頼もしい助っ人
「今日、一緒に六層へ行きませんか? アーダさん」
やや意気込んだ僕の誘いに、豚鬼族の女性はつぶらな瞳をしばたたかせた。
無理もないか。
僕らの小隊は一人分空きがあるとはいえ、その欠員を積極的に埋めるような勧誘を普段はしていない。
理由は僕の能力やサリーちゃんの特殊性を、他人に感づかれたくないせいだ。
やはり人と違うということは、反感や嫉みを生みやすい。
もう十分に僕の家族が特別であり目立つ存在であることは自覚しているが、それを積極的に広めるかどうかはまた別の話だ。
だから親しい人でも基本的に、一緒に迷宮へ行くのはお断りしてきたのだが、今回はどうしても彼女の助力が必要だった。
「……駄目でしょうか? もう先約が入ってたりします?」
「いえ、大丈夫ですよ。ナナシの旦那」
「それなら是非!」
「え、ええ。私でよければお願いします」
よし、これでやっと確認が出来る!
鬼人会の副長を務めるアーダさんは金板級の盾持で、その防御の上手さには定評がある。
実は探求歴もニニさんより長く、迷宮往来の古強者だ。
ただ、あまり装備にお金を掛ける余裕がないせいか、深層には誘われにくいと聞いた。
前衛の重装備は三層の人型素材から作る白磁鋼装備から四層の赤蟹甲装備へ続くが、五層や六層には入手しやすい素材を落とすモンスターが居ないせいで空白地帯となる。
七層素材装備は値が張るので、おいそれとは手が出せない。
射手と同じく盾持も、金板の上がり立ての時期は本当に厳しいのだ。
特にアーダさんは膝を痛めて探求者を引退したご亭主にまだ幼い子供が二人と、一家の家計を一身で支え守る役割もある。
だが未だに白磁鋼装備止まりなせいか、自ら売り込んでも芳しい返事が貰えず、結局ロビーの隅で声がかかるのをひたすら待つ有様らしい。
しかし、生粋の有角種であるアーダさんのタフネスぶりは、噂に聞く限り凄まじい。
分厚い筋肉を豊かな脂肪が包み込む身体は、一角猪の突進を生身で受けても平気だと聞いた時は唖然としたものだ。
さらに豚鬼特有の鋭敏な嗅覚は、罠やモンスターを察知するのにも大変頼りになる。
何が待ち受けているか分からない北区へ向かう僕たちにとって、大変頼もしい盾役だ。
そしてもう一つ、僕が彼女を誘った理由があった。
「でも本当に良いんですか? 六層は未経験ですし、その……装備も」
「六層はそれなりに詳しいので任せて下さい。装備も少しばかり提供させて頂きます」
「…………何かあるんですね?」
「はい。実は今日中に、ニニさんにどうしても会いたい事情がありまして」
僕の言葉に、アーダさんは合点がいったとばかりに頷いた。
「それならお役に立てますよ、ナナシの旦那」
差し出されたアーダさんの手を、ぎゅっと握りしめる。
その指に嵌められた、飾り気の全くない灰色の指輪。
彼女の指輪こそが、今回の探求の行方を握っていた。
▲▽▲▽▲
「南区の影人はさほど強くはないですが、連携してくる点だけ要注意ですね」
「…………はぁ」
とりあえず最初の影人を倒してから説明を始めたのだが、アーダさんはどうやら集中できてないようだ。
生返事をする彼女の目は、サリーちゃんの呼び出した骨に釘付けになっている。
「もしかして、屍霊術士と一緒の小隊は初めてですか?」
「はい。組むどころか、見るのも初めてですよ」
やはり、稀有なのか。
正直、骨の召喚は反則技に近いしな。
屍霊術士四人と治癒術士で組めば、深い層まで余裕で潜れる気がする。
「ふふん、我の凄さに驚くのも無理はないのう」
「すぐに慣れますよ。それより、このエリアの確認をお願いしてもよろしいですか?」
待ち切れなかった僕は、薄い胸を張るサリーちゃんを脇にどけて、アーダさんに詰め寄った。
僕の焦る姿に苦笑を浮かべながら、アーダさんは腰のポーチから小さな音叉を取り出す。
そして篭手を外して剥き出しになった拳を飾る指輪に、軽く打ち付けた。
