?」
声を掛けた瞬間、周囲の人がギョッとした反応を見せた。
ちょっとばかし唐突過ぎたかな。
「……何の話かね?」
世襲組のリーダーであるローブ姿の魔術士さんが、低い声で問い返してくる。
「通行証取りです。良かったら、共闘しませんか?」
小さく眼を細められた。
うん、この反応も仕方ないか。
向こうからすれば、誘ってくる理由をすぐに計りかねているのだろう。
僕らの人数を見て何かを察したのか、魔術士さんは唇の端を少しだけ持ち上げた。
「ふむ。条件次第では、話を聞いても良いがな」
「そうですね。兄番人の担当をお願いしても宜しいですか? 通行証が取れたら一戦で抜けて頂いても構いません」
「ふ、ふむ。少しばかり考える時間を貰おう」
「おいおい、兄貴。こんな訳分からん申し出、いくら考えたって答え出ねーぞ」
後ろから口を挟んできたニドウさんに、魔術士の確かレジルさんは慌てて振り返った。
そのままゴニョゴニョと、小声で言い争い始める。
その隙に、アーダさんたちに急いで承諾を得ておく。
「すみません、勝手に決めてしまって」
「いえいえ、何かしら事情がおありになるんでしょ? ナナシの旦那のやることには、間違いありませんからね」
「ええ、旦那様ですから」
いえ、結構間違ってばっかりです……。
あとキッシェは、何でも無条件に肯定するのは止めてほしい。
「オレは気にしない。いや、むしろ楽しみだな……」
「吾輩たちは初めてなので、お手本があるのは有り難い話ですぞ」
「ありがとうございます」
大人の方たちの優しい気遣いに、逆に胸がすこし痛む。
「え、あいつらとですか? 世襲組なんて関わらない方がいいですぜ、兄貴」
「なんだか気分の悪い奴らじゃのう」
グルメッシュとサリーちゃんは、ド直球な反応だった。
やっぱりこれが普通だよね。
僕も前までは、世襲組というだけで苦手意識があった。
詳しく知らないくせに、こちらを見下しているようなイメージを持っていた。
だけど番人戦で色々教えてくれたニドウさんや、キッシェを庇ってくれたセドリーナさんを見て、少し考えを改めたのだ。
やっぱり僕自身の目で見て、ちゃんと判断しようと。
「何か条件を足したいのでしたら、遠慮なく仰って下さい」
話を手早く進めるために声を掛けたら、不気味なモノを見る目付きをされてしまった。
善意を伝えるのって、なかなか難しいね。
「ちょっといいか?」
「はい、何でしょうか?」
なぜか話しかけてきたのは、大剣を背負ったニドウさんだった。
どうやら向こうのリーダーさんは、難しい顔のまま固まってしまったようだ。
「いやな。もう、狙いがサッパリ分からんので降参だ。なんで俺たちを誘った?」
アーダさんの首に光る太陽虫の護符を、チラリと見やりながらニドウさんは顔をしかめる。
北区通行証をすでに持っている以上、少なくとも一度はクリアしてる訳だから、経験者を必要とする意味は薄い。
片方を引きつける囮役ってことなら、兄ではなく面倒な弟番人を押し付けるはず。
しかも通行証が出れば一抜けでどうぞと、誘われる側からしたら好条件過ぎて逆に不安になるか。
ここは誤解を解くために、率直に話したほうが良さそうだ。
「いえ、その、あまり深い意図はないんです。今日は番人戦を七回予定なんで、一、二回増えても一緒かなって」
「はぁ? 七回?!」
「はい、全員分あったほうが便利かなって」
「この人数でか? 正気かよ……」
「だから皆さんを誘ったのは、そのついでというか、軽い思い付きなので……」
正直に打ち明けると、ニドウさんは喉を詰まらせたような顔付きになった。
しばし僕の顔を穴が空くほど見つめてきてから、ニドウさんはニヤリと笑ってみせた。
「お前、面白いな。オジサン、気に入ったわ」
なぜかそのまま、僕の背中をバンバン叩いてくる。
これ、前も同じことされたな。結構、痛いんだけど。
「兄貴、一緒にヤることにするぜ」
「なっ、勝手に決めるな! こんな怪しい申し出は絶対に――」
「イイってイイって。兄貴は細かいこと気にし過ぎなんだよ。それに俺の勘が、間違ってたことあったか?」
最後の一言を聞いたレジルさんは、額に血管を浮かべたまま黙り込んでしまった。
どうも傍からでは分からない力関係があるようだ。
「それじゃあ、よろしく頼むわ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
▲▽▲▽▲
一戦目を始める前に、ニドウさんに忠告しておく。
「そっちの番人、早めに発狂状態になるんで気を付けて下さいね」
何を言ってるんだという顔をされた。
「イヤイヤ、確かに通行証は持ってないけどね。オジサンたち結構、番人戦は長いのよ」
「でもたぶん発狂しますよ」
「面白いこと言うねぇ、ホント。でもオジサンたちも、一応はベテランだからね」
「知ってます。でも発狂しますよ」
「ハッハ、うんうん、若いってイイね」
僕の言った通りになった。
なかなか始まらなかったので、サリーちゃんが苛立ってしまったのだ。
腹いせの的にされた弟番人は、一瞬で奈落の底へ吸い込まれる。
戦闘開始から、わずか十秒だった。
それでも動揺せずに兄番人を無事に倒してみせたのは、世襲組の人たちの意地だったのかもしれない。
見応えのある戦いぶりで、アーダさんたちを奮い立たせる結果になったのも良かった。
兄番人の脳天を真っ二つにかち割ったニドウさんの大剣捌きを見て、グルメッシュなんか拍手してたし。
そのあとの二戦目、アーダさん小隊も無難に倒し終わり、僕はホッと息を吐いた。
アーダさんの黄金盾とドンドルさんの長い腕をつかった払い受けで防御はバッチリだったし、複数の短剣を使いこなすローザさんも大活躍だった。
グルメッシュは途中で兄番人に槍を奪われていたので、かなり駄目駄目だったが。
あと重紋式の呪紋の描き方ってのを、初めて見たがこれはこれで凄かった。
連紋式のモルムの場合は、細い線ですらすらと華麗に描き上げるようなイメージだ。
だけどダプタさんの場合、まず線がぶっとい。
そして豪快な動きで、何度もその線をなぞるように描いていく。
なんでも重紋式の方が効果は高いけど、描き上げるのにちょっと時間が要るらしい。
あと魔力にもかなり負荷が掛かるけど、短時間だから回復は早いのだとか。
逆に連紋式は連続して呪紋が展開できる分、一つ一つは効果が低い。
魔力への負荷もずっと続くので、魔力酔いを起こしやすい欠点がある。
対応力は高いけど、数が必要で負担も大きい連紋式。
瞬発力はあるが、発動に時間がかかり応用も効きにくい重紋式。
それぞれ一長一短ということらしい。
世襲組の人たちは一戦目で通行証を取れたので、すぐに引き上げるかと思ったが、なぜか僕らの戦闘を見守ってくれていた。
その後、三戦目から普通に参加を希望してきたので、兄番人を交互にやることになった。
おかげでさくさくと連戦できて、夕方には希望してた数を集めることが出来た。
終わる頃にはそれなりに打ち解けあって、ちょっと仲良くなったのが嬉しかったり。
主催した立場としては、かなり満足できた結果だった。
もっとも最後まで世襲組の黒い鎧姿の男性が、敵意剥き出しの視線を僕に向けてきてたけどね。
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