一層トカゲ・コウモリ練習
得意顔でゲームうんちくを語ってたら、やんわり訂正されて赤面ログアウトでござる
「流石にこの時間だと、泥部屋は埋まってるだろうな。練習部屋もたぶん満室かな」
のんびり装備を整えていたので、午前中も半分が過ぎている。
「まずはトカゲかコウモリで、武器の使い方を練習しようか」
「あのすいません、隊長さん。質問よろしいでしょうか?」
キッシェは礼儀正しくて良い子だな。
主人の背中でぐーすか寝てる奴隷さんも見習ってほしいよ。
「泥部屋とは何でしょうか? あと練習部屋もよく分かりません」
「やっぱり知らなかったか」
「ごめんなさい。不勉強で……」
「いやいや気にしないで。判らないことはドンドン訊いてくれていいからね」
この辺りの情報は、多分この子達は知らないだろうと予想してた。
迷宮攻略情報の入手手段は、だいたい三種類に分けられる。
まず徒党に所属して、先輩徒党員に教えて貰う。
これは前段階が厳しい。徒党に入りたくても、それなりの実力がないとまず断られる。
勧誘している徒党もあるにはあるが、新顔で狙われるのは何かに秀でた人ばかりだ。
明日には死んでそうなレベル1を、わざわざ誘う徒党はほとんどない。
次は、迷宮組合の迷宮攻略講習を受けるというのものだ。
これは有料であるが、その階層の分布モンスターや罠の種類、注意点や攻略のコツなんかを優しく教えて貰える。
もっとも試練という名目があるので肝心な部分は少しぼかした感じにはなるが、それでも役に立つ情報は多い。
僕の情報も、ほぼここがメインだ。まあ受講記録は一切残ってないけどね。
最後は歓楽街などの酒場で、先輩探求者と仲良くなって教えて貰うという手段だ。
この辺りは有料講習も含めてキッシェたちには無理だろうな。
着の身着のままで迷宮入りしてる時点で、その日を暮らすのがやっとだというのは見て取れる。
僕もこの都市に来た時は、まったく同じような状況だったので、彼女たちの無知は他人事じゃなかった。
「泥部屋というのは一層の南東区にある部屋で、泥造人型が一体だけ湧く部屋だね」
この泥造人型は、ハッキリ言ってとても弱い。
動きが遅いうえに素材が泥だ。そこら辺の木の枝でも簡単に突き刺さる。
だがゴーレム自体はそこそこの経験値を誇るらしく、楽して安全なレベルアップを目指すなら、この部屋は欠かせない狩場であった。
そのため順番待ちが発生するほどの人気スポットであり、朝早く並ぶ人たちは大抵ここ狙いである。
「練習部屋は南西区の一番端の部屋で、こっちは飛行薬缶が一個だけ湧くんだ」
飛行薬缶、通称やかんは金属生命体だ。
どんな仕組みで空を飛び回るのかは判らないが、部屋に入ると大きなやかんが体当たりしてくるというシュールな光景に出くわすことが出来る。
このやかんは他に攻撃手段がなく、中身も空なのでそれほど痛くはない。
そのせいでこの部屋は、もっぱら武器の練習台に使われていた。
飛行薬缶はそこそこ持久力もあるし、動きもそれなりに速い。
何にもまして叩くと良い音がする。そのせいで、こっちの部屋も人気であった。
「そうなんですか。勉強になります」
丁寧に頭を下げるキッシェに、僕の中で好感度がうなぎ登りしていく。
実は泥造人型や飛行薬缶は、名前付きの上位種が湧くのでそれも人気のせいなのだが、今はさほど重要ではないのでその情報はカットしておく。
「いつもはどんなやり方をしてたの?」
「いつもですか? 一匹でいるトカゲやコウモリを取り囲んで叩いてました」
なるほど、皆がやってるやり方を真似してたのか。
「それじゃ、あのトカゲを釣りだしてみようか」
僕は、通路の端にぽつんと佇む迷宮蜥蜴を指差す。
迷宮蜥蜴は見た目も大きさもイグアナそのものだ。
ただし噛みつきはせず、なぜかジャンプして頭突き攻撃をしてくる。
それと後ろに回ると、尻尾を振り回してくるのが少し注意かな。
僕の合図で戦闘の練習が始まった。
まず、モンスターをテリトリー外へおびき寄せる必要がある。
これはモンスターの徘徊領域で戦闘していると、同種のモンスターが戦闘に参加してくる可能性があるせいだ。
もしくは再召喚されたモンスターが絡んでくる場合もある。
迷宮での集団戦闘は数の有利を生かして、いかに一対多に持ち込めるかが重要であり、複数を同時に相手することは出来るだけ避けるのが定石だった。
釣りと呼ばれるこのおびき出す行為は、だいたい身軽で素早く行動できる斥候か狩人の担当だ。
「それでは行きますね」
石弩を構えたキッシェが、慎重にトカゲを狙う。
