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表と裏


 

 この迷宮都市に来て三年少しとなるせいで、田舎育ちの僕でも人混みをすり抜けるのは随分と上手くなったと思う。

 だけどやっぱり生粋の都会育ちには、まだまだ及ばない気がする。

 

 中央大広場に繋がる数本の主要道路の一つ、なめし革大通りは今日も多くの人で賑わっていた。

 傍目ですぐに分かる地味な服装の観光客たち。青い長衣は護法関係の巡礼者かな。

 人目を惹くカラフルな見た目の美人さんたちは、たぶん花街に出勤前なのだろう。

 その合間をすり抜けながら商品の宣伝に勤しむ飴売りや花売りに負けじと、呼び込みの子供たちが声を張り上げる。


 雑多な色が混じり合うそんな風景の中に、女の子たちは当たり前のように馴染んでいた。

 人の群れに平然と分け入りながら、スイスイと巧みに通りを進んでいく。

 

 物怖じせず先頭を歩くのは、我らが受付嬢のリリさんだ。

 なめし革組合の家育ちなので、この通りは実家の庭みたいな感覚らしい。

 迷う素振りは一切なく、歩き慣れた感じで僕らを案内してくれている。


 そんなリリさんの今日の装いは知り合いに声を掛けられるのを防ぐためなのか、灰色のニットワンピースに黒いニット帽の組み合わせと少々地味である。

 だが太ももまでピッタリと覆う服装のせいで身体のラインがハッキリと表れており、普段は抑え気味の大人っぽい魅力が溢れ出していた。


 その背中に容易く付いていくキッシェは、逆にいつものリリさんがしてそうなリリカルな服装だった。

 丈が短めのゆったりとしたワンピースで、薄緑地に白い花をあしらった模様もかなりキュートだ。

 ただ膝小僧が見えてとても可愛いらしいのは良いのだが、少し胸ぐりが深いのが気になったりもする。

 あんまり他の男に、キッシェの玉のお肌は見せたくないものだ。

 

 二人は何度もこちらへ視線を寄越しながら、先陣を切って歩みの遅い僕らのために道を作ってくれていた。

 もっとも彼女たちが過度に心配していたのは僕ではない。


「モルム、大丈夫か?」

「……………………うん」


 僕の腕の中に収まって身を縮こまらせるセントリーニ家の四女は、小さく頷きながら意思表示してくれた。

 だが汗ばむ季節だというのに、少女の肌はかなり冷たく顔色も今ひとつ冴えない。


 魔力酔いを起こしてしまった時と少し似ているが、あの時とはかなり事情は違っていた。

 モルムがこうなった原因は、ほんの些細なことが切っ掛けだった。


 今日は皆でお出かけするということで、昨夜のモルムは珍しく張り切っていた。

 普段はあまり頓着しない服装を、ミミ子やサリーちゃんに相談するほどに。


 その結果、今日のモルムは非常に可愛い見た目に仕上がってしまったのだ。

 サリーちゃんから借りた黒いショートドレスは、少女の華奢な体付きの魅力を余すことなく発揮する。

 さらに横縞の長靴下に覆われた細い足が、追い打ちを掛けるように魅力を底上げした。


 魔術士ソーサラーに義務付けられたフードの代用品としてかぶった、ベール付きのつばのない小さな帽子も不味かったのかもしれない。

 目元が隠されてしまったことで、余計に見たくなる男の心理をもろに煽ってしまうことになろうとは。

 

 黒いベールで顔を隠したドレス姿の美少女が、小さな針鼠に引き紐をつけて歩いているのだ。

 視線を向けないほうが、男としておかしい。 


 最初は意気揚々と先頭を歩いていたモルムだが、注目が集まるにつれ段々とその足取りが重くなる

 ついには僕にピッタリとくっついて、身を潜めるような形になってしまったという訳だ。

 それなりに慣れたとはいっても、大勢の無遠慮な視線に晒されるのはまだまだ早かったようだ。


「モルムが可愛すぎるから仕方ないよ。あと少しで着くから、もうちょっとだけ我慢しようね」

「…………うん、頑張る」


 飼い主とは真逆にだらしなく腕の中で寝こけるハリー君を抱きしめながら、少女は健気に俯く。

 その声に申し合わせたように、先を行く女性たちは笑みを浮かべた。


「もう着きましたよ、ナナシさん、モルムちゃん」

 

 顔を上げた僕らを待ち構えていたのは、大通りを外れ横道を少しばかり歩いた先にあるお店だった。

 あまり大きくはないが小奇麗な店先のショーケースには、色とりどりの手袋が飾られている。

 吸い寄せられるように僕の視線が、掲げられた大きな革製の看板に留まる。



 そこには"ギルマム&モーナの手袋専門店"と刻まれていた。


 

   ▲▽▲▽▲



 靴と手袋と帽子を作れる革職人と手袋しか作らない革職人、どちらが優秀だろうか?


