残念なお知らせと希望の花
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
「だから、門が開かんのじゃ」
「…………………………えっ?」
どうやらまだ、完全に目が覚めきってなかったようだ。
結構、長い時間気を失っていたようだし、酸素が脳まで十分に届いてないのかな。
まずはしっかり呼吸を整えてと。スーハースーハー。
意識がしっかり戻ったので、再び尋ねる。
「ごめん、もう一回良いかな?」
「だ~か~ら~、門が開かないんだよ、ゴー様」
「…………………………えっ?」
なんだか、またもあり得ない事実が聞こえてきた気がする。
いや、これは相当、脳が疲れているようだ。
天眼と五月雨撃ちの併用は、当分控えたほうがいいかもしれないぞ。
「大丈夫ですか? 主様。もしや耳の治療に、不手際がありましたか?」
「あ、それかもしれない。どうりで話が噛み合わないと思ったよ」
そう言えば投槍が至近距離を通過したせいで、左の耳がおかしくなってたんだった。
しかし幻聴が聞こえるなんて、変わった症状もあるんだな。
「それで、何がどうなったんだっけ?」
「何度も言うておろう。門番を倒したが、肝心の門が開かんのじゃ」
「…………………………えっ?」
「いい加減にしなよ~、もう。ちゃんと現実を受け入れなきゃ」
「そうじゃそうじゃ」
いや流石にミミ子とサリーちゃんに、現実を受け入れろ云々を言われるのは非常に心外だ。
休日になると居間のソファーでゴロゴロしながら、枕にするならどのおやつが良いかなんてのを真剣に話し合う二人組にだ。
サリーちゃんのマシュマロ枕は、まだ許せる。
途中で飽きるのは確実だが、まだ許せる。
だがミミ子の揚げパン枕ってなんだよ!
髪がくっ付くだろ! ネチャって!
と、突っ込んでる場合じゃなかった。
まあ確かに現実なんてのは、どう足掻いても受け入れるしか選択肢がないしな。
「分かった。受け入れるよ。門が開かない。はいはい、これで良いんだな」
「大人気ない返事じゃのう」
巻き戻し9回目にして、北の門の影巨人を倒せたのに、空振りに終わったのだ。
不貞腐れる僕の気持ちも、分かってほしい。
今回で巻き戻し数は、トータル15回目。
うん、大丈夫。まだ10回以上、巻き戻しは出来る。
落ち着いて行こう。
「それで……えっと、それは?」
「巨人の置き土産だよ~」
ミミ子が抱きかかえているのは、カーテンほどの大きさの真黒な布であった。
最初に見た時は、持ち運びできる影かと思ったが、どうも光を吸い込む糸で編まれた布地らしい。
巨人を倒した後に黒い水溜りが出来ていたと思ったが、あれが実はこの布だったんだな。
触ってみると物凄く滑らかだが、なんだか落ち着かない気持ちになる。
「なんか高そうだな。一応持って行くか」
先に進むヒントや手掛かりになるかもしれないしな。
今はどんな小さな物にでも、すがりたい心境だ。
最後に門に近付いて、仔細に調べる。
太い鉄格子は下りたまま、びくとも動かない。
隙間から見た街並みは、霧に覆われて静まり返っていた。
「どうするつもりじゃ?」
「このエリアの探索は、一旦あきらめるしかないな」
「残念じゃが、ま、望み薄じゃしのう」
サリーちゃんも理解しているようだ。
もしかしたら番人を倒す過程で、何かの条件を満たせば門は開くかもしれない。
だが北の門の番人は、家族の中で一二を争う攻撃手である僕とサリーちゃんが、やっとのことで倒せたのだ。
持久力はあるが瞬発力の乏しいニニさんたちの小隊では、厳し過ぎる相手といえるだろう。
現在、北区へ入るには、番人を特殊な手順で倒す。
もしくは倒す以外に、入る手段がある。
この二つが考えられる。
そして倒すという選択肢が消えた今、東区の門を開けた鍵のように、何かしらの手段を探した方が確実性が高いという訳だ。
怪しいのは、ネズミしか居なかった東区であるが――。
街の中央にそびえる鐘塔を、僕は苦い気持ちを抱えながら見上げた。
▲▽▲▽▲
「ここに、何かある気がするんだよね」
僕らが訪れたのは、西区の門の前であった。
小窓があるきりで、他に何の手掛かりもなかった場所だ。
「ここをよく見て貰えば分かると思うけど、見張りの影って直接狙えない場所にいるよね」
「それがどうしたのじゃ?」
「じっとしてるだけみたいだし、普通に考えて倒すのは凄く難しいと思う」
剣を持った手を突っ込んで振り回せばいけるかもしれないが、反撃されれば腕を失う羽目になりかねない。
