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和解

くれくれ厨にうっかり恵んだら、ログインする度におねだりメッセージがくるでござる

 事の起こりは、僕が三人を夕食に誘ったのが始まりだった。



 回収した素材アイテムの鑑定が済むまで、ロビーの長椅子に座って僕らは気を緩めていた。

 なんだかんだと色々回って、結局ほぼ半日迷宮に篭もりっきりだったわけだし。

 

 少女たちは疲れきった顔をしている。

 まだレベル1の彼女たちでは、迷宮での長時間の探索はかなり神経がすり減ったことだろう。ただ同じレベル1のミミ子は僕の横で尻尾に包まってもふり状態で眠っているが、これは絶対疲れたせいではないと思う。


 さて次はどうしようかと考えた僕は、彼女たちを食事に誘ってみることにした。

 偶然ではあるが折角優秀で可愛い女の子たちと知り合いになれた事だし、この機会を逃すのはもったいなさ過ぎる。


「その良かったら、このあと一緒に食事はどうかな。美味しいコロッケのお店なんだけど…………あ、勿論誘ったのは僕だし勘定は気にしないで」


 こういうのって凄い勇気が要るね。けっこう手汗かいてしまった。


「お誘いありがとうです、隊長殿。もうお腹空いちゃって倒れそうでした」

「…………コロッケ……ってなに?」

「美味しいものだよ、モルム。僕は食べないけど」

「…………おいしい?! ……すごい楽しみ」


 ミミ子も耳をピコピコふって賛成してくる。いやコロッケという単語に反応しただけか。

 だが最後の一人は、そうは行かなかった。


「お気持ちだけ受け取っておきます。リン、モルム、そろそろ帰らないと。装備を隊長さんにお返ししましょう」

「えー、ごはんご馳走してもらおうよ」

「…………モルム、お腹すいた」

「そうだよ、遠慮することないよ。あ、それにその鎧は、君たちにあげたものだし好きに使ってくれていいよ」

「そういう訳にはいきません」

 

 こわばった顔をしたキッシェが、ロビーでいきなり鎧を脱ぎ始めた。

 それを慌てて止める。


「ちょっ、ちょっとまって。その、ごめん何か怒らせた?」

「いえ、怒ってません」

「でも眉毛がキュッと上がってるよ」

「これは生まれつきです。放っといて下さい」


 探索中からどうも様子がおかしかったが、ここにきて彼女の気持ちが露わになる。


「いやお金のことなら本当に心配しなくていいよ。これくらいならすぐに稼げるし」

「これくらいって――いい加減にしてください。もう満足したでしょ」


 あれ、なんか誤解されてる?

 もしかして金持ちの道楽とか、慈善ごっことかだと思われてるっぽい?

 散々見せびらかしておいて、気を許したら梯子を外すような悪趣味な遊びだと?

 それは不味いな。

 僕そんなにはお金持ってないし。


「二人とも準備して。素材の精算終わったみたいだし、もう帰るわよ。今日はお世話になりました」


 キッシェの有無を言わせない雰囲気に、二人はしぶしぶと立ち上がる。


「帰るって、この時期だと噴水広場かな」


 僕の指摘に、キッシェは驚いた顔で振り返った。


「これからもっと暑くなるから、あそこら辺結構過ごしやすいよね」


 噴水広場というのは、街の正門を入ってすぐの大きな広場だ。

 中央にでっかい噴水があっていろいろ便利なため、宿に泊まる金もない探求者シーカーの溜り場になっている。

 僕もこの都市に来て半年くらいは、お世話になったものだ。


「でも治安がよくないからぐっすり眠れないし、あんまり女の子にはお勧めできないな」


 僕の言葉に黙りこんだキッシェの目の下には、疲れの跡が薄っすら見える。

 たぶん他の子の分まで見張ってて、よく眠れてないんだろうな。


「あなたには関係のないことです」

「そりゃないかもしれないけど。そうだなぁ一回銅貨50枚のレンタルの小剣と木盾で丸一日こもっても、狩れるトカゲは精々50匹。皮のドロップは5匹に一個くらいだし買い取りが一枚10銅貨で、一日の稼ぎは多くて大銅貨1枚だ。そっから色々払って手元に残る30枚の銅貨で、食事代を考えれば宿に泊まるなんてあり得ない」



 淡々と昔の僕の暮らしぶりを述べると、キッシェたちは目を大きく見開く。

 全く一緒なんだろうな、今の彼女らの生活と。



「一日10枚の銅貨を貯めながら、もっとましな武器を手に入れようと頑張るんだけど、布切れ一枚じゃ攻撃は全部防げない。怪我をすれば治癒士へのお布施で、貯めた金なんて一瞬で消える。ゆっくり休めないまま無茶をして、ろくな動きができないから余計怪我しやすくなっての悪循環。迷宮って本当にキツイよね」



 当時は一本銅貨1枚の木の矢ウッドアロー代でヒイヒイ言ってたっけ。

 まあお陰で、矢を絶対外さない撃ち方を覚えたし良いんだけどね。



「僕も同じ苦労をしてきたから判るんだ。だから敢えて言わせてもらうと、このままだと君たちは近いうちに誰か死ぬよ」



 この言葉に誇張はない。

 現に彼女たちは巻き戻す前の今日のこの時間、黒殻甲虫ブラックビートルに襲われて全滅していた。

 トカゲやコウモリに慣れた初心者探求者の多くは、皮の三倍以上で買い取られる黒甲殻に惹かれて返り討ちにあうのが大半だと、以前サラサさんに聞いていた。


 僕の指摘に三人は黙ったまま、気まずそうに顔を見合わせる。

 たぶん僕の言葉を信じたくないけど、彼女たちも薄々は気付いていたんだろうな。


「僕が今日、君たちを小隊パーティに誘ったことに、気まぐれやひけらかしのつもりはないよ。本気で助けたいと思ってる」


 初めて迷宮で会った時のキッシェは、絶望に泣いていた。

 何かに期待しない人生でも、理不尽な終わり方には納得できるものじゃない。

 そして彼女は確かに泣いてはいたが、最後まで戦おうとしていた。

 僕にはそれが凄く……その凄いと感じた。

 

