ぬったり、なめしたり、もめたり
「改めて紹介しますね、こちらは今回の依頼者のナナシさんです」
「初めまして」
「おお、評判はかねがね伺っております。こうやってお会いするのは初めてでしたな。この工房の長を務めておりますギルマムと申します」
僕の差し出した右手を、ギルマム店長は両手でがっしりと握ってくる。
かなり手厚い歓迎ぶりからは、年下の若造と侮る素振りは微塵も感じとれない。
人あしらいが上手いのか、それとも分け隔てない性格なのか。
今しがたの変な踊りや、僕に向ける温かい眼差しからは後者のような気がする。
挨拶の中に引っかかる言い回しがあったので、僕はリリさんに軽く視線を向けた。
仕草に気付いたのか、リリさんは澄ました顔をクスリと綻ばせる。
「ギルマム店長には、前にもお仕事をお願いされてますよ。ほら、ナナシさんの――」
「あ! もしかして矢筒を作ってくれた職人さん?」
「使い心地はいかがですかな? 注文通りの仕上がりだと自負しておりましたが」
「とても素晴らしい道具をありがとうございます。凄く使いやすくて、もうアレなしじゃ迷宮に潜る気になれないくらいです」
僕が今、愛用している少し長めの腰帯と四段重ね矢筒セットは、以前に組合経由で革職人さんの工房に特注した装備品だ。
その依頼を受けてくれたのが、この工房だったとは……。
なるほど、直にお会いするのは初めてだけど、道具を通じてならすでに出会っていたという意味か。
僕の賛辞を聞いたギルマムさんは、何も語らずただ頷いてみせた。
過信も謙遜も感じさせないその対応からは、真摯に仕事に向き合ってきた誇りがひしひしと伝わってくる。
うん、大丈夫とか疑ってすみませんでした。
あの使い勝手抜群の矢筒を作ってくれた人なら、諸手を挙げて信頼できるな。
「良い人を紹介してくれて、ありがとうございます。リリさん」
「いえ、こういったご案内も私のお仕事ですから。それとそちらの方は、織布工の長のモーナさんです。ギルマム店長の妹さんなんですよ」
指し示された方を見ると、先ほど奇妙な踊りを披露してくれた女性は、いつの間にかモルムと熱心に話し込んでいた。
すでに作業台の上には暗影布が広げられ、物差しと型紙があてられている。
その横で熱心にメモを取りながら色々尋ねるモーナさんと、楽しそうに工房のあれこれを質問するモルム。
一見、噛み合ってなさそうな二人だが、時折満足げに頷いたりしてるのを見るに、そうでもなさそうだ。
「おいおい、まだご注文下さったわけじゃないんだぞ」
「いえ、良いんです。是非ここでお願いしたいのですが、引き受けて頂けますか?」
モーナさんたちを止めようとしたギルマムさんに、急いで声を掛ける。
「それは大変有り難いお話ですな。もちろん喜んでと言いたいところですが……本当に当店でよろしいので?」
「はい、他所に頼む気はありませんので、引き受けて頂けたら大変嬉しいです」
「分かりました。そこまで言って頂けるのも、職人冥利に尽きますよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
二つ返事で引き受けてくれたギルマムさんに、感謝の気持ちを込めて頭を下げると驚いた顔をされる。
戸惑った表情を隠しもせず、ギルマムさんはもの問いたげな視線をリリさんへ走らせた。
だが澄まし顔に戻ったリリさんは、唇の端をほんの少し悪戯っぽく持ち上げるだけだ。
ギルマムさんは小さく鼻から息を噴き出すと、困った顔で頭を掻いた。
「お噂には聞いていたのですが、本当に腰が低い――おっと、失礼、丁寧なお人ですな」
よく分からず首を捻る僕に、ギルマムさんは慌てて言葉を続けてくれた。
「うちの店は銀板級の探求者のお客様もよくご注文に来られるのですが、横柄な態度の方も少なからず居られましてな」