…………何も聞こえない。
だがイリージュさんが、びくりと背を伸ばしたので音は無事、発せられたようだ。
人の可聴域を超える音さえも拾い上げるとは、流石は長くて良い耳を持つ黒長耳族。
「返事はないですね」
「そうですか」
しばしの沈黙の後に、アーダさんが申し訳なさそうに結果を告げる。
まあ南区に居ないのは分かっていたので、ガッカリはしないけどね。
この党員指輪を使った確認こそが、今回の探索の要であった。
徒党の証である党員指輪は、特別な音叉で叩くと共鳴現象を起こすことが出来る。
それを利用して居場所を知らせたり、何かの合図に使ったりと、汎用性に優れた品だ。
特に今回のような遭難者の救出なんて場合には、とてつもない効力を発揮してくれる。
けれども残念ながら、僕はまだ徒党を結成していない。
しかしニニさんは鬼人会の長であるため、そっちの党員指輪を使えば探知できるはず。
だからこそアーダさんに、一緒に来て貰ったのだ。
いやホント、もっと早く気付くべきだったよ。
ミミ子の言葉がなければ、最後まで考え付かなかった可能性もある。
まあ、普段から党員指輪を使っていれば、簡単に思いついたかもしれない。
だが未だに、共に迷宮に挑める僕の家族は八人だけだ。
結成には、あと一人が足りないのだ。
その辺りについて少し前にサラサさんに突っ込まれて言葉を濁したら、悪巧みの笑みを浮かべていた。
あの人なら、ナナシ徒党募集オーデションとかやりそうで、ちょっと怖い。
でもこんなことになるなら、真面目に徒党の結成を考えておこう。
巻き戻しがある以上、まさかこんな事態が起こるなんて考えもしなかった。
うん……全ては、寝坊した僕が悪いのか。
「じゃあ、さくっと中ボスを倒して東区へ行きますか」
「出来るだけ頑張りますよ、ナナシの旦那……あまりお役に立てそうにありませんが」
「回り道ばかりで、なんとも面倒な階層じゃのう」
サリーちゃんの活躍で特に問題もなく、南区の影人兵士長を倒して鍵を入手する。
東区はあまり深入りせずに、ネズミを数匹倒すだけに留めた。
「反応がありましたか?」
「いえ……戻ってきませんね」
党員指輪を叩いても振動が発せられるだけで、他の指輪に伝わっているかまでは分からない。
気付いた相手が同じように音叉で叩いて返事してくれないと、意思の伝達が確認できないのだ。
だから探す対象が気絶してる場合などは、なんの手掛かりにもならない。
そこまで万能でも便利でもないということか。
さらに音叉の響きはかなりの距離まで届くのだが、障害物が多かったり入り組んだ地形だと範囲が狭まってしまう。
「西区からは、モンスターがやや強くなります。出来るだけ無視して最奥を目指しますよ」
「はい、やれるだけ頑張りますよ」
アーダさんの返事が、ややテンション落ち気味になってしまった。
サリーちゃんの活躍を、延々と見せ付けられたので無理もないか。
兵士長戦もネズミ退治も慣れてないと危ないので、手出しせずに下がって貰ったしな。
だが西区の兄弟巨人戦は、アーダさんにも頑張って貰う必要がある。
前回、じっくり見学出来たおかげで、兄弟巨人の厄介さはある程度分かっていた。
どちらかを先に倒すと、残ったほうが発狂モードになるってパターンだ。
まあ体力を削ると勝手に発狂したり、同時に倒さないと延々と復活し続ける奴らに比べたら可愛いものだけどね。
「サリーちゃんは弟を頼むよ。アーダさんは僕と一緒に兄の相手をしましょう」
弟巨人を先に倒すと、兄巨人の手が四本から六本に増える。
増えた分だけ切り落としたくなるものだが、実はその行為が罠になっているらしい。
腕を減らされた兄巨人は当然、新しい腕を生やすのだが、なぜかその手に片手斧は握られていない。
素手状態になったモンスターは、代わりに周囲の人間が振りかざす武器を狙い始めるのだ。
