表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/201

共闘の提案


 

 確かに緩みはあった。

 こぼれたスープに、気を取られていたのもある。

 だからといって声を掛けられる距離まで、接近に気付かないのは流石にあり得ない。


 驚きで顔を上げた僕の目に飛び込んできたのは、鎖帷子姿の男性であった。

 たぶん世襲組に居た、長剣使いの戦士ファイターの人だ。


 すぐ間近まで来ていた男性は、興味深そうに僕らを覗き込んでいる。

 くるくると動く鳶色の目は、面白そうなことを見つけた子供のように輝いていた。


 もっとも全身に漂うくたびれた雰囲気からして、だいぶ僕より年上だろう。

 整った鼻筋に、無精髭が散らばる顎。頬には色の抜けた刀傷が見える。

 兜を外した戦士の人は、なんというか苦み走ったかなりの男前であった。

 

「わざわざ焜炉とか持ち込んでんのか? いや、これはアリっちゃアリだな」

「あ、はい。持ち込んでます」


 僕の気配感知ディテクションを易々とすり抜けてきた声の主に、つい律儀に返答してしまう。

 無難に生き抜くために、年長者には礼儀正しくする習慣が染みついてしまっていた。


「たまんねぇ匂いしてんな、オイ」


 男性の食い入るような視線が、僕の手のスープ入りカップに注がれる。

 見られてるだけなのに、ずっしりとした重みのような何かを感じる。

 これが目力というものなのか。


「……あの、良かったら飲みます?」

「おお、良いのか? すまん、ゴチになるわ」


 圧力に屈した僕が差し出したカップを、男性は嬉々として受け取る。

 ゴツゴツとした手で摘まむようにカップを持ち上げると、一息に傾けた。

 

 喉仏が大きく上下に動き、気持ちの良い飲みっぷりを見せる男性。

 火傷を心配して見守っていたが、ケロッとした顔で空になったカップを返してくる。


 が、その顔が突然、強張った。

 もしや苦手な味だったのかと思った瞬間、男性の口から呟きが漏れた。


「……なんだよ、これ……クッソ美味いじゃねーかよ!」


 なぜか僕の肩をバンバンと叩き出す。かなり痛い。やめてほしい。


「いや、マジで美味いわ。うん、これはかなりアリだぜ!」


 興奮した面持ちの男性の視線が、焜炉の上で素晴らしい香りを放つフライパンに、当然の如く吸い寄せられた。


「そ、それ、何作ってんだ?!」

「えっと、ハンバーガーですが……」

「マジか……こんな場所で、ハンバーガーだと……」

「だ、駄目じゃ! これは我のじゃ!!」


 涎を垂らさんばかりに作り掛けのハンバーガーを見つめる男性の姿に、サリーちゃんが慌てて立ち上がった。

 

「よし、嬢ちゃん。ここは交換と行かねーか? ほれ、コレでどーだ?」


 男性が差し出してきたのは、干涸びた青い豆であった。

 僕とサリーちゃんの手の平に、それぞれ一粒ずつ載せてくる。


「これ、何ですか?」

「俺らがいつも食ってる奴さ。良いから食べ比べてみな」


 迷宮の禁忌に引っ掛かるため、毒物を渡してくる危険はないはず。

 恐る恐る口に入れてみたが、味がしない。

 噛んでみたが、ぐにぐにとした歯応えだけで噛み切ることもできない。


 臭みのない堅いゴムのような代物だ。

 美味くも不味くもない口当たりに、なんとも言えない表情が浮かんしまう。


「なっ、ウンザリするだろ?」

「そうですねって、あれ?」


 気が付くと男性は僕の横で胡坐をかいて、ハンバーガーを満足げに頬張っていた。

 驚いて振り向くと、イリージュさんもビックリした顔になっている。

 たぶん無意識に、渡してしまったんだろうな。


 これは物凄い自然体というか、気付かぬうちにぐいぐい懐に入られているような気分だ。

 ただ、馴れ馴れしいわりに不快感をほとんど感じさせないのは、男性の率直な人柄がなせるわざか。

 