「そうなんですか。それは大変でしたね」
「ええ、なので正直に申し上げますと、あまり良い印象はなかったのですよ。ですが、それも今日、ナナシ様とお話してみて、すっかり払拭されてしまいました。流石、若くして金板級になられただけのことはありますな」
たぶん注文した側は、作らせてやってるという気持ちなんだろう。
確かに相手によって、仕事に手心を加えるのはプロの職人とは言い難い。
だけど職人さんも人の子だ。
傲慢な態度の注文主より、人当たりの良い注文主のほうが仕事に集中しやすいだろうに。
偉そうにしたところで、満たされるのは己の自尊心だけだ。
が、丁寧にお願いすれば、結果的に自分の命を救える事態に繋がる場合もある。
迷宮における装備品とはそれくらい重要なのだが、そこに気付けているかどうかで道が別れるんだろうな。
「こちらからお願いをする以上、気持ちよくお仕事をして欲しいですからね」
僕の言葉にギルマムさんは目をまん丸にしたあと、再び手を差し出してきた。
もう一度しっかり握手をかわして、僕らは愉快げに頷きあった。
「ところで僕の噂って、どんなのが流れているんですか?」
握った手をそのままに、質問してみる。
手を引っ込めようとしていたギルマムさんは、ぎくりとした表情を浮かべた。
「ええっと、そうですな。いつも穏やかで、怒った顔を見せない方だと。それと女性に対しても、物腰柔らかだと伺っておりました。あとは年配の方にも、とても丁重な対応をされると……」
それってつまり、誰に対しても低姿勢だってことを、良いように言い換えているだけじゃ。
人間関係を無難にやり過ごすために、当たり障りのない話し方を選んできた弊害か。
でも自分を客観視してみたら、まだ十代なのに金板持ちで、可愛い女性とばかり小隊組めてて、色々とお店も所有したりしてる探求者なのだ。
もっと散々な悪評を立てられそうな立ち位置だし、腰が低いなんて評判は遥かにマシじゃないだろうか。
うん、有り難く受け入れておこう。
契約も無事成立したので、ついでに気になったことを尋ねてみる。
「さっき、暗影布を見て小躍りしてましたけど、そんなに凄い物なんですか?」
「みっともない姿を晒してしまい、お恥ずかしい限りです。ただ、この仕事はそれなりに長く続けてきましたが、裁断されていない暗影布を見るのは初めてですよ」
そういえばサラサさんに教えて貰ったが、暗影布を手に入れるには六層西区の蜘蛛を倒して落とす糸と端切れを交換してもらうのが普通のやり方らしい。
だから暗影布を使った装備品は、基本的に継ぎ接ぎだらけになるのだとか。
「これほど見事な一枚布でしたら、とびっきりの品が出来ますさ。ええ、思う存分、腕を振るわせて頂きますよ、旦那」
唐突に振り向いてきたモーナさんが、ずり落ちそうな眼鏡を押し上げながら僕らの会話に参加してくる。
「おいおい、浮かれるのは、注文の品が完璧に仕上がってからにしとけよ」
「だってさ、兄さん。こんな愛らしい探求者のお嬢さんが、あたしたちの作った手袋を身に付けてくれるんだよ。もう今から、胸が高まってどうにかなりそうだよ、まったく」
有名な探求者が身に付ける装備品は、それを作成した工房にも注目が集まるものらしい。
若手の注目株であるモルムなら、宣伝効果も十分に期待できるだろうな。
興奮した声を上げるモーナさんと、どこか楽しげにそれをたしなめるギルマムさん。
仲良さ気な兄妹の様子に、僕の気持ちも和んでしまう。
何となく羨ましくなった僕は、すっかり元気を取り戻したモルムにそっと耳打ちした。
「愛らしいお嬢さんだってさ。褒められてるぞ、モルム」
「…………うう、恥ずかしい」