長柄武器、例えば湾曲した刃が付いた大鎌とかなら安全に倒せるかもしれないが、毎回ここに入るために持ち込むのは現実的ではない。
これはつまり、倒す以外の何かがあると――。
「我でも簡単に倒せるのじゃ、ほれ」
「あ!!」
会話の途中でサリーちゃんが、骨片をポイッと小窓に投げ入れた。
「まだ話が終わってないのにぃぃぃ」
すぐに小窓の奥から、骨が軋む音と何かが床に引きずり倒された音が聞こえてくる。
しばらくして、部屋の中の物音が途絶えた。
「どうじゃ、あっという間じゃって。いたたた、それはやめるのじゃ」
薄い胸を張る少女のこめかみを、握り拳でぐりぐりしてお仕置きする。
人の話は、最後までちゃんと聞きましょう。
「これは困ったな。色々、試そうかと思っていたのに」
「そのうち鐘が鳴って、また湧くじゃろ」
「また適当なことを」
鐘の音が僕らの窮地を狙っているとしたら、簡単には鳴らさない筈だ。
そこら辺は説明したのだが、襲われた記憶が残っていないのでは無理もないか。
「東区に行って鐘を鳴らさせれば……いや、そうなると巻き戻しも必須になるしなぁ」
「なんだか分からんが、すまんかったのう」
「まあやっちゃったことは仕方ないし。うーん、ちょっとだけ待ってみるか」
という訳で、軽い休息をとることにした。
淹れて貰った温かい香茶を飲んで、張り詰めっぱなしだった緊張を緩める。
ついでにイリージュさんに膝枕してもらい、優しく回生を掛けて貰う。
うん、これは凄く良いなぁ。
実はイリージュさんは、下半身に少し、いや結構お肉が付いているのだ。
僕らと一緒に暮らす前は、ほとんど家から出ない生活を送っていたせいらしい。
迷宮に通い出してからは、やや引き締まっては来たが、それでも女性陣の中では屈指のぷよ腿を誇る。
ちなみに二番目に柔らかいのは、メイハさんだ。
ふんわりと頭が包まれる感触に、思わず満足の息が漏れる。
一面、白く濁る視界のせいで重苦しく感じていた気分が、瞬く間に楽になっていく。
半分目を閉じかけてウトウトしていると、待つのに飽きたサリーちゃんが壁の側をうろついている姿が見えた。
言い忘れていた注意事項を思い出して、急いで立ち上がる。
「サリーちゃん、そこ危ないよ」
「ふむむ。何かおるようには見えんのじゃが」
「見て貰ったほうが早いか」
イリージュさんにも知っておいて貰おうと思い振り向くと、僕の枕がミミ子に取られていた。
手を振ってから真上を指差すと、不思議そうに首を傾げられる。
まあすぐに分かるだろうと思い、壁に向き直る。
じっくりと吟味しつつ、距離を測って予想図を思い描く。
よし、バッチリだ。
「シャーちゃん、出番だよ」
蛇矢を構え、真上に弓を構える。
そして、何もない虚空に矢を放つ。
矢の行方を見守りながら、タイミングを見計らって軽く壁を蹴飛ばす。
振動で起き上がる一輪の影花。
そこにシャーちゃんが、絶妙の間で突き刺さった。
「おお、見事じゃのう」
細い茎の部分を撃ち抜かれた影花の花弁部分が、僕へ向かって落ちてくる。
脇に一歩ズレて避けると、地面に打ち付けられた衝撃でバラバラに飛び散って消えた。
消えた跡に、白く丸い何かが残る。
遅れて落ちて来たシャーちゃんを優しく掴み取ってから、地面のソレを拾い上げる。
「植物の根っこかのう?」
「そうか、これが萎びた球根か」
ドロップ品について語っていたニニさんの言葉が脳裏に浮かぶ。
同時に疑問が湧き上がってくる。
あの高さのモンスターを、どうやって彼女たちは倒したのか。
弓が使えるのはキッシェだけだが、僕の見立てではあの高さは少々彼女には荷が重い。
となると答えはたぶん、倒せる高さに生えてる影花がどこかに居るのだろう。
そしてそれは、南区や東区ではなかったと。
逆に考えればその場所を見つけられたら、目的地が近いと言えるのでは。
「面白そうじゃのう。次は我がやっても良いか?」
瞳を輝かせるサリーちゃんに、僕は笑顔で頷いた。
ちょっとした希望でも、有るのと無いのとでは大違いだ。
そのままつい時間を忘れて、花狩りに夢中になってしまう。
ふと気配を感じたので、そちらに顔を向けると――。
門が開いていた。
あれほど、頑なに開かなかった門が。
驚きで声を失う僕の目に、門の内側から踏み出す誰かの姿が映る。
僕の心臓の鼓動が一気に高鳴り、そして急速に沈み込んだ。
そこに居たのは全身を金属鎧で固めた、見知らぬ一団であった。