 巻き戻しロードができるお陰で、僕はこの迷宮都市で何とか生き延びることができた。

 キッシェたちのような子になら、この能力を使ってもっと良い未来、そう希望を見せてあげたい。

 そう思ったのだ。


 ってことは思っただけで、口にしたら恥ずかしいので言わないけどね。


「なあキッシェ。ここは隊長殿の厚意に甘えないか?」


 意外なことに口を開いたのは、赤毛の少女だった。

 その言葉に押し黙っていたキッシェは、顔をしかめながら口を開く。


「それがどういうことになるか分かってるの? リン」

「ちゃんと意味わかってるよ。キッシェって私ら子ども扱いしすぎだよ」

「でも!」

「今日、隊長殿と回って思い知ったよ。今の私たちのやり方じゃ何年やっても金は貯まんないって」

「それは、そう……だけど」

「ね~まだー? はやくコロッケ食べに行こうよ」


 重っ苦しい雰囲気をスルッと流してくれたのは、空気の読めなさでは定評のあるミミ子だった。


「おごるって言ってんだし、ゴチになればいいよ。そもそもさ~ゴー様、見栄張ってるだけだよ。私が来るまでずっと黒パンばっか食べてたんだよ、この人」

「それは今言う必要ないだろ」


 呆気にとられた少女たちはなぜか笑い出し、結局みんなで食事に行くこととなった。



   ▲▽▲▽▲



 タルブッコじいさんのお店は、ほぼ芋専門店だ。

 

 バターの風味が素晴らしいヴィシソワーズ。

 粘り芋を丁寧に刻んで、塩みかんの皮と和えた前菜。

 本日のメイン、シンプルな丸芋のコロッケは、衣はサクサクで中はホコホコと相変わらずの出来栄えだ。

 さらに仕上げのデザートは紫芋のスィートポテトと、とことん芋尽くしであった。


 お陰で僕が食べられるのは、レタスのサラダと白パンだけしかない。


「美味いです!」

「うん、凄く美味しい」

「……………………おいしい」


 気に入ってもらえて何よりです。

 あと、みんなちゃんとナイフとフォーク使えるんだね。

 思っていたより育ちがいいんだろうか。


「…………はじめて食べた…………死にそう」

「コロッケって美味すぎるね。これみんなにも、食べさせてあげたいな」

「リン! 今は止めて」

「あっごめん」


 みんな? 彼女たちの仲間がまだいるのかな。

 横目で観察してるのに気付いたのか、キッシェが露骨に話題を変えてくる。


「あの、隊長さんは召し上がらないんですか?」

「僕は芋が苦手なんだ」

「えっ? それならどうして……」

 

 仰々しいため息をついた僕は、満面の笑みで揚げ立てにかぶり付くミミ子をチラリと見る。新たなコロッケ信者が出来たことに、大変ご満悦のようだ。


「大事にされてるんですね」

「家族だからね」

「そうなんですか。その、刺青が見見当たらないですけど奴隷ですよね? ミミ子さん」

「うん、まあ呼び方はそうかも。でも中身は別物かな」


 むしろ、僕のほうが奴隷のように働いてますが。

 ちなみに契約奴隷は首輪か腕輪か足環を付け、終身奴隷は見える場所に刺青か焼印を入れるのが慣例だ。

 ミミ子の綺麗な肌に、汚い跡が残るのは嫌だったので刺青は断った。


「てっきり奴隷を集めるのが、趣味の方だと思ってました」

「ああ、そっち系って疑われてたのか。うーん、女性が好きなのは否定はしないよ。みんな魅力的だから小隊パーティに誘ったってのもあるし」

「えっ?」

「でもそれより今は、一緒に小隊パーティ組んでくれる方が凄い助かる。僕ら二人だけじゃ限界が来ててね」

「すみません。失礼な物言いをしてしまって」 


 僕がじっと見つめると、キッシェは顔を赤くして黙り込んだ。

 併せてキリッとしてた眉毛も、困った風に八の字を描く。

 やばいこの子、凄い好みだ。仕草とかが超ツボにはまる。


 僕はもう一度、間抜け顔でコロッケを頬張る狐っ子に視線を移した。

 油で艶を帯びた唇をペロリと舐めとるミミ子は、僕の視線に気付いて少しだけ眉を上げた。


「な~に?」

「ミミ子、お前には初々しさが足りなすぎる。もっとこの子たちを見習え」

「えっ? あの、そんな」

「みんな同じだとつまんないよ~。ミミ子にはミミ子の良さがあって、キッシュにはキッシュの良さがあるんだよ」

 

 さらに赤くなったキッシェに笑いかけると、なぜか悲しそうに瞳を伏せられた。 

 彼女たちには、まだ何か隠してる事情がありそうだ。


 という訳でそれを聞くために、我が家に招待することにした。

 大きいお風呂付きだと教えると、一も二もなく賛成された。

 やっぱり女性はお風呂大好きだね。


『タルブッコじいさんの芋地獄亭』―迷宮組合から西通りへ進み、聖堂広場へ通じる路地の角にある。星二つ

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