そばかすを赤く染めた少女は、照れくさそうに僕の後ろに隠れてしまった。
▲▽▲▽▲
注文がすんなり終わったので、ほっと一安心していたが、そう簡単には終わらないようだ。
「これはどういうことか、説明してくれるかな」
納期や手数料をギルマムさんと相談し始めたリリさんや、モーナさんに寸法を細かく測って貰っているモルムの邪魔をしてはいけないと、先に売り場に戻った僕を出迎えたのは、誰かを問い詰める静かな声だった。
どこか聞き覚えのある柔らかだが芯の通ったその声は、ショーケース横の陳列棚から聞こえてくる。
覗き込むとそこに居たのは、長身のすらりとした女性と、僕らを案内してくれた女性店員さん、そしてキッシェの三人だった。
長身の女性の口調には、感情に任せた激しい響きはない。
むしろ落ち着いており、少しだけ困惑が混じったような口振りだった。
「黙っていても分からないよ。君がこんなことをする女性じゃないと、私に信じさせて欲しいのだが」
その問い掛けに、女性店員さんは悩ましげに顔を伏せる。
脇に立つキッシェも、明らかにうろたえた顔をしていた。
僕らが工房へお邪魔している間、キッシェは一人で夏の日差し除けの手袋を品定めしてたはず。
そこで何かしらのトラブルに、巻き込まれてしまったようだ。
ここは腰が低いという汚名を払拭する良い機会かもしれない。
「どうかしましたか?」
頑張ってやや強い気持ちを込めた僕の声に、女性たちの視線が一斉に集まる。
しかし一瞬だけ僕の方へ振り向いた長身の女性は、何事もなかったかのように店員さんへ向き直ってしまった。
あれ、今、軽く無視されたような?
僕と目が合ったので、気付いてない訳じゃなさそうだけど。
「あのう……」
「たいしたことでもないので、どうぞお構いなく」
打って変わったように長身の女性は、素っ気ない断りの言葉を口にする。
思わず怯みそうになるが、そこでキッシェの縋り付く視線に気付く。
「そうもいきません。僕の連れが何か失礼なことでも?」
そこでようやく長身の女性は、僕に興味を示してくれた。
もっとも背の高さは僕とあまり変わらないので、我が家の女性陣と比べるとやや平均から落ちるくらいか。
少し色の抜けた金髪に、高い鼻筋と灰色の瞳。
全体的に線が細くスラリとした体付きに、青を基調とした制服っぽいジャケットが良く似合っている。
見覚えのある顔だ。
確か六層で出会った世襲組の人かな。
美人で盾役だったから、記憶に引っ掛かっていたのか。
「何があったんですか?」
もう一度問い掛けると、長身の女性は僕の探求者認識票を見て納得してくれたのか、言葉を選ぶようにゆっくりと説明してくれた。
長身の女性、セドリーナさんは、この店でちょくちょく買い物をする常連さんらしい。
今回もちょっとした品を探していたが、生地の色合いが物足りなくて色見本を見せて貰っていたのだとか。
問題はちょうどキッシェも、色見本を参考に手袋を選んでいたことにあった。
そしてたまたま側を通りかかったセドリーナさんが、二冊の本の違いに気付いたのが今回の揉め事の切っ掛けだった。
「それがどうして問題になるんです?」
「見比べて貰えば、一目瞭然ですよ」
手渡された色見本を広げてみると、各ページごとに様々な色の付いた糸の束が張り付けてあり、その横に名前や産地の解説が付いている。
かなり細かく分かれているのは、この店のこだわりだろうか。
次いでキッシェが見ていた色見本を広げる。
こちらも同じような内容だが、明らかに違いがあった。
キッシェに手渡された方は、セドリーナさんの色見本よりも明らかに種類が少なかった。
直ぐには意味が分からず、何度も二つの色見本を見比べる。
やがてその理由に気付いた僕は、顔を上げて改めてセドリーナさんとキッシェを交互に見つめた。