 素人の僕からすれば沢山作れるほうが素晴らしいと思うが、この迷宮都市では逆なんだそうだ。

 専門であることが誇りであり、品質を突き詰めていくことこそが拘りなんだとか。

 それなりの出来の製品を手広く扱うのは、小さな町の革職人にでも任せておけという姿勢らしい。


 まあ確かに弓と剣と魔術が使えますってより、剣一筋ですって人のほうが強い気がするしね。


 というわけで、僕らが連れてこられたのは、リリさんお墨付きの手袋の専門店であった。

 目的はもちろん、先日入手した暗影布の加工である。


 結構な量があるので、最初は胴体部分の装備を考えていたのだが、それはサラサさんの忠告で取りやめになった。

 この暗影布という素材を使ってローブなんかを作るのは、全ての魔術士ソーサラーを敵に回す所業なんだとか。


 大袈裟に言ってるのかと思ったが、布の特質を聞いて納得した。

 実は暗影布は裏面と表面で違った性質を秘めており、裏面に隠されていた能力が明らかになったのは比較的最近のことらしい。


 それまでは呪紋の発現を阻害する表部分を使った対魔術用の防具として重宝されていたのだが、新しい効果が発見されて値段が高騰したとも。

 どうりで買取値段が凄い額になるはずだよ。


 素材は迷宮組合ラビリンスギルドに強制的に買い上げされてしまうので、手元に残したい場合はギルドの買取金額に上乗せして買い戻すという仕組みになっている。

 そして高値買取の素材の値段が、買い戻す際に跳ね上がるのは自明の理であった。

 

 苦労して取ってきた素材を自分たちで使おうとすれば、余計にお金に掛かるなんておかしい話だと思う。

 しかし迷宮組合ラビリンスギルドが儲けないと、それはそれでサービスが低下してしまう訳で。

 その辺りは、持ちつ持たれつで割り切るしかない。


「そんな貴重な布ですが、ここで裁断して貰って大丈夫でしょうか? 紹介して貰ってる立場で、物凄く失礼かと思いますが」


 革細工製品を大量に扱うなめし革大通りの表道には、大きなお店が軒を連ねていた。

 確かその中には、リリさんのご実家が経営に携わっている店舗もあったはずだが。

 僕のもっともな質問に、リリさんは小さく肩を竦めて困ったような表情を浮かべてみせた。


「それなんですけど、本通りの店は余り信用しないでください。あそこら辺は基本的に観光のお客さん向けなんですよ。融通が効きませんし、手数料も高いだけで利用はお薦めできません」

「そうなんですか。てっきり人気の高い名店が並んでいるのかと」

「確かに腕の良い職人もおりますが、そういう名工の方々は数ヶ月先まで予定が詰まってます。さしあたりな腕前の方に、ナナシさんのお仕事は引き受けてほしくないんです」


 詳しく聞いてみると、ああいう表道に並ぶ大店は職人組合の親方たちが経営する店舗ばかりで、商品の方は見習いを多く使った分業制のせいで品質は十人並みらしい。

 しかしお客が集まりにくい裏道には、各地を遍歴してきた職人が開いた店舗が多く腕は確かなところが多いのだとか。


「本当にお恥ずかしいお話です。序列の家は生き残ることばかりにかまけてしまって」


 リリさんの沈んだ横顔もそれはそれで魅力的だが、やはり曇り顔は悲しくなる。

 

「話しにくい内情を教えて頂いてありがとうございます。でも目立たないお店だって、こういう風に紹介して貰えたら僕らみたいなお客さんは増えていきますし、きっとそのうち表のお店よりも繁盛しますよ」

