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生命の値段



「生きてるんですか? これ!」



 大きく瞳を見開きながら、リンは素っ頓狂な声を上げた。

 その受け答えが期待通りだったらしく、ダプタさんは嬉しそうに揉み手をしながら問い掛けに答える。


「ええ、ええ、もちろん。正真正銘、生きた龍ですよ」


 確かに作り物と言われたら、逆に驚きそうなほどの造形である。

 鼻先の鱗の細かさや滑りのある眼球は、どう見ても生命が宿ってるようにしか思えない。


 だが龍の部分以外はどう見ても、ただの年季が入った盾だ。

 となると浮かんでくる答えは一つ。


「これ、有魂武器リビングウェポンですか?」

「流石は慧眼で名高いナナシ殿。ご察しの通り、この盾には生命が吹き込まれております。少々年老いてはいますが、老齢とはいえ万物恐るるに足るものなしと言わしめた龍。そこらの凡百の武器では、到底敵う相手ではありませんぞ」

「そりゃ龍ですから、当然ですよね! 強い! 凄い! 格好良い!」


 興奮し過ぎたのか赤みを帯び始めた目で、なぜかリンも一緒になって僕に宣伝してくる。


「あ、あの!」

「はい、何でしょうか? リン様」

「さっ、触ってみても?」


 さっきからうずうずしていたのは、リンの後ろ手に回された拳の握り具合でハッキリと見て取れる。

 リンの反応に気を良くしたのか、ダプタさんは大仰な仕草で盾へ腕を指し示した。

 

「どうぞどうぞ、ただ少々熱を持っております点にご留意ください。それと持ち上げるのも、ご勘弁頂きたい。今はまだ半分眠っておりますが、龍が完全に目醒たなら……おっと、これ以上は龍をよくご存じのリン様には余計なお言葉でしたな」

「分かります! 大丈夫、そ~っと触るだけですね!」


 あからさまなお世辞に照れ笑いで応えたリンであったが、急にキリリとした顔付きになって盾に向き直る。

 そして手荒れ一つない綺麗な指で、ちょんちょんと鱗の端っこのほうをつついてみせた。

 振り向いたリンの目はこれ以上ないくらいに輝いており、その口元は一仕事やり終えたように満足げに結ばれていた。


 いや、それじゃよく分からんだろう。

 僕も試しに龍の顎下に手を伸ばしてみた。


 ザラッとした鱗の触り心地は魚のとは違ってかなり硬く、編み込まれた鎖帷子のような感触だった。

 熱さはちょいと気になる程度で、焚き火に手をかざしたくらいだろうか。


 軽く掻いてやると龍は半ば目を閉じたまま、小さな煙の輪っかを鼻先からプカプカと吹き出す。

 結構可愛いというか、この辺りはシャーちゃんとよく似ているな。


「あ、あ、あ、隊長殿、ずるい! 私もやりたいです、それ!」 


 勢い込むリンを無視して龍の顎を撫でながら、僕はダプタさんに気になった点を尋ねる。


「この龍付き盾、イグナイでしたっけ? その、強いんですか?」


 龍が強いのは知っているが、盾に付いた顔部分だけでは本領が発揮できないのではないだろうか。

 それに武器なら分かるが防具である盾、しかも普通ならダメージを避けるべき顔面で攻撃を受け止めるのは、本末転倒な気がしないでもない。


「ええ、もちろんですとも――」

「滅茶強いはずよ。これが本当にイグナイやったらね」


 僕の疑問に答えてくれたのは、盾の飼い主ではなく同行者の女性であった。

 それまで沈黙を保っていたサラサさんが、眼鏡を斜交いにして裸眼で龍の盾をじっと見つめだす。


 改めて気付いたのだか、サラサさんの瞳孔って金色っぽいのか。

 普段は眼鏡に隠されていたせいで、気が付かなかったな。


 じっくりと盾を見定めていたサラサさんは、詰めていた息を静かに吐き出すと眼鏡の位置を元に戻した。


「……うん、やっぱり本物やね。でも炎腕がこの盾を手放すなんて、よっぽどの手を使ったんとしか」

「ほっほ、人聞きの悪いことを言わんで頂きたい。ちゃんと本人から預かった品ですぞ」


 ちらりと僕の方を見たサラサさんは、小さく溜息をつくとサラリと説明してくれる。


「――炎腕ガルンガルド、燃える腕の称号を持つ元虹色級カラーズ探求者シーカーで、この炎龍の盾と溶岩叩きって金槌振り回してた有名人なんよ。今は引退して鍛冶工房をやってるんやけど、この龍はすごく大事にしてて……売りに出すなんてちょっと考えられへんわ」