「うお! これタマランな。ハムの肉汁に半熟の黄身が絡まって、甘酸っぱいソースと抜群に合ってるぞ! またこのパンも美味い! 少し炙ってあるおかげで歯応えサイコーだぜ」


 興奮気味に解説してくれる男性。

 その頭に、ポンと真っ白な手が置かれる。


「なんだい、嬢ちゃん? オジサンは今、食事中なんだ。小遣いネダリなら後でななななな」

「我のハンバーガーの恨みを思い知るのじゃ!」

「サリーちゃん、待った待った。知らない人から吸っちゃダメだよ!」


 涙目で男性から生気を吸い上げる夜を歩く者ナイトウォーカーの少女を、慌てて止める。


「すぐにイリージュさんが新しいの作ってくれるから。ね、落ち着いて」

「そもそも何じゃ、お主は! 飯をたかりに来たのか?」

「う、むう、うむ。せっかちな嬢ちゃんだな。飯ってのはゆっくり静かに食うもんだぜ」


 ハンバーガーを飲み込みながら、男性は呆れた口調で返事をする。 

 その図太い態度に、サリーちゃんが苛立たしげに両腕を組んで男性を見下ろした。


「本当に何し来たんじゃ? お主は」

「何だったっけな。そうそう、飯が美味すぎて忘れるところだったぜ。質問、そう質問だ。お前らの目的を聞いて来いって、言われたんだよ」

「答える義理はないのじゃ。それを食ったら、さっさとあっちへ戻るのじゃ」


 世襲組が固まってる場所を、顎で指し示すサリーちゃん。

 だが男性は大仰に肩を竦めて、鼻を鳴らした。


「そうはいかんぜ、嬢ちゃん。俺らはちゃんと質問に答えた。次はお前らの番だ」


 突然の真面目な口調に、緊迫した空気が流れる。

 ここで、西区は初めてなので道案内代わりに使ってました。

 鐘塔まで行けたら用済みなんで、あと少し案内を頼みますって打ち明けたら怒られてしまうだろうか。


 押し黙ってしまった僕に男性は唇の端をわずかに持ち上げて、肩に手を親しげに回してきた。


「な、ここはさっくりオジサンに打ち明けてみな。こんな手の込んだ嫌がらせをしてくるってのは、よっぽど腹に何か抱えてんだろ?」 

「はぁ?」


 嫌がらせ?

 もしかして、門を開けて貰うために脅かした件を言ってるのか?


「随分と金と時間が掛かったろうに。そこまで思い詰めるってのは、オジサンあまり経験ないんだが、ま、人に話すと楽になるって言うしな」

「はぁ……」


 答えに詰まって、煮え切らない返事で誤魔化す。

 そんな僕の顔を一瞥した男性は、視線を逸らして床に敷いてある黒い布をポンポンと叩く。


「しかし値段の割に、座り心地は今一つだな、コレ」

「……のう、もしかして、その布はかなり貴重な品なのか?」


 サリーちゃんの問い掛けに、男性は顔を大袈裟に引き攣らせる。


「おいおい、そういう冗談は嫌いじゃないが……って、え? マジなのか?」

「ふむむ。実はよく知らんのじゃ」

「いや、嬢ちゃん、その頭の上のモンは何だ?」

「あ!」


 言われてみればこの敷布は、サリーちゃんのリボンとそっくりだ。

 たしか暗影布って、触ってると危ないんじゃなかったっけ?