迷宮蜥蜴は視覚感知なので、周囲の他のトカゲがこちらを見てない時に仕掛けるのが重要だ。
まあ一層のは、ほとんど単独湧きなのでそんなに気を使うことはないのだが、練習は大事だと思う。
キッシェから少し下がった位置で、リンが菱盾を持ち上げて戦闘に備える。
その背中にぴったりとくっつくように、モルムが待機する。
いやこれは待機じゃなくて、ただ隠れてるだけだな。
と、唐突に破裂音が通路に響き渡った。
同時に頭部を吹き飛ばされた迷宮蜥蜴が、ゆっくりと消えていく。
「えっ? ウソ……」
「何があったの、今?」
「…………わかん……ない」
目の前で起こったことが認識できずに、少女たちはあたふたと混乱し始めた。
キッシェは手元の石弩を何度も見直して、石弾がなくなっているのを確認している。
リンは盾を降ろさず警戒したままトカゲが消えた通路を凝視しており、その鎧の裾を掴んだモルムはキョロキョロと落ち着きなく辺りを見渡す。
やがて三人は一つの結論に辿り着いた。
「もしかして一回で倒しちゃったの?」
「そう、みたい……」
「…………すごい」
しまったな。
いくら中級でも魔法具は魔法具。
渡した石弩だと、一層の雑魚モンスターには強すぎたようだ。
これでは訓練にならないかも。
「あのっ、どう、どうしましょうか?」
「うん、ゴメン。ちょっと僕の選択ミスだったよ。よし次は直接、殴る方向で行こう」
新しいトカゲへの側へ皆で移動する。
「えと取り敢えず、盾役のリンさんから殴ってみて」
「あ、リンで良いですよ。隊長殿」
「じゃあ、リン。行ってみよう」
「わっかりましたです!」
真黒の堅鎧で全身を包んだ少女が、盾を構えながらトカゲへ軽やかに走り出す。
そして接近者に気付いて首をもたげたトカゲの頭部に力一杯、片手斧を振り下ろした。
鈍い破壊音とともに、頭がぱっくりと割れた迷宮蜥蜴はゆっくりと消えていく。
「うわっこの武器凄い! 凄いよ、みんな!」
「リンも一撃なんだ。信じられない……」
「…………カッコいい」
はしゃぎ回る三人を見ながら、僕はこっそりため息を吐いた。
うん、こうなると判ってました。
四層でも通用するらしいからなぁ、あの片手斧。
「…………えい!」
って何やってんだ、ちびっ子!
突如、もう一匹のトカゲにモルムが投げ矢を投げつける。
投げ矢はゆっくりと弧を描いて、トカゲにこつんと当たると床に落ちた。
一瞬、床の投げ矢に目をやったトカゲは、視線を戻すと猛烈な勢いでモルムに飛びかかる。
だが次の瞬間、飛び出そうとしたトカゲは頭部に矢を生やした状態で音もなく消えさる。
同時にトカゲが飛び掛かろうとした軌道を石弾が通過する。
キッシェはきちんと対応していたようだ。
リンも当然のように盾を下げないまま、モルムの前に立ち塞がっている。
「勝手に攻撃しちゃダメだろ」
「……ゴメン……なさい」
「あとね、モルムの武器はほとんど殺傷力ないからトカゲ一撃は無理だよ」
「……うん。……わかった」
今の動きを見るに、キッシェの射撃性能は合格だ。反応速度も申し分ない。
リンの状況判断も素晴らしい。盾をずっと構えてるのは、結構大変なんだがそれも平気そうだ。
それとモルム。正直、僕が虚を突かれるとは思ってなかった。
これは三人ともかなり期待できるかもしれない。
「凄いですね隊長殿。いつ撃ったのか全然わかんなかったです」
「私も驚きました。危ないって思ったらもう死んでて……」
「まあ一応レベル3だしね。それじゃあ次行こうか」
通路の散らばるドロップアイテムのトカゲの皮を拾い集めリュックにしまう。
「あ、お手伝いします」
「いや荷物は僕が持つよ。君たちは戦闘に集中してほしい」
「でも隊長さん、その……」
キッシェの視線が、僕の背中で間抜けな寝顔をさらすミミ子に移る。
「大丈夫だよ、レベルが上がると身体能力も上がるからこれくらい平気平気」
「凄いんですね、レベルって」
「キッシェさんも直ぐに判ると思うよ。今の感じだとすぐレベル上がりそうだし」
「あの、私もキッシェと呼び捨てで構いません」
「じゃあキッシェ、次はコウモリ行ってみようか」
「はい。隊長さん」
打ち解けてみたらキッシェは、かなり素直で良い子だった。
真面目で熱心な態度が、非常に好ましい。
なんて考えてたら、後ろから髪の毛をくいっと引っ張られた。
寝てるんじゃなかったのか、ミミ子。
『黄金泥の人型、アーデム』―泥造人型の名前付き上位種。砂金粒をドロップするので人気
『煮え立つ薬缶、ケテル』―飛行薬缶の名前付き上位種