「そんな凄い人が持ってたんですね」

「ええ、ですから性能も折り紙つきでございますよ。まずこの鱗、再生能力がありまして多少の傷はへっちゃらです。相手が近ければ鋭い牙で噛み砕き、離れれば火炎の吐息フレイムブレスを吹き付けると遠近共に頼りになりまして、さらに盾全体を燃やして、熱傷を与えることまで出来ると。使いこなせれば、恐ろしい働きを魅せてくれる逸品なのですよ、リン様」


 なるほど、実績はすでに証明済みなのか。

 軽く顎の先を爪でカリカリしてやると気持ち良いのか、龍は盛んに黒い煙を上げ始めた。


 そして僕の隣では、赤毛の乙女の鼻息があられもないほど激しくなりつつあった。

 同時に真っ赤に染まりきった瞳で、僕と龍を交互に狂おしく見つめてくる。


 気持ちは分からないでもない。

 子供の頃からの憧れだった龍と、飛び抜けた性能を持つ盾。

 その二つが合わさったような存在だ。

 盾持ガードであるリンの心が焦がれるのも仕方ないか。


 できれば叶えて上げたいところだが、まだ一番肝心な箇所が明らかにされていない。



「――で、お幾らなんです?」



 僕の問い掛けに、ダプタさんはゆっくりと大量の指輪が嵌められている右手を持ち上げた。

 皆の注目を集めるなか、まず人差し指が上がる――金貨百枚。

 続いて中指――金貨二百枚。

 さらに薬指が上がりかけ――そこでリンが手を被せて押し留めた。


「帰りましょう、隊長殿。ダプタさん、今日は良いものを見せて下さってありがとうございました」


 振り返ったリンの目には、さっきまでの浮かれた様子は微塵も残っていなかった。

 だがきっぱりと割り切ったように見えて、その指先が微かに震えを残していたのを僕の眼は見逃さない。

 健気なリンの様子に僕は深く頷いて、先ほどと同じ問いを再び投げ掛ける。 


「それで、お幾らですか?」

「金貨三百八十八枚ですな」

「買いましょう」

「待って下さい、隊長殿! 正気――いえ、隊長殿はいつもきちんと考えておられますね。でもまずは、みんなの装備を整えませんか? そのお金を使えば、二等級ほど上の装備にできますよ」


 驚きと痛みを伴った顔で、リンは僕を押し留めようと冷静に言葉を選ぶ。

 おもちゃをねだってみたら、家計に直撃しそうな値段だと聞いて慌てて心配する子供のような素直さに、僕とサラサさんは目を合わせて笑い合う。


「そろそろ、リンの盾を買い換える予定だったんだ。ここは渡りに船だし、ちょうど良かったよ」

「いえ、待って下さい。そのお金は、もっと他にいっぱい使い道がありますよ」

「だからこれも僕が良いと思える使い道の一つだよ。そもそもだな、みんなの装備って言ったら、当然リンも入るんだぞ」


 僕の返答から決断の深さを読み取ったのか、リンは説得の矛先をサラサさんに変える。


「サラサさん、隊長殿を止めて下さい! 金貨三百八十八枚なんて大金があれば、もっと投資に回せますよ。絶対にそっちのほうが良いですって」

「あのね、リンちゃん。期待してる探求者の装備にお金を投じるってのは、まさしく立派な投資なんよ」


 サラサさんの格好いい台詞に、リンは喉に飴玉がつっかえたような顔で言葉を失った。


 モンスターの攻撃力が半端なく上昇する深層は、盾役の装備を最優先で整えるのがセオリーだそうだ。

 リンには話してなかったが、実はサラサさんに頼んで前々から新しい魔法具アーティファクトの盾を探して貰っていたのだ。

 

