黄金のおっさん像
全く予想外の出会いに、僕の思考が停止した。
何でここにソニッドさんが居るんだ?
しかも、一人だけで?
ニニさんたちはどこに?
次々と湧き出す疑問に脳内が埋め尽くされる僕を尻目に、ソニッドさんはいつもと変わらぬ気さくな顔で近付いてくる。
「すまんが、今日は俺たちのほうが先客なんでな。悪いがここで、もうちょっと稼がせて貰うぜ」
先客?
稼ぐ?
何の話だ?
支離滅裂な思考が脳内をよぎる僕を気にする素振りもなく、振り返ったソニッドさんは鐘塔を見上げた。
「とは言っても、なぜか鐘が鳴らなくてな。ここからなら原因が見えるかと思ったんだが……」
「あ、あの!」
「うん? 流石に鐘塔で二小隊は無理だぞ。壁上の花狩りなら空いてるんじゃないか?」
「いえ、そうじゃなくて。……ニニさんたちは、塔の中に?」
「鉄壁姫? いや、今日は見てないな」
衝撃の答えに、思わず喉を詰まらせる。
だが首を傾げるソニッドさんの目からは、何かを隠している態度は微塵も感じ取れない。
僕らの尋常じゃない様子に気づいたのか、ソニッドさんは少し真面目な口調で話しかけてきた。
「どうした? 何かあったの――うわっ!」
ソニッドさんが声を上げて飛び退くとのと、僕が宙から落ちてきたソレを掴み取ったのはほぼ同時であった。
時を同じくして、頭上から重々しい鐘の音が降り注ぎ始める。
「おかえり、シャーちゃん」
「なんだって蛇が振ってくるんだ!? って、あいつら俺が外に居るのに、鐘鳴らしやがって」
舌打ちしながら慌てた様子で、ソニッドさんが塔の扉目掛けて走り出す。
戻ってきたシャーちゃんをギュッと抱きしめながら、僕も急いでその後を追いかけた。
「中を見学させてもらっても良いですか?」
「ああ、それなら歓迎するぜ!」
とりあえず、自分の目で確認しなければ。
まだ体力の戻らないイリージュさんを背負ったまま、ソニッドさんに続いて鐘塔の中へ足を踏み入れる。
矢狭間が四方に開いているとはいえ、塔の周りに立ち込める霧のせいで内部はかなり薄暗い。
一層はやや大きめの広間となっており、壁際に上がり階段があるのみの殺風景な場所であった。
中央が吹き抜けになっているせいで、天辺まで一息に見上げることが出来る。
ドーナツ状に張り出す階層の数は五つ。
各層は壁から突き出した石の階段で、昇り降りできるようだ。
「おーい、リぃダぁぁああ」
唐突に降ってきた大声に驚いて視線を上に向けると、最上層の手すりから誰かが身を乗り出しているのが見えた。
あれは盾持のドナッシさんか。
続いてヒョコヒョコと三人が顔を出す。
射手のセルドナさんと、魔術士のラドーンさん。
その隣の見慣れたソフトモヒカンは、グルメッシュか? 鬼人会の?
