一層ブラックビートル狩り
まったりソロしてたら、廃人が全部リンクさせて持って行ったでござる
広げた傘のような大コウモリの群れが少女たちに迫る。
目前に迫る一匹を、黒い鎧の少女が盾で受け止めて空中に弾き返す。
そのまま空に浮いたコウモリに、片手斧を叩き込むが器用に躱される。
上半身が泳いだ体勢になったところに、新たな一匹が襲い掛かる。
だが少女は怯むことなく冷静に体を起こし、肩当でその攻撃を受け止めた。
鈍い音が響き、少女の身体が一歩後ずさる。
だが今度は、しっかりと当てられたようだ。
後退に合わせるように持ち上げた両刃片手斧が、二匹目のコウモリの頭部を下から綺麗にかち割る。
コウモリは小さく啼き声を漏らしながら、空中で消え去った。
コウモリを一匹倒して一瞬気が抜けたのか、吐息をついた少女の肩が少し下がる。
そこに三匹目が間髪入れずに飛びかかった。
咄嗟に盾を持ち上げるが間に合わず、コウモリの鋭い牙がその喉元に喰らい付く。
と思われたがギリギリの瞬間、コウモリの腹部を短剣が貫きその攻撃は未遂に終わった。
「ありがとう! キッシェ」
消えていく大コウモリの背後から現れた黒髪の少女は、短剣を構えたままその言葉に無言で頷く。
だが戦闘はまだ終わっていない。
さらに二匹のコウモリが、キィキィと甲高い啼き声を上げて向かい合う二人の少女へ襲い掛かった。
「えい!」
可愛らしい掛け声と共に突如、投げ矢がふわりと投げられた。
ゆっくりと弧をえがくその物体に、なぜかコウモリどもは反応し一斉に進路を変えて跳びかかる。
そのチャンスを黒髪の少女は見逃さなかった。素早く持ち替えた石弩から、鋭い一撃が放たれる。
羽根を打ち抜かれた床へと落ちる二匹。
足元でもがく二匹に片手斧と短剣が打ち込まれ、少女たちの戦闘は終了した。
「そうだねぇ、リンはもう少し腰を落とした方が良いかも。下半身が安定すれば、それだけ攻撃も守りも安定するし」
「腰ですね。了解です、隊長殿」
「キッシェは慎重になりすぎて、たまに動きにワンテンポ遅れがあるね。もっと思考を単純化した方が良い」
「単純化ですか……?」
「こういう時はこう動く、そう来たらこう躱すってパターンを予め頭に入れて置くんだよ。それを状況に併せて選ぶ感じ」
「難しそうですね。次は意識してみます」
「大丈夫、キッシェならすぐに出来るようになるよ」
僕の言葉にキッシェは嬉しそうな笑みを浮かべるが、すぐにその表情は石のように固くなる。少女の態度が変わった理由がわからず首を捻る僕の鎧の裾を、誰かがクイクイっと引っ張った。
振り向くとワクワクした目付きで、モルムが僕を見上げていた。
「…………モルムは?」
「モルムはパーフェクトだよ、言うことなしだ」
「…………ぐへへ」
「ただ、もうちょっと筋力をつけないとな。ほらこれも食べて早く大きくなるんだよ」
「………うん……モルム、こんな美味しいの……食べたの初めて」
僕が差し出したカツサンドを、少女は嬉しそうに頬張った。
この笑顔を見てるだけで、僕の心の疼きが癒やされていく。
「リンもキッシェも遠慮せずにドンドン食べてね。今日は多めに持ってきてるから」
「いっただきまーす」
「私はもう結構です……リン、食べ過ぎたら動きが悪くなるわよ」
「ああそうか。前衛だと当たりどころ悪いと、吐き戻しちゃったりするか」
しばらく攻撃を受けたことがないから、その感覚を忘れてた。
現在、僕らは一層の北区中央、二層階段前でくつろいで昼ごはんを食べていた。
午前中一杯使ってトカゲで武器の威力に慣れつつ、コウモリで多対多の捌き方の練習を終えたところだ。
三人とも正直、思っていたよりも遥かに優秀だった。
特にリンとキッシェは、初めて持つ大盾や石弩を器用に使いこなしている。
迷宮生活一ヶ月目とは思えない動きの良さだ。
あとモルムはなんか可愛いので、それだけで十分だ。
「しっかしこの盾凄いですね。いつもの小盾だと腕がしびれて、すぐに動けないんですよ」
「気に入ってくれて何よりだよ」
「この鎧も凄いです。攻撃当たっても全然痛くないですし」
「そりゃ布の服に比べたら、何でもましだよ」
「いつもなら痣出来るんですよ。ほらこことかまだ跡が残ってます」
リンが胸当てをずらし、その下の服をまくり上げて脇腹を見せる。
みずみずしい肌の上には、痛々しい青痣が広がっていた。
同時に柔らかそうな膨らみの下部分も僕の目に飛び込んでくる。
うん、とても大きい。
「リン、それくらいにして」
「あ、変なもの見せちゃってごめんなさいです」
「いえいえ、良いものだったよ」