 だからこそ今回の話は、ピッタリだったわけで。 

 というか、嵌り過ぎて正直、胡散臭さまで感じるレベルだけど。


「ありがとうございます。ナナシ殿」

「いえ、こちらこそ、良い買い物をさせて頂きました。お礼を言わせて下さい」


 そそくさと黒い布で包んだ盾を、ダプタさんはリンにうやうやしく手渡す。

 まだ信じられないと言った顔で商品を受け取った赤毛の乙女は、僕とサラサさんと手元を何度も見比べたあと、ようやく事実を受け入れたのかゆっくりと顔を綻ばせてみせた。


 

   ▲▽▲▽▲



 客人が帰った後の客間を見回した眇の魔術士ソーサラーは、大きく安堵の息を吐いた。


 ともかくもう、あの龍の世話は懲り懲りであった。

 張替えたばかりの壁を睨み付けながら、これが三枚目の壁紙だったことを思い出して安心の吐息を溜息に切り替える。


 ただこれ以上、小火騒ぎを起こしていれば、商店街からの立ち退きの可能性もあったことを考えるに、壁紙代だけで済んだのは良しとすべきかもしれない。    


 ダプタは受け取った金貨の袋を持ち上げて、受け皿にぶちまけた。

 ずっしりとした感触を楽しみつつ、数えながら小袋に取り分けていく。


 本来ならこういった高額の取引はギルド紙幣で行うものだが、今回の委託主の希望でわざわざ金貨払いにしてもらったのだ。

 迷宮都市の外でも通用する貨幣は、紙幣に比べやや高めの料率となっている。


 その辺りの差額でダプタは少年らに借りを作らせる気でいたのだが、きっちりと揃えて来られたため目論見は失敗に終わっていた。

 だがその代わりに持ち運び用の不燃布の覆いや、断熱性の高い籠手一揃い、さらに取り扱いの方法を細かく記したメモといった取引材料を根こそぎ交換条件に引っ張り出されてしまったが。



「ほっほ、流石はオーリン家の才媛。見事な駆け引きでしたな」



 商談を鮮やかに進めてきた女性の姿を思い返し、ダプタは感嘆の息を漏らした。

 そう、まるでこちらの手の内が、予め全て分かっていたとしか思えない話しぶりであった。


「さてさて、ガルンガルド殿にご連絡を差し上げねば」


 そう言いながらも、ダプタはゆったりとソファーに身を沈めた。

 テーブルに手を伸ばしカップに残っていた冷めた香茶を飲み干しながら、湧き上がってくる笑みを無理やり喉奥へ流し込む。


 とうとう、あの少年と取引が成立したのだ。 

 

 取り巻きに女性が多い人物であれば、他人の真意を測れる指輪に食い付いてくるかと思いちらつかせてみたが、これは失敗に終わっていた。

 ならばと思い探していると聞いた盾を用意したところ、無事に飛び付いてくれたという訳だ。


 もっとも、重要なのはこれからである。

 今回の取引は、取っ掛かりに過ぎない。


 だが一度でも関係を持ったという事実は、次の取引への抵抗レジストを大幅に下げてくれる綻びでもある。

 さり気なく弓の買い換えに水を向けてみたが、満更でもない口振りであったことだし希望は多いに持てそうだ。


 現在の迷宮都市はあの少年が見つけ出した新たな階段によって、深層探求への機運はかなりの盛り上がりを見せている。

 虹色級カラーズの宝箱もこの半年で三個確認されており、熱狂の波はまだまだ収まる気配を見せない。


 だからこそダプタは、その波に是非とも乗っかりたかった。

 そのための一番の近道は、少年の持つ神遺物レガシーを先駆者に献上することである。


 これから先の展開に思いを馳せながら、小太りの骨董商人はその右目をぐるぐると回す。

 考えねばならないことは山ほどあった。



「……やれやれ『魔弾』も無茶を仰りますな。"永劫なる蛇"を手土産に持ってこいとは」





溶岩叩きラヴァハンマー―火の上位精霊を宿した神遺物レガシー。この槌によって着けられた火は対象を燃やし尽くすまで消えない

炎龍の盾イグナイ―火入れるものの名を戴く有魂武器リビングウェポン。迷宮開拓初期に見出されたが、残念ながら『不朽デュラブル』も付いておらず経年劣化が激しい老朽品である


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