「ふふ、ナナシさんて慰めるのお上手ですね」


 あっという間に笑顔に戻ったリリさんは、店の扉を開けながら招き入れてくれる。

 うう、僕の気遣いが下手過ぎて、逆に気を使わせてしまったようだ。


「ようこそ、私のお勧めのお店へ」


 さほど広くない店内の壁は一面、棚となっており、様々な種類の手袋が見栄え良く飾られていた。

 中央の大き目のテーブルには、女性の目を引きそうなシックなデザインの品が並んでいる。


 ショーケースから入る光に加え、天井から下がる発光石の照明具で店の内部は隅々まで明るく、手抜かりなく清掃されているようで塵一つ見当たらない。

 入った瞬間に即座に分かるほど、この店は手入れが行き届いていた。


 なるほど、リリさんが推薦するのも納得のお店だな。

 手袋に全然興味がない僕でも、ついじっくり眺めたくなるような店構えだ。


 店内には数人の先客がおり、それと店員らしき女性がレジの横に立ってにこやかな笑みを浮かべていた。

 僕らが入っていくと店員さんの瞳が少しだけ大きく開き、小走りで近寄ってくる。


「いらっしゃいませ、エンリッチ様。今日はどのような品をお求めですか?」

「そうね、そろそろ日差しが気になるので、日焼け止めのを少し見せて頂けますか? ああ、それと店長にご紹介したい方をお連れしましたので、先にご案内をお願いできるかしら」

「いつも御贔屓頂き、ありがとうございます。かしこまりました、こちらへどうぞ」


 深々と頭を下げた店員さんに、さらっと店の奥へ案内して貰える。

 奥の方は工房となっているようで、なめした革や布地の雑多な匂いが入り混じっていた。


 僕らを出迎えてくれたのは、革製のエプロンに身を包んだ恰幅の良い男性だった。


「これはリリエッタお嬢様、こんなむさ苦しい場所へようこそおいで下さいました」

「先日も来たばかりじゃありませんか、ギルマム店長」

「そうでしたな、これは失敬。本日はどうされました?」


 ゴツゴツした指先はかなり皮膚が荒れており職人歴の長さが窺えるが、物腰の柔らかさには商売に慣れた感じが漂っていた。

 さり気なく視線を回して僕の探求者認識票を確認していたりと、目端が利くあたり色々と苦労してきた人のようだ。


「今日はこちらの素材で、腕を振るって頂きたいと思いまして」


 そう言いながらリリさんは、僕の後ろに隠れていたモルムに目配せする。

 さっきまでの不調が嘘のようにキョロキョロと工房内を見渡していた少女は、合図に気付いたのか急いで背負っていたランドセルの蓋を開いた。


 取り出した影のような布地を、気軽に手渡そうとするモルム。

 その何気なさに釣られたのか、受け取ろうと手を差し出したギルマムさんは寸前で動きを止めた。


 慌てて手を引っ込めながら、少女の手にある布をマジマジと見つめだす。


「こ……これは!」


 あんぐりを口を開いた店長は、リリさんと暗影布に視線を行ったり来たりさせる。

 そんな職人さんの態度を楽しそうに眺めながら、リリさんは小さく頷いて見せた。 


 次の瞬間、ギルマムさんはその場で飛びあがって大声を張り上げた。


「おい、モーナ! 大変だぞ、おい! 早く来い、モーナ!」 


 一瞬何事かと思ったが、看板の文字を思い出して納得する。

 確か、もう一人の職人さんの名前も刻んであったな。 


「なんだい、兄さん。あたしゃ今、手が離せないんだよ」

「いいから来い!」

「なんだってんだい。急ぎの品が溜まってんのにさ」


 工房の奥からパタパタと足音を立てて出てきたのは、小さな丸眼鏡を鼻の頭に乗せた女性だった。

 ギルマムさんと同じようにエプロン姿なのだが、こちらは布製となっている。

 体型がそっくりなのと、兄さんという呼び方からして二人は兄妹なのだろう。


「いいから見てみろ!」


 先ほどまでの丁寧な口調が嘘のような店長の言葉に、女性はしぶしぶといった感じで眼鏡をかけ直す。


「はいはい、こちらの布でござい――」


 動きが止まった。

 呼吸を止めた女性は、モルムの持つ布を穴が空きそうなほど見つめる。


 しばらくしてゴクリと大きな音と共に、女性の喉が動く。

 そして大きく目を見開いたまま、女性はギルマムさんへ視線を戻した。

 

 その反応に気を良くしたのか、店長はにんまりと笑みを浮かべる。

 次の瞬間、ぶるぶると震えていた女性は奇声を上げてギルマムさんへ飛び掛かった。


 それを軽やかに躱し、妹の右腕をがっちりと左腕で絡め取る兄。

 二人はそのまま、腕を組んだ状態でスキップし始めた。

 ぐるぐるとその場で回り始めた兄妹の姿に、モルムの目がキラキラと輝く。

 

 なんだろう、この楽しげな反応は。

 あ、逆回転に替わった。


 回り続ける二人には、ほんの少し前の職人然とした態度は影も形も消え失せてしまっていた。

 少しばかり不安になった僕は、リリさんにこっそり耳打ちする。



「ここに任せて本当に大丈夫なんですか? リリさん」

「え……ええ、たぶん」


 

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