「だ、大丈夫なんですか? これ、座ってても」

「ま、短い時間なら気にするほどじゃないぜ。って、マジで気付いてなかったのかよ」


 そこで、サリーちゃんに手招きされる。

 肩に回されたままの男性の手を外して貰い、少し離れた場所で声を潜めて相談する。


「どうしたら良いんだろ?」

「わざわざちょっかいを掛けてきたのは、あの布を随分気にしているせいかもしれんのう」

「まあ滅茶苦茶、大変だったしね。北の門の番人を倒すの」


 頷きながらもサリーちゃんの目は油断なく、イリージュさんと談笑する男性に注がれている。


「なんだか調子狂う人だね。サリーちゃんはどう思う?」

「うむ、底が見えん輩じゃのう。かなり全力で吸ったのに、ピンピンしておるわ」

「体力が物凄いのかな……。いや、そうじゃなくて、信用できると思う?」


 僕の問い掛けに、サリーちゃんは微妙な顔をした。 

 サリーちゃんの慧眼をもってしても、計りかねているようだ。


「とりあえず今の僕らの目的は、ニニさんたちを探し出すことで、それを邪魔してくる鐘塔へさっさと乗り込みたいってのが重要だよね」

「ふむむ。それは同意じゃ」

「なら確実に方法を知ってそうな人に、取引を持ち掛けるのも悪くないと思うんだ。幸いこっちの手の内には良い札があるようだし」

「うむ。異存なしじゃ。仮に我らを謀ろうとしても、お主が居れば影絵の狼も同然じゃしのう。すぐに裏が見破れるわ」


 サリーちゃんの言う通り、仮に選択を誤ったとしても、なかったことにすれば良い。

 ただ無闇に選択肢を増やすと、どこでフラグが立ったのかの見極めが難しくなるので、それだけは注意しておかないと。


「お待たせしてすみません。お話を聞いて頂けますか?」

「お、まとまったのか。で、どうなんだ?」

「えっと、僕らの目的ですが、あの門を抜けて先へ進みたいなと思ってまして」

「はあ、ふむ、なるほど。これはまた、回りくどい気の引き方だな」


 男性はまたも、尻の下の黒い布を気安く叩く。

 世襲組の気を引くための見せびらかしだったと、判断してくれたようだ。勘違いだけど。


「それで、良かったらこの布を少し差し上げますので、代わりに情報を頂けたらと」

「うん? 一緒に殺るって話じゃないのか?」

「いえ、倒し方を教えてくれるだけで結構なんですが」


 基本的に一匹のモンスター相手に五人以上で挑むのは、経験値が極端に減るため奨励されない行為だ。

 だがそれはあくまでも迷宮組合ラビリンスギルドの定めたルールであって、ギルドの目の届かない場所では大っぴらにやっているケースも少なくはない。

 とくに危険な状況では、助太刀するのは暗黙の約束だ。 


 だが最初から五人以上で挑むのは、やはり抵抗感が強い。

 

「もしかして四人で殺る気なのか? 自殺のやり方を教えてくれって話なら、流石にオジサンも困っちゃうぜ」

「そんなに強いんですか? あのモンスター」


 見た目は気持ち悪いが、手も足もない上に鎖で移動範囲は決まっている。

 遠距離攻撃の手段があれば簡単な相手だとしか思えないが、迂闊に手を出さなくて助かったと言うべきか。

 僕の視線の先に気付いた男性が、呆れたような声を上げる。


「いや、顔虫は殺っちゃだめだぞ。そういやお前ら交換人も殺してたな……もしかして殺すの大好きなのか?」

「え? 殺さないんですか?」

「殺さないよ! 怖いな、ホント」


 話がどこか噛み合ってないようだ。


「どうやらマジで門の開け方、知らないみたいだな」

「はい。すると、共闘するのはアレじゃないってことですね」

「それは番人のほうの話な。うん、ちょっと待ってろ。俺の一存で決めると、兄貴が五月蠅いんだわ」


 音もなく立ち上がった男性は、自分たちの休憩場所へ戻っていく。

 

「なんかあれ、番人じゃなかったみたいだね」 

「ふむむ。そうか、分かったのじゃ!」


 突然、サリーちゃんがポンと手を打ち鳴らす。


「道中の影が手や足だらけじゃったのは、あやつに顔が集まっているせいじゃろう」


 なるほど、言われてみれば……。



干し青豆―高カロリーで栄養価も高い行動食。ただし味はなく食感も最悪


語呂が悪かったのでモンスター感知ディテクション気配感知ディテクションに修正いたしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