門閥探求者の諸事情 前編
セドリーナ・ミラディールの属するミラディール家は、十四ある黎明探求者の系譜を尊ぶ家門の中でも、下から数えたほうが早い程度の席次である。
理由は至極、簡単だ。
家門から、虹色級の探求者が出なかったこと。
そして神遺物を、一つも所有できなかったこと。
この二点に尽きる。
才能溢れる初代探求者たちは迷宮で数多の魔法具を見い出し子孫へ遺したが、代を重ねるにつれてその遺産の大きな問題点が明らかになる。
実は神の奇跡が宿った魔法具たちにも、普通の道具同様に耐久性というものが存在していたのだ。
いかに優秀な魔法具であろうとも、使えば消耗するし破損もする。
時間が経てば、品質は当たり前に劣化してしまう。
優秀な初代の遺産は、三代目辺りでそのほとんどが摩耗して価値を失った。
その頃にはまだ魔法具の研究が今ほど進んでおらず、修復や手入れの方法が確立されてなかったせいもある。
もちろん子孫たちも、その状況に手をこまねいていたわけではない。
偉大なる先祖の財産を食い潰す前に、新たな魔法具を入手しようと彼らなりに奮闘した。
だが宝箱がいつ出るか、何が入っているかは完全に運任せだ。
優秀な遺伝子を引き継ぎはしたものの、運勢までは血筋に頼れない。
この辺りの世代で、多くの家門が探求者稼業から身を引いていった話が伝わっている。
ただ全ての子孫が、そうだったわけではない。
蓄えた財を投資に回して、探求者を続けながら迷宮で採れる素材の加工や販売を手がけ、のちに職能ギルドを創り上げた家もある。
またある者はモンスターの挙動や生息場所を調べ上げ、より効率的に宝箱を出現させる探究を進めた。
他にも魔法具の性能を詳細に分析した者や、さらには魔法具を使った戦闘方法を洗練し、戦技にまで昇華させた者など。
これらの成果は、後の迷宮組合のモンスター生態調査部や魔法具管理部、技能訓練所の設立の先駆けとなった。
そしてそんな努力が続けられる一方で、救済の道もあるにはあった。
決して色褪せない特別な魔法具、神遺物の存在である。
永遠に劣化せず、いかなる状況でも傷一つ付かない永続の神性を持つ特別な装備品に、その称号は冠された。
けれどもそれらを得るには、七色に輝く箱を見つけ出すしかない。
しかしながら虹色の宝箱が現れるのは、八層で極稀に、九層でも稀と言われるほどの低い確率である。
そもそも当時の公式最高到達階層は七層であり、それより深層は攻略不可能とまで言われていた。
前人未到の領域に踏み込むために、人は己の限界であるレベル6を超えた存在にならざるを得ない。
ゆえにレベルの壁を突破し覚醒した者は、虹色級の称号を戴くこととなった。
覚醒者を有し、運良く神遺物を入手できた家は、探求者の頂点へ躍り出ることができる。
三世代目以降は、その考えが主流となった。
五世代目には各家が虹色級の探求者をそれぞれ選出し、とっておきの武装をさせた一小隊を深層へ送り込む作戦が実行されるまでになる。
この目論見は、誰もが少なからず予見していた結果に落ち着いた。
人跡未踏の地で、彼らは人知れず消息を絶ったのだ。
救助のために様々な計画が立案され、その全てが失敗に終わった。
この教訓から生まれたのが、虹色級の活動を円滑に進めるための補助者制度である。
今も三つの家が、この補助者業に従事している。
また各家合同の深層探求は頓挫したが、有力家同士が協力し合うことの有益さ自体は深く認識されることとなった。
これ以降は相互援助の関係が自然と出来上がり、各家の結び付きは強固かつ排他的になっていく。
なお覚醒者たちと運命を共にした貴重な神遺物の数々は、当時の小隊長の名を取り"イリーナムの遺産"と呼ばれ、これを取り戻すことは未だに全家門の悲願となっている。