なぜだがさっきよりもキッシェの声が固くなっている。
結構、打ち解けてきたとは思ってたのに、何か怒らせてしまったんだろうか。
もう少し様子をみてから、それとなく訊いてみるか。
「じゃあ、そろそろ続き行こうか」
「了解です、隊長殿」
「ガンバってね~」
「今、北区の中央だから、ここから外周に移動しつつ空いてる場所でモンスターを狩っていくよ。ほらミミ子行くぞ」
「えー」
「えーじゃない、ほら立って立って」
一層北区は、階段のある中央部分を何重も取り囲む半円状の通路が展開され、細い横道でつながる構造になっている。
外の輪ほどモンスターが強くなり、最も端の通路は一層の雑魚モンスターでは最強の黒殻甲虫の徘徊領域となっている。
今日の彼女たちにとって、因縁の場所かもしれない。
トカゲやコウモリを狩りつつ、午後の狩りの時間が順調に過ぎていく。
そしてその出来事は、発光石のランタンの明りがかなり弱まる夕刻になって発生した。
▲▽▲▽▲
三匹の甲虫を前に、少女たちは懸命に武器を振るう。
黒殻甲虫は大人の二の腕ほどの体長だが、黒光りするその甲殻はかなりの硬さを誇り並の武器では歯がたたない。その上、空中を素早く飛び回るので、攻撃をまともに当てるのもなかなか難しい相手だ。
だが三人ともこれまでの経験のせいか、その動きに戸惑いは見えない。
リンが盾で甲虫の突撃をきちんと抑えこみ、キッシェが短剣で止めを刺していく。
モンスターの攻撃が過剰になると、良いタイミングでモルムが投げ矢で気を逸らす。
少女たちにコンビネーションは、一つの無駄もなく回転していた。
二匹目の甲虫の翅を、キッシェの振るう短剣が切り飛ばす。
速度が落ちたところを、すかさずリンが叩き落とす。
これで残り一匹となった。
だが少女たちの動きは、慎重を期するあまり少し時間を掛け過ぎていた。
そのため最後の一匹を倒す前に、制限時間が来てしまう。
武器を構える少女たちの周囲を飛び回っていた甲虫が、不意にその行き先を変える。
唐突に後ろ向いた甲虫は、そのまま背後の通路に姿を消した。
「えっ?」
「あらま!」
「…………にげた」
いきなり飛び去った甲虫の姿に、三人は呆然として動きを止める。
これまでのモンスターは、戦闘中に逃げ出すことはなかっただろうし戸惑うのも無理はない。
そんな少女たちを、僕は通路の端へ呼び寄せる。
「おーい、こっち来て」
少女たちは釈然としない顔のまま、僕らの居る通路の突き当りまでやってくる。
「モンスターも逃げるんですね…………」
「ここに何かあるのですか? 隊長殿」
「うん、ここが一番狩りやすいからね」
首をひねる三人に、ざっと説明する。
「黒殻甲虫は罠モンスターなんだよ」
「罠モンスター?」
「一見普通だけど、実は危険な特性を持ってる奴を罠モンスターって言うんだ」
「カブトムシがそうなんですか?」
「あいつらは戦闘入って一定時間立つと突然、戦闘から離脱するんだ」
「…………うん。……逃げちゃったよ」
「そしてこの外縁通路中を巡って――――」
凄まじい量の羽音が騒音となって、通路の奥から鳴り響いてくる。
その意味を悟った三人の顔が、見る見るうちに強張った。
「――――仲間を引き連れて戻ってくるんだ」
通路を真っ黒に埋める虫の群れが、僕ら目指して急速に近付いてくる。
悲鳴を上げかけた少女たちを制し、僕はミミ子に呼びかけた。
「ミミ子頼んだよ」
「あ~い」
気の抜けた返事とともに、二十歩ほど先にもう一人の僕が現れる。
「ええええ?!」
「あれ隊長殿が二人に?!」
「…………ふえた!」
立ちすくむ僕の幻影に虫どもは一斉に襲いかかる。
格好の的だ。
僕は素早く矢を引き抜いて弓につがえた。
そのまま十本の矢を、一息に発射する。
『ばら撒き撃ち』――弦に複数の矢をつがえ同時に撃ち出す射手技能だ。
横殴りの雨のような矢の嵐が、黒雲の如くわだかまる甲虫の群れに襲い掛かる。
矢は一本も外れることなく、甲虫どもの甲殻を易々と突き破り床に叩き落とす。
続けてもう一度。
さらにもう一度。
ちょうど僕の幻影が消滅するのに合わせて、通路の黒殻甲虫も綺麗に消え失せた。
大量の黒い甲殻が、雨のように通路に降りしきる。
これレベル1の付き添いって名目がなければ、完全に素材乱獲としてギルドに通報されるな。
でもこれで少女たちの死亡フラグは、完全に消えたようだ。
僕はニッコリと笑顔を見せながら、口をポカンと開けたままの彼女たちに呼びかけた。
「それじゃあ素材を拾って、地上に戻りますか」
『ばら撒き撃ち』―射手の初級技能。五本同時発射できるが命中精度は低い