胸ぐりが深い服装のせいで、キッシェの胸元からは亜人の証である鱗に覆われた肌が少しだけ覗いている。
目を伏せるキッシェに気付いたのか、セドリーナさんは再び俯いたままの女性店員に身体を向けた。
「私はこの人と剣を交えたことがある。短剣一つで立ち向かってきた彼女はとても勇敢で、とても強靭な決意を秘めていたよ」
そういえば今年の新奉祭の決勝で、二人は一騎打ちしてたな。
言い聞かせるような口調で、セドリーナさんは言葉を続ける。
「そんな素晴らしい女性が、こんな扱いを受けるのは我慢できないんだ。もしこの行為が、この人が亜人の血を引いているという理由だけなら、どうかお願いがある。ちゃんと君自身の目で、彼女を見て上げて欲しい」
僕はこれまで亜人差別について、あまり重要視はしていなかった。
だが現実には、こんな風に女の子たちが傷つく場面が出てくるのだ。
セドリーナさんの放つ言葉は、そんな迂闊だった僕の心を抉り、同時に奮い立たせていく。
「ね、よく見て貰えば分かると思うけど、こんなに美しい女性が亜人だからとかって、凄くどうでも良くならないかい? いやむしろ亜人だからこそ、この素晴らしいお肌があるのでは。失礼、ちょっと触ってみても?」
あれ、何か台詞がおかしいぞ?
なぜか僕の見てる前で、セドリーナさんはキッシェの胸元をねっとりとした手つきで撫で始める。
「うん、素晴らしい手触りですね、お嬢さん。この鱗の透き通るような光沢……ああ、これぞまさしく真珠の肌ですね」
気障な褒め言葉だが、やっているのはどう見てもセクハラだ。
状況が理解できず言葉を失っていた僕だが、キッシェの困り顔で慌ててセドリーナさんの行為を制止する。
「あの、その辺で止めて上げて貰えませんか?」
「おっと失礼。これは、つい夢中に」
途中までは凄く良い話だった気がする。
よく分からない微妙な空気の中、機会を待っていたのか唐突にキッシェが深々と頭を下げた。
「申し訳ありません、旦那様」
「え、なんでここでキッシェが謝るの?」
「その色見本なんですが、あれ私たち向けの品なんです」
駄目だ、さっぱり分からなくなってきた。
色数が少ない見本を、わざわざ作る意味があるのだろうか?
「実は竜鱗族って、認識できる色が普通の人より少ないんです……」
「え?」
「ええ?」
今度は衝撃の事実が出て来た。
呆然とする僕とセドリーナさんに、キッシェが申し訳なさそうな顔で説明してくれた。
この店はリリさんの紹介で、かなり前からキッシェたちも利用していたそうだ。
そして色の判別が付き難いキッシェに対し、お店側が用意してくれたのが例の色見本だったと。
増えていく亜人のお客さんに対しサービスを差別化できると、店も乗り気だったらしい。
なるほど、キッシェに恥をかかせないために、店員さんも理由を上手く喋れなかったんだな。
「黙っていて本当に申し訳ありません、旦那様」
「いや、言い難いことだし、気にしないで良いよ」
「セドリーナ様にも、ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、誤解が解けたのなら、私はこれ以上何も言うことはないよ。早とちりで責めたりしてすまなかったね、君」
爽やかに謝罪の言葉を述べるセドリーナさんに、店員は頬を染めて首を横に振る。
そのまま注文を済ませたセドリーナさんは、なぜかキッシェと店員さんにだけ笑顔を振りまいて店を出ていった。
良い人だけど、ちょっと変な人だったな。
無駄に精神がすり減った気がして深く溜息を吐いていると、リリさんとモルムが戻ってきた。
それから一時間以上かけて、三人が夏向けの手袋を選ぶのを手伝い、くたくたのまま我が家へ帰宅する。
なんだか、とても疲れた一日だった。