もっともその大半は迷宮に還ってしまっているだろうが、当時の携行装備目録には『眼外の小袋』と記された項目がある。
この袋は掃除屋の感知から逃れることが出来るため、その中身が手付かずで残されている可能性は大いに考えられる。
それゆえ財宝の詰まった小さな袋に、今なお果てなき夢を抱く者は少なからず存在した。
話が脇道にそれてしまったので本筋に戻すと、虹色級の探求者を輩出し神遺物を揃えることが出来た家門は、名家と呼ばれ大きな影響力を持つに至った。
そのどちらも得られなかったミラディール家は、末席に留まるしかないというのが実情である。
ただしミラディール家には、他の消えていった家門と違い名を残せた理由がきちんとあった。
一つ目は、良質な探求者が多い家系であったこと。
特に需要の高い盾役には定評があったため、必要とされる機会が多かった。
今や門閥と呼ばれる探求者名家たちの面子が試される新奉闘技祭の競技者に、今年は四名も選ばれた時点でその優秀さが窺える。
なのに下位の部では準優勝に終わり、ただでさえ狭い肩身がさらに骸骨なみに細くなりかけたが。
二つ目は、聖痕物を何点か所有していたおかげである。
聖痕物――害意を含む場合は呪忌物と呼ばれるそれらは、神の本質を宿す神遺物には劣るが、人の限界と言われる第七階梯真言『不朽』が授与されており、経年劣化を免れることが出来た逸品だ。
もっとも材質の限度を超えるダメージを受ければ、当然ながら破損はするので無茶な使い方は許されないが。
現在、セドリーナが着用している清聖の鎧には、不朽の他に再生が祝福されており、高い防御力に加え、着用者の傷や疲労を少しずつ回復してくれる効果まである。
まさに盾役に相応しい装備なのだが、困った点も持ち合わせていた。
サイズが小さいのだ。
本来、盾役というのは、体格がもっとも重要視される職業である。
当たり負けしない頑丈な体付きと、体重が生み出す安定感。
しかしその必須条件と相反するように、清聖の鎧の寸法は平均的な成人男性の胴回りをかなり下回っていた。
逆であれば、何とかなったかもしれない。
だが小は大を兼ねることが出来ない。
かといって貴重な鎧を、倉庫に飾っておく余裕もない。
必然的にミラディール家は、素質のある女性を騎士に鍛え上げる道を選んだ。
幼少時のセドリーナの憧れの職業は、治癒士であった。
女性らしさに溢れ綺麗な衣服をまとい、男性陣にチヤホヤされ大切に扱われる……。
まさに女性探求者の勝ち組である。
探求者を目指す女性を対象に行われた、志望する職種の調査集計結果でも、治癒士は圧倒的一位だ。
そして大抵の場合、長く続く探求者の家系に生まれた女子は創命の恩寵持ちである。
自分も大きくなったら母のように、皆に尊敬され必要とされるんだと少女は考えていた。
しかし往々にして、子供時代の夢は叶わぬものだ。
同世代の少女たちよりも少しだけ目端が利き、身長が高かったのがセドリーナの不幸であった。
家長の一声で清聖の鎧の継承者となった少女は、優雅とは程遠い訓練漬けの生活へ放り込まれた。
それはセドリーナにとって望まぬ道であったが、家長の人を見る目は確かだった。
騎士訓練校を最優秀の成績で卒業したセドリーナは、その翌年には銀板を得てミラディール家の主盾の座に就く。
鎧を受け取る凛とした横顔には、少女時代の無邪気な面影は欠片も残っていなかった。
だがセドリーナの心を占めていたのは、己の人生に対する否定的な感情と育ててくれた家への義務感のみであった。
窮屈な鎧に身を押し込みながら、今日も女騎士は溜息を殺して迷宮へ赴く。
そして霧深い迷宮の一隅で、夢を諦めた乙女は一人の少女と出会った。
不朽―護法士の第七階梯真言。不変、堅固の流れをくむ最上位真言
創命の恩寵―創世の母神に授けられた治癒術の才能を指す言葉