「たく、急に鐘を鳴らすなよぉぉ」
「それどころじゃねぇぇ。アレが湧いたぞぉぉ!!」
「マジかぁ! どこに行ったぁぁ?」
「いま、そっちに向かってるぅぅ」
「よし! 任せろぉぉ、挟み撃ちだぁぁ!」
怒鳴るように会話していたソニッドさんが、興奮した面持ちで僕らへ振り向く。
「やったぞ、坊主! これで俺たちも大金持ちだ!」
「話がサッパリ分からんのじゃ。何が起こっとるのじゃ?」
「見りゃ一発で分かるぜ、嬢ちゃん。付いてきな!」
飛び上がるように走り出したソニッドさんは、たちまちの内に階段を駆け上がって姿を消す。
顔を見合わせていた僕たちも、ほとんど力の残ってない体に鞭打ってその背中に続く。
何もない二層を素通りして、反対側の階段へ回り込り三層に到達する。
そこで僕らが目にしたモノは、小柄な影と対峙するソニッドさんの後姿であった。
「へっへ、大人しくそれを寄越しやがれ」
どこぞの三下のような台詞を吐きながら、両手に短剣を構えたソニッドさんが隙のない身のこなしでにじり寄っていく。
対する影人は初めて見る容姿をしていた。
北区市街地の住人よりも、さらに低い背丈。
しかも奇妙な角度に折り曲がった背中からは、大きな瘤が突き出している。
だがもっとも目を引くのは、その小男が持つ武器だ。
他の影とは違い、それは得物として実体化していた。
とはいえ、武器と呼ぶのははばかられる代物であったが。
影が手にしていたのは、金色に輝くフライパンだった。
ジリジリと壁際に追い詰められた小男は意を決したのか、黄金のフライパンを大きく振りかぶるとソニッドさんに飛び掛かった。
軽いステップで、難なく躱すソニッドさん。
二人が交差した瞬間、ソニッドさんの両刃もまた中空で交差した。
――鋏断。
転瞬、鮮やかに切り取られた小男の両手首が宙に舞った。
眩い輝きを見せるフライパンを握りしめたまま――。
くるりと華麗に一回転させてから短剣を鞘に収めたソニッドさんは、落ちてきたフライパンを片手で軽やかに掴み取る。
「はっは、いただきだぜ。見ろよ、これ。一体、幾らになるんだ?」
黄金で出来たフライパンを掲げて、ソニッドさんは自慢げに僕らへ振り向いた。
だが唐突に、その顔が驚愕に満たされる。
「……って、なんだ。おい、これどうなってんだ?!」
気がつくとソ、ニッドさんの腕が変色していた。
いや腕だけではない。肩、胸、首と、見る見るうちに異変に襲われていく。
フライパンから発せられた黄金色の輝きは、瞬く間にソニッドさんを覆い尽くした。
そして声も出せず立ち竦む僕らの前に現れたのは、黄金の彫像と化した男の姿だった。
その目と口は最大限に開いており、驚きの表情が見事に保持されている。
あまりの出来事に愕然としていた僕の耳に、階段を駆け下りてくる複数の足音が響く。
顔を向けるとそこに居たのは、馴染みの先輩たちであった。
「こ、これは一体、何がどうしてこうなったんだ?」
「リーダー! なんて姿に……」
フライパンを持ち上げた金色のソニッドさんを見つけた面々が、口々に叫び始める。
「分かりません。そのフライパンを触ったら、そんな風に固まってしまって」
「むむ、これはやはりあの文献は本当じゃったのか」
「爺さん、何か知ってるのか?」
「うむ。先程の黄金のフライパンを持つモンスターは、ここの小男たちの上位種というのは知っておるじゃろ」
「ああ、アレを湧かすためにずっとここに通いつめて来たのは、爺さんが一番良く分かってるはずだぜ」
ドナッシさんの受け答えに、難しい顔をしたままラドーンさんは言葉を続ける。
「先日、書庫の一冊で奇妙な記述を見つけてのう。それには呪われた紛い金の平鍋には決して触れてはならぬ、そう記されておった……触れるだけで、体組織を変性させる恐るべき魔法具……まさか実在していたとは」
「なんでそんな大事なことを黙っていたんだよ! リーダー、おい動けよ!」
「無駄じゃ……呪紋が発動した今、元に戻すことは不可能じゃ」
「糞! いくら大金を手に入れても、リーダーがこんなざまじゃどうしようもねえだろ」
「ソニッドさん、アンタはいつも俺たち鬼人も分け隔てなく誘ってくれた……最高のリーダーだったよ」