奪われた己の武器で攻撃される前衛の惨めな様には、掛ける言葉もないだろう。
酷い仕掛けもあったもんだ。
腕を敢えて切り落とさない理由を教えてくれたニドウさんも、少し苦笑いしてたな。
世襲組の戦いをつぶさに見たが、その辺りの対策を流石にキチンと考えてあった。
まず引っ張るのは広場の隅、角になってる場所なので、左右の壁が邪魔して横方向からの薙ぎ払いが出来ない。
必然的に打ち下ろすか、切り上げるかの二択しか腕の軌道がない。
盾役の二人が上下の担当を決めて、器用に捌いてたっけ。
女騎士さんが少し小柄だったので、二人の身長差が付いてやりやすくなっていたのも感心した。
盾役は延々と攻撃を受け止めるか弾くだけで、反撃はほとんどしない。
その代わりにニドウさんが巨人の背後からひたすら足を狙い、体積を削り取ってから脳天へ両手剣を振り下ろしてたな。
残念だが僕たちには、そんな持久戦は不可能だ。
なのでまずは、手数を減らして貰うことにする。
「ミミ子、上の手から狙ってくれ」
「あいさ~」
アーダさんの威嚇で、兄弟巨人戦は始まった。
広場の角に兄を連れ込んで貰い、その手首を狙ってミミ子の狐火と僕の矢で素早く落とす。
南区のボスとは違い、こっちは攻撃力がある分、防御がかなり薄いのが狙い目だ。
新たに生えてきた手に、何も握られていないのを確認して矢を放つ。
案の定、巨人は鮮やかに僕の矢を掴み取った。
巨人が振りかざす矢に、新しく矢を当てて即座に消し去る。
衝撃のせいで矢が消えると巨人の攻撃はそこで止まり、また新たな武器を探し始めた。
しばらくするとサリーちゃんが弟巨人を倒したせいで、にょきりと肩口に新しい手が二本生えてきた。
またもミミ子と協力して、今度はばら撒き撃ち改をぶち込んで手首を吹き飛ばす。
あとは下二本の手の攻撃をアーダさんが受け流しつつ敵対心を稼ぎ、上四本の手に矢を握らせては消していく作業を繰り返すだけだ。
途中で弟巨人を倒し終わったサリーちゃんに黒骨長足を召喚して貰い、弓矢の攻撃の一部を任せる。
そうやって余裕が出来た分を、本体の攻撃に回して体積を削り取っていく。
骸骨剣士やサリーちゃんが近寄ると、剣や鞭を奪われる可能性があるので今回は出番を控えて貰った。
矢がかなり刺さるようになったので、あとはお馴染みのパターンだ。
狐灯が指し示したのは、やっぱり巨人の頭部だった。
ひょいっとシャーちゃんを撃ち込む。
そしてまたもタイミング悪く、空いていた巨人の手が紫の矢を掴み取った。
大丈夫、ちゃんと学習してますよ。
――四連射っと。
蛇矢の尻尾部分に容赦なく四本の矢をぶち当てて、そのまま巨人の頭部に押し込んでやる。
まあシャーちゃんにとっちゃ、痛くも痒くもないだろうし。
頭の中を食い荒らされ、六本の腕を振り回しながら番人は消え去った。
同時に広場の床に、甲虫の形をした護符が現れる。
これが北区の通行証なのだ。
「よし! これでとうとう行けるな」
一応、西区でも党員指輪を鳴らして貰ったが、反応はなかった。
足早に蜘蛛広場や百足通路をすり抜けて、そのまま壁沿いに北区を目指す。
甲虫護符を首から下げたアーダさんを先頭に、僕らは北門へ恐る恐る近付く。
生唾を飲む込む中、恐ろしい威圧感を放っていた門脇の巨人どもは、黙って鎖格子を持ち上げてくれた。
ホッと安堵の息を吐く僕の眼前に広がっていたのは、大量の影人が行き来する街並みであった。
まさに市街地と言われるだけあって、ここは本当に普通の街のように見える。
ただし住人は全て、真黒な影で出来ていたが。
「アーダさん、お願いします」
「…………はい」
開けた街の大通りに向けて、音叉の響きが放たれる。
長い沈黙が訪れ――僕が失望の溜息を吐き出そうとした瞬間、アーダさんが嬉しそうな声を上げた。
「あっ、今、指輪が震えました――このエリアに居ますよ、ナナシの旦那!」