黄金のソニッド像を前に、皆が口々に悔し涙を流しながら別れの言葉を語りだす。
常軌を逸した出来事の連続に逆に冷静さを取り戻せた僕は、そのうちの一人、ソフトモヒカンの髪型をしたグルメッシュをこっそり脇に呼んだ。
「ごめん、一つ訊いても良いですか?」
「なんですか? ナナシの兄貴」
「結構、ソニッドさんの小隊に?」
「ええ、よく誘って貰ってますよ」
「ふむふむ。今日はニニさんたちを見かけてませんか?」
「いえ、姐さんをここで見かけたことはないですぜ」
「ありがとう。助かりました」
お礼を言ってから、黄金色に固まってしまったソニッドさんと、その体に縋り付いて号泣する他のメンバーをもう一度みつめる。
それからこの状況を解決する、たったひとつのシンプルな方法を僕は実践した。
――戻れと。
▲▽▲▽▲
ベッドの上であぐらを組んだ僕は、改めて状況を整理してみる。
「……つまり、こういうことか?」
僕たちが鐘塔に居ると思い込んでいたニニさんたちの小隊は、実はソニッドさんたちだった。
そして四人組のソニッドさんたちは、一人足りない分の補充として鬼人会のグルメッシュを誘っていた。
だから同じ鬼人会に所属するアーダさんの党員指輪の呼び掛けに反応したという訳か。
前回の緊急事態の呼び掛けは、さっきの黄金のフライパンを持っていたモンスターの仕業か。
たぶん先程と同じく、うっかり触れた誰かが金ぴかの像にされたんだな。
思い返してみると、かなり遅れてギルドのロビーに入った時は、いつも三人で固まっていた鬼人会のメンバーが二人しか居なかった。
ソニッドさんの姿も見当たらなかったし。
「ああ、そうか……それで鐘が鳴らなかったのか」
初回の時にはダプタさんの相手をして貰っていたから、ソニッドさんらは迷宮に潜れていない。
従って塔には誰も居らず、鐘の音も響かないという訳か。
イリージュさんが音を消せるからという点に飛び付いてしまったが、考えてみれば初めて訪れた層でそんなことをする理由もない。
そもそも塔の鐘が鳴るかなんて、あの時の僕らは誰一人予想できていなかったし。
どうやらそれらしい解答が示された時点で、符号しない部分を無視して強引に結論に結びつけてしまったようだ。
そう考えると、他にも同じような取り違いを起こしてる可能性は非常に高い。
見失ったニニさんたちの行方を握る鍵は、そこに隠されている気がする。
「ちょっと最初から、おさらいしてみるか。何か引っ掛かったら、教えてくれ」
「良いよ~」
思い出せる範囲で、初回の時の記憶や気になった箇所をざっと述べていく。
寝過ごして目覚めたら、昼過ぎだったこと。
ダプタさんの指輪を拾ったら、売りつけられそうになったこと。
南区でのんびり影を狩ったこと。
何事もないありふれた一日の記述は、ゆっくりと終わりに近付いていく。
そしてとうとう僕が、我が家に帰ってきたところまで来た。
その瞬間、ミミ子の三角耳がピクリと動いた。
玄関先で交わした言葉を繰り返していると、狐っ子は意味深に何やら頷き始めた。
迷宮組合まで引き返して、受付での会話を全て再現し終えた僕は、期待に満ちた目で少女を見つめた。
寝起きで半開きだったミミ子の瞳が、いつの間にか全開になっていたからだ。
「もしかして何か分かったのか? ミミ子」
「……謎は少しだけ解けた~」
「全てじゃないのかよ!」
「とりあえず初めての日と同じように、一日過ごしてみようよ~。それでハッキリするはず」
「そうなのか? 信用して大丈夫なのか?」
「まかせて~。あと言い難いんだけど……」
言葉尻を濁したミミ子は、静かにベッドの端にあったシーツの小さな膨らみを指差した。
「これ捲って、確認してくれないかな~。物凄く嫌な予感しかしないけど」
話に集中していて気付かなかったが、よくよく耳を澄ませば、その盛り上がりからは小さな音が漏れていた。
――ゴロゴロと喉を鳴らすような音が。
飛行平鍋―鐘塔に湧く器物生命体シリーズ。実はフライパンが影人を操っている。非常に弱いが経験値は美味しい。
贋金作りの小男―黄金のフライパン型レアモンスター。フライパンで叩かれた物質は、黄鉄鉱の鍍金が施されるため強度が上がる。




